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6話 セドナの魔法

 その後、イザークはセドナの魔法練習に付き合ってくれた。

 当然、俺も彼が教えてくれた事を何度も試したのだが、成果が全く得られなかったので諦めて店番をしていた。


 はぁ。

 せっかくの異世界転移だと言うのに、チート魔法無双の夢は早々に断たれてしまった。

 このままでは戦闘力ゼロのただのおっさんだ。異星人にゴミだと吐き捨てるように言われた人だって、五はあったのに。


 今日は平日なのか客も殆ど来ないので、暇潰しに店内から通りを行く人達を眺めていた。

 ……そもそも、平日と休日という概念があるのかすら知らないけど。


 それでわかった事としては、こうやって普通に生活している分にはオドの黒紫色の光が見える事は無い、という事だ。

 何度か冒険者風の格好をした人達の集団が通りかかり、その中に魔法使い風の装備の人を見付けたが、オドが見える事は無かった。


 イザークだってわざとオドを放出しなければ、何にも見えなかったしな。それが普通なんだろう。

 セドナのオドが見えたのは、まだ操作に慣れていなかったからという予測は立つし。


 俺、この世界で生きていけるのかなぁ。不安しかねぇや。


 それでもやりたい事は沢山ある。


 まずはこちらの世界で調達出来るようなルアータックルを考えたい。

 別にルアーでなくても釣りは出来るのだけど、やっぱりルアー釣りの楽しさからでしか得られない栄養があるからだ。

 しかし、この世界に何があるのかがわからなければ、現代知識があった所で役に立てる事すら出来ない。


 先にやらなければならないのは、この世界を知る事だろうな。

 釣りでもそうだ。初めての場所でやる事は、地形を知る事からだ。そこから考える事は始まっていく。


 店の裏手の方から物音がした。

セドナとイザークが戻って来たようだ。そろそろ昼飯かな。






「セドナちゃんは飲み込みが早いのぅ、教え甲斐があるわい」


「にゃへへ」


 昼食を取りながら二人はそんな会話をしていた。

 ……なんか、ちょっと妬ける。


 イザークが言うには午前中の練習で大分コツを掴んだようで、門の外にいる動物程度なら充分倒せる程度にはなったらしい。

 全く、凄いもんだ。


「そういえば、セドナは魔法が使えないから王宮の使用人として生活してたんだよな。こうやって使えるようになった場合はどうなるんだ?」


 確か、魔法が使えないから身分が低いって言ってたよな。

 低い身分であってもメリットは無いだろうが……変更なんて出来るんだろうか。


「……わからないにゃ」


「止めた方がええ。まず、後天的に魔法が使えるようになるという事は、殆ど世に知られておらんのだ」


 えっ?


「オドに当てられる、という現象は誰にでも起きる物ではあるのだがの。自身の器以上の多量のオドを摂取すると、最悪は死に至るのじゃよ」


 それじゃ、セドナは下手したら。

 本当に申し訳ない事をしたな……。


「どういう原理かはわからんのだが、セドナちゃんがオドの操作が出来るようになったのは事実じゃ。実に、興味深い」


「これまでにそういう例は無かったのですか?」


 陸上生物でもオドを持つ物は居るということだし、狩りで獲物を求めるならより大きな物を捕るのが効率的だ。

 であれば、一般的な食材に大量のオドを持つ個体が混ざることもあるだろう。

 これまでにセドナ同様、魔法が使えるようになった例があってもおかしくない。


「過去には数例あったと聞く。しかしその仕組みは解明されておらんのだ。そもそも危険であるしの。ひとつ考えられる理由としては、おぬしかもしれんな」


 俺?


「過剰摂取に至る程のオドを保有している生物はとても少ない。ただ長生きすればいいというものではないからの。しかも魔物化せずにいるという時点で、とても貴重な個体じゃ」


 イザークの話だと、魔物化した動物を食用にすることは普通にあることらしい。

 しかし魔物と呼ばれるだけにその戦闘能力は高く、それらを魔法の助け無しに討伐するのは不可能であるという。


「どんな形であれ魔法を使って倒すということ、それはオドの変質を意味するのじゃ。変質したオドはすぐに霧散してしまうので、安全に食せるという訳じゃな」


 なるほど、オドを使わずに『釣って』しまったのが悪かったのか。

 しかしそれだけでセドナの変化に説明がつくのだろうか。


「おぬしは他の世界から来たのだろう? 自分でもわからない、何か知らない力があっても不思議ではないじゃろ。それがあるとも限らんがの」


 それを言われてしまうと、そうなんだよなぁ……。


「イザークさんって色々博識なんですね、まるで学者みたいだ」


「ん゛っ!? ぐぇっほっ! ま、まぁの……」


 おや? なんか、変な事を言ったかな。

 結構盛大に噎せたイザークの背中をセドナが擦っている。じいちゃん、誤嚥性肺炎とかはやめてくれよ。


 まぁ釣り人ってそういうものではある。

 何も考えずにやっても面白いけど、考え出すとどこまでも考えられる奥深さがあるのが釣りだ。何をして食ってるのかわからないようなおっさんが、学者並みに知識を持っているなんて事もよくある事だ。


