27話 片軸受けリールの改良
俺が正式にウィンドブローへ加入してから二日が経つ。
しかしいまだフリットからもギルドからもは連絡は無いので、スライム討伐依頼の精算は終わっていない。
仕方が無いのでまたトレーシーを誘い、昨日と同様にキツケ草採集へと出掛けた。
またトラブルが起きてドタバタするのが嫌だったので、今日は先に採集を終わらせてから釣りに入る事とした。
「わんっ!」
今日は人手が更に増え、おまけにワンちゃんらしく鼻が効く仲間が増えたので採集もあっさりと終わった。
俺がリールのテストをしている間、トレーシーにはルビアの相手をお願いした。まだ遊びたい盛りのようで、ルビアはトレーシーの周りをぐるぐるしたり、彼女が投げた棒を追い掛けて走ったりしている。
さて、こっちはこっちで仕事をしよう。
アルフレッドに作って貰った片軸受けリールは、スプールの片側に軸受けを備えている。その軸受けが付いているプレートこそが本体と言ってもいいだろう。
そのプレートが上に伸びて、スプールの上面を覆うようにリールシート部を形成している。
今回はそこに可動部を作り、スプールを直角に向きを変えられるようにした。こうする事でスピニングリールのように、スプールから糸をフリーの状態で放出する事が出来るようになった。
ギア比は相変わらず一対一だが、これでキャスティング性能は一気に上がる筈だ。
付いているルアーはいつものスプーン。
ちょっとスプールに糸を保持するのが大変だが、なんとかして指で抑えながらキャストをしてみよう。
竿を軽く振り抜くと同時に、右手人差し指で掴んだ糸を離す。するとスプールエッジにシャラシャラと糸が擦れる音を出しながら、スプーンは綺麗に飛んでいった。
大体三十メートルくらいだろうか。
着水と同時にサミングで糸を止め、少しもたつきながらもスプールの向きを戻す。これでいつものタイコリールみたいな形に戻った。
いや、これはなかなか画期的だ……。
上手くやればベイトリールの巻きのダイレクト感とスピニングリールのキャスト性能を両立出来るかもしれない。
だが現代でこれが流行ってないと言う事は、それなりに欠陥があるからなのだろう。少し使っただけでも、やはり可動部と片持ち式の構造から来る剛性不足感は否定出来ない。
まぁそれは、俺が現代のスピニングリールの性能を知ってしまっているからだろうが……。
他に思い付く部分としては、まずギア比を変える事が出来ない。ハンドルからの力の入力を、どこでギアを噛ませて増加させるのか。
スプールと反対側のプレート部にギアを設置したら、巻取り時のリールの向きは今と逆になるけど行けるかもしれないな。巻取り方向は噛ませるギアの枚数でコントロールが出来るだろう。
レベルワインダーについては、本体の回転機構との相性が悪いから実現が不可能そうに思える。しかしうまくレベルワインダーから糸を外せる形状、もしくは設置位置があるならワンチャン行けそうな気もするな。
あと、この本体の回転機構の耐久性がどのくらいになるかだな。キャストの度に動かす事になるし、本体の剛性にも直結する部分だから、何かしらのロック機構でも付けた方がいいのかも知れない。
何回かキャストをしていく内に、やはり巻き取った糸の偏りが気になって来てしまった。
やはりレベルワインダーは欲しくなるな。いつかはスプール内で下の糸を拾ってライントラブルが起きるかもしれない。
んんっ、なんかアイデアが降りてきた感があるぞ? もしかしたら全部、実現出来るかもしれない。
これが終わったら即、アルフレッドの所へ行って話し合いだな。
そんな感じで考えながらやってたら、何匹かレポマクが釣れた。
不思議な事に、考え事をしてる時ってなんか釣れたりするんだよな。逆に、丁寧にやってる時の方が全然駄目だったりってのも、釣りではあるあるだ。
気が散って、糸を巻くスピードが絶妙に不安定になったりするのが誘いになっている、という説は俺も支持する。
そして釣れたレポマクはセドナが全部、即座に奪っていった。ちょっとはルビアに分けてあげなさいよ。
そうしてテストも充分出来たので、昨日より早めにラテオラへと帰る事にした。
去り際、白い狼がこちらを見ていたような気がして振り返ったが、特に何も見つける事は出来なかった。
ラテオラに帰還。
