39話 旅の準備と釣具
謁見の後は別室に移り、皆で支給品の確認をする事になった。
文官がやってきて、書類の束を机に置く。
「今回担当させて頂きます、オークリンドと申します。早速ですが、こちらがご用意する予定の物品一覧となりますのでご確認下さい」
フリットとシャル、トレーシーが早速書類を手に取って読み始めた。
旅行に持っていく物と言えば替えの服……ぐらいか? 俺の認識はそんな程度なので、ここは黙って彼らに従おう。現代はあまりに色々と揃い過ぎてるし、足りないものがあればすぐに買う事が出来るから、長旅ってのがどういう物なのか全くイメージが出来なかった。
ここがそんな甘い世界ではないと分かってはいるが、いざ実際にどのくらいの食料が必要なのかと言われるとさっぱりわからない。少な過ぎれば次の街まで持たないだろうし、多過ぎれば移動速度や居住性に制限が出てしまうだろう。
「そうだ。今回提供してもらえるエクカバ車なんですが、これは貰えるのでしょうか。帰ってきたら返却が必要ですか?」
「手続きも面倒ですし、それなりの距離を移動されるでしょうから支給という形で考えています。その他の物も全て所有権は皆様にあると思って頂いて差し支えありません」
おお、太っ腹。
まぁ道中でメンテナンスも必要になるだろうし、原状復帰で返却なんて出来ないもんな。
「その分、現金の支給は少なめに思われるかもしれませんが……」
どれどれ、現金は大銀貨三枚か。用途としては道中での食品購入くらいかな。こちらは五人と一匹だし、そういう意味では少なめではあるのかもしれない。
帰還時の報酬としては一人当たり小金貨一枚と結構な額が出るようなので、まぁ持ち逃げ対策とかなんだろうな。いくらイザークの知り合いと言っても、そこまで甘くはないか。
「この分なら、最初の大きな街までは行けそうですね」
「オークリンドさん。あまり良い答えは期待しないで聞くのですが、地図を貸して頂く事は出来ますか?」
「それは……流石に無理ですね」
だよなぁ。
地理情報と言うのは結構な軍事機密になり得ると聞いた事がある。そんな物を落としたり盗まれたりしたら大事だし、持つだけでも緊張してしまう。
あったら楽なのは間違いがないのだが……。
なんせ、道中の村や街がどんな距離で存在しているのかすらわからないのだ。先の分からない事程、不安になる事は無い。
だが得られない物は仕方がないので、道中で聞き込みをしながらやっていくしか無いだろう。
「……うん、当面必要な分はありそうね」
「そうだな。シャルは何か気になる所はあるか?」
「大丈夫だと思います。マサユキさんは何かあります?」
「俺もこれ以上は思い付く物は無いかな。三人共大丈夫なら、後は道中でその都度足していけば大丈夫だろうか?」
「わかった。それでは、この内容で受領させてもらおう」
フリットが必要書類にサインをした。物自体は出立の日に受け取る事になるらしい。つまり全員の準備が整い次第、という事になるだろう。
残る個人的な用事としては、ダイレクトリールの完成待ちになるだろうか。細かい小物類もイザークの所で仕入れておきたいな、特に糸は多めに買っておいても良いだろう。
「それでは、こちらの品々は出立の日に用意させて頂きます。案件が案件なので大っぴらにする事は避けたいのですが、物としてはありふれているものばかりですから、一週間後にギルドにてお渡しする形で宜しいでしょうか?」
俺達の方を見渡してから、フリットが答えた。
「わかりました。では、皆もそれまでに支度を終えるように。本日はこれで解散とする」
と言った具合で、俺が言い出した我侭が動き出してしまった。
目的としては曖昧な物であるから、途中で投げ出して「得られた物は特にありませんでした」と報告してしまっても、別に何の問題にもならないように思える。
つまり、大事なのは俺自身のモチベーションだ。付き合ってくれる皆の為にも、それだけは維持していかなければならない。
「しかし、案外とあっさりでしたね。もっと品定めでもされるのかと思いました」
「非公式な依頼であるし、国としてはほんの少しの出血だけで勝手に国益の為に動いてくれるのであれば得という判断なのだろうな」
「そうね。逆に言えばここから先の支援は期待出来ないし、物理的にも難しいしってとこでしょうし」
ウィンドブローの三人は帰り道にそんな話をしていた。概ね、俺にも似たような認識はある。
まぁこの旅で何が起こるかはわからないから、対策なんて立てようがない。とりあえずやってみて探る、というのは釣りにおける新規ポイント開拓も同じ感じだ。
