42話 知りたい事
ギルドへ戻った俺達は、ユニさんへ依頼の報告をした。流石にカウンターでアレらを出す訳にはいかず、別室に通された。
布袋を何重にも重ねた中に、集めた討伐の証拠が入っている。それを出すと、嫌な顔一つせずに中身を確認し始めた。
「報告にある模様と同様の物ですね。数も事前調査と同数です。お疲れ様でした」
「ユニさんすみません、他にも報告があるのですが……」
そう言ってフリットは今回の依頼で起きた事をそのまま報告した。
実際、俺達が盗賊団を倒した訳ではないしな。戦闘自体はしているが、結果としては漁夫の利でしかない。フリットも、これで依頼達成となる事に後ろめたさのような物を感じているのかも知れない。それは俺も同じだった。
「……そうですか。とはいえ目的は達成されていますし、依頼は完了として受け付けます。しかし、銀貨級の貴方がたが数人でも倒し切れない手練れが居るというのは貴重な情報ですね」
まぁ、俺だけはまだ銅貨級なんだが……。
「とはいえ、どうもヤツは俺だけに狙いをつけてきました。盗賊団を壊滅させたのにも何かしらの理由があるとは思いますが、俺を狙ってきた理由とそれが同じ物とはちょっと思えません。今回の依頼の背景は何かあるんですか? 言える物だけでいいんですが……」
「あの砦の盗賊団ですが、街道にて小規模な商隊への襲撃をここ最近繰り返していました。その対処として今回の依頼が国から出されたという事です。それ以外に何かがあるとは、特に聞いていませんね……」
勇者を殺す事と盗賊団を壊滅させる事。どちらも目的として成立する立場と言うのは一体何なんだろうか。
まぁこれ以上の情報が得られないのなら、当分はこの気持ち悪さと同居するしかないだろう。
「それでは報酬ですが、今回はギルド側での検証作業は必要ありませんので、この場でお支払いする形になります。ギルド登録されてるのは四人ですので、それぞれ大銀貨二枚と小銀貨五枚ですね」
つまり、もしこの依頼を一人でこなせれば小金貨一枚が一日で稼げるという事か。
凄いな。命懸けとはいえ、日給で百万円だぞ。冒険者なんて個人事業主だから経費とか計算したら報酬額の全部が全部、利益になる訳ではないが……金額が大台に乗った感はある。
しかし、そのハードルも大分高いな。あそこで死んでたのは十人弱、正確には八人だった。
アウトロー連中と言うのは、基本的にそれなりの実力者だ。無法を働けるだけの力があるからこそ、その存在は成立する。実力が無いのに無法を働けば、あっと言う間に権力者側に斬り捨てられるだけである。
何度も襲撃が成功していたのなら、連中はただのチンピラレベルの馬鹿じゃない。それを一人で相手にして無傷だった、あの黒装束の女。
一体、何者だったんだ……?
ギルドを出た俺達は、食事を取る為にどこへ行こうかという相談をしていた。
「しかし、今回の報酬は凄いな。ここまでとは予想していなかった」
「報酬だけで見たら金貨級ですよ? こういう仕事だけしたいですね!」
シャルはほくほく顔だ。確かに、報酬額だけで言ったらそうだな。
「あれ、フリットは内容と報酬額を聞いてから受けたんじゃないのか?」
と、素朴な疑問が湧いたので聞いてみた。まさか、そんな適当な受け方をするとはフリットに限っては無いとは思うんだが……。
「勿論聞いたさ。俺達がこなせるかどうか、ギリギリの難度の物だと思ったから受けた」
「じゃあ、成功するか分からないようなレベルだったって承知の上で受けたのか!? お前、安全マージンとか……」
流石にちょっとあり得ないと思い、語気を強くして反論してしまった。
「マサユキさん。なら、旅の道中に俺達に降り掛かってくる災難は死なないように手加減をしてくれるのか?」
「それは……そうだろうけど」
「月単位で俺達はこれから動かなきゃならないんだ。全員が無事に帰ってくる為には、現実として俺達がどこまでやれるのか。その見極めはリーダーとして必要な事だと思った。まあ、流石にこの結末は予想外も良い所だったが……」
長い道中になるだろう、その途中で何が起きるかなんて誰にもわからない事だ。そんな中で、リーダーとして判断材料が欲しくなるのは当たり前だ。
