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34話 アクアのオド


 俺とマルクさんの話が盛り上がりすぎて、すっかり他のみんなを置いてきぼりにしてしまった。


「トレーシー達も何か言いたい事や気付いた事があったら、言ってくれな?」


「え? ええ……」


「すみません。で、別の側面と言うのは?」


「オド、についてのお話です。これには様々な考え方がある為、安易に出すと混乱を招きかねない話題なのですが……」


「私は無知も良い所なので、是非とも後学の為にお伺いしたいです」


 少し気を引き締めて掛かろう。ここで下手な事を言ってしまうと、折角誤魔化した俺の能力がバレてしまうかも知れないからだ。


「我々錬金術師には、いくつかの流派があります。元々錬金術という物は、なんでもない物を金に変化させて一儲けを企むという、まぁそれは下衆い発想から生まれた技術です」


 大分卑下するなぁ。


「その過程で生み出された技術を、私達エギア家は別の方向に活用しました。それが水薬の調合です。様々な物質を混ぜ合わせて金を作ると言う発想から、これを発展させてきました。それ以外にも流派があり、付与術なんかは物質にオドを流し込んで金に変化させるという発想による物になります」


「付与、と言うと魔法の収納バッグとかですか?」


「そうですね。以前にお見せした【判別布】も、付与系の技術によって生み出された物ですね。物質にオドを流し込む為に、魔法陣を利用するのです」


 つまり、一言で錬金術と言っても【混合系】や【付与系】と言うような、様々な技術体系があるとの事だった。


「そしてそのどちらにも、最終工程ではオドを流すという作業が存在します。混合系では混ぜ合わせた物の定着の為であり、付与系では描いた魔法陣と物質との定着の為です」


 最後に塩で味を調える、みたいな話だろうか。


「しかし、そこで流すのはオドなら何でも良いという訳ではないのです。これには適正があり、エギア家の者だからといって必ずしも錬金術師になれるとは限りません」


「……オドとは、人の内面を司るもの」


 お、久々にトレーシーが口を開いた。


「それってどういう事?」


「魔法使いにとってもオドは大事な物なんだけど、これには適正があるの。各個人のオドには反応しやすいマナがあって、それが各属性への適性として表出するのよ。一流の魔法使いになるには、その人のオドの量と適性の高さの両方が求められるの」


「それは努力次第で変えられる物なのか?」


「少しはね、出来る。だけど、その本質が大きく変わる事は無いわ」


 生まれつきの才能ってやつか。思ったより息苦しい世界だな。


「錬金術も同様です。私のオドは生活魔法程度の物にしか使えませんが、幸いな事に水薬の調合には強い適性がありました」


「マサユキの出来る魔法の強化も、多分そういう事なんだと思う。断言は出来ないんだけど……」


 なるほどなぁ。

 錬金術師はオドのみを使う関係上、その性質については魔法使いより詳しく調べられてきたらしい。

 トレーシーも大学でオドについては習ったとの事だが、マルクはより詳細な知識を持っているようだった。


「そんな事が出来るのですか?」


「ええ。その代わりに使った後の疲労感がとんでもなくて、動けなくなってしまう程なんですけどね……」


「強い力には大きな代償が付き物って事なのでしょうか。しかし、聞いた事の無い特性ですね。実に興味深い」


 ってか流れで言っちゃったけど、魔法強化の事も出来れば隠しておきたかったな……。


「出来れば、私の能力についてはココだけの話にしてもらえると助かります」


「わかりました。少し脱線しましたが、人間のオドがそういう性質を持つのであれば、他の生物のオドも同様なのではないか、と思うのです」


「つまり、アクアの氷槍は水属性魔法で作った水をオドの力で氷に変化させている、という事ですか?」


「はい。『魔物だから出来る』と言うのではなくて『そういう性質のオドだから出来る』という事です。全くの仮説ですけどね」


 それならば、アクアの存在が何であろうが関係の無い話という事になる。

 魔物の定義が暴力性を持つ者という事であれば、その定義から彼女は間違いなく外れているからだ。


 俺はアクアの側に行き、触りながら話し掛けた。


「アクア、氷以外に使える物があったりする?」


『そうですね、身を隠す為に霧を出す事が出来ます』


 霧か。それなら室内でやっても大丈夫そうだな。


「ちょっとやってみて貰えるか?」


 手を離した後にアクアは一声鳴くと、全身を強張らせた。その体は黒紫の光を出した後に青く光る。

 すると、部屋の中は一瞬で白一色になってしまった。


「これは!?」

「きゃっ、何も見えなくなっちゃった!」

「真っ白にゃ!」


「ありがとうアクア、消してもらえるか?」


 更に一鳴きすると、徐々に視界が開けてくる。


「今見たように、アクアは氷槍以外にも霧が出せるみたいです。霧とは空気中の水分が凝結して、細かな水滴が浮遊している状態です。これも水の変化した姿、と言えるんじゃないでしょうか?」