「しかし、こうして昼までご馳走になってしまってなんとお礼をしたらいいのやら……」


 本当に有り難い事なんだが、こちらから出せるものがないのが困ってしまう。


「では、午後はこちらのお願いを聞いてもらってもいいかの?」


 お、何かあるらしい。イザークに頼りっぱなしだったから、力になれるなら願ったりだな。


「はい、俺に出来ることであればなんなりと」






 というわけでその日の午後、俺達三人は街の外へ出る事になった。

 目指す場所は【陽光の森】という所らしい。王都ラテオラの東に位置しており、主要な街道がその森の中を通っているという事だ。


 流石にそこまで近い場所でもないので、定期便の馬車で向かう事になった。

 ラテオラを出てからは草原が続いていたが、暫くすると木々が増えてきて、あっと言う間に景色は森の様相へと変わった。


 初めて街から外に出たけど、思ったより何にもないんだな。

 そう言えば御者に対して、イザークがエクカバがどうとかと話していたが一体何の事だろうか。まぁいいか。


「イザークさん、なんで森になんて行くんです?」


 俺の投げた疑問に、セドナも同意という表情をしている。


「陽光の森には魔物が出るのじゃが、その素材をマサユキに見て欲しいのじゃよ」


「それなら、ギルドに依頼すれば安全に手に入るのでは?」


「わしが求める物は、一般にあまり流通しないような物なんじゃ。なのでこうして商品を補充するのも仕事の内なのじゃよ。冒険者ごっこも結構楽しいしの」


 イザークは白いヒゲを触りながらそう言った。

 やんちゃするような年齢ではないだろうに、アクティブな人だな……。


「よし、この辺でええ」


 イザークは御者にここまでの三人分の運賃を払い、馬車を降りた。俺達もそれについていく。


「ここからは歩きで森の奥へと進んでいくぞい。わしからはぐれないように気をつけるんじゃぞ」


「野生動物や魔物が出てきたらどうするんです……?」


「マサユキは見てるだけでよいぞ。セドナちゃんの練習も兼ねてじゃし、危なくなったらわしがなんとかするのでな」


 なんか、慣れてる感じがするな。彼がそういうなら信じてついていくしかないか。

 まぁ無茶をする人間なら、この歳まで五体満足でいる事も出来ないだろうし。


「セドナは大丈夫?」


「ちょっと緊張するにゃね。……でも、頑張ってみるにゃ」


「わかった」


 そうして俺達三人は街道から伸びる脇道に入り、木漏れ日の中を進んで行った。

 太陽光が差しているので鬱蒼とした雰囲気ではないのだが、それでも木々の密度は森と言える程には濃い。

 木陰から不意打ちされたら怖そうだ。


 先頭を暫く歩いていたイザークだったが、突然立ち止まる。


「あの木の上、見えるかの?」


 彼が指を指す方向を仰ぎ見ると、広がる枝の間に白いモヤのような物があった。

 その中心には何か蠢く黒い影がある。


「あれはアラベン、この辺りにいる八本足の魔物じゃ。ああやって巣を張り、鳥等を捕食しているのじゃな。しかし稀に、地面付近まで糸を垂らしている事もある」


 遠いからサイズ感がイマイチわからないのだが、それでも自分の上半身くらいのサイズはありそうな蜘蛛だ……。


「セドナちゃんや、炎爪は覚えておるな? これからわしが魔法でアレを叩き落とすでの、あいつの頭に一撃を喰らわしてやるのじゃ」


「や、やってみるにゃ……」


 セドナの顔を確認したイザークは、杖を取り出した。


「弱めでゆくぞい。フンッ!!」


 イザークの体が一瞬赤くなった。そして杖の先に突然手の平くらいの炎の玉が発生し、アラベン目掛けて猛烈なスピードで飛んでいく。

 火球を当てられたアラベンは姿勢を崩し、落下。そこを目掛けてメイド服の猫耳少女が頭を低くして突っ込んでいく。

 想像以上に足が速い!


「いくにゃ、炎爪!!」


 猫の手からこれまた想像してなかった程に爪が伸び、それが炎を纏う。

 赤く光るセドナが振るった爪撃はアラベンの頭部に当たり、胴体と別れを告げる事となった。


「うむ、お見事じゃな!」


 イザークと共にセドナへ駆け寄ると、その足元には巨大な蜘蛛の腹と頭が落ちていた。イザークは腹部を慣れた手つきで袋へと仕舞う。


 セドナはというと、初めてであろうその手の感覚に顔を顰めていた。

 フレーメン反応みたいなツラだな?


