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32話 可動式タイコリール


 買い物から帰宅したからには、やる事は一つ。買ってきた物の整理と、設置である。


「それじゃ、出すから気を付けてね」


「よし、頼む」


 合図と共にトレーシーが、魔法のバッグからベッドを寝室に出した。その光景はまるで四次元ポケットのようで、小さな口からニュルリとベッドが出て来る。

 どう考えてもあの大きさのバッグからは出て来ない物であるが、実際に目の前で出て来ているんだから脳がバグりそうだ。


「よしっ! 後は微調整かな?」


 とりあえずトレーシーの好みもあるだろうし、置く場所は好きに決めてもらった。ついでにマットレスと毛布、枕も設置。

 これで今晩からちゃんと寝られるようになったが……。


 ちょっとこれは、どう見ても新婚夫婦感が出ていて落ち着かない。


 トレーシーは思ったより俺のベッドに近付けて設置するし、なんだろう……危機感や警戒心が無いと言うより、俺はむしろ男として見られてないんじゃないかって気がしてきた。

 一つの寝室で寝るって言ってる時点でそれはそうなのだけれども。


「二人共、ごはんできたにゃー」


 セドナに呼ばれて、リビングへと行く。今日買ってきた食材は普段より少し豪華な物にしたから楽しみだ。

 夕飯兼、トレーシーの歓迎会という訳だ。


「えー、それでは。トレーシーさんがこれからひとつ屋根の下で一緒に住むという事になるので、なんと言いますか……これから宜しくお願いします」


「よろしくにゃ!」

「わんっ!」


「はい、こちらこそ宜しくお願いします」


「特に俺達もルールを決めて過ごしてるという事も無いので、時間は掛かると思うけど馴染んで貰えれば、と思う。ちなみに食事周りはセドナが担当してくれていて、俺が依頼報酬とかから渡してる。普段イザークの所へ仕事に出ている時に、色々やってくれてるみたいだ」


「それじゃ、私も時間がある時には手伝うね!」


「助かるにゃ! ところでマサユキ様、身体を拭くのはどうするにゃ?」


「それは女性陣でやってくれたらいいよ。その間、俺は外に出て練習でもしてるからさ」


 今までは俺が後ろを向いてる間にやってもらってたけど、流石にそれを続けるのはこっちが辛い。ネコチャンの毛繕いとは訳が違うし。


 三人と一匹で夕食を食べながら、色々な事を話した。

 自分の事も、みんなの事も。なるべくそれぞれの要望が通る形で決めていった。


「で、セドナはさ。女の子同士、トレーシーのベッドで寝てくれな「いやにゃ!」」


 被せてきやがった。

 トレーシーも、本当にセドナがそう言うとは思っていなかったのかも知れない。少し驚いた顔になっている。


「わたしは好きなところで寝させてもらうにゃ」


「……まぁ、それでセドナがいいならいいけどさ」


「あっ、これはトレーシーのとこで寝ないって意味じゃにゃいからにゃ? その時に一番気持ちよく寝られるとこで寝るにゃ」


「フェシル族の本能なのかしらね……」


 セドナにとっては譲れない部分なんだろう、きっと。


 そして床から俺の膝の上へといつの間にか登って来てるルビアもなんか言ってる。


『ぼくは、ごしゅじんといっしょにねる!』


「俺の寝返りで潰されない所で頼むな……」


 まぁ数日もすれば、広いベッドを求めてトレーシーの所を侵食し始めるだろう。


 夕飯の後、就寝準備という事で早速外へと出た。今頃は二人できゃっきゃしながら、お互いの身体を拭き合ってるのだろうか。

 ……想像したらちょっと興奮してきた。ああ〜、いいですねぇ。頬が緩みますねぇ。

 だが、古より百合に挟まる男には死罪が待っている。事故る訳にはいかない。


 さて、オドのコントロールの練習でもするか。

 これを鞭の練習と共に毎晩やっていたのだが、参考として白狼との戦いを思い出しながらこなしていた。すると、鞭を力んで持った時に何かが流れていく感覚があったのだ。

 あの時は無意識だったので、このように当時やっていたのかすら曖昧であるのだが、何か新しい扉が開きそうだったのでその練習をしている。


 もしかしたら、俺は人だけでなく物にもオドを流せるのかも知れない。それがどんな効果があるのかは特にわからないのだが、白狼の時はそれを介して彼女の感情がこちらへと流れて来ていたのではないか。

