40話 ダイレクトリール
翌日。
今日は全員の装備をメンテナンスして貰うためにアルフレッドの店へ行く予定だ。こっちはイザークの店とは違って、ちゃんと【イリングワース鍛冶店】と言う名前がある。
が、商売的には相変わらず大手武器屋である【リーサルウェポンズ】の方が流行っている。ただリーサルウェポンズは小売りがメインである為、修理等はイリングワース鍛冶店の方に依頼が来るらしい。
別に仲が悪いと言う訳でも無いらしく、同業者同士の助け合いの精神でやってるとの事。
俺はついでに、またゴミ漁りが出来れば嬉しいなと思っている。貴重な金属素材の入手先でもあるからな。
店へ入ると、いつもより不敵な笑みを浮かべたアルフレッドがいた。
「……アルフレッドさん、どうしたんですか?」
「出来たぞ」
出来た? お、おおっ!? マジっ!?
「ほれ、確認してくれ」
そう言って渡されたのは丸型のベイトリールだった。
とは言っても、現代の物とは細部が異なっている。
まずハンドル横にある星型のドラグが無い。
そして勿論、パーミングカップにブレーキ調整用のノブも無い。正確に言うとあるにはあるのだが、これは遠心やマグネットではなくメカニカルブレーキのノブだ。
ひとまずそれを締め込んでみる。すると巻き感が重くなり、ちゃんと機能している事が伺える。
ハンドルを回すと、鉄の棒を曲げて作ってあるレベルワインダーがスプール幅一杯に左右を往復していく。スプールを指で弾くと、ハンドルが逆回転していく。
ハンドル側には指で動かせるネジが三本付いており、これがパーミングカップとギアのある本体とを結合しているのだろう。外してみると、左右のカップがフレームから離れてギア部が露わになった。
そしてもう片方のパーミングカップ側には、なんと遠心ブレーキが再現されていた。構造としてはシンプルで、スプールシャフトの軸から二本の針金が真っ直ぐに伸びていて、そこには丸く切った小さな革が通されている。これがブレーキシューになっており、遠心力でパーミングカップへと接触する事でブレーキ力を発生させるのだ。調整幅は少ないが、出来るだけでも御の字だ。
「凄い……」
「ちょっと私には、何が凄いのかよくわからないけど」
「わたしもにゃ」
それは仕方無い。これは釣りを知っている物だけがわかる感動だろう。
今この瞬間、現代ベイトリールの基本形がこの世に誕生したのだ……。これにクラッチとワンウェイベアリング、そしてドラグが付けば、基本的機能だけなら現代の物と遜色が無い。
「完璧な仕事ですよ……」
「すっとぼけてんな。釣り竿を持ってきてんだから、そろそろ出来る頃合だと見込んでたんだろ?」
「へへ、バレました?」
こないだ、数日以内に出来るって言ってたしね。念の為と思って、試し投げが出来るように少しだけ色々持ってきていたのだ。
「試したくて仕方ねぇって顔してんぞ。裏を使って良いから、行って来いや」
「ありがとうございます、では早速!」
俺は裏庭へと出て、昨日イザークの所で買った竿にリールを装着した。この竿のリールシートは意外と現代風の作りをしていて、よく餌釣り用の物で見られる金具型の物だ。まぁ、俺が教えたんだから当たり前の話ではあるが。
これもアルフレッド製なので、サイズ感はぴったりだな。
ひとまずは持ってきた糸をリールへと巻く。四号の糸が百メートルちょっとだろうか。
結構な深溝スプールだが、これはこれでアリだろう。レベルワインダーもちゃんと機能しており、完全に平行という訳ではないがバランスよくスプールに巻かれていた。
そして、ギア比についても頑張ってくれた事がわかった。ハンドル一回転に付き、スプールが七回転ちょっとは回っているだろうか。現代のリールからすると若干ローギアードにはなるが、一巻きで七十センチ近くは巻けている。逆算すると、円周率で割って……スプール径は三十二ミリか。
現代リールをそのままダイレクトリール化したような数値になるな。丸型なのでロープロファイル型ボディよりは握り辛いが、これも味だ。
しかし、ギア比の高さは不安要素でもある。ギア比が高いと、精密部品であるギアに負荷がかかるのだ。しかも今回はドラグと言う物は存在しない、故にギアへと衝撃がダイレクトに入力されてしまう。