どこまでが対応出来るラインなのか、どこから撤退すべきなのか、そういう判断を求められるのがリーダーだ。
「悪い、言い過ぎた。その通りだと思う」
フリットは色々と考えてくれてたんだな。これは俺の考えが足りてなかった。
「だが、あの手練れを相手にして誰も欠けずに帰ってこれたのは良かった。下手したら、誰か死んでいてもおかしくは無い相手だったと思う」
その言葉も間違っていないだろう。
状況としては、撤退してくれたと言った方が正しいくらいにまだ黒装束の女には余裕があった。捨て身で行けば、俺を殺すという目的は達成出来たかも知れない。
だが、それはしなかった。という事は、ヤツにとって俺を殺すという目的は、自分の身を危険に晒してまで急いでやらなければならない事では無いと言える。
かち合うまで俺の顔すら知らなかったようだし、やはりあそこに居た目的は盗賊団側への用事があったという事だろうな。それが何なのかは今の所、皆目見当が付かないが。
別れ際に『女神教の犬』と言っていた辺り、女神教に良い感情を持っている感じはしない。それが彼女にとっては一般論になるのだろう。俺も女神教によって召喚されたのだから、基本的に勇者とは女神教の為に動くと思われても当然か。
でもあの時の女神教の犬って言葉は、俺を指してる訳でもルビアの事でも無かったみたいだな。誰の事を言ってたんだ……?
「マサユキ……大丈夫?」
考え込んでた俺にトレーシーが問い掛けてきた。
「みんな、済まない。ちょっとやりたい事が出来てしまった。みんなで何か美味いもんでも食ってきてくれ。俺はちょっと出掛けてくるから、帰りは明日になるかもしれない。今日の報酬はセドナとトレーシーに渡すよ、何か必要と思う物があったら遠慮無く使ってくれ」
「ちょ、ちょっと!?」
「わかったにゃ……?」
「フリット達もごめん、後は頼んだ!」
やはり今の俺には足りない物が多すぎる。残りの時間ではそれを埋めるには足りないだろうが、完璧ではなくてもいいから少しでも多く手に入れておきたい。
皆と別れ、俺は急いであの人の所へ向かった。
ドアをノックすると、家の主が迎えてくれた。
「マサユキよ、どうしたのじゃ?」
「夜分にすみません、どうしても聞きたい事がありまして」
「わしに分かる事なら構わんが……」
俺が行ったのはイザークの所だった。正直、女神教に関してはペルコイデイ王の所が本丸だろう。だが、直球で尋ねてしまうと不都合が起きそうな気がした。彼と親しく、一般的な知識が豊富そうなイザークの方が適切だと感じたのだ。
後、彼の力を借りられるのはここにいる間だけだ。一度出発してしまえば、俺は手元にある知識だけでやりくりしていくしか無くなってしまう。
彼は家の中に通してくれた。何やら作業をしていたようで、細長い素材がいくつも机の上に置いてあった。
「これは、もしかしてブランクスですか?」
「そうじゃよ。マサユキの竿についての話を聞いてから、それに見合う素材が無いかと色々探してみているんじゃ。それより、話とはなんじゃ?」
イザークに今日起きた事を説明してから、自分が疑問に思っている事を聞いてみた。
「ふむ、そのような事があったのか……」
「お聞きしたいんですが、女神教に対して反目している組織と言うのはあるんですか? 例えば、別の神を信仰する宗教だとか……」
「前にも言ったかも知れんが、この大陸においては女神教は唯一の宗教じゃ。細かい所で土着信仰はあったりはするが、それらは別に女神教と相容れない物であったりはしないのじゃよ。例えば北のフェシル族は彼らが狩りをする森を神格化しておるし、彼らと共生するエルフ族には農業の神がおる。しかしどちらも結局は地の女神であるテルスの事を指しとるでな。結局、どちらも信仰の先は地の女神であるテルスとなるのじゃ」
なるほど、最終的には四属性の女神のどれかに行き着くという事か。つまりそれは、マナの女神を信仰する女神教へと収束する。
地域によって特色が出ても、それがマナの女神達であるならば女神教として受け入れる。大分寛容的な宗教のようだ。
地球の一神教ガチ勢の連中が聞いたら怒るかもな。
「マナの女神を受け入れず、それを否定するような宗教や考え方はありませんか?」