「そうか、これは……凄いっ!! 水分の状態を自在に変化させられるなら、新しい水薬が出来るかもしれない!」


 確かに、加熱せずに水分量を減らしたり出来るなら色々と応用が効きそうだ。

 もしかしてこの二人、能力的にとても相性がいいんじゃないか?


「今日マサユキさんをお呼びした目的は、アクアの能力について何かより詳しい情報が得られないかと思っての事でした。しかしこれは、予想以上の物が得られました。アクアにはこれから、私の助手として研究を手伝って貰いたい! こりゃもっと豪華で、住み心地の良い小屋をプレゼントしなければいけないな。むしろこのまま、屋敷内に専用部屋を作っても良い。楽しみにしていて欲しい」


 嬉しそうに一声鳴くアクア。


「お前のママ、凄いんだな」


『でーしょー?』


 と、足にしがみついてるルビアが言う。

 こいつも成長したら、どんな能力に目覚めるんだろうか。抱き上げてから、聞いてみる。


「そう言えば、これまで全く聞いた事が無かったよな? ルビアはどんな事が出来るんだ?」


『ママとおなじことはできるよ!』


 そう言うと、ルビアからさっきより格段に濃い霧が勢い良く流れ出した。むしろここまで水分が多いと、霧じゃなくて雨だ!!

 ぐあっ、ミスった! ルビアに触ってたから俺のオドがっ!! ぜん……ぶ…………。






「あっ、起きたにゃ」

「マサユキ、大丈夫……?」


 気が付いたら俺はベッドに寝かされていた。これは見事に知らない天井だ。


「マサユキさん、お加減はいかがですか……?」


 視界にセドナとトレーシー、マルクさんが見えている。それとは別に何かが頬を舐めているが、それは巨大な白いもふもふに咥えられて部屋の隅っこに置かれ、前足でぺしぺしとされて怒られていた。


「驚かせて済みません。オドを使う時にああして接触していると、こっちの物が一気に持っていかれるんです……。それより部屋はどうなりましたか……?」


 正直、聞くのが怖いが……。


「下の階までビショビショにゃ」


「部屋の中なのに雷まで鳴ってた気がしたわ……」


「気にしないで下さい、掃除すれば良いだけですので」


 まさか粗相をやらかしてしまうのが俺だとは、夢にも思わなかった……。


 その後はマルクさんに平謝りだ。面白い物が見られたと少し嬉しそうだったのが救いである。

 ただ、もう俺の能力に関しては全バレみたいなもんだな。改めてマルクさんに頭を下げ、内密にしてもらう事にした。


 また、片付けはアクアとトレーシーとセドナに完全に助けられた。ルビアが出した水分を全て、アクアが霧にならない程度の所まで空気中に含ませて、それをセドナが温めてからトレーシーの風魔法で換気をする事で、屋敷全体を一瞬で乾かす事が出来たからだ。

 この三人でクリーニング屋でもやったら繁盛するんじゃないか?






 俺のオドも少し回復しアクアに怒られていたルビアも解放された所で、マルクから今回の件の謝礼について話があった。

 そういうつもりで来た訳では無いので断るが、気持ちとしてどうしても受け取って欲しいと言われてしまう。


 それならばと思い、この世界の塗料について教えて貰った。

 今作っているペンシルベイトに何を塗ろうか迷っていたので、天然素材から人工的な物まで、防水性のある物を色々と聞いてみた。


 天然素材だと、植物の樹液や魔物の体液と言った物がよく使われるらしい。しかし、耐久性はそれなりと言った所であるようだ。

 錬金術によって生み出される物もあり、少し高級品になるがそういった塗料は耐久性も高く、屋外での使用に適しているとの事。

 であれば、それが一番良さそうだ。あまり量を使う訳でも無いしなぁ。


「この塗料はどうやって使うのですか?」


「調色については、普通に好きな色同士で混ぜて頂ければ大丈夫です。また、これらは放っておいても乾く事はありません。塗膜は、対象物に塗った後にオドを流してもらうと硬化して形成されます。流すオドはどのような性質の物でも問題ありません」


 なんだそのUVレジンみたいな特性は。滅茶苦茶便利じゃん。


「この塗料のセットを売って頂けないでしょうか?」


「いえ、この程度の量であれば今回のお礼として差し上げますよ。後でマサユキさんの家までお送りします」


 わぁ、めっちゃ嬉しい!

