38話 みんなで謁見
俺が差し出した鞭を手に取り、しげしげと眺めるアルフレッド。
「あまり武器としては使ってないようだが、練習はしているようだな」
「そんな事がわかるんですか?」
「痛みや汚れがそこまで溜まっていない。しかし、その割には革が柔らかくなっている。という事は、そういう事だろう?」
はぁー、言われてみれば確かに。
ほぼ護身用としての役目だけなので、生物に向けて使った事なんて片手の指で足りるくらいだ。アクアとコミュニケーションが取れるようになった切っ掛け、として使った記憶が一番強い。
「使い勝手はどうだ? 要望があれば違う長さを試してみるのもいいだろう」
「いえ、手に馴染んできているのでこれで良いですね。これまでも特に困った事はありませんでしたし」
そうか、とアルフレッドは頷いて鞭を返してきた。
「これまでこの鞭の手入れについては考えた事が無かったのですが、やはり油脂などでメンテした方がいいんでしょうか?」
「こいつは革製だから鞄とかと同じような手入れでいいと思うかもしれんが、あまり革を柔らかくするような物は避けた方がいい。後、巻いておく時も緩めにした方が良いな」
「わかりました、ありがとうございます。それでは、また三、四日したら寄らせてもらいますね」
「わかった、それまでに仕上げておこう」
店を出た後、俺のテンションは少し上がっていた。ようやく、ようやく原始的とはいえベイトリールが手に入る目処が付いたのだ。
これを喜ばずして、何を喜ぶか。
ただ一度もダイレクトリールは使った事が無いから、最初は戸惑うだろう。現代リールでは当たり前のようにある遠心ブレーキもマグネットブレーキもなく、メカニカルブレーキとギアの抵抗だけがスプールを制御するブレーキになるからだ。
また、聞く話だと魚を掛けた時にハンドルが逆転して怪我をするという事もあるらしい。この辺は慣れでなんとかしていくしか無いだろう。
まだラテオラ近郊で釣れる魚をやりきった訳でも無いのに離れなきゃいけない事には少し後ろ髪を引かれる思いがあるが、それはまたラテオラに帰ってきてからの楽しみに取っておくとしよう。
「ただいま」
帰宅すると、女性陣は二人共に家にいて俺を出迎えてくれた。
「改めて言わせて欲しいんだけど、二人共俺に着いてきてくれるって言ってくれて嬉しかった。ありがとう」
「わたしはマサユキ様のお世話が仕事にゃんだから、当たり前にゃよ?」
「私もパートナーを契約してもらったんだしね。どっちが主従とかは無いし、私に手伝える事なら手伝うから」
「今週一杯はやる事が沢山ありそうだ。正直な話、元の世界でこんな事はした事が無かったから、俺が間違えた事をやってたらどんどん指摘して欲しい」
「まぁでも、とりあえず明日の話次第よね。どこまで王様が支援してくれるかによるだろうし……」
そうだな。こっちが勝手に言いだした事だし、どこまで本気で考えてくれたかはわからない。
これまで稼いできた分を持ち出す事になる可能性もあるだろう。
「さっ、わからない事はとりあえず放置してご飯にしましょ!」
「そうだな!」
夕飯を取りながら二人に、一般的な馬車旅の形や目的地までの距離等、俺の知らない事について尋ねてみた。
長距離を移動する際、初めてウィンドブローと仕事をした時に乗った乗り合い馬車よりは大きめの物が使われるらしい。ましてや今回は五人だから、二台に分かれるのも普通にあるとの事だった。
御者についてはフリットとシャルが出来るそうなので、そこを頼りにして良いかもとトレーシーは言う。
予算次第だが、節約出来る所があるならば助かるな。
この世界の地理関係についてだが、隣国リピディスティア首都の迷宮都市ディプノイまでは大体一ヶ月弱あれば着けるとの事。これは大分マージンを取っての話だそうであるのだが、道中の街や村で休憩を取りながら行けばそのくらいは掛かるらしい。
道が整備されていないと仮定すると、一日の移動距離が五十キロもないくらいになる。それで一月だから、千五百キロ弱。
結構な長旅だな……なるべく皆の身体に負担が無いようなスケジュールで行きたい。痔にでもなったら悲惨だ。
「トレーシーは故郷に寄りたいって気持ちはある?」
「……無いと言ったら嘘になっちゃうかな。両親のお墓はあるし、叔母さんもいる筈だから。両親が亡くなってからお世話になったし、久々に顔を見せたいと思う」
