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25話 白狼達との邂逅


「マサユキっ!!」


 トレーシーが杖を出し、戦闘態勢を取る。それと同時に、俺も自分のオドを展開して彼女の援護をする態勢に入った。

 白狼は依然、唸り声を上げてこちらを威嚇している。


「多分、ルプリカだと思う。大きさも色も見た事が無いけど……」


「これは野生動物なのか? 魔物なのか?」


「動物……だと思うけど、わからない」


「トレーシー、ちょっと俺がやってみる」


「……わかった」


 彼女の前に出て、腰に下げていた鞭を取り出す。まだ届く距離ではないが、威嚇して逃げてくれるならそれでいい。

 俺は手首のスナップを効かせて、わざと大きな音が出るように鞭を振った。

 鞭の先端が音速を超えて、大きな破裂音を出す。


 だが、白狼はそれに怯まずこちらを睨み付けていた。


「逃げないか……」


 更に何度か強く振ってみるが、それでも白狼は動く気配が無い。


 しかし逆に考えたら、こちらへ向かっても来ない事に気付いた。

 そもそも、白狼からしたら茂みからこちらを急襲しても良かった筈だ。こちらは完全に油断していたから、いくら数で劣っていても白狼にやられていただろう。

 では、何が目的だ……?


「マサユキ、こっちはいつでも!」


「いや、ちょっと待ってくれ。何か様子がおかしい。……マズい、風塊を俺の前に!」


 白狼の身体からオドが溢れ出した。黒紫の光は、次第にその色を青色へと変える。

 くそっ、魔法を使えるのかこいつは!?


「風の女神よ、風塊を我が元へ作り給え!」


 俺の眼前で空気が渦を巻いて集まり始める。それと同時、白狼の周囲に三本の氷の槍が現れた。

 氷槍は俺目掛けて発射された。しかし、トレーシーの風塊で軌道を曲げられて俺の右側へと逸れていく。助かった!


 しかし攻撃を防がれた白狼は、次の瞬間には俺に向かって駆け出していた。


「あっ!! 風の女神よ……!!」


 トレーシーの魔法は間に合わないだろう。ならば俺はこの攻撃を何とか凌いでから、詠唱の終わった魔法を叩き込んでもらうしかない。

 鞭を構え、サイドから全力で白狼を打ち据える。あまりに余裕が無かったので、渾身の力を込めての一撃になった。






 鞭が白狼へと当たった瞬間、何かが俺の意識に流れ込んで来た。


 恐怖心。

 闘争心。


 そして、義務感。責任感。


 そうか、お前も俺達の事が怖かったんだな。

 だけど、やらなきゃいけなかった。守る為に。


 だったら、俺が折れるよ。命のやり取りなんて、そこまでするような事じゃないからさ。






「……トレーシー、駄目だ!!」


「一陣の風刃をもって彼の者を、えっ?」


 鞭が白狼に当たった後、俺はトレーシーと白狼の間に割って入った。

 鞭自体に大して殺傷能力は無い為、白狼に裂傷は与えていたが大したダメージにはなっていなさそうであった。

 白狼側にはまだ警戒心はあるようだったが、唸り声は鳴りを潜めてこちらの様子を伺っている。


「お前、これが欲しいんだろ?」


 俺は釣り上げたレポマクからルアーを外し、白狼に向かって放り投げた。

 白狼はそれを咥えると、俺の目を見つめた後に首を縦に振る。


「……どういう事なの?」


「ついて来て欲しいみたいだ」


 俺達は戦闘態勢を解いた。

 そこへ俺の名前を叫んで炎爪を構えながらセドナが突っ込んできたので、慌てて抱き抱えて止める。


「にゃーーー!! マサユキ様に何するにゃ!!」


「いいから! 俺は大丈夫だからセドナ、落ち着けって!!」


 その様子を白狼は一瞥してから歩き始めた。心なしか、少しだけ表情が柔らかかった気がした。




 俺達三人は白狼の後ろを歩き、池の南側から陽光の森へと足を踏み入れて行った。


 正直、森に入った時点で不安があったが、そう思ったと同時に白狼がこちらを見て尻尾を振った。それを見て、俺は何故か「大丈夫」だと彼女に言われた気がしたのだ。

 そしてこれも変な所で、俺は何故か白狼の事を「彼女」だと思っている。オスかメスかなんてさっぱりわからない筈なんだが、頭の中では既にそうだと判っているようだ。


 白狼は森の中を暫く歩いた後、小さな起伏に出来た窪みの前で止まった。


「もしかして、ここが住処なのか?」


 そう問い掛けると、短く鳴き声を上げて答えてきた。


「マサユキ、話が出来るの!?」


「いや、わからないんだ。わからないけど、何故かわかると言うか……伝わっていると言うか……」


 窪みには周辺から採ってきたであろう草が敷かれており、その中には小さくて白い生き物が五匹寝ていた。


 わぁ、もふもふだぁ……。


 だが、よく見たらそのどれもが荒く息をしていた。寝ていると言うよりは、起き上がれないのかも知れない。


「随分弱ってるにゃ……?」


「そうね、このままじゃ……」


 白狼は咥えていたレポマクを子供達の前に置く。

 まさかそれを食べさせる気なのか? 大丈夫なのか?

