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29話 白狼への仲介


「まず、我々の認識のすり合わせをしましょう。マルクさんが素材の質を見極める時の判断材料となるのは何でしょうか?」


 俺は単に植物のオドを見て判断していたが、ギルド受付のユニさんだってあの短時間で何かしらの見分けをしていたし、マルクさんだってその方法を知っている筈だ。

 むしろ、そのやり方を冒険者達に教えれば解決する話ではないのだろうか?

 そうしないという事は、そこに何かしらの障壁があるのだろう。


「それでは少し失礼をして」


 そう言ってマルクは席を立ち、いくつかの道具とキツケ草を持って戻って来た。


「キツケ草はその香りの良さから、料理などにも使われる素材です。独特の清涼感のある物であり、これから抽出したエキスを何種類かの物と混ぜると反応が起き、特定の効果を引き立たせる物になります」


 マルクは二つのキツケ草を机に並べた。その右側の物から、オドの光が見えている。


「右の物が品質が高いと言われる物ですね?」


「お見事、その通りです。しかしこの二つには外見上の差は無く、匂いも、味も、どちらも変わりません」


 確かにこの二つを手にとっても、違いは全くわからない。他のメンバー達も同様に観察をしているが、やはりわからないようだ。


「これを、ある道具の上に置きます」


 それは魔法陣の描かれた布だった。

 マルクはそこに一般的な品質のキツケ草を置く。特に何も起こらない。

 次に俺が高品質だと指摘したキツケ草を置く。すると魔法陣が淡く光りだした。


「この布のような道具は何ですか?」


「これは【判別布】と呼ばれる物です。質の良い物にはこのように光って反応をするのですが、どのような理屈なのかは分かりません。また、これ一枚で大金貨五枚はする大変な貴重品です」


 ヒャア! 高過ぎる!! 下手な家より高いんじゃないか!?


「これは、手に入れる手段は確立されているのですか?」


「これは何度も使用可能な物なのですが、このような物はそう簡単には市場に出回りません。より簡易的な物であれば流通はしています。特殊な紙とインクを使用したものなのですが、それでも少金貨一枚はする物ですね。しかし、十回程反応すると使えなくなってしまいます」


 それじゃ確かに広める事は出来ないわなぁ……。

 こんなのを支給したら、それこそ依頼を受けてから換金してトンズラする奴も出て来るだろう。

 そうでなくとも、ランニングコストだけでもとんでもない物になる。


「また、選別の為にと素材をこの上に一個ずつ置いていたら、時間が掛かり過ぎて他の作業に支障が出てしまいます」


 そりゃそうだ。


「なので駄目なのは承知で、袋詰めされた素材を置いてみたりはするのですが……当然、個々の判別は出来ません。貴方がたの納品した物を置いた時に、初めてこれが袋に対して光るのを見ましたよ」


 ふむ、中身が全て高品質な物であれば反応するんだな。


「ちなみになんですが、普通に仕入れた物を一個ずつこの道具に置いたら、その中に光る物が入っている可能性はあるのですか?」


「一度だけ試したことがあります。稀に質の良い物が混ざっている事はありましたね」


 なるほどなるほど。


 つまりだ。

 同時並行で素早い判別作業がもし可能であれば、マルクさんの要望を叶える事が出来る。判別方法を求めてる真の理由がそこだと言う事だな……。


 なんか元の世界でのサラリーマン営業時代を思い出すなぁ。

 客先に行って、ヒアリングして、要望を聞いて、実はその裏にある本当に求めてる事を見付けて、それが実現出来るソリューションを提供する。

 そんなのはなかなか出来る事ではないけども、出来ると本当に喜んでもらえて気持ちが良いんだ。

 まさか異世界勇者に営業スキルが求められるとは思わなかったが……。


 で、今ここで俺が提供出来るソリューションに、一つ心当たりがある。


「これは仮定の話なんですが、良品の判別作業を手伝える者が複数居るとしたら……どうでしょう? 今の仕事の流れに大きく変化を加えず、高品質素材だけを選別出来たら……」


「それはとても魅力的な話なんですが……。そんな事が出来る方がいるのですか?」


「これから交渉してみないとわからないのですが、宜しければ聞いてみます」


「是非、お願いします!!」


「ただし、こちらからもいくつかお願いがあります。どんな方が来ても驚かないで下さいね。また、その方々を雇う場合は生活の保障をして下さい。待遇面は直接交渉して頂ければ、それで問題無いかと思いますので」