「ふむ。女神教の本拠地である神都ネータストとサルモネディ帝国は強い結び付きがあるから、反帝国勢力があるとすればそういう物もあるのかも知れんが……。少なくともオスティエクト大陸内での覇権争いは、表面上としては存在しないからの。わしもそれ以上の話は、申し訳無いが知らぬのじゃ。わしらは宗教としてではなく、学問としてマナを扱う人間であるからのぅ」
疑い始めたらきりが無いが、少なくとも表に出るような話が無いのなら、それらが存在するとしても大分アンダーグラウンドな物なのだろう。
そうなるとあまり踏み込みたくは無いな……。
「そう言えば、大分昔にはマナと相反するとされていた物があったの。おぬしもよく知っとる物じゃ」
「それは一体、なんですか?」
「オド、じゃよ。オドという概念は現在の女神教にも組み込まれておるのじゃが、それは【闇】とされてるのじゃ。大昔にはオドの事を【呪い】と言っていたとも聞く。マナの女神を光の女神とも呼ぶ事から、それぞれ対になるという考えじゃな」
「闇に呪いですか、また穏やかでない言い方ですね……。それはどういう理屈なんですか?」
「生きる事によって身体には闇が生まれ、呪いとして溜まっていく。呪いが溜まると、魔物になる。呪いが溜まると、心身に異常をきたす。ほれ、まさにオドの事じゃろ?」
「まぁ、確かに……。でもそれだと、魔法の原理となんか齟齬が出ませんか? そんな不浄な物を使ってるのに魔法の詠唱は女神の力をさも借りてるみたいな内容だし、矛盾しているように思えるんですが」
「女神教の経典によるとじゃな、魔法とは『己の中の闇を減らす事で、女神がもたらす奇跡』なのだそうじゃ。闇を減らすという事は善行であり、その善行への褒美として女神様が奇跡を与えてくれる、という事であるな。表現は違うにせよ、原理としてはその通りであろう?」
うーむ。
「そういう面で考えると、女神様の教えに一番背いているのはわしらの様な魔法使いであるかもしれんな。信仰とは全く違う理屈を体系立てて、魔法を研究しておるのだからの」
「黒装束の女の攻撃を捌いた際に、俺の鞭が彼女の頬に当たったんです。そうしたらルビアの母親であるアクアの時みたく、俺の頭に彼女の思っている事が流れてきたんです。彼女は俺の事を『裏切り者』と言っていました」
「おぬし、セドナちゃんやトレーシーちゃんという娘達と暮らしておりながら、また別の女に手を出したのか!?」
「なんでそうなるんですか、初対面ですよ! 大体、そういう関係でもないですから!!」
がはは、と笑うイザーク。冗談にしてもたちが悪いぜ、爺さん。
「じゃが、あちらさんとしてはそういう認識をしているのは間違いがなさそうだの。なら、命を狙うと言うのも理由としてはわからんではない。仮に女神教に異を唱える者であれば、それによって召喚された勇者は敵でもある。出会ってすぐに刃を向けるとなると、その敵意は相当な物じゃな」
しかし、俺が何を裏切ったと言うのだろうか。
「ここから先は、わしの知識では力になれそうにないの。調べてみるなら宗教学……もしくは歴史かの。どれ、大学の図書館にでも行ってみるか」
確かにあそこなら何かしらの手掛かりが得られそうだ。
「以前、トレーシーの同行者として連れて行って貰った事があります」
「ならば話が早い、わしが一人でも入れるように手配してやろう。ほれ、行くぞ?」
「えっ、今からですか!?」
「あそこには本の虫が住んでいるからの。表向きの開館時間とは別に、探求者向けの裏口があるのじゃ。ほれ、ほれ」
イザークに急かされ、裏口から出る。
あっこれ、前にもあったやつだ……。
「ほれ、歯を食いしばっておれよ!」
イザークは俺の手を掴むと、風魔法を吹き出しながら空へとかっ飛んでいった……。
「ぜぇ……ぜぇ……」
あまりの速度だったので、顔の筋肉が強張っていた。前回よりなんかしんどかった気がする……。
「どれ、ちょっと話をつけてくるからここで待っておれ」
「わ、わかりました……」
とりあえず息を整えながら周りを見回す。既に薄暗くなっているが、確かにここは魔法大学の敷地内のようだった。目の前にある建物の形に、少しだけ見覚えがある。
しばらくすると建物からイザークが出てきた。
「ほれ、着いてくるがよい」