 もう少し経験を重ねて、検証をしたい所だ。


 そうしていると女性陣の支度が終わったようなので、ささっと自分も身体を拭いて疲れた身体を休める事にした。


 おやすみ。






 で、翌朝。

 どうなったのかと言えば、セドナは俺の腹の上に乗っていた。いや、そういう体位とかではなくてだな。

 おっさんとは言え、まだ朝は元気一杯なのだ。そんなにしょぼくれちゃいない。

 気付かれないようにセドナを動かし、起床した。ルビアもまだ寝てるようだ。


「おぁよ〜……、もう出掛けるの……?」


 寝惚け眼のトレーシーが聞いてきた。少し乱れた金髪から紫色のイヤリングが覗いている。

 あれ、寝る時も着けてるんだな。そんなにお気に入りなのか、何か大事な物なのか。


「ああ、イザークさんの所へ行って来るよ」


 こっちの世界に来てからというもの、すっかり朝型人間になってしまった。

 元々は夜型で、釣りも夜釣りの方が主だった。だから昼間の釣りと言うのもなかなか新鮮だ。

 夜釣りは正直、危ない。だからこそ安全マージンを多めに取って、想像力頼りで釣りをする事になる。それはそれで面白いものではあるが、昼間はその心配が無い。その分、きっちり攻めていかないと魚へ辿り着けない部分もある。


「トレーシーは、今日は何か予定はあるのか?」


「ん〜、とりあえずシャルのとこにバッグを返しに行くぐらいかな……。あっ、でもそろそろ依頼の精算が出来る頃だと思う」


 マルクさんのやつか。


「明日あたり、白狼達の様子を見に行ってもいいかも知れないな」


 とりあえず、今日の所は特に俺も予定を考えてなかったので午後はどうしようか。あんまり三日月湖のキツケ草を乱獲しても良くないだろうし、もう少し世界を広げたい気分だな。


「じゃあ依頼の精算の方はトレーシーに任せてもいいかな? 俺は、午後はそのまま釣りにでも行ってくるよ」


「わかった〜、それじゃもうちょっと寝るね……」


 再び、ぱたりとベッドへ倒れ込むトレーシー。その様子が少し微笑ましくて、自然と頬が緩んでしまう。

 さて、俺も出掛けるか。






 最近、釣具屋への通勤途中に朝からやっているパン屋を見付けた。懐に余裕が出来てきたので、そこで朝飯を買ってからイザークの所へ向かうのが日課になってきた。

 今日もそこでサンドイッチみたいなものを買って、それを朝食にした。


 その後はいつも通りに常連さん達の餌の準備をする。


「マサユキよ、改良したリールはどうだったかの?」


「予想通り、いい感じですよ。これならしっかりキャストも出来るので、ルアー釣りをやるならこれが最低ラインの装備になりそうですね」


 全く釣具の発達していないこの世界で、ルアー釣りが出来る道具が生まれたのは非常に大きい出来事だ。これが普及すれば他の人も簡単にルアーが使える様になるだろう。

 今はスプーンが売られるようになったが、以前にイザークに教えた様なブラクリ仕掛け的使い方が主になっている。常連さん達のタイコリールの所持率が大分上がってきたが、やはり投げるとなると少し難しいようだ。


「使ってみますか?」


 今の所、可動式タイコリールは俺の持つこの一台しか存在しない。勿論、製作費を出してるのはイザークなので、彼にこれを譲るのには何の抵抗も無い。


「うむ。じゃが、その前に一度使い方を教えて貰いたいの」


「今日の午後は暇なので、一緒にやりますか?」


「それはいいのぅ。頼むとしようか」


 そう約束をして、彼らは朝の釣りに出掛けていった。


 なんだか、船を出してる訳では無いのに釣宿みたいな事をしてるなと思ってしまう。

 イザークはこうやって毎朝、常連達と出掛けていく。それはある意味では彼の仕事であるらしく、常連というのは殆どが貴族であるらしい。以前にリールを譲ったアーネスト氏もそうだ。

 はっきりと聞いた事は無いが、きっとイザークの資金源は常連の貴族達なのだろう。


 暫くしたら、いつも通りにアルフレッドが納品にやってきた。その中には、今回改良したタイコリールも一台だけあった。他はフックやスナップ等の小物類だ。

 受け取りをし、リールの使い心地について少しだけ話をした。特に問題は無いので、このまま作って欲しいという内容だ。

 その後は店の掃除をしたり品物の整理をしたりと色々やっている内に、朝出掛けたメンバーが帰ってきた。






 時は進んで、昼過ぎのパーチ港。

 朝ここで釣りをしていたイザークにとってはまたここかとなっているのかもしれないが、オープンエリアのここなら初心者の練習には持って来いの場所だ。


 幸いにもアルフレッドが一台追加で作ってくれたので、イザークはそれを使う事にした。糸は三号くらいの、例の蜘蛛の糸だ。


「それじゃ、ちょっと覚える事が多いかもしれないですけどやっていきますね。ルアー釣りというのは餌とはちょっと違って、待つという要素が少ないです。常に動いて魚を探していくのを意識して下さい」


「わかったぞい」


 そう言えば、ここに最初からあった釣り針は管付きの物だった。スプーンを使わせた時も、糸の結び方は手慣れた感じだったので、特に自分のやり方を伝えてはいなかった。

 イザークが準備する姿を見ていたが、結び方はクリンチノットを使っていた。それなら特に問題は無いと判断して、投げ方から入るとしよう。


「このリールは向きが変わるようになっていて、ハンドルのある側を竿尻の方に向けるとリール側面が竿先の方に向きます。後は指で糸を掴んでリールが回らないようにして、竿に重さを感じるように……こんな感じで投げます」