「大丈夫です。私は差別主義者では無いつもりですし、身分も気にしませんので」


「わかりました。それでは、少しだけ外出させて頂きます。夕方までは掛からないと思いますので」


「宜しくお願いします!」


 そうして、一旦俺達はマルクさんの邸宅を後にした。






 三日月湖へ向かって歩きながら、俺はフリットへ謝った。


「フリットがリーダーなのに、俺で勝手に話を進めてしまって済まなかった」


「いや、構わない。何か考えがあるのだろう?」


「これからある方達の所へ向かうんだが、三日月湖から陽光の森へと入るから戦闘準備をしてくれ。ただし、白い狼が出て来たら絶対に攻撃はしないで欲しい」


「それはマサユキさんのお友達なのですか?」


「ルビアの母親なんだ。彼女からこの子を預かったんだけど、同じくらいの兄弟が何匹かいるんだよ」


 三日月湖の三叉路まで戻り、そこから陽光の森へと入っていく。

 ここからは道という道も無いようなものなので、記憶を辿っていくしかない。しかし景色は進む度に曖昧になり、どこを向いても正解に見えてしまう。


「ルビア、お前のいた寝床の場所はわかるか?」


『うーん、たぶんこっち』


 ここからは彼女の鼻だけが頼りだ。下に降ろして、先導してもらおう。


 暫く歩くと、ガサりと茂みが動く音がした。

 歩くのを止め、様子を窺う。


 ふと、視界の中でオドの光が見えた気がした。


「みんな、避けろ!!」


 光ったのは動物じゃない。多分、木だ。トレントか!

 そう思うと同時、全員の足元から鋭く尖った木の根が飛び出して来た。


「くっ!!」「きゃ!!」


 この攻撃は以前に見た事がある。間違いないだろう。


「エルダートレントだ! 自分の足元と飛んでくる葉っぱに気を付けろ!」


「マサユキさん、これはどこからの攻撃なんだ!?」


「わからない、けど次で見付ける!」


 くそ、光を見失った。攻撃してくるタイミングでないと見えないみたいだ。

 急いでトレーシーと合流し、その肩を抱き寄せた。


「ひゃっ!? ちょ、ちょっと!!」


「俺の指示した方向に風刃を撃ってくれ。足元の警戒も怠るなよ」


 木を隠すには森の中とはよく言ったもんだ。前回は出会い頭だったから気付かなかったが、こうして動かずにいられると周囲の木と全く見分けが付かない。

 とにかく見つけ次第、そこにわかりやすい遠距離攻撃を放てば皆にも伝わるだろう。

 あちこちに首を振って、視界の中の違和感を探す。


 光った、そこか!