「この腹にある器官から糸を取り出し、釣り糸にするんじゃよ。うむ、綺麗に必要な部分だけ残っておるの。質の高い糸が作れそうじゃ」


 スッパリと切られた胴体はその切断面が焼かれており、体液が出ている様子は無い。

 なるほどねぇ。


 胴体側の足に絡んだ蜘蛛の巣を触ってみると、ベタついてはいるが意外とコシがあった。太さとしても、釣り糸に丁度良さそうだ。

 感触としては、ナイロンラインの二号程と言った所だろうか。


「さて、こんな感じでもう少し付き合ってもらうぞい」


 そこからは同様の連携攻撃で、二人はアラベンを見つけ次第倒していった。

 蜘蛛を十匹程倒した所で「このくらいでええかの」と、イザークは言った。


「け、結構、疲れるにゃ……」


 そう言うセドナは額に汗を浮かべている。一方のイザークはというと、特に顔色ひとつ変えていない。

 魔法の使い手として、この二人には相当な差がありそうだ。


「オドを消費しとるからだの。セドナちゃんのオドの残りは大体半分くらいと言った所か。これ以上の使用は体調へと現れてくるから、気を付けるんじゃぞ」


 半分あたりが目安なのか。

 残りのオドは無理をすれば使えるのだろうが、このくらいで止めておくのが無難な選択なんだろうな。


 と、そんな感じで無事に目的を果たしたので俺達は元の道を戻っていった。


「ところで、使ったオドを回復する方法はなんかあるんですか?」


「休息を取るのが一番じゃな。水薬も一応あるにはあるが、一般的に流通しているのは大分高価でな。まず手が出ないと考えた方がええ」


 確か大銀貨一枚くらいだったか、とイザークは言う。

 確かに手が出ない。小銀貨でも数週間は生活に困らないくらいの価値があるので、一般的な依頼でそんなものを使っていたら確実に足が出るだろう。

 ゲームみたいなポーションがぶ飲み戦術は成り立た無さそうだな……。


 そんな雑談をしながらある程度歩いた所で、なんだかおかしな景色が現れた。

 巨木で道が塞がれているのだ。


「あれ、この道って行きの時にも使ったものですよね?」


「ふむ。間違ってない筈じゃがの」


「あってると思うにゃね。わたしの野生の勘がそう言ってるにゃ」


 セドナの野生の勘が果たして当てになる物なのかはわからないが……。


 ゴソッ。


「にゃっ!? こいつ動くにゃ!!」


 巨木の一番近くに居たセドナが飛び退る。


「む、こいつはトレントか! しかもこの大きさ、エルダーじゃ!!」


 のそりと巨木が動き出した。

 意思を持った巨木。ファンタジー物にはよくいるモンスターではあるが、対峙すると枝がガサガサうねうねと動いており、端的に言って気持ち悪いなこれ!!


 巨木が緑色に光り、幹を揺らして自身の枝から葉を散らす。


「なんか攻撃してくるみたいです!!」


「炎の女神よ、我が足元から灼熱の円柱を顕現させよ!」


 舞い上がった葉がこちらへ猛スピードで飛んでくるのと同時、目の前の地面から火柱が噴き上がる。葉はイザークの出した炎壁で防がれ、燃え落ちた。


 しかし今度は巨木が黄色く光り、その光は地面を伝って真っ直ぐこちらへと伸びてきた。

 俺達の数歩前にある炎壁を、下から超えて。


「足元!!」


 俺がそう叫ぶと、皆その場から飛び退く。

 同時に、鋭く尖った根っこのようなものが地面を割って飛び出してきた。

 あっぶねえ!!


 そこからいち早く体勢を整えたセドナが、エルダートレントへ向かって走り込む。


「炎爪!!」


 炎を纏った左右の爪で斬り掛かる。

 傷は浅かったようで、斬撃の炎で枝が数本燃えただけだった。


「こいつ硬いにゃ!!」


 しかし。


「充分じゃ! 風の女神よ、彼の者を渦に閉じ包囲せよ! そして炎の女神よ、彼の者の足元に灼熱の円柱を顕現させよ!!」


 イザークの体が緑と赤に光り、空気の渦がエルダートレントを包み込んだ。

 セドナの点けた火はそれをきっかけに一気に勢いを増し、そこに追い討ちをかけるかのようにエルダートレントの根本から炎壁が発生する。


 巨木の怪物は炎に包まれ、蠢く枝は勢いを無くし、やがてその動きを止めたのだった。

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