事前情報に振り回されるとあまり良い結果にはならないのも、それと同様かもしれないな。
そんな感じでフリット達とも別れ、俺達は一旦家路についた。
帰宅した俺達は一旦、それぞれの日常に戻った。
そして俺は、寝室に籠もった。
さて、俺の目下の悩みといえば回転式タイコリールの使い心地だ。これは構造的にどうしても糸撚れが発生してしまうのだが、解消させる方法は存在している。
簡単なのは、一キャスト毎に糸をスプールに固定してから逆巻きでリトリーブをするという方法だ。他にも方法はあるのだが、これが一番シンプルなのでたまにやるようにしている。
しかし、アルフレッドのダイレクトリールが出来れば糸撚れを気にしなくて済むようになる。手返しの良さが格段に上がるので、そこからが本格的ルアーフィッシングの始まりと言っても過言では無いだろう。
そして、その完成の目処はついている。
であれば、旅の準備として必要なのはルアー作りだ。ダイレクトリールで投げやすい大きさ、一オンス前後の物を数種類揃えておきたい。道中で工作する時間は無いだろうから、残りの一週間で一定の数を手に入れておかねばならないだろう。
早速、今の技術で作れそうな物を考えてみる。
スプーンは既に完成したので、これの重量アップ版があればなんとかなるだろう。
そしてスプーンがあるなら、ブレード系ルアーへの発展が出来る。昨日作ったペンシルベイトにブレードを付けるのも面白そうだ。他は、スピナーベイトが作れそうだな。
ミノーに関しては、ちょっと完成度を高める時間が無い。木材からのハンドメイドでやるにはハードルが高いから、今回はパスしよう。
ポッパーはペンシルベイトと同様の手順で作れるから、今夜から着手する予定だ。
あ、それならリップレスミノーみたいなものであれば、ワンチャン作れないだろうか。確かオールドルアーのダーター系とかはそんなデザインになっていた筈だ。
羽根モノとかはパーツは出来ても調整に時間が掛かるだろうから、またの機会かなぁ。
「マサユキ、何やってるの? なんか色々描いてるね」
いつの間にかトレーシーが隣に立っていた。俺が描いていたアイデアスケッチに興味があるようだ。
「旅に出るまでに手持ちのルアーを増やしたくてね、ちょっと考えてた」
「ルアーって、偽物の餌の事だっけ? ちょっと趣味により過ぎてる気もするけど、魚が釣れるなら食料面での実益もあるからいっか……」
お、痛い所を突いてくるな。
「これだけで全てを賄うのは難しいだろうけど、足しに出来たらいいかなとは思うね」
さて、他に実現可能性があるのは……ワームとシンキングペンシルは欲しいけども、適した素材や構造が手持ちにない以上は諦めるしかないか。
そうだ、シンプルに餌釣り用のウキを作っておくのも良いかも知れない。
タイコリールタックルは餌釣りに回してもいいし、その方が活躍出来そうでもあるな。
そうだ、ダイレクトリールに合わせた竿は作っておきたいな。今のを流用しても良いんだが、本数があれば一つは置き竿にしてもいいだろう。
タイコリールとしてはそちらの方が本望かもしれない。
「明日からまたちょっとイザークさんのとこに通うよ」
「あ、じゃあ私も行く! 魔法の話で聞きたい事もあるし」
ぬぅ、まぁいいか。
そんな話をしている内にセドナもやってきて、そのまま就寝する事になった。
翌朝。
家の留守をセドナにお願いして、俺とトレーシーはイザークの店へと向かった。
そう言えば彼の店には名前が無い。そもそも看板すら出ていないんだから知りようが無いのだが、やはり隠居という事で「知る人ぞ知る店」的な感じなんだろうか。
「おお、マサユキとトレーシーじゃまいか。揃ってどうした?」
「俺はちょっと旅のお供になる竿を探しに。トレーシーはなんだか聞きたい話があるそうです」
「おはようございます、イザーク様」
「そうか。トレーシーさんもそんな畏まらんでもよいよ、わしが答えられる事であればなんでも答……」
「それではっ! 風魔法の応用についてなんですがッ!!」
滅茶苦茶食い気味に行くトレーシー。ちょっとイザークは気圧されながらも、二人で奥へと消えていった。
俺はとりあえず店頭在庫にある物から見繕ってみるとしようか。
最初にこの店に来た時には、竿のコーナーにはのべ竿くらいしか無かった。しかし今では半数がガイド付きの竿になっている。
リールの店頭在庫も数個あるので、それなりに貴族の間でも流行してきているのかも知れない。
とりあえず片っ端から竿を触ってみる。
