44話 親睦会と仮面
「はいにゃー」
来客にセドナが応対し、ドアを開ける。そこには荷物を持ったフリットとシャルがいた。
「邪魔するぞ」
「お邪魔しますー」
「いらっしゃい、トレーシーから話は聞いたよ。狭い所だけど、遠慮しないで寛いで欲しい」
マズったな、この人数に対応出来るだけの机も椅子も家には無い。どうするかと思案しながらキョロキョロしていると、トレーシーが助け舟を出してくれた。
「とりあえずみんな、床にどっかり座っちゃえばいいよね? 出掛ける前にセドナちゃんと二人で掃除はしたから」
「ああ、全く構わない。これから椅子とは無縁な日々が多くなるだろうから、予行演習とでも考えよう」
「そうですね。肩肘張るようなのは苦手です、冒険者ですから」
「確かにそうか。それじゃ好きな形で座ってもらえれば……」
「お料理、用意するにゃねー」
「あっ、セドナちゃん手伝うよ」
「それじゃ食器でも用意しますね」
そう言って女性陣は台所に立った。台所と言っても同じ部屋の中にあるので、居場所は全く変わらないのだが。
俺とフリットは机を隅に動かして、食材等の荷物置き場を作って整理をし始めた。
「なんか、酒の量が多くないか?」
「マサユキさん、いつもの事だ……慣れてくれ」
お、おう。
しかしこの狭い家に何人も集まると、大学の時に友人達で集まってわいわいやってたのを思い出してしまうな。
そう言えばフリットはいつの間にか「さん付け」に戻ってしまった。呼び捨てで良いと言ったんだが、やはり距離が空いてしまったのだろうか。
「フリット、昨日は済まなかった」
「気にしないでくれ。そんな改まって言われる程の事じゃない」
「多分、俺の認識がまだこの世界の方に寄れてないんだ。ウィンドブローでは盗賊相手の依頼をやったとか言ってたよな? つまり三人共、そう言うのは経験済みと言う……」
「ああ、そうだ。ギルドに出る依頼では、対象を捕縛すると言うのは滅多に無い。その方が危険度は上がるし、そう言うのは騎士団や守備隊の仕事になる。ギルドに来る依頼の対象は、殺しても良い連中という事になるんだ」
「俺のいた世界では、人間を殺すのは重罪だった。こっちではそうでもないのか?」
「そんな事は無いさ。パーシフォームでも、無実の人間を殺めれば相応の罪に問われる。投獄される事もあれば、冒険者の討伐対象になったりも、な」
「治安的な話だと、俺の基準からしても城壁内は相当安全に思えるんだが、その認識は合ってるだろうか?」
これまで暮らしてきて、犯罪らしい犯罪を目撃した事が無かった。
スラム的な場所もあると聞くが、そこには近寄った事が無いからわからない。
「それは間違いない。それでも犯罪が無い訳では無いが、外に比べたら全く違う。逆に言えば、城壁から外に出たら何が起きてもおかしくは無い……とまでは言い過ぎだな。しかし街道から離れる程、無法者に出食わす事も多くはなるだろう」
「……申し訳無いが、多分俺には人を殺す度胸なんて無い。草食動物にすら躊躇ってしまうだろうと思う」
「そんな人が何故勇者として召喚されたのか、と正直疑問には思うが……出来ない物は仕方がない。その為に俺達が居る、そうだろ?」
「済まない。勿論、危険が迫った時に見ているだけでいるつもりは無いけど……」
「旅程だったり、全体的な指示についてはマサユキさんがやってくれればいい。ただ、戦闘時には俺の指示に従って欲しい。この役割分担でどうだろうか?」
「頼もしいよ、宜しく頼む」
フリットと俺はお互いに手を出して、改めて握手をした。
いつもと変わらないフリットだった。呼び名は気にしない事にしよう。彼が呼びやすければそれでいいや。
「さて、そんな所でお話は終わりにして、食べましょうよ〜」
そう言ってシャルが鍋を持ってきた。結構な大きさだが、こんなものはうちには無かった気がする。旅用に買ってきたのかな。
中からは良い匂いがしている。香草と野菜、そして鳥系の出汁でソーセージを煮込んだポトフみたいな料理だ。これは絶対美味いと思う。
鍋の周りを皆で囲い、それぞれが好きな酒を抱えて……まて、瓶ごと抱えてる女が二人いる。
見なかった事にしよう。フリットをチラリと見たら、目を逸らした。
「それでは、旅が無事に終わる事をお祈りして!」
乾杯、と言いながらそれぞれが手元の飲み物を掲げた。俺は酒にあまり強くは無いので、適当に合わせる。
「マサユキさんってあまり飲まないですよねぇ?」
おっ、アルハラか?
