30話 マルクと白狼
マルクさんの邸宅に着くと、訪問時と違って守衛に止められてしまった。
まぁ、そりゃそうだ。こんな大きい狼が居たら、誰だって止めるだろう。
しかしそれでは話が進まないから、マルクさんに出てきてもらう事にした。彼も了承済みの案件だと伝えるが、なかなかどうして守衛に渋られてしまう。
仕事熱心でとてもよろしいのだが、なかなか頑固でもある。
仕方が無いのでフリットだけ先に行って貰い、玄関先からまずは判断して貰う事にした。
暫くして、フリットとマルクさんが外に出てきた。マルクさんは遠くから見ても分かる程に、白狼の姿に驚いていた。
……まぁ、ワザと言ってなかったしな。
これは別に悪戯という訳では無い。どのような反応をするかでも、人となりがわかるからという理由がある。
人間では無いから駄目だと言うのなら、マルクさんが折角のチャンスをふいにしてしまうだけである。それは逆に言えば、そこまで切実に困っている訳でもないという事だ。
綺麗事を並べるだけなら誰だって出来る。その程度ならどんなに拗れたって、俺の秘密を話してまで協力する必要は無い。
……しかし、その心配は無さそうだ。
面食らってはいるだろうが、彼はこちらに歩いてきて守衛へと話をし、俺達を中に通す許可を出した。
「マルクさん、お待たせしました。こちらが……これといった名前は特に無いのですが、狼さんです」
「いやまさか、人間ではないとは思っていませんでしたよ……。ですが、あの話は嘘ではないのでしょう?」
「はい、勿論です」
「であれば、まずはその実力を見せて貰いましょうか。マサユキさんには申し訳ないが目隠しをして頂きたい」
「わかりました。俺が見てしまったら彼女にそう伝えてしまうかも知れない。不正の防止の為という訳ですね?」
その言葉に頷くマルク。彼の言う通りに、俺は布で顔を覆った。
「それでは、こちらに先程とは違う物を用意しました。この見分けをして頂きたい。二つを今、地面に置きます」
「彼女には見分けは出来ますが、どういう物が質が高いのかという知識はありません。なので、見分けの為の見本を用意出来ないでしょうか?」
「それでは、こちらが最高品質の物です。これも地面に置きますね。それでは、最高品質の物と同じ物を判別して下さい」
俺は目隠しのまま、白狼の背中に触れる。
マルクの言葉に、白狼はまず左に動いて地面の物の匂いを嗅いだ。これが見本として出された物だ。
同様にして他の物の匂いも嗅ぐ。
すると白狼は低い声で短く唸った。
『この中にはありませんね』
「何と言っていますか?」
「この中には同様の物は無い、と言っています」
「えっ?」
「どういう事なんだ?」
「わかりません……」
『真ん中の物は似た匂いをしていますが、左の物程は強くありません。右の物は微かに匂いがする程度です。見本として出された物が一番強く、他の物はそれより劣ります』
なるほど、やってくれるなぁ。
「マルクさん。最初に並べた二つには確かに質に差はありますが、最後に見本として出した物はそれをさらに上回る質の物ですね? 左の物が一番匂いが強く、真ん中の物は強くはあるが左程では無い様です。右の物は匂いが強くない、と彼女は言っています」
俺がそう言うと、マルクは拍手をし始めた。目隠しを取ると、彼は満面の笑みを浮かべていた。
「素晴らしい、完璧です。一般的な質の差だけでなく、さらにその先の微細な差すら見分けられるとは……ここまでとは思いませんでした」
改めて並べられた葉っぱを見てみる。確かに左の二つはどちらも光っているが、わずかに一番左の物はその光り方が強い。逆に、一番右の物は光ってはいるが弱々しい光だった。
やるじゃん。ここまで言い当てたなら、マルクさんの希望は叶えられるだろう。
「彼女には子供がおり、それらは皆うちのルビアの兄弟です。なので、これが出来るのは彼女だけでは無いでしょう」
「本当ですか!? それであれば、全員分の寝床と食事を用意しましょう。勿論、この屋敷の敷地内なので安全は保証します。また、彼女達全員は私の助手達と同等の扱いにします。これだけの働きが出来る方には、それでも足りないようにも思えますが……どうでしょうか?」
その言葉に、白狼は遠吠えで答える。
「宜しくお願いします、との事です。私からも彼女には『もしぞんざいな扱いを受けるのであれば、全員を食い殺しても良い』と伝えていますが、その心配は無さそうですね」
「しれっと恐ろしい事を言いますね……。しかし、それは絶対に無いと断言しましょう」
「あ、後ですね。彼女は氷の魔法が使えます。もしもの時にも力を貸してもらえると思いますよ」