丸型リールと言う物は総じてそこまでギア比の高い物が無い。これはボディ内部の配置の自由度の無さから来るのではと思っているのだが、これは単に個人の感想なだけである。だが、少し無理をしている設計かも知れない、と言う考えは持っていた方が良さそうだ。
針を外した十グラムのスプーンをつけて試し投げをしてみた。一旦、メカニカルブレーキはガタつかないだけの所、所謂ゼロポジションで試してみる。
緩めにサイドスローで糸を離してみると、意外とバックラッシュはしなかった。が、ギアの抵抗とルアー重量の軽さからか、結構左側へと引っ張られてしまった。やはり重めのルアーを投げるのが気持ちよくなれそうだな。
とはいえ、ダイレクトリールで十グラムがなんとか行けるってのは大分凄いんじゃないか? しかも、見様見真似の試作品で。
しかし投げた瞬間からハンドルが全力で逆転し始めるのが、新鮮で面白い。これで魚を釣ったらどうなるのか、今からでもワクワクする。
本当に釣り人の悪い癖だ。
新しいおもちゃを手に入れたら、今すぐ全てを放り出して水辺に立ちたくなってしまう。実に良くない。良くないとわかっていても、衝動を抑える事が出来ないのだ。
とりあえず今日はこのスプーンしか持ってきていないので、これ以上のテストは難しい。しかし、充分に戦力として活躍してくれそうな物が仕上がってきた。
本当に謎の技術力だ。後で、昨日のイザークの時みたいに現代リールの構造を全て話しておこう。
面白がって色々作ってくれるかもしれないし……。
そんな感じで試し投げを終えて店内へと戻ると、セドナとトレーシーは自分達の得物を調整して貰っているようだった。
セドナの鉤爪はわかるけど、トレーシーは確か杖だった筈だ。ここでの調整なんてやる事があるんだろうか。
「マサユキ様、これ凄いにゃよ!?」
「こっちも凄いよ、びっくりした……」
「一体、何が凄いんだ?」
「にゃんか知らないけど、使いやすくなったにゃ!」
「こっちはオドの伝達効率が上がったような気がする、こんな事ってあるんだ……」
「セドナのもんは身体に合わない部分が出て来てたからな、バランスとフィット感を見直した。トレーシーんのはまぁ専門外ではあるんだが、一部劣化してる部分があったからな。丁度同じ木材があったからそれで補修したが、上手く行ったようだな」
何でも出来るんだなこの人は。
この腕があってなんで店がこんな寂びれた雰囲気を出しているのか、不思議に思える。
やっぱ見た目? ちょっと怖いもんな。
「なんか失礼な事を考えてねえか?」
「とんでもない、流石は本職だって思ってたんですよ」
「ねぇマサユキ、ここをフリット達に教えてもいいかな?」
「マサユキに聞かなくても、俺が許してやる。客なら大歓迎だ」
「だ、そうだ。あまり時間も残されてないし、今から教えに行ってもいいんじゃないか?」
「んじゃそうしてみようかな、ちょっと行ってくるね」
そう言ってトレーシーはパタパタと店を出ていった。
「それじゃその間に、俺からアルフレッドさんにまたお願いがあるんですけど」
という事で、現代リールの基礎知識を彼に伝えた。
ベイトリールは勿論、スピニングリールの基本的な構造、抑えておかなければならない機構面での工夫等を絵を描きながら話した。
特にスピニングリールは防水機構や、ライントラブル防止の為の工夫が多い。現代のメーカーが必死になって考えてきた部分をくすねてしまうのはちょっと気が引けるが、まぁここは別の世界だから問題無いだろう。
再現が出来る事にも限度はあるだろうし。
今回のリールにはベアリングなんて存在しないが、いつかは欲しい物でもある。ブッシュでも同等の回転性能が得られるような素材があるのならそれでも構わないし、彼のつてで何か見付けられると嬉しいな。
「……なかなか難しい事を言ってくれるな」
「流石にトライエラーの連続にはなると思います。けど、出来たらイザークさんが高値で買ってくれると思いますよ」
「それじゃまぁ、このリールは情報料って事で譲ってやろう。他にも必要な物はあるか?」
「長期間戻れないので、メンテナンス用のオイルとグリスで使い易い物があれば嬉しいですね」
「ならばこの辺の物がいいだろうな。迷宮都市にある鉱山から産出される物だ」
ふむ、鉱物油系という事だろうか。
現代リールは樹脂部品やゴムが多いのであまりよろしくはないのだが、今回のダイレクトリールは全金属製だ。
丁度いいだろう。