違う、一瞬でジョッキを空にするお前らがおかしいんだ。と、口から出かけたが飲み込んだ。
「苦手とまでは言わないんだが、あまり飲めなくなっちゃってさ。学生の頃は結構好きで飲んでたんだけど……」
社会人になってからは逆に飲めなくなってしまったんだよな。楽しくもない飲み会に付き合わされたりで、良い記憶が殆ど無いからかも知れない。
それでも気の合う同期とかとは飲んだりもしたけど、深酒はどんどん出来なくなっていった。最後の方では、あまりに少ない量で吐いてしまうようになった。
そして完全に飲まなくなったのは、車を買ってからだったな。
いつでも思い立ったら運転したいし、自分が運転出来ない状態になるというのが嫌で嫌で仕方なくなってしまった。
「ところで昨日、あれから向かった所で色々話を聞いて勉強してきたんだ」
「何をにゃ?」
「この世界の地理の事と、歴史の事」
昨夜書いたメモを見ながら、皆の知識と擦り合せをしてみる。それぞれ知っている事もあれば、大雑把にしか知らない所もあったりで、やった事は無駄では無かったようだ。
ウィンドブローも国内から出て活動した事は無く、特に国外の知識は噂に聞く程度との事だった。
「まず最初の目的地だけど、リピディスティアにある迷宮都市ディプノイを目指そうと思う」
「いいですねぇ、迷宮都市! 冒険者の憧れの地ですよ」
「リピディスティアの首都でもあるからな。勇者もきっとそこにいるだろう」
迷宮都市にシャルが反応したのは意外だった。
「迷宮都市ってそんなに有名なのか?」
「そりゃそうですよ! あそこには古代の遺跡があって、その迷宮から発掘される古代の魔道具は現代の付与術では再現出来ないので、高値で取引されるんです。冒険者には発掘許可が出ていて、一攫千金を狙う人で溢れてる!! ……らしいです」
おー、なんかそれっぽくなってきたなぁ。遺跡がダンジョンになってるのだろうか。
しかしダンジョンって言ったら魔物だよな。
「やっぱり魔物とか出るのか?」
「普通の魔物って動物が変化したものなんですけど、あそこだけはそうでは無いらしいですね。なので、そういう素材狙いでも稼げるそうですよ」
「ディプノイはそれだけでなく、あそこでしか採れない鉱石があったりもする。そういう点で付与術の素材に困らないから、魔道具の輸出で生計を立ててる国がリピディスティアなんだ」
フリットが補足した事に、少し期待感が出る。
付与術か、いいな。リールに何か出来たら楽しくなりそうだ。
「なるほど、そういう国なんだな。だけど今回は迷宮に潜るのは諦めておいた方が良いかも知れない。一応滞在はするけど、大きな目的はリピディスティアの勇者と交流する事と、付近での魔族の目撃事例を探す事の二つになるからな」
そう告げると、明らかに落胆するシャル。すまん。
「まぁ、なるべく自由な時間が出来るようにしてみるよ。その次に向かうラティメリアでも、目的は同じだ。勇者との交流と魔族探し。もし魔族と交流が持てたら、今回の旅は大成功と言っても良いかも知れない」
「マサユキ、そんなに魔族の事が気になるの?」
「そりゃまぁ、今回戦争になるかもしれない相手だからな。仲良くするにしても戦うにしても、相手の事を知らなければ碌な事にはならないと思ってる。どっちに転ぶにしろ、必要な情報だよ」
そもそも戦争ふっかけようって相手の事を何も知らないってのが、現代だったらあり得ないんだよ。どういう理屈でそうなってしまってるのかはわからないが、情報は武器になる。叩き潰すのにも、関係を持つのにも不可欠な物だ。
もしかしたら女神教の大元にいる連中は色々と承知の上で動いているのかもしれないが、流石に国の長に知識が行ってないのは何か作為的な物を感じずにはいられない。
書いたメモは回し読みしてもらって、情報を共有する事にした。
召喚されても何もチート的な物は与えられなかったが、流石に言語が通じるようになってるのだけは助かっている。
「ねぇ、昔も勇者召喚ってあったんだ?」
「そうみたいだな。その辺の文献は全然残ってないらしくて、口伝で『そういう事があった』と伝わっているくらいらしい」
「しかし、昨日の奴はマサユキさんへの殺意が凄かったな」
「私達は完全に無視されてましたからねぇ……」
「ほんとね。マサユキの強化も本気じゃなかったし私の魔法も数重視で撃ったけど、あんなあっさり払われちゃった。なんなのあいつ?」
