43話 本の虫の知識
大学図書館へ入ると、この時間だと言うのに蝋燭の明かりで本を読み読み耽っている人達が何人かいた。実に勉強熱心だ、学生さんだろうか。
「マサユキ、こっちじゃよ」
イザークに呼ばれ、奥へと進んでいく。すると、暗がりの中にまた一つの明かりがあった。
そこにいたのは眼鏡を掛けた女性だった。茶色の前髪がとても長く、両目が隠れてしまっている程だ。
「邪魔をして悪いの、ジュリアナ」
「いえ、イザーク様のお願いでしたら、こ、断る訳にいきません、から……」
「こちらはマサユキ、わしの連れじゃ。どうも女神教やこの世界の歴史に興味があっての、おぬしの力を貸して欲しいのじゃ」
「わ、私なんかで、よければ……」
「マサユキと申します。よろしくお願いします」
「は、はひィ……」
人馴れしてないのかな、なかなかに挙動不審な人だ。何故か常に俯いていて、声がたまに上擦っている。
「それではわしは帰って寝るとするかの。ここの司書にはわしの名前でマサユキの話は通しておいた。今後、自由に使って良いそうじゃよ」
「色々と遅くまで有難うございました。また釣り竿でわからない事があったら聞いて下さい」
「楽しみにしとるよ、それではの」
本当に助かる。頭を下げて、暗闇に消えていく彼の姿を見送った。
さて、本題に入るとしよう。
「ジュリアナさん、早速で申し訳無いのですが女神教の歴史について教えてもらえないでしょうか?」
「れ、歴史です……か? どこ、から……」
「わかる限りの過去や、その起源とか知りたいですね」
「範囲、が広いですね……。まずは、ど、どこまでご存知です……?」
まずは、これまで色々と見聞きした話をジュリアナにした。と言っても自分が見た事と、イザークに教えてもらった事くらいしか無いのだが。
「で、では、一般的な所は御存知……ですね」
「その言い方ですと、一般的ではない物があるように聞こえますが……」
「は、はひ。この、大陸の歴史として、外せない所と……して、二百年前に起きた、大陸間の戦争が……あります」
今俺がいるのはオスティエクト大陸と言うが、その隣にはコンドレクティ大陸と言う物が存在する。現在ではこの間には交流が無く、情報は殆ど無いとの事だった。
そのコンドレクティ大陸の唯一の情報が、二百年前の大戦の記録だと言う。
コンドレクティ大陸を一言で表すなら、魔族の住む地だ。ペルコイデイ王の言っていた魔族領とは、この大陸に当たる。
そして二百年前に、その魔族達との間で大きな戦争があった。お互いに多くの死者を出し、最終的には痛み分けで終わった戦争。
「そ、その戦争は、女神教の主導で行われまし……た」
「それは何が理由で起きたのですか?」
「こちら側の理由……は、穢れた魔族の、殲滅」
魔族。その話は深掘りして聞いてみたい。
「女神教にとって魔族は敵なのですか?」
「敵……でもあるし、救済の対象……?」
ああ、そうか。
オドの過剰摂取をした生物は魔物になる。それの人間版が魔族という事だ。
女神教にとってオドとは闇、そして呪いという扱いだ。当時の女神教の教義には既に『魔族とは害をもたらす者』と書かれていたらしい。大陸を越えてやってきて、密猟をしていくのが主な害であったようだ。
その対象はあらゆる動植物であり、家畜等も含まれていた。手当たり次第に資源を奪っていく彼らに、当時の人々は強い不満を溜めていった。
そして戦いが始まった。
魔族はオスティエクトの人々に比べて豊富なオドを有しており、大陸を越えてこちら側へと攻め込まれてしまう。
そこで女神教が勇者召喚を行なった。たった一人の勇者が戦況をひっくり返し、魔族をコンドレクティ大陸へと押し戻した。
当時の女神教はオスティエクト大陸の全てを支配するような強い力を持っていた。そして勇者召喚による勝利によって、その地位を盤石な物にした……かに見えた。
「戦争が終結すると魔族による被害も落ち着き、勇者は姿を消して……しまった。そこから各地の独立が始まって……今の形になった」
敵が居なくなった事で、その影響力を保持する事が出来なくなってしまったのだろう。
であるなら、その影響力を再び得ようと考えて勇者召喚や魔族領への出兵をしようとしている、という仮説は充分に成り立つな。
「魔族の成り立ちというのは、歴史書で残っていたりするのですか?」
「……皆無で、す。文献として、残っていませ……ん」