 ひとまずは動作をやってみせる。

 そこから先は身体で覚えるしかないので、どんどん失敗してもらおう。


「こうして……よっ! ほっ!」


 どぼん! と勢い良くスプーンが水面に叩き付けられた。


「今のは糸を離すのが遅すぎましたね。遅いとルアーは低く飛んで、早いと高く飛んでしまいます。あ、投げた後に巻き取る時は、糸がワインダーに掛かるようにして下さい」


「なかなか難しいの。よっ!」


 今度は天高く飛んでいき、大分彼から見て右の方に着水した。


「離すタイミングで左右の方向もズレてしまいます。早いと右、遅いと左に行きます」


 もう一度お手本として投げてみる。

 振りかぶった時に竿がぶれないようにしっかり握り、糸を握ってる手で押し出すようにすると、竿先が空気を裂く音と共にスプーンが飛んでいく。

 キャストする時はスピニングリール、巻く時はベイトリールの感覚という不思議なリールだ。これしか知らない彼には、そんな感覚は無いと思うが。


 暫く横でイザークが投げるのを見たり、自分がお手本で投げてみたりを繰り返していくと、大分彼の投げ方も様になってきた。

 それじゃ、次は餌無しでの本来のルアー釣りについてやってみるか。


「それじゃ、次は魚の狙い方についてやってみますね。このスプーンというルアーは投げて巻くだけでキラキラ光るので、それだけで魚は釣れます」


「そこがまだ信じられんのよなぁ」


「でしょうねぇ。でもこうやって足元を泳がせてみると……後、こうやって上下に動かすのもアリです」


 竿先でツンツンと弾くようにすると、水中のスプーンはキラキラ光りながら浮き、動かさない時間でも光りながら沈んでいく。

 この沈む動きも大事な誘いの間になる。


 スプーンを堤防沿いにキャストして、ボトムを取る。糸が出なくなったらすぐに巻く準備をして、竿先でチョンチョンと上に動かす。数回それをやったら、巻かずにそのまま沈めて再び底を取る。

 この繰り返しを何度かやってみると、チョンチョンと動かすタイミングで何か引っ掛かったような感触があった。

 ゆっくりテンションを掛けてみると動いたので、そのまま力を入れて合わせる。


「来ましたね」


「おおっ!?」


 釣れたのはセバマー、カサゴだった。こいつはどこにでもいるし、いたら食ってきてくれるから本当に好きだな。


「ね、釣れるでしょ? 今のは動かした後の間で来ましたけど、ゆっくりと底からあまり浮かさずに巻いてくるだけでも釣れますよ」


「わしも釣りたいっ! 今日は夕方まで付き合ってもらうぞ!」


 そうしてイザークと二人で堤防を歩き回り、暗くなるまで釣りを楽しんだ。イザークにも二匹釣れていたので、大変満足して貰えたようだった。


 小さい物はリリースして、二十センチ以上くらいの物をお土産として持ち帰る事にした。

 全部で五匹になったがその内の一匹はオド持ちだったので、それだけは分かるように別の桶に入れて持ち帰る事にした。






「ただいま」


「魚の匂いにゃ!!」


 家に帰ると、セドナが全力で走ってきて桶を奪っていく。魚が絡むと、メイドらしさの欠片もない。


「あっ、待てって! 一匹だけはオド持ちだから気を付けろよ!!」


 そう言ったのに、ルビアが駆け寄ってきてその一匹を食べてしまった!


「あっ、お前それ!! やめろ、食うなって!!」


 魚に齧り付く仔犬を引き剥がそうとするが、逆に振り回されてしまった。

 なんて力だ、こんなに小さい身体のどこに!? マズい、これじゃまたセドナの時みたいになってしまう。


「何? なんかあったの?」


「トレーシー、ちょっとイザークさんの所へ行って来る! ルビアがオド持ちの魚を食べちまったんだ」


「ちょ、ちょっと待って!」


 急いで家を出ようとした俺をトレーシーが何故か引き止めた。


「落ち着いてって!」


「だって、ルビアがオド持ちの魚を食っちまったんだぞ!? このままじゃ……」


「でも、前にも食べてたよ!?」


 前にもって、だから……あれ?


「ほら、出会った時がそうだったでしょ?」


 そう言えば、そうだった。

 そしてオド持ちの魚を食べて元気になったから、こうして今一緒にいる。その事をすっかり忘れていた。


 ルビアに触れて話し掛けてみる。


「お前、それを食べても平気なのか?」


『ごしゅじん、ぼくこれもっとたべたい!』


「……ルビアちゃんは何て?」


「もっと食べたい、だと」


 本人はそう言っているが、心配なのでその日は一晩中ルビアの様子を見ていた。しかし特に変わった様子は無く、むしろ元気いっぱいになってはしゃぎ回っていた。


 駄目だ。この世界の事、なんもわからん……。


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