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5話 過剰摂取と覚醒

 家に戻ると、相変わらずセドナは苦しそうにしていた。


「……セドナ、大丈夫か?」


 かけてある毛布が大きく上下しており、息遣いの荒さを物語る。

 桶に汲んだ水で手拭いを濡らし、額の汗を拭ってやった。


「……にゃ。ハァ、ハァ……」


「ふむ、フェシルの娘か。そしてあのセバマーを食したと。もしや、彼女も魔法が使えないのではないかの?」


「そうですが……。でも、セバマーはもう締まってましたよ?」


「生死に関係なくオドは存在するのじゃよ。死んだからといって、肉体からオドが失われる訳ではないのじゃ」


「しかし、俺の時とは様子が違い過ぎでは?」


 熱が出てるので、むしろ感染症とかを疑いたくなってしまう。

 しかしイザークはセドナの額に手を翳し、何かを呟いた。


「ふむ、やはりオドの過剰摂取じゃ。おぬしは放出されたオドにただ晒されただけであったが、この娘は直接食べたので身体の許容量を超えてしまったのじゃろう。しかし、まさかそこまであのセバマーのオドが豊富だったとは思わなんだ。お主に対して放出し切ったものとばかり……」


「どうにかなるんでしょうか」


「普通は自然と快方に向かうものだが、ちと今回は重いようだの。マサユキよ、これからの事は他言無用になるが、出来るか?」


「……わかりました。お願いします」


 セドナが楽になるなら何でも良い。これはあまりに辛そうで見ていられない。

 くそ、俺が魚なんて持って帰らなきゃこんな事には……。


「これからわしのオドを干渉させて、この娘のオドを整える。しばらく待っておれ」


 頷きをイザークに返すと、彼はまたセドナに手を翳して何かを呟き始めた。


「闇き女神よ、彼の者の淀みを整え、大海へと導け……」


 黒紫の光がイザークの手から迸る。それは彼女を包み込んで、暫くの後に消えてしまった。

 それはまるで、あのセバマーから発せられたものと同じに見えた。

 しかし、今回は自分への影響は特に無いようだった。気分も悪くなく、気を失ってもいない。


「今の光は……?」


「やはり、本当におぬしにはオドが見えるのだな。とにかくこれでこの娘は大丈夫であろう」


 セドナの顔からは苦悶の表情が薄れ、あんなにも荒かった息もいつの間にか整ってきているようだった。


 これが、魔法というものなのか……?


「本当にありがとうございます。お礼は……」


「構わんよ。それより、今日はもう遅い。明日、わしの店に来る時に出来ればこの娘も連れて来て欲しい」


「ええ、わかりました」


 深々と頭を下げると、イザークは微笑みながら手を振って帰っていった。


 一時はどうなる事かと思ったが、本当に良かった。しっかり働いて、恩返ししないとな。

 セドナを起こしたくはなかったので、昨夜と同様に俺は床で寝る事にした。


 当面の目標は……俺のベッドを買う事かな。






 翌日。


「に゛ゃ゛ーっ゛!?!?!?」


 セドナの奇声で目が覚めた。

 よかった、起きられるようになったんだな。


「おはよう、どうしたんだ?」


 と、彼女に問い掛けるのと同時。なにやら焦げ臭い空気が充満している事に気が付いた。


「こげたにゃ!! 指の毛が、肉球が〜!!」


 バタバタと暴れるセドナ。

 彼女は、顔はまるで人間のようだが、手は肘から先がまるで猫のようになっている。そんな手でよく器用に家事が出来るもんだなと感心していたのだが、たまには失敗する事もあるらしい。