 三原色と、透明な物。これがあればルアーを作り放題だ!


「これらは市場で買える物なのですか?」


「ええ。我々が各所に卸していますので、そうですね……ラテオラですと新市街の雑貨店や、旧市街の鍛冶屋等で扱っているかと思います」


 それなら、足りなくなったらアルフレッドに聞いてみるか。


「それでは、有り難く使わせて貰います」


「何に使われるのですか?」


「釣り具と言って、魚を釣る道具を作っていまして。先程見させて頂いたサンプルから、多分とても合うものだと思います」


 乾燥させたサンプルは、まるでウレタン塗料のような塗膜が形成されていた。塗り方によって塗膜を薄くする事も出来るとの事で、そのサンプルを見ると今度はセルロースセメントのようだった。

 なんだこれ、ルアーの為に生まれてきたような塗料だな……。


 それ以外にも、マルクさんの好意で錬金術師の工房を見学させてもらった。

 屋敷の隣にある建物が工房で、そこでは十人程が作業をしていた。彼らはマルクさんの弟子だと言う。その道では結構凄い人なのかもしれない。


 現在は国王の勅命で、治療用水薬の量産を試みているらしい。

 これまで高価な物であった水薬を量産してしまえば、自らその価値を損なう行為でもある。しかし、現国王はそれによる治療を国民へ行き届かせたいと考えているらしく、その考えに彼も賛同してこの計画を進めているとの事だった。

 最初は人を勝手に召喚して……くらいに思っていたが、なかなか良い事をしているじゃないの。

 あれ以来、特にこちらへ干渉する事もなく過ごしているので、国王個人としては勇者召喚は本意では無かったのかも知れないな。






 そんな感じでなんとか用事は終わり、夕方にもなったので暗くなる前に俺達は帰宅した。


 そして今日もみんなで夕飯を取っていたのだが、なんだか妙にトレーシーの口数が少ない。

 マルクさんの所でもそんな感じだったし、何かあったのだろうか。


「……トレーシー、大丈夫か?」


「うん、大丈夫だよ」


 そう彼女は答えるが、明らかに大丈夫という感じではない。

 何か考え事をしているのか、少し間を置くとすぐに俯いてしまう。


 夕食を食べ終わったのを見計らって、俺はトレーシーの手を引いた。


「ちょ、ちょっと!?」


「すまんセドナ、ちょっとだけ後を頼む」


 夜のラテオラは、その街の規模の割に暗い。街灯がないので、家から漏れる灯りしかないからだろう。遠くからみたらそれなりに光はあるのだろうが、道路は真っ暗だ。

 そんな大通りを南へ渡ると、その先には海岸が広がっている。パーチ港の東側は、サーフ帯になっているのだ。


「マサユキっ! どこ行くの!?」


「ほら、聞かれたくない話ってあるじゃんか。……この辺なら良いかな」


 辺りに人影は無さそうだ。砂浜と石畳の道路の境界は高くなっていて、所々に海岸へ降りる為の階段がある。

 そこに俺は腰を掛け、彼女にも座る様に促した。


「ちょっと……強引じゃない?」


「ゴメンな、でもあんな顔してるトレーシーを放って置けなかったんだ」


 夜空は満天の星空。

 都市近郊ではなかなか見られない数で、天の川みたいな物すらうっすらと見える。


 そう言えば俺がここへ来る直前も、こうやって夜空を見ていたな。


「トレーシー、何か悩んでる事があるなら教えて欲しい。俺だって、何か力になれるかもしれない。でも今の君に無理矢理その話をさせるのも、俺は嫌だ。誰だって、話したくない事くらいはあるからさ」


 俺はトレーシーの目を見て言った。


「だから、俺の話をするよ」


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