 そんなこちらの心配を他所に、白狼はレポマクを一口齧る。子供達もよろよろと起き上がり、親同様にして魚へ齧り付いた。


 嘘だろ!? みるみる内に白狼の子供達は元気を取り戻していき、俺が白狼に付けた傷も塞がっていった。


「元気になったにゃ!」


「そんな事って……」


「トレーシー、オドってこんな効果もあるのか?」


「ううん、聞いた事無い……」


 そうだよな。別にオド持ちの動物なんて狩猟でだって入手出来るんだから、これまでにいくらでもそんな事例はあった筈だ。

 その結果として、人間が摂取しすぎると健康を害する事がわかっている。実際、セドナもその通りになった。

 じゃあこいつらは何が違うんだ?


「でも、この子はあの魚を食べたら子供達が元気になるってわかってたみたいね」


「そうだな。だから俺達から奪おうと思って出て来たんだろう」


「わたしのレポマクにゃ……」


「まぁ、また釣ってやるからこれは諦めてくれよ。どうせオド持ちだったんだから、俺達が食べても危ないだけだしさ」


 もう白狼はこちらへの害意は無い様で、子供達の毛繕いをしている。元気を取り戻した彼等も、ぴょんぴょんと走り回ったりしている。


 あらぁ、かわいい。


 そして、その内の一匹がこちらへやってきた。そいつは俺の足に引っ付いて、離れない。

 白狼がそれを見兼ねたのか、そいつの首根っこを咥えて俺から離そうとする。流石に力の差があるから簡単に離れてしまったが、寝床に戻されたそいつは俺の方に再びとてとてと歩いてきてしがみついてしまった。


「ふふ、懐かれちゃったね」


「参ったな……」


 それを何度か繰り返して、しまいには白狼は自分の子供に向かって威嚇し始めた。その低い唸り声にこっちがビビるくらいだったが、しかしそいつもなかなかに我儘で全然諦める気配がない。

 暫く唸っていた白狼だったが、突如それを止めてこちらへと歩いてきた。

 白狼は俺の右手へと眉間を擦り寄せてくる。びっくりした、噛まれるかと思った。


 ワワン、ワンワワン。

『心優しきあなたに、この子は任せました』


「いや、任せられても困るんですけど!?」


 ワフゥン。

『言い出したら聞かない娘でして』


「ええ……」


「やっぱり、喋ってる……よね」「なんなんにゃ……?」


 意思疎通出来るのがどういう理屈なのかさっぱりわからないし、突然ワンちゃんから娘を任せるって言われてもマジで困るんだが。


 グルルッ。

『ほら、この人も困ってるじゃないの』


 母親にそう言われて、涙目になる仔犬。クソッ、それはズルいだろ!!