今欲しいのは、タイコリールを付けてた竿より少しパワーのある物だ。あれはまだのべ竿しか知らなかった頃に作られた物であるので、なかなかの胴調子っぷりだ。
個人的には嫌いではないのだが、二十グラムくらいまでが快適に使えると言った感じなのだ。それよりもう少し上が使えるような物が欲しい。
いくつか触ってみるが、ヘチ釣りに重点を置いたような造りになっている。多分、イザークがハマってる釣り方なんだろな。
触っていく内に、一つだけこれはという物があった。振ってみた感じ、シーバスロッドのMLくらいの感じだろうか。長さも八フィート半程で……これは悪くないぞ。
よく竿を天井に押し付けて確認するやり方があるが、あれは個人的には好きではない。竿が痛むとか以前に、それでわかる事が少な過ぎるからだ。
俺がよく気にするのは全体の振り抜け感と重量バランス、グリップエンドの長さ、後はティップ部の強さと張りだ。
竿を脇に挟み、コンパクトに強く入力をしてみる。ベリー部から先が遅れて動く感覚で、ティップがどんな感じかがわかる。
意外と曲がるがペナペナではなく、しかしそこからはベリーが支え、バットはしっかり。これなら何に使っても行けそうな感じがする。
素材は何だろうか、植物では無さそうだが……。とりあえずこいつはキープだな。
他の物を物色しつつ、小物類も買い溜めしておく。アルフレッドが作ったフックやスナップ、そして釣り糸等の消耗品。特に糸は無くなったら死活問題なので、今回は四号程度の太さの物を買っておく。
これまで使った感じ、あのアラベンという大蜘蛛の糸はナイロンラインに近い感覚がある。特にナイロンの特徴である伸び率が高い所も似ている。強度も同等くらいか、少し弱めという所だろうか。
違うのは、吸水による劣化があまり感じられない所だ。コーティングをしていないのに水を弾く所も不思議である。
総じて、表層の釣りには充分使えるという評価を俺はしている。
ちなみに、価格は細い程に高くなる。これは大きい個体の方が捕りやすくなるかららしい。
一号くらいの糸を持つような小さな個体は見つけ難く、また隠れている事が多くてあまり表には出て来ないとの事。逆に、よく冒険者達が対峙するようなサイズは大き目の個体であり、その辺の物は動物を捕食する為に糸も太くなるんだとか。
市場に流通するのもそのくらいの物が多いらしい。ライトタックルが成立するのは当分先になりそうだ。
さて、そろそろ向こうの話も終わるだろうか。
「ふぅ、やっと解放されたわい……」
そんな小言を言いながらイザークが戻って来た。その後ろを歩いてくるトレーシーは、ぶつぶつと顰め面で何かを呟いていてちょっと怖い。
まぁ、彼女は彼女で目的は果たせた様だ。
「おっ、その竿は……」
「これ、いい感じですね。イザークさんの作ですか?」
「そうじゃ。おぬしの竿を再現したいと思い作ってみたのだが、思ったより素材探しに難航しての。そして出来たはいいものの、他の連中には全然ウケんでな」
「今までの竿と比べても、タイコリールで使うにはちょっと硬めですからね。これは何で出来てるんですか? 植物系では無さそうですけど……」
「塗装してあるからわからんのかもしれんが、これも植物系の魔物じゃよ。ラティメリアに生息するバンブジーという奴らしい」
バンブ……竹か? 竹竿にはペナペナな印象を持っていたので、ちょっと意外だ。いや、竹っぽい名前なだけで全く違うヤツかもしれないが。
とにかく、これは買いだ。
「それじゃ、こいつを下さい。おいくらですか?」
「うーむ、そのまま売ってもよいんじゃがの。わしとしては金よりおぬしが、な」
おい変な言い方をするな。トレーシーがなんか変な顔になってるじゃないか。
「いや、当分おぬしと話せんとなるとな。色々な釣りの話が聞けなくなるのが惜しくての……」
そっちかよ。それはそれで肩透かし食らったよ。
「わかりました。じゃあ俺が知ってる中で一般的な釣法と、それに使う竿の種類や特徴を今ここで全部教えるってのはどうです?」
「ま、待っておれ! 今、なにか書く物を取ってくるでの!!」
慌てて奥へ引っ込むイザーク。
長くなるからトレーシーには「帰ってていいよ」と言ったが、少し興味があるらしく聞きたいらしい。
多分、後悔するぞ。
「待たせたの、いつでもいいぞい!!」
滅茶苦茶前のめりで話を聞くイザーク。
よし、それじゃ語ってやろうじゃないか。
そして丸々一日を使って、俺のいた現代における釣りのあれこれをイザークへと話した。
それが終わる頃には、太陽は水平線の下へと沈み切っていた。