何か不都合な事があって、検閲でもされたんだろうか。それとも単に、情報を本にして残すという習慣が無かったのか……。
魔族の事を知るには、彼らと直接話をするか……もしくは大陸を渡るのが一番なんだろうな。
「有難うございます。もし良ければ、この大陸の国々についても教えて貰えないでしょうか?」
「それなら……わかります」
そこから一晩中、オスティエクト大陸の国々についての知識を教えて貰った。
話し方は独特な人だったが、嫌な顔もせずに知識を披露してくれたのでとても有意義な時間になった。メモを取りながら聞いていたので、これからの旅で役に立つのは間違いない。
最終的なメモの量はとんでもない事になったので、途中で図書館から紙を買わなければならなかったりもしたが……。
今の時点で思い付く質問は全てジュリアナさんに答えてもらい、図書館を出た頃にはとっくに太陽が昇っていた。目ん玉に日差しが刺さってとても痛い。
ジュリアナさんはその後再び読書に戻っていたが……あの人はいつ食って、いつ寝てるんだろうか。いつか死にそうで心配になるな。
朝の市場は賑やかだ。それが新市街の物となると、様々な店と品物でごった返している。
流石にもう完徹するような歳じゃねえな、と己の体力に文句を言いながら帰路についていると……そいつがいた。
屋台の軒先に無造作に置かれた、筒。
「おっ、にいちゃん。何かお探しかい?」
「いえ、この筒……? なんですかね、これは」
「こいつかい? 大分昔にリピディスティアから仕入れた品なんだが、こんなナリで魔法のバッグだ。あっちで売れ残ってたから買ってはみたんだが……まぁ、案の定な」
マジかよ、これ魔法のバッグなのか!?
魔法のバッグ。それは魔法が付与されていて見た目以上の収納力を誇る、冒険者の必需品とも言える品だ。
だがそこにあったのは、まるで筒のような……というか、筒そのものだった。
「なるほど、やっぱりそうですか。これでは入口が狭過ぎて、剣も入らなさそうですね」
「そうなんだよ。普通のやつなら入り口なんて関係なくスルッと入っちまうもんなんだが、こいつは制限があるんだわ。まぁ、俺も剣くらいならいけるかとも思ったんだが、どいつも『これじゃガードすら入らない』と言ってな。棒だったら何本でも入っちまうんだが……」
これがまだ平べったいような形であれば西洋剣が入りそうな感じがするが、直径が二十センチあるかどうかではなぁ。しかも入口部分は金属で装飾されているから、変形もしないときた。
「私もバッグは一個欲しいとは思ってるんですが、これではちょっと……」
「駄目かい? ほら、槍とかならいくらでも入るぜ?」
「生憎、槍を得物にしている者が知り合いにいませんねぇ。後、武器を魔法のバッグに入れる人もいないでしょう? そもそも、普通の形の魔法のバッグなら予備の武器だろうが素材だろうが入りますからねぇ」
確かに細身の槍なら入りそうだが、そもそも武器というのは即応性が求められる。そんな物をわざわざ取り出しにくい所に入れる人も居ないだろう。
ちなみに矢筒としても使うのは難しそうだ。入るのは間違いないのだが、この手のバッグは意外と制約が多い。取り出す時に中に手を突っ込んで手探りで探す必要があり、そもそも素手で触れないような物を仕舞うのに向いていないのだ。
この辺はシャルの持っていたバッグを見ていなければ分からなかったな。
だが、俺はこいつが滅茶苦茶欲しい。値段次第ではあるが、俺にとっては使い道がある品物だからだ。
「安くしとくからさぁ……。どうせ仕入れ先でも売れ残りで安かった物だから、仕入れ値が回収出来りゃこっちとしても助かるんだよ」
素直な人だなぁ。商売が下手とも言うが。
「そうですねぇ、とは言っても普通は金貨が必要なものでしょ? 大銀貨一枚くらいだったら買っても良いですけど」
「うーん、……うん、よし。それでいいや、その値段でどうよ!?」
えっ、いいのか!? 大分吹っ掛けたつもりだったから、まさかそんな答えが返ってくるとは予想していなかった。
そして残念ながら……大銀貨なら手持ちとして持ってるんだよなぁ。
駄目だな、これは運命の出会いだ。そうに違いない。
衝動買いなんていつもこんなもんだ。その時に買っておかないと、それからずっと頭から離れなくなってしまうんだよな。
だから、買わない後悔より買って後悔!