俺がオドのコントロールが出来るようになって以来、あまり野生動物に襲われる事が無くなっている。
もし出会ってもトレーシーとセドナのおかげできっちり仕留める事が出来るので、戦利品はギルドの買い取りでちょっとした副収入になるから有り難い。
セドナ達に今回の依頼の報告は全て任せてしまい、俺はアルフレッドの店へと向かった。
店に入ると早速アイデアをアルフレッドに語る。
「……で、今の形を踏襲したままで、ハンドルをスプールが取り付けてあるプレート側に移設したいんです。ハンドル位置を前にオフセットさせて、そこのギアからスプール軸側のギアを動かす形にします。更に、ハンドル前方にレベルワインダーを付けたいんです。位置はスプールの底と水平よりちょっと下になるくらいで、コの字型のガイドが下向きに付くようにします」
ざっと、絵を描きながらアルフレッドに説明する。
「……なるほどな。まだあまり両軸受けリールの進捗は無いんだが、一応レベルワインダーは試作品が上がってきているからそれを使うか。この仕組みだと必要なギアは何枚だ?」
「全部で三枚で行けます。スプール自体の径があるので、ギア比もそんなに高くなくても実用性が充分出て来ると思います」
「わかった。この改造なら、明日の午後には形に出来ていると思う。新造するパーツの注意事項をまとめてくれ」
まず、レベルワインダーの位置だ。
今回の改造でスプールの回転方向が逆になるので、糸はスプール上面から出る事になる。そこにテンションを掛けられる事が必要なので、空スプールの底のラインよりほんの少し下に位置しなければならない。
次にギア比だ。
これは俺の要望で、ハンドル一回転につき七十五から八十センチくらいの巻き量になるように設定してもらった。
このスプールの直径が八十ミリなのでその円周は約二百五十ミリ、つまり二十五センチになる。つまりスプール対ハンドルの回転比は三対一、ハンドルを一周回したらスプールが三回転すれば、大体七十五センチの巻き取り量になるという事だ。
それに合わせて、出来るだけ大きめのギアを使う様にお願いをした。これはレベルワインダーの位置との兼ね合いもあるからだ。
レベルワインダー側の動きは、正直言って適当だ。
とりあえずスプール幅の分だけ左右にきっちり動いて、あまり糸が食い込まないようになってくれれば今の所は機能として充分である。また、横向き時に糸が出るのを邪魔しないよう、スプールから少し離した位置にお願いをした。
同様にハンドル長も、巻き感がどうなるか分からないのでよくある九センチくらいにひとまずは設定した。
現代ベイトリールの感覚で言えばスプールが超大口径になるので、なるべく長い方が巻きは軽くなる。しかし長すぎても操作の邪魔になるので、ここはスタンダードなサイズで行こう。
テストの結果と調整次第にはなるだろうが、多分このリールはこの世界の釣りを大きく変える事になるだろう。
逆転ラッチとドラグ機能は、この上位機種を作った時にでも実装すればいいかな。あったら便利だけど、無くても困らない部分ではあるし。
いやぁ、明日が楽しみだ。
「大分追加の要望が盛られたから、こっちは大口叩いた手前、ちょっと不安になってきたがな……」
「万が一明日までに出来なくても、数日の内には行けるでしょう?」
「それはまぁ、そうだが」
「なら全く問題無いですよ、お願いします。両軸の方は一旦製作を止めてしまっても良いかも知れません。これが完成したら、当分はスタンダードになると思いますから」
「そんなに性能が見込める物なのか。わかった」
ルンルン気分で店を出た俺は、自宅へと向かった。多分、もうセドナ達が着いてる頃だろう。
「ただいま」
「あっ、おかえりにゃ!」
「マサユキ帰ってきたの〜?」
「わんわんっ!」
帰宅したら二人と一匹が出迎えてくれた。
「任せちゃって悪かったな」
「全く問題無かったにゃ。マサユキ様の用事はおわったのにゃ?」
「ああ、おかげでこっちも予定通りだったよ。あっ、こら……」
ルビアが足をよじ登ってきたので、抱っこする。
「ルビア。今日、もしかしてお母さんが見てたりした?」
『いけのむこうから、ごしゅじんのほうをみてたよ!』
「やっぱそうだったか。何か言ってた?」
『ううん、なにも』
何も無いなら、単に気になって見に来ただけなのかな。昨日の今日とはいえ、そりゃ親としては子供の様子は気になるよな。