 まぁ、その失敗でここに居ることになったんだから、それが『たま』なのかはまだわからないのだが。


「大丈夫か、火傷でもしたか?」


「マサユキ様、なんかおかしいのにゃ。いつもみたいに火打ち石でストーブへ火を点けようとしたら、急にぶわーっと」


「とりあえず手を冷やそう。ほら、桶持ってきたぞ」


「ありがとにゃ。うぅ、濡れるにゃ……」


 あ、濡れるのはやっぱ嫌なんだな。

 それなら水仕事は俺がこれからもやるようにするかな。


「しかし、火打ち石で種火を作る程度で炎が舞い上がるなんてあるのか? なんか混ぜたりしてない?」


 火の勢いが足りなくてゲル状着火剤を後から入れようとして、それに引火して火傷するという事故はよくある。

 みんなは危ないからやめようね。


「してないにゃ、いつも通りにやっただけにゃよ……」


 なんだろうな。

 だが考えても、俺にはまだこの世界の法則はわからない所が多い。しかし、幸いにもこの数日で出来た人脈に頼る事が出来る。

 昨日の約束もあるしな。イザークなら何かしら知っていそうな気がする。






 そんなわけで俺達は、腹を満たした後でイザークの店へと向かった。

 既に商店側の入口が開いていたので、そちらから入ることにした。


「おはようございます、イザークさんいますか?」


「おお、マサユキや。少し待って貰えぬか?」


「大丈夫です、ゆっくりして下さい」


 その間に、昨日も見せてもらった商品をもう一度しっかり見てみる。


 延べ竿はてっきり振り出し竿かと思ったが、どれも一本物だった。素材は木が主になっているようなので、中を中空にしたまま強度を保つのが難しいのだろう。

 そのせいで、中にはとんでもない長さのワンピースロッドがあったりしている。これは高級品なのかもしれない。

 持ってみると大分重量感があった。脇に抱えたとしても、支えるので必死になりそうだ。


 針類は、やはり現代の物と比べてしまうと単純な性能は劣っているように思える。

 その代わりにあまりゲイプ部分を長く取らずに、小さく丸く針金を成形しているようだ。


 これらをもし作ってもらうとしたら、やっぱ鍛冶屋に頼むのが一番かなぁ。

 色々な武具を作るだろうから、何かしら流用出来る技術があるかもしれない。


「初めて見たにゃ、すごいにゃね〜……」


 セドナも思ったより興味津々で釣り具を眺めているようだ。自分の好物をこれで捕れるのなら、そりゃ気になるってもんか。


「ほっ、と。待たせたのご両人。とりあえずここではし辛い話じゃ、店は閉めて奥でやるとするかの」


 そう促されて、店の入口に鍵とカーテンをしたイザークの後を付いていく。

 入った所は、俺が昨日お世話になった部屋だった。


「何の話をするのにゃ?」


「まずセドナに改めて紹介するよ。この方はイザークさん。ほら、この間二人で港に行った時に釣りをしてた人だよ」


「ああ、あの人にゃ!」


「で、昨日セドナに魚を持って帰っただろ? 実はあれを釣った後に、俺は気を失ってしまったんだ。そこをイザークさんが助けてくれたんだ」


「マサユキ様、そんな事があったのにゃ!?」


 ちゃんと言うタイミングが無かったから、驚くのも無理はないか。


「それでイザークさんにも、このメイド服の娘はセドナと言います。まぁ、なんというか……俺の使用人です。元は王宮で働いていたそうですが、訳あって今は俺と一緒に暮らしています」


「ふむ。それではまず、昨日の事から説明しようかの」


 早速本題に入る様だ。


 昨日の出来事のおさらいをした後に、今朝あった事をイザークに聞いてみた。


「やはりの。セドナちゃんや、それはおぬしが魔法の力に目覚めたという事なんじゃ。突然大きくなったという炎は、オドのコントロールが出来なかった結果じゃろうな。無意識でマナへ影響を与えてしまったに違いない」


 実は、起きてからずっと気付いていたのだ。

 セドナの身体の輪郭に、薄っすらと黒紫のオーラみたいなのが見える事に。


 セドナはその話にポカンとした表情を浮かべていた。


「えっ……ええっ? それじゃわたしにも、魔法が使えるの……にゃ?」


「そうじゃよ。先程の話からするに、火への適正があるようじゃの」


 しかし、ここから先は練習が必要だとイザークは言った。まずはオドのコントロールからである、と。


「そしてマサユキ。にわかには信じられんが、おぬしにはやはり他者のオドが見えるようじゃの」


「そうなんですか!?」


「ちょっと試してみるかの。闇き女神よ、我が水門の開放を」


 するとセドナより明確に、よりはっきりとした黒紫の光がイザークの身体から発せられた。

 ほんの少し、目の奥が痛くなる。


「今のはわざとオドを全身から無思慮に放出したのじゃ。これは魔法行使の前段階でもあるのじゃがの」


「はっきりと見えました。これがオド……」


「しかし、オドというのは普通は見えない物じゃ。オドを可視化する魔道具があるというのは聞いたことはあるのじゃが、それは伝承程度の話じゃよ。実在するのかどうか、誰もわからんようなものじゃ」


 イザークの眼光が鋭くなる。


「おぬし、何者だ?」


 その強い眼差しに少しだけ怯んだ。


 ……出会ってからまだ日の浅い人間に、俺個人の事情を素直に言って良いものだろうか。

 しかし、彼の信用を得ておきたいという打算的な考えは正直言うと、ある。彼は俺の知らない分野に対して豊富な知識を持っており、ただの釣りが好きな好々爺ではないのは明らかだ。

 助力を得られるなら、是非ともそうしたい。


 俺は決心して、全てを話す事にした。


 自分が勇者召喚の儀によって、異世界から来た人間である事を。


「……やはりそうであったか。ペルコイデイめ、政治的な話であろうが……愚かな」


 溜息と共に、イザークはこんな事を言った。


『この世に闇の帳が下りる時、光と剣を携えた勇者が舞い降り、それを打ち払うであろう』


 これは古くからある伝承の一文であるらしい。


「その昔話はわたしも小さい頃に、母様から聞いたことがあるにゃ」


「このパーシフォーム王国は国としては小国じゃが、しかし地理的に他の三つの大国の狭間に位置しておる。三国との関係が悪い訳ではないが、外敵から離れている立地故に外交的立場としては弱い国じゃ。また、西方の魔族の活動が活発になってきているという話は聞いておるな」