「俺にもわからない。女神教自体に敵対心を持っているようだったから、それに召喚された勇者に対しても同様なんだろうと思ってる。俺の鞭が触れた時に『裏切り者』って言われたよ」
「えっ、マサユキの仲間だったの!?」
「んな訳ないだろ、あれが初対面なんだし……」
「マサユキさんとの見た目の共通点を感じたが、そこは何かあったりするのだろうか」
「他国に召喚された勇者、という線は消し切れないとは思う。ただ、仮に俺と同じ境遇だったとしても、たった一ヶ月であんなに覚悟が決められるものだろうか、という疑問も消せない」
よっぽどヤバい奴でなければ、ああも簡単に他人……しかも同じ現代から来た人間に対して刃を向けられるとは思いたくない。
色んな人間がいるだろうから、絶対に無いとは言い切れないが。
「もしかしたらアイツが魔族だったりしてね」
「トレーシーちゃんはどうしてそう思ったのですか?」
「だって魔族って私達と見た目は変わらないんでしょ? だったら、誰が魔族でもおかしくないじゃない?」
確かにトレーシーの言う事は間違いない。俺はフィクションの知識で、魔族と言われるとどうしても一定の固定観念が出て来てしまう。肌の色が違ったり、角が生えてたり、髪の色が違ったりと、そう言うやつだ。
見分けられないなら、どうやって魔族を見付ければいいのだろうか。
「あっ、そう言えばこんなの拾ったんですよ!」
「うわ、それアイツが着けてた仮面じゃない!! そんなの捨ててきてよ……」
シャルが取り出したのは獅子の面、あの黒髪の女が被っていた物だった。なんてもんを拾ってきてんだ……トレーシーの言う通り、ばっちいから捨てなさい。
「これ、結構可愛くないですか?」
「そうか……? 俺にはわからんが……」
獅子、ではあるがリアル寄りの造形だから可愛いってのはちょっとわからんな。
「ほら、トレーシーちゃん被ってみてよ!」
「自分で被りなさいよシャル! ちょ、やめ!! あっ……」
シャルが無理矢理被らせようとし、それをトレーシーがはたき落とした。彼女は本気で嫌がっていたようで、思い切り引っ叩かれた仮面が宙を舞った。
え、うそだろ? こっちに飛んで……。
ゔはぁッッ!!
「あっ起きたにゃ」
「マサユキ、大丈夫!?」
「どうだ、起きられるか?」
「大丈夫ですか……?」
えっ、何? なんでみんな俺を覗き込んでんの? あれ、なんか柔らか……。
「ちょっ、んっ、変なとこ触らないでぇ……」
「うわぁ、すまんトレーシー!!」
どこに触ったのか全く分からなかったが、何だかとても柔らかかったのは間違いなかった。
てか、なんで俺は膝枕されてんだ?
「ふざけたシャルの手から飛んだ仮面が、マサユキさんの顔にだな……」
「本っ当に、ごめんなさい!!」
平謝りするシャル。
まぁ起きた事は仕方ないとして、だ。
「仮面がこっちに飛んできたのは覚えているんだ。そしたらなんか、急に力が抜けて……」
一体、なんだったんだ?
「でも、まるでマサユキさんの顔に吸い付くかのように飛んでいきましたね……」
「もしかしたらこの仮面は、魔法が付与されているのかも知れないな」
「でも、あんな風に気を失うのってオドが枯渇した時ぐらいだよ?」
言われてみるとそうだ。あの力の抜け方は、誰かに接触した状態で魔法を使われた時に似ている。
そう言えば黒装束の女と戦った時、仮面が外れたら急に強いオドの光が見え始めた。もしかして、この仮面でオドの制御をしていたのだろうか……。
「とにかく、この仮面は危険物のようだ。後で処理方法を考えよう」
「待ってくれ。確かに危ない物でもあるが、貴重な証拠でもある。処分はしたくない」
「なら、ひとまずは私達の魔法のバッグに入れておきませんか? 魔法のバッグは空間魔法の付与がされているので、内と外が物理的に遮断されています。そこなら持ち運んでも影響が少ないんじゃないかと思います」
ほー、そんな仕組みになっているとは。
そう言えばゴミ拾い依頼の時にギルドから支給された小さいゴミ収納袋も、外に臭いが漏れ出て来る事が無かった。俺の物には大きさ的に入らないし、それが一番か。
「わかった、それでいこう。誰か、こういうのに詳しい人が知り合いに居たりは……」
俺の問に、皆は一様に首を横に振っていた。
「あ、マルクさんはどうかな?」
「そう言えば付与術も錬金術の一つだ、と言ってたな……」
「なら、バッグをお貸ししますね」
シャルから受け取り、礼を言う。
向こうには突然で申し訳無いけど、明日は彼の所に行ってみるか。