「なら折角の機会なんだし、こういう時だからこそ寄った方がいいな。そういやセドナも故郷があったって言ってたよな?」
「あったらしいにゃ。ヴァン様からはラティメリアの方だったって聞いてるけど、わたしも全然覚えてないにゃ……」
「えっ、セドナちゃんも私と似たような感じなの?」
そう言えばトレーシーはセドナの話を聞いた事が無かった筈だ。
「そうにゃ。わたしは小さい頃に魔物に村を滅ぼされて、ふらふらしてたら神官長のヴァン様に拾われたのにゃ」
「そうなんだ……セドナちゃんも大変だったんだね」
ラティメリアに入ったら、フェシル族の村の話でも聞き込みをしてみるか。何かしら情報が得られるかも知れないし。
「しかし村を壊滅させる程の魔物なんているんだな。俺が見た中で一番凄かったのはサスクロだけど、それ以上って事だよな?」
「そうね。たまに被害が出て、討伐依頼がギルドに出たりするのよ。でも大体は金貨級の依頼だから、こちらの頭数を揃えて行なうのが普通ね」
「トレーシーはそういう依頼をやった事は?」
「ないよ。私達は昇格試験に受かって最近銀貨級になったばかりだし、そういう依頼は大体ベテランの仕事になるのよ。血気盛んな人達にすぐ取られちゃうってのもあるけどね」
「等級って試験で上がるのか、知らなかったな」
「冒険者の等級ってあくまでも実力の証明だから、別に金貨級の依頼を受けてもいいのよ? 死なないで出来るのなら、だけど……」
誰でも受注は出来るが、目的を完了出来るかまではギルドは責任を負わないって受付のユニさんも言ってたな。
「村への被害が出るような魔物って、どんな物なんだ?」
「んー、そうね。例えばサスクロの前に戦ったウルスアルクなんて個体によってはもっと大きくなるし、そういう討伐依頼の簡単な方だと対象になったりするかな。魔物化してたら間違いなく金貨級討伐依頼よ」
「じゃああの時って結構ヤバかったんだな……」
「フリットは多分、撤退を考えてたと思う。思ったより私の魔法の威力が出て、セドナちゃんも強かったからそのままの流れで倒せちゃったけどね。あれが魔物化した個体だったら、あそこでみんな揃ってウルスアルクの胃袋の中だったかも」
そ、そんなに……。
ただあの頃の俺は、オドのコントロールが出来ず垂れ流しだったというのがある。それであんなのに立て続けに襲われたのだろうし、コントロールが出来るようになった最近はそう言う事も無くなった。
そうだ、いつもの様に俺の膝の上にいるルビアはどう思ってるんだろうか。
そう考えた途端に白モフと目が合った。
『ぼくはごしゅじんについていくよー』
「アクアと少し会えなくなっちゃうけど、淋しくないか?」
『へいきだよ、またもどってくるんでしょ?』
「そうだな」
必ずこの三人と一匹で、この家に戻ってくるからな。
寝る前、寝室に置いてある机で最後の作業をしていた。
暇を見て作っていたペンシルベイトのブランクが五本程出来たのだ。これにマルクさんから貰った塗料を塗って、金具と針を付けたら完成となる。
結構粘性のある塗料なので、塗り分けはせずにソリッドな感じで仕上げようとと思う。貰った塗料は色の三原色と透明な物の四種類なので、別の容器で調色して黄色・青色・緑色を作ってみた。
よく考えたらこの三原色では白が作れないので、そこは失敗したな……。今度探しておこう。
ヒートンを一箇所だけ付けて、一気にドブ漬け。塗料をある程度垂らしたら、横に向けてくるくる回して塗膜の調整。そしたらオドを流すと……。おお、見事に固まった。なんて便利な塗料なんだ、これは。
一瞬で硬化した塗料を触ると、ウレタンコートみたいな質感だった。これなら耐久性もありそうだ。経年劣化がどのくらいあるかわからないが、そこまで気にするのはまだ先の話だな。
そのまま残りも一気に進めてしまい、黄色と青色を二つずつ、緑色を一つという形にした。
この色を選んだ理由は、単に目立つ色とそれ以外というだけだ。ペンシルベイトは目で見ながら動かす事が多いので、視認性は大事な要素になる。ナチュラル系カラーを買ったはいいがキャストした先で動きが見えない、なんて経験は誰しもあると思う。
水面が大人しければ波紋でわかるが、海だとそうは行かないのだ。
また、水の中からだとシルエットだけが見えるような形になる。あまりこだわり過ぎても、釣果には直結しにくいからこれでいい。