「もう一度来るぞ!」


 そう言いながらトレーシーを抱き寄せて位置を変える。すぐに、さっきまで立っていた所から鋭い根が飛び出してきた。


「左前方、俺の指差す先に向かって頼む!!」


 トレーシーの肩越しに腕を出し、身体をそこへ向かせた。


「か、風の女神よっ! 一陣の風刃となって彼の者を切り裂けっ!!」


 トレーシーに密着したおかげで、全力で強化された風刃が指示した方向へと飛んでいく。

 風刃は周囲の草木を粉々にしながら森の中を突き進む。その刃自体は見難いのだが、それが通っていく先にある物が破壊されていくからこれなら皆もわかるだろう。

 そして刃が直撃した木が、動きを見せた。


「見付けた! みんな、あれだ!!」


 そう言う前にフリット、シャル、セドナは動き始めていた。

 フリットが根を躱しながら切り込み、その隙にシャルが枝を何本か折り曲げた。そこにセドナが炎爪で火を付け、葉を散らした。

 高い所の枝はトレーシーが魔法で撃ち落とし、他の三人が幹に全力で攻撃を入れていく。それを支援するように俺もオドのコントロールを緩めた。


 トレントは動く為に、根をしっかりとは張っていないようだ。ぐらりとその幹が揺れ、その場に倒れた。


「やったか……!」


 そんなフリットのフラグ台詞も、今回は効果が無いようだった。

 エルダートレントは完全に動かなくなり、周りの被害も最小限で抑えられたようだ。


「全員、無事か? 怪我人はいるか?」


「大丈夫です」「私も大丈夫」


 フリットの確認に各自が答える。


「俺も大丈夫……あれ、ルビアはどこだ?」


 しまった。戦闘のドタバタで、ルビアの姿を見失ってしまった。


「ルビアーっ、戻ってこーい!!」


「ルビアちゃーん、終わったよー!!」


 俺とトレーシーが叫ぶと再び茂みがガサりと動き、そこから白い仔犬が飛び出してきた。


「わんっ!」


「ルビアっ! 良かった、隠れてたんだな。良い判断だぞ」


 音に驚いたのか、フリットとシャルは再び戦闘態勢を取っている。


「フリット、大丈夫だ。ルビアだったから……」


「そうじゃない、あれを……」


 彼が指差す方向を見ると、人間大の大きさの白狼が立っていた。相変わらずの美しい毛並みに真紅の目が、神々しさすらあるような気品を感じさせる。


 白狼はゆっくりと俺に近付いてきた。


「マサユキさんっ!!」


「大丈夫だから、二人共武器を仕舞って落ち着いてくれ」


 白狼は俺の手に鼻筋を摺り寄せてきていた。


「やぁ。元気だったかい? 勝手で申し訳無いが、娘さんにはルビアと名付けさせて貰ったよ」


『良い名前です、あの子も喜んでいるでしょう。しかし、また助けられてしまいましたね』


「またとは?」


『実は、そこの木魔に襲われて困っていたのです。私の氷はアレにはあまり効果が無く、その為なるべく巣穴に来ないように距離を取って動きを見張っていたのです』


 そうだったのか。

 この世界ではくさタイプにこおりタイプは相性が悪いんだな。トレントの身体は樹木そのものだし、あの氷槍を飛ばす魔法も実際の所は物理攻撃なのだろう。


「なんにせよ、君達が無事で良かったよ」


『他の方にも感謝をお伝え下さい。しかし、本日は何用で来られたのですか?』


「ちょっと君に良い話があってね。そちらさえ良ければなんだが、人間の所で安全に暮らすつもりは無いかなと思って。勿論、他の子供達も一緒にね」


『……話が見えてきませんね』


 俺の言葉を訝しがっている白狼に、マルク氏の所で材料の選別の仕事をする話を説明した。

 キツケ草の見極めはルビアが出来ていたので、彼女達にも出来ないかと聞いてみる。


『……可能だと思いますし、安全な寝床が出来るのは嬉しい話です。しかし、信用出来る方なのでしょうか』


「それは、君が実際に見てから決めたらいいよ。俺も今日初めて会った人だけども、悪い人では無さそうだ。もし危害を加えてくるようであれば、食い殺してもいいんじゃないかな?」


「おい、マサユキさんそれは……」


「これは契約の話だからさ。もしその不履行があれば、その責任を負わなければならないのは人間だろうがなんだろうが同じだろう?」


「それは、そうだが……」


「まずは実際に会って、それから判断してもいいからさ。気に入らなければ、そのまま帰ってもいい。勿論、その後も君達に手出しはしないようにさせるつもりだ」


『……わかりました、案内をして下さい』


 よし、とりあえず検討はして貰えそうだ。後は顔合わせした時に、マルクさんがどう対応するかだな。


「よし、話はついたからマルクさんの所に戻ろう。後、トレントの事はみんなにもありがとうって」


「いえいえ、どういたしまして」


 シャルがそう言うと、白狼はぺこりとお辞儀をした。

 話はちゃんと通じるし、本当に知性の高い狼だな。マルクさんとなら上手くやれると思うんだが、果たしてどうなるか……。


「しかし、本当に意思疎通が出来るんだな」


「俺にも何故こんな事が出来るのかさっぱりわからないんだが、触れていれば言いたい事が伝わってくるんだ。俺が通訳をするから、皆にはサポートをお願いしたい。もしも攻撃してくるようであれば、彼女を守ってあげて欲しい」


「わかった。それでは戻るとしよう」


 隊列に白狼を加えて、来た道を引き返す。

 ちなみにトレントの素材は、俺が白狼と話をしている間にシャルが魔法のバッグに仕舞い込んでいた。後二本くらいは入るそうだ。


 白狼の子供達は巣穴で寝ているとの事で、トレントが排除されたから危険は無いだろうという話だ。

 そしてルビアは、母の背中の上でゴロゴロして甘えていた。まだ二日しか経ってないとは言え、恋しさはあって当然だろう。シャルとトレーシーが、その光景をニヤニヤして見ていた。

 まぁ、俺もだけど。


 今はフリットとセドナが先頭を歩いてくれている。

 なんとか、この話がまとまってくれるといいな。


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