「呼ばれた時に、王様もそんな話をしていましたね。これで我が国も……とかなんとか。勇者を集めて対抗する……とかなんとか」


「なれば、他の三国も同様の儀を行なったのであろうな。む……? おぬしはこんな所で油を売っていてよいのか?」


 だよな。

 でも、追い出されちゃったもんはなぁ。


「こちらに呼ばれてすぐなんですが、神官長から『適性ナシ!』という事で、王宮から出て行く事になったんです」


 あの時の皆の落胆具合は、不可抗力とはいえ心に来るものがあったな……。

 ガチャに全力で手持ちの石を注ぎ込んで回したはいいけど大ハズレ、だもんな。


「神官長であるならば、ヴァンであろう? そやつの判別魔法ではわからなかったのか?」


「ええ。全属性を調べたようですけど、何も無いって言ってました。あと昨日みたく気を失ったりはしませんでしたが、凄く気味の悪い感触がありましたね」


 それを聞いてイザークは考え込んでしまった。

 顎に手を当てながら、うろうろと暫く歩いた後に。


「なるほど、召喚直後はオドが無かったと考えればあるいは。やはり切っ掛けはあの巨大なセバマーか」


「俺って魔法は使えるんですかね……?」


「わからんが、練習してみる価値はあるかもしれん。お嬢ちゃんもおるし、二人でやってみるとするかの?」


 おお! それは嬉しい!!

 異世界にまで来て、魔法ナシの縛りプレイは流石にちょっと凹んでたんだよな。

 大成出来るかはわからないけど、いざという時に身を守れる程度には使えるようになりたい。


 でも俺って何が使えるんだ?

 セドナは火が使えるようになったみたいだけど。


「もしよければ、もう一度判別魔法をかけてみるかね?」


「お願いします」


「では、いくぞい。遍くマナよ、彼の者の女神よ、祝福の彩りをここに示さん……」


 神官長ヴァンにされた時と同様に、イザークがこちらへ翳した手から様々な色彩の光が放たれる。


 ……そして、その全てがサッと消えてしまった。


「ありゃ? おかしいのぅ……」


 だ……駄目、なのか?


 え、じゃあガチでチート抜き? 一応オドが見えると言うのは俺の特殊能力だと思うけど、見えてもなぁ……。

 がっくりきて項を垂れる俺を、イザークとセドナが慰めてくれた。つらい。


「ま、まぁ、まだ何が起こるかは、わからんからのッ! そう気を落とすでない!」


「そうにゃ、ふたりでがんばるにゃ!!」


 ……そだね。うん、がんばろう。






 さて、そこから早速であったが、イザークからセドナが魔法の使い方を教えて貰えることになった。

 室内では危ないようなので、店の裏庭でやることになった。


 まずは座学からであるようなので、横で俺も聞くことにしよう。


「まず、魔法とは『体内のオドを外界にあるマナに干渉させるもの』と言うのは知っておるな?」


「ちょっとだけ聞いた事があるにゃ!」


「そして、それぞれが持つ特性によって、マナを変化させる先に得意不得意が生まれてくる。お嬢ちゃんの場合は火が得意なようなので、それからやってみるとするかの」


「どうすればいいのにゃ?」


「まずはオドを感じるのじゃ。目を閉じて、全身の隅々まで感覚を研ぎ澄ませるのじゃ。そうしたら、身体の奥底にある『流れ』がわかるかの?」


 セドナは言われた通りに、立ったまま目を瞑った。


「その『流れ』を感じられたら、それをぐるりと円を描くように体内を巡らせ、お腹、左肩、頭、右肩、そして右手へと流していくのじゃ」


 しばらくするとセドナの身体の輪郭から出ていた黒紫のオーラが、イザークの言うように右手へと流れ始めた。


「手に何かを感じられたら、目を開いてこう唱えてみるのじゃ」


『火の女神よ、我が指先を灯せ』


 すると、シュポっとライターの火を点けたみたいにセドナの指先に小さな炎が出現した。


「にゃっ!? 毛がまた焦げッ……? 焦げてないし熱くもないにゃ?」


 そしてまた、シュポっと炎は消えてしまった。


「おお、一発とはお見事。まだ生活魔法のレベルではあるが、何をするにもこれが基礎となるのでな。攻撃魔法もこれの応用で、後はイメージの問題じゃ。心の底からはっきりとしたイメージが出来れば、形になるのが魔法じゃよ」


 へぇ〜。いいなぁ、かっこいいなぁ。

 正直、めっちゃ羨ましいんだが……。


「おじいちゃん、これから時間のある時でいいからここで練習させてもらえないかにゃ?」


「んほほ、構わんよ」


 こうやって二人を見ていると、まるで孫が遊びに来たおじいちゃんみたいだな。

 ってか、この爺さんは本当に何者なんだ? この世界の人々は、みんながこんな事を出来るのか?


 あまりに俺は、この世界に対して世間知らずだと痛感する。


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