「氷、ですか。わかりました。とても高い知性を感じますし、私達も彼女から信頼を得られるように頑張りたいと思います。早速、専用の小屋を用意させましょう。ノリス!」
「かしこまりました」
マルクがそう言うと、最初に応対してくれた年配の使用人さんは屋敷に戻っていった。
「マルクさん。実は、先程彼女に会いに行った際にエルダートレントと戦闘になりました。その時、彼女はそれから自分の巣穴を守ろうとしていたようなのです」
「であれば、今すぐにでもこちらに移動して貰った方が良いかもしれませんね。寝床が出来るまで時間が掛かると思うので、屋敷内で過ごしてもらって構いませんよ」
「だってさ、良かったな!」
『感謝します。それでは息子達を今から連れてきます』
「これから連れて来るそうです」
「わかりました、帰りをお待ちしています」
マルクの言葉にぺこりと頭を下げ、白狼は陽光の森へと駆けて行った。
「いやぁ、まさかこのような形になるとは思いませんでしたが、良い出会いを有難う御座いました。報酬は後程、ギルドの方にお送りします」
「うちのルビアもまた会いに来てもいいでしょうか?」
「勿論です。いつでもお待ちしていますよ」
「有難う御座います!」
そうして白狼が子供達を連れて戻って来た所で、俺達はラテオラへ帰る事になった。
端から見れば奇妙な雇用関係かも知れないが、フリット達もマルク氏も受け入れているという事は、この世界の倫理的にもおかしい物でも無いと言う事だろう。
知性があり、コミュニケーションが取れるなら、種族が違っていようが手を取り合って生きるという関係があってもいいと思う。
後は、マルク氏次第だ。彼ならきっと上手にやってくれると思う。
「上手くいって良かったですねぇ」
「そうだな。しかし、マサユキさんはどこであの狼と出会ったんだ?」
「いや、この辺で釣りをしてたら釣った魚を狙われてさ。最初は少し戦ったんだけど、その内になんか意思が伝えられる事に気付いたんだ。どうしてもその魚が必要そうだったからあげたら、巣穴に案内されてルビアに引っ付かれた」
「なんだかよくわからないが、マサユキさんと組むようになってからは退屈しないな」
「あ、そう言えば俺の事は呼び捨てでもいいよ?」
「そうか? 年上の人を呼び捨てにするのもちょっと気が引けるが……頑張ってみよう」
フリットってぶっきらぼうだけど、こういう所はなんか真面目だよな。
「じゃーさー、何か良い事出来て気分が良いから、帰ったら呑みに行かない?」
「賛成です!」
「……フリット、お前下戸だろ? 大丈夫か?」
「そういうマサユキさんもそんなに強くはないだろう……。別に嫌いではないから構わないさ、量は飲めないがむしろ好きな方だ」
「そう? なら良いけど」
「かーっ、うちの男性陣は情けないですね!」
シャル、お前そんなキャラだったか……? つか女性陣がザルすぎるんだよ、この酒乱共め。
はっ。まさかフリットってシャルのこの勢いに圧されたのか?
「お前も大変だな……」
そう俺に言われたフリットは、頭にクエスチョンマークを浮かべていた。
ラテオラ到着後、ノリノリの女性陣の勢いのままに俺達は酒場へと雪崩込んだ。
着席、即乾杯。女性陣はいきなりでっかい樽みたいなジョッキのエールを飲み干し、戦闘態勢についた。
今回のフリットは自分のペースを守るようだ。しかし俺達が料理を頼んでる内に、女性陣は二杯目を飲み干す。
なんという早さ。肝臓、硬くなってない?
「でぇ〜、マサユキとセドナちゃんはどんな関係なんですか〜?」
うわ、いきなり面倒臭い奴が来たぞ。シャルてめぇ、この間は猫被ってやがったな?
「そうよ〜? 一緒に住んでるんだから、なんかあるでしょ〜?」
トレーシーもそこに乗ってくるのかよ!
「マサユキしゃまは、わたひのご主人様ですにゃ〜」
うわ、セドナめ! 何飲みやがった!?
「マサユキったら、私という相棒がありながら……こんな少女も手に掛けるなんて……」
「「爛れてるぅ〜!!」」
見事なシンクロで煽ってくる。あーくっそ、マジウゼェ!!
「最初に押し掛けてきたのはお前じゃねえか!」
「だって……マサユキやさしいんだもん……」
「あー! マサユキさんがトレーシーちゃんを泣かせたー!!」
ピャーーー!!
やってらんねぇ、俺も飲むぞ!! グビッと!!
「大体ね、俺は誰にだって優しいの! 優しくない奴よりは優しい方がいいだろ!?」
「そうよね〜、今日だって未亡人を助けてるんだもんねぇ〜」
おいトレーシー、言い方ァ!!
「でも、戦っている時はトレーシーちゃんとピ〜ッタリくっついてませんでしたかぁ〜?」
ぐああ!! あれは仕方ないだろ!!