 だがここは心を鬼にしなきゃいけない。ただですらうちにはネコチャンが居るのに、これ以上ペットを増やす訳にはいかんのだ。

 そもそもあの物件はペット可なのか? セドナが大丈夫なら、いける気はするが。


「なんか失礼な事を考えられた気がするにゃ」


 そうしたら仔犬は俺の足をよじ登ってきて、白狼の頭に乗せてる手にしがみついた。

 白いもふもふが、潤んだ目でこちらを見てくる。


『だめなの……?』


 負けた。完全に負けた。


「……俺の言う事をちゃんと聞くこと。イタズラ禁止、駄目な事をしたら怒るからな? 約束を破ったら、お母さんの所に帰ってもらうからな?」


『ありがとう、ごしゅじん!』


 手から飛び降りた仔白狼は、俺の周りを嬉しそうにぴょんぴょんと跳ね回った。

 ま、いいか。親公認だし。ご主人呼びも、わんこからならあんまり違和感が無いな。


 俺が仔白狼に最初にした命令は「ちゃんと母親にお礼とさよならをしてきなさい」だった。暫く二匹は身体を寄せて、何かを話しているようだった。


「マサユキ、いいの?」


「駄目って言ってもついてきそうな勢いだったし、仕方ないから頑張ってみるよ」


 これがただの犬だったらスルー出来ただろうが、なまじ意思疎通が出来てしまっただけに断れなくなってしまった。


 その後、それを利用して彼女等の正体が動物なのか魔物なのかを聞いてみたのだが、結論から言うとわからなかった。

 何故かと言うと彼女等の自身の呼び方と、人間側の認識とが擦り合わなかったからだ。

 それもよく考えれば当然である。動物と魔物の区別なんて人間側が勝手にしているだけで、彼女達にはそんな認識は無いのだ。

 魔法を使ってきた事も聞いてみたが、それは人間が勝手にそう呼んでいるだけの話で、彼女等にとっては『出来るからやっているだけ』の事らしい。


 だがトレーシー曰く、その内容が少し問題でもあった。

 何故なら、人間側の魔法体系の中には【氷属性】は無いのだ。


 魔法の中には属性が四つある。それらは足し算、掛け算は出来ても引く事は出来ないらしい。つまり炎属性魔法で温度を上げる事は出来ても、下げる事は出来ないという訳だ。

 これをトレーシーから聞いた時に、この世界において食料として海産物が広まっていない理由が腑に落ちた。

 氷属性魔法が無いから、鮮度を保ったまま輸送する事が出来ないのだ。


 この世界に来てから魔法と聞いて万能な物だと勝手に考えていたのだが、どうやらそうでも無いらしい。




「それじゃ、俺達は行くよ。またちょくちょく会いに来るからな」


 白狼親子の別れの挨拶を見届け、俺達は彼女等の巣を離れた。

 別れ際に母白狼は大きく遠吠えをし、仔白狼もそれをしばらく聞いていた。


「本当に良かったのか?」


 俺の肩に乗る仔白狼に言うと、彼女はほっぺたへと擦り寄ってきた。

 そこから伝わってきたのは、別れがちょっと早くなっただけでどちらにしろ別れるのであれば俺と一緒に行きたい、という事だった。

 はは、こやつめ。




「にゃっ!?」


「セドナ、どうしたんだ?」


「キツケ草、まだ集め終わってないにゃ!!」


 俺達は慌てて三日月湖へと戻り、ノルマ分のキツケ草を集めた。

 仔白狼も手伝ってくれた事もあり、いつもの倍のノルマでもなんとか終わらせる事が出来、日が落ちる前にラテオラへと帰還する事が出来た。

 仔白狼は見た目が仔犬だからか、門番にも特に咎められる事が無かったのは幸いだった。

 まぁ法律的にも、もしこいつが魔物だったとしても連れ込む事が罪に問われる事は無いらしい。そもそも、そんな事は出来ないから法整備がされてないのだ。


 ギルドへの報告の時にユニさんには突っ込まれたが、すぐにその見た目に絆されていた。もふもふだもんな、それは仕方が無い。

 その横でトレーシーは今回の報酬に驚いていた。曰く、キツケ草で稼げる額ではないとの事。




 その後は、流石に動物連れで飲食店には入れないので、買い物をしてから我が家で夕飯とする事にした。今日のお礼にトレーシーが夕飯を作ってくれるというので、そのお言葉に甘えた。


 セドナと二人で作ってくれたのは鶏肉料理だった。シンプルではあるが、香草が効いていてこれが実に美味い。わんこ用にも味付けしてないものを作ってもらい、彼女も満足そうに食べていた。

 個人的に一番好きなのが鶏肉なのだ。牛も豚も好きだが、鶏はもっと好きなのだ。


「そう言えば、その子の名前はなんて言うの?」


 料理に舌鼓を打っていると、トレーシーがそんな事を言い出した。そっか、名前かぁ。すっかり聞くのを忘れてたな。

 だが本人を撫でながら聞いてみたが、特に名前は無いらしい。そうなると自分で付けるしかないが、種族名もわからないし、見た目以外のヒントが何も無いな……。

 その見た目にしても、白い仔犬以外の特徴は無いときた。


 どうするか。

 シロ。さすがに安直過ぎるか? 本人も全力で首を振っている。


 氷属性の犬と言えば、フェンリルだな。北欧神話の本来のフェンリルは、むしろ炎を吐くらしいが。そんな事を考えていたら、本人に首を振られてしまった。

 意外と選り好みが激しいな、こいつ。


「おまえはポチにゃ」


 そう言ったセドナには唸り始めた。先輩にも容赦が無い。


 そう言えばこいつ、体毛が白いからなのか透き通った赤色の目をしているな。


「……ルビア、ってのはどうだろう」


「どういう意味なの?」


「俺の国に、ルビーって名前の赤い宝石があるんだ。こいつの赤い目がそのルビーみたいで綺麗だから、さ。語尾をアにしたら、なんか女の子っぽくていいかなって」


「えっ、この子って女のコなの!? むぅ……」


 あれ、言ってなかったっけ。

 仔白狼は、この名前には嬉しそうに尻尾を振っている。


「そっかそっか、気に入ってくれたか。それじゃこれから宜しくな、ルビア!」


 抱き抱えながら初めて名前を呼んであげた。


『ボク、ルビア! よろしくごしゅじん!』


「お前、ボクっ娘だったの!?」


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