トレーシーと楽しそうにしていたから、邪魔をしたくなかったのかも知れない。
ちなみにこの会話は、ルビアの声だけは他の二人には聴こえていない。多分二人には、俺が独り言を言ってるように見えるんだろうな。
幸い、この二人はそれを知っているから気を使わなくても良いが。
「そう言えばスライム討伐の報酬が出てたから、一緒に貰ってきたよ。はい、これがマサユキの分」
そう言ってトレーシーが大銀貨二枚を渡してきた。たった一日、むしろ半日だけの作業で約二十万円か……。
「流石に銀貨級依頼の報酬となると凄いな……」
「いくら銀貨級って言っても、普通はこの半分よ? あの地下プールを全部掃除するなら、もっと複数回の依頼に渡ってやるのが普通なのよ。今回は全滅させたのが確認出来たから、色を付けてくれたんだって」
「そうなのか。しかし、あのスライムは水質浄化の役割があるんだろ? 今更言うのもなんだけど、全滅させちゃって良かったのかな」
熱帯魚の水換えだって、一気にやらないのがセオリーだしなぁ。綺麗に掃除してしまうとバクテリアが居なくなって、逆に水湿悪化を招く危険がある。
「あそこは増えすぎて溢れた分が溜まる場所なの。全滅って言っても他の場所にもスライムは散らばってるから、全然大丈夫なのよ」
そうなのか、それならいいや。また増えて討伐依頼が出ても、心置き無くぶっ放せば良いって事だな。
「それと、フリットが次の依頼を決めてきたわ」
「よし、それを聞きながら夕飯にしようか」
今日も俺が帰ってくるまでに、二人は夕飯の準備をしてくれた。とても有り難い。
それに舌鼓を打ちながら、トレーシーの話を聞く。
「マサユキ、錬金術師のマルク・エギアさんって知ってる?」
「全く知らないな、そもそも錬金術ってのが何なのかすら分かってない」
錬金術と一言で言っても、作品によってその扱いは様々だしなぁ。
パンッとやって色々な物を等価交換したり、マッドな科学者みたいな事をやってたり、現実においては科学の前段階みたいな感じだし。
「錬金術って言うのは、元々は金を人工的に作ろうと発展した物なんだけどね。その研究の副産物で色々と別の物が出来たから、そこから枝分かれしていった技術の総称なの。結局、金は出来なかったみたいだけど」
そう言えば金、銀、銅という貨幣価値の基準から考えても、この世界においても金は希少性のある金属なのは間違いない。
どこの人間も、金色には目が眩むんだろうな。
そしてこの世界の錬金術も、俺のフィクション知識からも大きくは外れていなさそうだ。
「でね。マルクさんって人はラテオラでは上位の腕の人なの。専門は液体関係で、冒険者向けの水薬なんかは大体マルクさんが関わってるらしいよ」
「なんか凄い人だな。そんな人からの依頼なのか?」
「今回は依頼主からの指名だから、ギルドは仲介のみなんだって。内容は直接合って話さないとわからないから、みんなで明日の午後に行く事になったけど……」
明日の午後かぁ。
新型リールのテストをやりたいと思っていたけど、そういう事なら仕方ないか。
「わかった。俺は仕事が終わってからアルフレッドさんの所に寄るから、その後にギルドでいいか?」
「フリット達は直接向かうって言ってたから、私達はお昼くらいにここで集合でもいいかな?」
「わかった、こっちの用事が終わったらすぐ帰るよ。トレーシーはその、マルクさんってのに会った事はあるのか?」
「ううん、名前を知ってるくらい。でも水薬関係の話では、大体がこの人の名前が出て来る程度には有名人よ。この間、マサユキが怪我した時にギルドから水薬が来たでしょ?」
「ああ、あれのお陰で一気に周りの人達も回復してたな。俺も飲んだけど、凄い効き目だったよ」
「あれもマルクさんが作った物って話だよ」
あんな物があったら、医者も商売上がったりだろうな。実際、この世界の医者は医療技術の専門家と言うよりは、診断とそれに合わせた水薬処方の専門家という感じだった。
外科の技術なんかは、もしかしたら全然発展していないのかも知れないな。内服薬だけで何とか出来る範囲にも限界はあるとは思うけれども……。
そんな話をして、トレーシーは食事が終わると自分の宿へと帰っていった。
俺は最近日課にしているオドのコントロールの練習をやってから、一日を終えた。