風呂がないのでスイムチェックはちょっと難しいな。そんなに嵩張る道具でもないし、塗料は小分けにして道中で作ってもいいな。
動かなかったとしてもダイビングペンシル的に使えばいいだろう。
さて、寝るか。
俺のベッドを占領しているセドナを起こさない様にゆっくり横にずらし、俺も寝床を確保する事が出来た。
翌朝。
今日は皆で王城へ行く日だ。朝食を済ませてから、まずはギルドでフリット達と合流する手筈になっている。
「マサユキ。そう言えば私、謁見する為の服なんて持ってない……」
「いつもの格好で構わないと思うよ。こないだなんてイザークさんにそのまま飛ばされて城の中庭にダイレクトエントリーしたからな」
「まさか飛行魔法!?」
「風系の呪文みたいだから、トレーシーも練習したら使えるんじゃないか?」
「あれ、バランスを取るのがとてつもなく難しいのよ……」
そうなのか。いつかトレーシーにも使えるようになって欲しいんだよな。
あれがあれば、磯場に立つのが超簡単になりそうだから……。
セドナもいつものメイド服、俺もこの世界で買った特に目立たない地味な服で行く。むしろ普段みたく依頼をこなす時の格好の方が、自己紹介にもなって良いと思う。
ルビアが足にしがみついてきたので、抱き上げて準備完了だ。彼女は飼い犬みたいなもんだから街中ではリードを付けようと思った事もあったが、人間並みに賢いからむしろ失礼な感じが出てしまいそうでそれは止めた。
まだぬいぐるみサイズだしな。
ギルドには既にフリットとシャルが到着していたので、早速声を掛ける。
「フリット、お待たせ」
「マサユキさん。今日はよろしく頼む」
「こちらこそお願いします」
彼らもいつも通りの格好だし、むしろこれが冒険者の制服と言ってもいいくらいだろう。
ローブや革系の軽装鎧、むしろ俺だけこの世界の普通の格好に寄せ過ぎて浮いてるくらいだな。
「時間的にも丁度ですし、そのまま一気に向かってしまいましょうか?」
「そうしますか」
シャルの言葉に従って、俺達は王城へと向かった。
当然のように門番で止められて身分確認。その後は城の内部に入る際に止められて身分確認。
話は通っているようでスムーズではあるが、まぁセキュリティとしては当たり前だよな。こないだはそういうのを全部すっ飛ばして、自分達もすっ飛んできた爺さんがいたが、あれがおかしいのだ。
これが普通、と自分に言い聞かせる。
最後、玉座の間の前で武器を預ける事になった。これも特に問題無いので、言われるがままに従う。
もしも高価で貴重な剣とかだったら、ちょっと預けるのに躊躇してしまいそうだな。他人を信頼する勇気も、勇者には必要なのかも知れない。
衛兵に従い、ペルコイデイ王の御前へ。みんな素早い所作で自然と膝を落とすので、少し遅れて俺も真似をした。
少しだけ恥ずかしい。
「マサユキ殿、楽にしてくれて良いぞ。彼らが先日言っていた者であるのか?」
「はい。彼らは全員、私の事情を理解しています。その上で、私に力を貸してくれると言ってくれました。この人員で何度か既に依頼を行なっており、気心の知れた仲間です」
「こちらでそのような間柄の者達が出来たのであれば、実に僥倖じゃ。こちらとしても心苦しさが和らぐというもの」
やっぱ良い人そうなんだよな、この王様。
そこからペルコイデイ王に対して、ウィンドブローの紹介を行なった。彼はそれに静かに耳を傾けていた。
「以上の五人で、今回の旅程を進む予定です」
「わかった。約束通り、エクカバ車や当面の食料、資金の用意を出立までに用意させよう。今回のマサユキ殿の立場は召喚された勇者である事は勿論だが、それとは別にもう一つ肩書を持って貰おうと思う」
「肩書、ですか?」
「先日、不運にも領内で事故にあってしまった他国の要人だが、彼はラティメリアの親善大使として回っていたのだ。マサユキ殿にも同様に、リピディスティアとラティメリアへの親善大使としても行って貰う事になる。まぁ、体の良い言い訳じゃな。上手く使ってくれれば良い、これも出立までに書状を用意させよう。少しは待遇も良くなるじゃろうて」
「お心遣い、誠に感謝致します」
「何か問題が起きた際は、書状を盾にする事も出来ようて。この後、支給する物の一覧をお渡ししよう。不足分など要望があれば、申し付けるとよい」
「有難う御座います」
そんな感じで、謁見は特に問題無く終わったのだった。




