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41話 討伐依頼と乱入者


 ユニさんから説明された依頼内容は【郊外に拠点を構える盗賊団の壊滅、及び盗まれた物の奪還】だった。

 掲示された依頼書にはアバウトな事しか書いていなかったが、それはどこまでギルドが情報を掴んでいるのかを漏らさない為の措置との事。

 依頼の受託後に、別室で詳しい内容を聞かされた。


 ラテオラ西の郊外に、今はもう使われていない小さな砦があるらしい。

 元々は国の騎士団が管理していた物だが、使われなくなって久しい為にそういうゴロツキ共が居座ってしまう事が度々起こる。そういう仕事には国も手が回らないので、ギルドへと依頼が降りてくると言う事だった。

 目的は不法占拠者の排除であり、その生死は問わないとの事。


「フリットはどう思う?」


「充分、こなせる依頼であるとは思う。何度かこの手の依頼はやった事があるが、その頃より戦力も増えているから問題無いだろう」


 それならばと全員で依頼受託のサインをして、俺達は現地へと向かった。






 ラテオラ西門を出て、途中まではギルド管轄地へ向かうルートを歩く。その途中からは道無き道を行くような形になった。所謂、藪漕ぎだ。

 この世界に居るのかは分からないけど、マダニとかマムシが怖い。


「動きにくくて面倒にゃね。炎爪でバッサリやるにゃ?」


 藪を押し分けながらセドナが漏らす。


「いやセドナさん、それは駄目だ。目立ち過ぎるし、山火事を起こす訳にもいかないだろう?」


 フリットはそう言うが、トレーシーは弱めに調整した風刃で藪を払いながら進んでいた。シャルも両手の短剣で柔らか目の植物を払いながら歩いている。

 適材適所だな、諦めろセドナ。


 しかし藪はあるが、大きな木はある程度の感覚で離れて生えている。元々は道だったのだろうか。

 俺は肩にルビアを乗っけながら周囲の警戒をしている。鞭じゃ草木を払えないから仕方無い。

 これも適材適所だ。今の所はオドの光も特に見当たらない。


『ごしゅじん、ちょっとにおってきたよ』


「臭ってきた? 人の物か?」


『それもあるけど、いちばんつよいのは“ち”のにおいだね』


 そろそろ砦の近くらしいが、少し不穏だな。フリットにそれを伝えると、少し何かを考えていた。


 藪の濃さが急に薄くなりはじめ、皆はこれまで強引に植物を払っていた手を止める。なるべく大きく藪を揺らさないように慎重に歩を進めると、ようやく視界が開けた。


 目の前にある古びた砦は、所々が崩れたり、苔や蔦に覆われている。

 人の手が入らなくなって久しい事を感じさせるが、その中でも門だけは使われている形跡があった。門の上部に伸びる蔦が千切れていた。


「ここで正解のようだな」


 フリットはそう言い、一度藪の中へと引き返した。


 さて、ここからどうするか。

 見た感じ、特に見張りが立っているような感じは見受けられなかった。警戒心が薄いのか、それとも別の意図があるのか。


「まずはシャルに周囲を偵察してきて貰いたい。欲しい情報は他の入口の有無と、出来れば敵全体の戦力だな。もし見付かった場合はこちらへ連れて来てくれ、俺達で迎撃する。トレーシーとマサユキさん、準備を頼む。俺とセドナさんは、トレーシー達の迎撃が失敗した場合、前線に立つ」


 フリットの指示に皆は頷き、それぞれの行動を開始した。

 シャルの身体から出たオドの光が、彼女の脚へと収束していく。そして驚く程の跳躍力で近くの木の枝へと飛び移っていった。

 身体強化、凄いな……。


「ルビア、まだ血の匂いはするのか?」


『ぷんぷんするよ、あそこから』


「血の匂い?」


「ああ、ルビアには漂ってくる血の匂いがわかるらしいんだ。中で何か起きたのかな」


「可能性はあるが……まさか仲間割れという事も無いだろう。だが、それが人質や何かだとすると、急いだ方が良さそうだな」


 とは言え、それ以外に情報が無いのに全員で突撃する訳にもいかない。歯痒さを感じながらも、シャルの偵察結果を待つしかないだろう。


 周囲を警戒しながら待っていると、上の方から何かが来るのを感じた。と同時、目の前にシャルが降りてきていた。

 これ、敵だったら完全に不意打ちを食らってたな。怖え……。


「どうだった?」


「周囲には何か居るような気配はありませんでしたね。砦自体も、不気味な程に静まり返ってます。どの窓も閉まっていたので中の様子は伺えませんでしたが、物音等は何も」


 戻ってきたシャルが報告する。


「フリット、どうする……?」


「ルビアからの情報が無ければ、留守として出直す所だが……この状況では、中を確かめて見るしかあるまい。ここは、正面から行こう。全員、戦闘準備を。俺が先頭で行く、トレーシーとマサユキさんは後方から援護してくれ」