そんな感じで話をしていたら結構な時間が経っていたらしい。いつの間にかトレーシーが二人を連れて戻ってきていた。
それからはフリットとシャルも得物のメンテや研ぎ直しをしてもらい、大分上機嫌になっていた。特に高価な武器ではないらしいが、日頃のメンテだけで行き届かない部分もあるのだろう。
いいタイミングだったかもな。
そんなこんなでまた一日が過ぎていった。
翌日。
今日で謁見の日から数えて四日目。出立の日まで、今日を含めて残りは四日だ。
物品の手配は王宮側でやってくれる。自分達の準備もそこそこ進んで来ている。
であれば、今のうちにやっておきたいのは……。
「おはよ、マサユキ。今日は何か予定があるの?」
先に起きていたトレーシーが、まだベッドに横たわってる俺に話し掛けてくる。横たわってるのは俺がものぐさだからではなくて、腹の上のセドナが重くて起きられないだけだ。
ルビアはいつも枕元で寝てくれるから本当に助かる。
「ふぁ、おはよう。皆が問題無ければ、ちょっと討伐系のクエストでも受けて各自の連携を確認すべきかな、とか考えてたんだ」
「昨日の調整で装備の使い勝手とか変わってるかも知れないし、良いかもね。フリット達は誘う?」
そうだなぁ。二人の邪魔をしても悪い気がするが、出来れば来て貰えた方が練習にはなるだろう。
「向こうの予定が優先って感じで、緩く誘ってみるか」
「そうね。なら先に行って聞いてきてみようかな。セドナちゃんがまだ起きそうにないし」
「すまない、頼んだ。後で、ギルドで合流する事にしよう」
「わかったわ、じゃ行ってるね。いこ、ルビア!」
「わんっ!」
おーい、セドナー。起きてくれー。
俺の下半身にしがみついてるネコ娘の肩を揺らすが、一向に起きる気配が無い。ちなみに、今朝は暴れん棒ではなかったので倫理面はセーフだ。
「にゃ……む……」
耳を垂らして幸せそうな寝顔をしやがって。
仕方無いので少し頭を撫でてやる。すると気持ち良さそうに頬を緩め始めた。
「むにゃ……ゔぁんさまぁ……」
何……? 流石に腹の上で別の男の名前を呼ばれると、そういう気があまり無い筈なのに嫉妬の感情が首をもたげるな。
まぁセドナにとっては命の恩人らしいから、この位は許してやるか。あいつもそれなりに美形だ、俺の顔では勝てないレベルだしな……。
「ほら、起きるぞセドナ。起きないと肉球をむにむにするぞ」
「ぅうん……それはやめる、にゃ……」
自分から触れるのは良いのに、人から触られるのには選り好みが激しい。猫らしい部分ではある。
うりゃ、むにむにむに。肉球かわいいね。そうやって彼女の手で遊んでたら、ぺしぺしっと猫パンチをされた。
「……えっちにゃ」
「毎晩、勝手に人の腹の上で寝てるお前が言うな。さ、準備してギルドに行くぞ」
「寝心地が良いんにゃから仕方にゃのにゃ。出掛けるにゃ? おさかな食べれるにゃ?」
「みんなで戦闘経験を積みたいと思ってるから、時間があったらどっかでやって見てもいいけど……」
そう言ったらセドナはベッドから飛び降りて、あっと言う間に支度を始めていた。今の内に新タックルのテストをしておきたいのもあるし、丁度いいか。
セドナとギルドへ入ると、フリット達が既に待っていた。
「ごめん、お待たせ。なかなかセドナが起きなくてさ」
「マサユキ様が釣具を選び始めたのが遅れた原因にゃ!」
仕方無いだろ、最近色々作っちゃったんだから。
「……まぁ、それはいいとして。トレーシーから戦闘の練習をすると聞いているんだが」
「ごまかしたにゃ!」
「ああ。何度か俺達は一緒に依頼をこなしたりはしているけど、もう少し色々お互いの手の内を知っておくべきかなと思ってさ」
「なるほど、それは俺も賛成だな。これから背中を預け合うんだ、必要な事だろう」
「何か依頼の当てはあるんですか?」
「そこはすまん、正直思い付きな部分もあるからあまり考えていなかった。とりあえず掲示板で見繕ってみよう」
「そしたら、討伐依頼系のがいいわよね? 銀貨級で何かあるかな……」
「最近、ここらへんでも盗賊が出ると言う話がある。動物や魔物だけでなく、対人も想定するべきだろう。……これはどうだ?」
フリットは銀貨級の依頼書を剥ぎ取って、俺に渡してきた。
対人、か……。元現代人の俺としては強い抵抗感があるが、これもこの世界で生きる為の経験としては必要な事だろうな。
「……よし、やってみようか」