「わかりました、それでは大銀貨一枚で……」
「まいど! にいちゃんほんと助かったわ、今後もご贔屓に!! あ、このベルトも付属品だから一緒に持っていってくれな」
わぁ。買っちゃった。
見た目はただのベルト付きの筒である。縁が金属で補強されている以外に、特に目立った装飾は無い。腰に下げられるようになっているので、その辺も実に都合が良い。
何に使うかなんて簡単だ。
この大きさなら間違いなく、リールが付いた釣り竿が入る。ベイトタックルだけでなく、スピニングリールの六千番クラスだって多分行けるだろう。
これで旅の相棒達の破損を気にする事が無くなった。釣具の持ち運びをどうするかはずっと課題として考えていた事だったので、その心配がすっぱりと解決したのだった。
そんな事がありつつ帰宅。
誰もいる気配がないので、二人共どこかへ出掛けているのだろう。ルビアもいないのは、散歩がてら連れて行ってくれてるのかもしれない。
とりあえずもう眠気が限界だ。
ベッドに横たわると、俺はあっと言う間に意識を失ってしまった。
目が覚めると今度はもう日が傾いていた。完全に昼夜逆転である。
釣りをしているといつ寝ればいいのか分からなくなる時がある。
朝はマヅメで、昼は潮止まり寸前のチャンス、夕方もマヅメ時だし、昼に潮が止まるなら夜中にもそのチャンスはやってくる。
釣りと似たようなアウトドア趣味にキャンプがある。
この二つはよく両立させたようなビジョンが描かれるが、キャンプは夕飯や夜の空気を楽しむ趣味だと俺は勝手に思っている。そうなるとキャンプを楽しむ時間は釣りにおいても大事な時間になるので、思ったよりこの二つは両立しないのだ。
どちらを取るか考えたら、俺はやっぱり釣りの方になっちゃうからなぁ。
そんな事を考えながら釣具の整理をしていたら、扉の開く音がした。
「ただいまー」
「わんっ! わんっ!」
「あっ、マサユキ様帰ってきてるにゃ!」
やっぱりみんなで出掛けてたんだな。
「おかえり、急に出掛けてごめんな」
ひとまずセドナ達に理由を説明して、得られた情報を共有する事にしよう。
「マサユキ様、どこ行ってたのにゃ?」
「イザークさんに頼んで、色々聞いてたら大学の図書館で人を紹介されてさ。歴史とかに詳しい人だったから、これからの行動に役立つんじゃないかって思って色々話を聞いてたんだ」
「まぁそんな事だろうとは思ってたけど……ちゃんと言ってから出掛けてよね?」
「トレーシー、ごめん……」
「わんっ!」
心配したぞと、ルビアにも怒られてしまった。謝罪の気持ちを込めてナデナデしてあげたら、尻尾をバタバタさせながら床に寝転んだ。お腹も撫でてやろう、わしゃわしゃ。
「でもそれなら丁度良いかな。ご飯まだでしょ? 今日はみんなで食べようと思って、二人を呼んでるんだ」
「そうなの? じゃ、その手に持ってる大荷物は買い物に行ってたとか?」
「そうにゃ、しんぼくかいにゃ! 多分そろそろ来ると思うにゃよ」
もしかして俺がフリットのやり方に突っ掛かったりしたから、気を使ってくれたのかな。
旅に出たらこういう事も起きるだろうし、今の内に話し合いをしておくのも悪くない。むしろ、俺がこっちの価値観に歩み寄って行かないと駄目だな……。
こっちの世界に来てから一ヶ月は経ったが、死生観はそうそう簡単には変えられなかった。
命の危機を感じる機会はあったから、前より死が身近な物であるという覚悟は……出来ているとは言えないな。それでも、少しは慣れたような気はするが。
釣りという物を趣味にしている以上、魚を殺してしまう事はある。食べる為に殺すのもそうだし、リリースに失敗してしまった事だって何度もある。
だが、そこまでが一般人のやれる命のやり取りの範囲だろう。
狩猟を趣味にしている人もいるが、一般的に言って魚と哺乳類や鳥類とでは明確な線引きがあると思う。数が多いだけに、魚の命の価値は低い。当然、食文化の影響もある。魚を締めるのと、哺乳類を締めるのとでは、少なくとも俺にとっては心理的抵抗感が違う。
勿論、魚の命も尊重はしている。食べないのなら、なるべく長生き出来るように逃がしてあげたいと思っている。しかし魚と同様に、犬や猫にルアーのフックをぶっ刺せるかと言われると、首を振らざるを得ない。
それが人間相手なら尚更だ。自分の命が危険に晒される状況だったとしても、その抵抗感が消えるとは思えなかった。
そんな事を考えていたら、来客がドアを叩く音がした。