 俺とトレーシーは目を合わせ、頷きを返した。


 茂みからフリットが飛び出し、セドナとシャルが後を追う。砦の正面扉に張り付いた三人を確認した後、俺とトレーシーはそれに続いた。

 フリットは全員を確認してから扉を開け、小盾を構えながら突入した。それに俺達も続く。


 窓が締め切られた砦の内部には、咽返るような血の匂いが籠もっていた。

 内部の少ない明かりに目が慣れてくると、だんだんと状況が見えてくる。


 うっ……、なんだこれは……。

 見えてきたのは、十人弱の倒れた人間。いや、これは既に【人間だった物】だ。その着衣や装備には争った形跡は少なく、倒れている死体は石造りの床に出来た血の海に沈んではいるが、人としての形は保っている。

 つまり、急所を的確に突かれていた。


 そして、その死体達の中心に佇む人影が一つあった。


「貴様、何者だ!?」


 フリットが叫ぶ。

 その人影がゆっくりとこちらを向くと、隙間から差し込む光にその姿が露わになった。


 黒い服に身を包み、頭部には……獅子? 激しく敵を威嚇するような表情の仮面に見える。

 仮面の主は、こちらに振り返った後は何も動きを見せていない。フリットの問い掛けに対しても無言を貫いている。


「俺達は、そこに横たわってる盗賊団の討伐依頼を受けてここに来た。こいつらを殺ったのはお前か?」


 フリットが更に問い掛けるが、返事は無い。

 このまま睨み合いを続けても埒は明かないが、向こうに敵意があるのかわからない以上はこちらも下手に動けない。


「……トレーシー、冒険者同士で依頼がかち合ってしまうなんて事はあるのか?」


「こういう討伐系のだとほぼ無いよ。私達に対して悪意を持っててわざと横取りする嫌がらせ、ってのは絶対に無いとは言い切れないけど……」


「そんな恨みを買う様な事をウィンドブローはしたのか?」


「してないよっ! ……たぶん。むしろマサユキがなんかしたんじゃないの!?」


「なんで俺が!? いくら勇者だからってそんな……」


 俺がそう言った瞬間、黒装束の獅子面はピクリと反応を見せた。

 やべぇ、口を滑らせたかも。


「……貴様、異界から召喚されし勇者なのか?」


 うわーやべぇ。そこに反応してくるんだぁ。


「ならば……」


 黒装束の獅子面は何処からともなく片手剣を取り出し、一息で一気に間合いを詰めてきた。その切っ先の向かう先は完全に俺だ。

 そこにフリットが割り込み、オドの光を発しながら黒装束の振り下ろした剣を盾で受け止めた。すかさず俺はオドの制御を止め、以前のように周囲へ自分のオドを解放した。

 それを受けてフリットの輝きが一層強くなる。これまで試してはなかったが、やはり魔法だけでなくオドを使った身体強化にも俺の強化は効果があるみたいだ。


「貴様、マサユキと言っていたな?」


 そ、そうですけどぉ!? 獅子面に隠された筈の目は、フリットと剣を合わせながらも確実に俺に殺意を向けていた。

 急いで肩に乗っていたルビアを、空いている所へ逃げさせる。


「丁度良い、ここで殺す!!」


 だからなんで!?


「風の女神よ、一陣の風刃となって彼の者を切り裂け!」


 トレーシーが詠唱し、いくつもの風の刃を発射した。詠唱内容はいつも通りだが、牽制用に発射数を重視しているのか、いくつもの風刃が黒装束に向かっていく。巻き込まれないように素早く後ろへと引くフリット。それによって射線の通った風刃は完全に直撃コースだ。

 しかし俺のオドで強化されている筈の魔法が、いとも簡単に奴の剣で振り払われてしまった。

 そこにセドナとシャルがすかさず、黒装束の横から斬り掛かった。しかし、それも人間とは思えないような跳躍力で躱されてしまう。跳ぶ瞬間にオドの光が見えたので、こいつも身体強化を使っているようだ。


 しかしセドナ達が躱されたとなると、俺は上方から飛び掛かってくる黒装束と対峙せざるを得なくなってしまった。

 慌てて腰に下げた鞭を取り出し、黒装束に向かって振るった。革の鞭程度が当たっても致命傷にはならない。しかし、鞭の強みは一撃の威力ではない。重装備でなければ皮膚を割くし、リーチも長い。

 俺が振るったタイミングは運良くドンピシャで、剣を振りかぶった黒装束の前腕へと当たった。黒装束は怯んだのか剣を振り下ろさずに、その勢いのまま俺とすれ違って後ろへと着地した。