「ああいう事、この男はす〜ぐしてくるのよ〜。いきなり手を掴んできたり、今日は吐息がかかるくらい抱き寄せてきたり〜」
「でも〜、嬉しかったんでしょ〜?」
「うん、ちょっとドキドキした……」
お前、なに急に顔赤くして言ってんだ!! こっちまで恥ずかしくなるわ!!
「だめにゃ〜!! いくらトレーシーでもマサユキさまはあげないのにゃ!!」
助けてくれぇ、セドナ……。
「可愛さじゃセドナちゃんには勝てないからな〜、私は第二夫人かな〜」
「とれーしーは、せどなのせんぞくメイドにしてやるにゃー!」
…………。
「で、マサユキさんはどっちの娘がタイプなんですぅ〜???」
ぐっ……。
これ答えないとどうにもならず、答えても大変な事になるやつだ……。
「そりゃさ、どっちも可愛い所はあるし……」
「でたー!! 日和り回答ぅ……ん、あれ?」
急に顔を真っ赤にして俯くトレーシーとセドナ。おい、この流れで真面目に取るなよ!!!!
「もう三人で住めばいいんじゃないですか……?」
「えっ……それは、心の準備が……」
「わたしはトレーシーならいいにゃ?」
えっ。
ここで断ったらなんか俺が悪者にならない? なるかな? なるな、これは。
こういう時は全力で乗っかればダメージコントロールが出来るってばあちゃんが言ってた。嘘。
「わかりました。お父さんが許可しましょう!!」
「キャー!! パパ、抱いてっ!」
「お前はフリットに抱かれてろよ!」
「えっ、なんでそれ知って……あ、トレーシーちゃ〜ん?」
「ヒャッ!? えっ、駄目だった!?」
「駄目じゃないけど!! そういう目で見られちゃうじゃん!!」
隠しておきたかったのかなぁ。もしくはパーティ内で面倒事が起きないようにとか考えてたのかも。
まぁ今更手遅れじゃ、諦めろ。
「大丈夫だぞ、どういう目を気にしているのかは知らんが」
そして当のフリットはもう死んでいた。
おやすみ、良い夢を。
「では独身男性には女を充てがいます。マサユキさんの担当はトレーシーとセドナちゃんです」
酷ぇ言い様だ。つーか、また話が戻って来たぞ……。
「それではマサユキさん。君のミッションは至急、トレーシーちゃん用の新しいベッドを買う事であります!!」
「まぁベッドに関しては以前に話に出したんだよな。でもセドナが駄目だって」
「えっ、セドナちゃんったら大胆〜!!」
「そういう意味じゃないでしょ!! じゃないよね……?」
「まさゆきさまは、わにゃしのものにゃよ!!」
それしか言えんのかお前は。
「トレーシーって宿暮らしだろ? 金がかかるだろ、それじゃ。俺は別に構わないぞ?」
「えっ、えっ……?」
「おっ、やりますねぇ旦那ァ!」
「男は甲斐性って言うしな! 最近も一匹増えたけど、もう一人増えるのも今更誤差だろ誤差!!」
がはは、楽しくなってきた。
「これが娘を嫁にやる時の気持ちなのですね……! 幸せになりなさいよトレーシー……!」
「えっえっ……いいの?」
「いいぜ、俺達の愛の巣においで……」
「マジできもいにゃ!!」
「お前、ご主人様に向かってなんだそれは!!」
がはは、ウケる。
女の子を困らせるのは楽しいな、がはは。
そうして夜は更けていき、店員さんに起こされて俺達は解散した。
どうやって帰ったのかは全く覚えていない。こんなにも酷い飲み方をしたのは久し振りだったが、悪くなかったな。
まぁそんな事をやってしまえば、酔いが覚めた時に気まずくなるのは当然の報いだ。いい歳こいて、そんな事を忘れるくらいまではしゃいでしまった俺が悪い。
今日の朝はイザークの所での仕事は無い日だ。だから俺は……。
朝からトレーシーと、正座で向き合っているのだ。
「えっと、昨日の事なんだけどね……」
あっ、いやっ、アレはマジで俺がキモかったと思う!
「申し訳ないっ!!」
とりあえず謝ったら、トレーシーがとても悲しそうな顔をしてしまった。
いや、困った。どうしよう。
「やっぱり駄目よね……?」
「駄目……、そうだな。あれは俺が駄目だったよ。いや、ちょっと待った。駄目って、何の話だ?」
「何って、一緒に住む話だけど……」
「やっぱり? 駄目? それってトレーシー的には、住んでも良いって事……?」
無言で頷く彼女。
「いや、良いか駄目かと言われたら俺としては……断る理由が特に無いんだが」
男と同居だぞ? いや、まぁセドナがいるからある意味では安全か?
「あっ、あのねっ!? やっぱ宿って高いし、ほら、友達同士でルームシェアとかすると節約出来るって話もある……し?」
「そう……だな? 節約するのは大事だしな? うん、お金は大事だ」
「よ、宜しく……」
「お願いします?」