 聞こえた。確かに、聞こえてきた。

 鞭が当たった瞬間に『裏切り者』という、こいつの声が。


「どういう事だ!? 俺が裏切り者って……」


「貴様……私に何をした?」


「何かしてきてるのはそっちだろう!」


 ポジション的には後衛の中まで潜られた状態であり、このままではトレーシーが危ない。しかし何故か、黒装束の意識は完全に俺に向いているようだ。


「なんで俺がお前に殺されなきゃなんないんだ!?」


「知る必要は無い。お前に必要なのは死だ、女神教の犬が」


 黒装束は剣を構え、再び俺に斬り込んで来る。再度俺は手首を返して鞭を振り、黒装束の頭を狙った。

 黒装束は剣で鞭を振り払おうとしたが、既に勢いをつけた鞭の先端はその剣を支点にして内側へと軌道を変える。剣に巻き付こうとする鞭を振り払い、再び奴は飛び退いた。


 顔付近を狙った鞭の先端は、黒装束が思った以上に回り込んでいたようだった。飛び退いた黒装束の顔からは、奴の着けていた獅子の面が無くなっていた。

 黒髪の短髪、そして色の白い肌。黒い瞳に長い睫毛。細身で整った顔立ちが露わになっていた。そしてその頬には鞭が切り裂いた傷が出来ていた。


「お前、女だったのか」


「これから死ぬお前が、私の性別を知ってどうなる?」


「可愛い女子に命を狙われるシチュエーションというのは嫌いじゃない。むしろ性癖的にはアリだけどな」


「では、女の顔に傷を付けた責任を贖うついでに死ね」


「なんだ、ちゃんと話が出来るじゃないか。じゃあ死ぬ前に殺される理由くらい教えてくれよ、冥土の土産って奴が必要だろ?」


「メイド……?」


 あ、言い回しが通じてねぇや。

 でもまぁ、こいつが会話に付き合ってくれたおかげで時間稼ぎが出来た。トレーシーは距離を取り、セドナとシャル、フリットが俺の横に来ていた。

 仮面が外れてからというもの、女の身体からは常にオドの光が溢れている。何か仕掛けてくるつもりかもしれない。


「これで状況は戻ったな。まだ続けるか?」


「こちらはこのまま続けても構いませんが、流石にそちらはお一人では厳しいのでは?」


「私達はあなたをどうこうする為にここに来た訳じゃないからね、獲物はあなたに横取りされちゃったけど」


「獲物とは、そこの勇者の事か?」


 なんで俺になるんだよ。お前が殺した連中の事だよ!! と、心の中で叫ばずにいられなかった。


「なんだ、こいつらの事か。……ん?」


 あれ? 今、なんか変だったな。心の中でツッコんだだけだったのに。

 もしかしてアクアの時みたいになっちまったのか?


「とにかく、こっちにはお前をどうこうする意思は無い。後、俺は女神教とは何の関係も無い。召喚されて以来、ろくに関わった事も無いからな。俺は無宗教派なんだ」


「その割には、教会の犬を連れているようだが?」


「何の話だよ。もしかしてルビアの事か?」


 確かに犬ではある、のか……?


「まぁいい、私の目的は達成した。……次は無いと思え、勇者」


 黒装束の女はそう言うと、再び身体強化の光を放ちながら砦の奥へと跳び去って行った。






「一体、なんだったんだよ……」


 なんとか危機を脱した俺達は、一応は再襲撃を警戒しながらも依頼達成の為に証拠集めをしていた。盗賊団を殺した証拠は何になるのかとフリットに聞いたら、こいつらが付けてるタトゥーとかアクセサリーとかが証拠として機能するとの事だった。

 正直、人間の皮を剥ぐのはちょっとゲンナリする作業だ。死体とはいえ、ちょっとキツい……。魚を捌く事と同じだと自分に言い聞かせ、くたばってる男の腕の表面にナイフを滑らせる。


「あいつは何故かマサユキさんを執拗に狙っていたな。その出自も把握しているようだし、少なくとも味方にはなり得ないだろうな」


「そうですねぇ。見た目はマサユキさんと同郷なのかなって感じでしたけど、覚えはないのですか?」


「ないない、全くもって見ず知らずの人だよ……」


「でもなんか、馴れ馴れしい感じだったけどぉ? 主にマサユキの方がね。アイツの事を可愛いとか言ってたし」


「トレーシー、お前なぁ。頑張って適当に会話を引き延ばそうとした俺の努力を茶化すんじゃないよ、死ぬかと思ったぞ俺は」


「ふーん、でも女の子になら殺されてもいいんでしょ?」


 トレーシーの言葉がなんか刺々しい。もしかして怒ってらっしゃる?

 あれは単に、あんな軽口でも叩いてないとチビりそうだったからという理由しかない。いや、単にカッコつけた台詞を言ってみたかったと言うのもあるけれども。


 同じ人間同士で命のやり取りをするのは、やっぱり俺にはキツい。フリット達は流石というか慣れている感じだが、俺にとってはこの感覚に慣れるのは当面の課題になりそうだ。


 一通りの作業が終わった所で、俺は胸を撫で下ろしながら血生臭い砦を後にした。


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