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23話 冒険者達の事情

 そういえば、この世界にも月がある。

 というか召喚された最初の日の夜、実は真っ先に確認したのは月の姿だった。


 何故ならば、月は潮の潮汐にとても大事な物だからだ。

 よくファンタジー世界設定であるあるの、複数の月が存在していたら俺は少し絶望していたかもしれない。そんな環境での潮の満ち引きなんて、どうなるのか想像もつかないからだ。

 三つの月が並んだ日には、ドがいくつ付いてもおかしくない超ド干潮になってしまうだろう。そんな事になったら釣りへの考え方を改めなければならない。


 しかし幸いにも、この世界の月は一つだった。

 この辺りはイザークとの雑談で聞いたのだが、この世界では明月と暗月という概念があるらしい。明月とは満月、暗月とは新月の事である。

 なので潮汐力に関しては地球と似ていると言っていいだろう。岸壁に付いている貝等を見ても、自分の常識から外れたような満ち引きをしている様には思えなかった。


 しかし地球と違うのは、明月と暗月で自然界のマナの量に変化があるという事だった。

 明月だとマナの量は増え、暗月だと減る。マナが減る事により、相対的に自身のオドを感じやすくなるので、これらはマナの月、オドの月と呼ばれる事もあるそうだ。


 今日はマナの月が煌々としている。だから昼間のあの魔法も、あれだけ派手になったのはそれが影響しているのかも知れない。

 昼間でも月はそこに存在しているからな。


 後、やはり自分の感覚から考えて、特に魔法行使時に接触していた場合は俺のオドが吸い取られている感じがする。

 トレーシーは「一発しか撃てない」と言っていたが、その後の消耗度合いを見てもそれは明らかだった。彼女達だけでも、もう一発は撃てたと思う。

 まぁ、俺の扱いは追加の燃料タンクとして運用すれば間違いは無いだろう。


 さて、明日の午後はまだギルド側で依頼の処理が終わっていないから自由時間となるだろう。

 何をしようかな。






 朝になり、俺は硬い板張りの床で目を覚ました。背中が痛い。


 今日は、流石にいつも通りの朝では無かった。まず、俺のベッドにはまだ気持ち良さそうに寝ているセドナの姿がある。そして、それに引っ付かれているのはトレーシーだ。彼女もまた、気持ち良さそうに寝ている。

 その抱き枕、使い心地良いだろ?


 うむ、これはこれで良い光景だ。ずっと眺めていたい気持ちになってしまう。


 こうなっているのは、昨晩机で潰れてしまったトレーシーを抱き抱えてセドナの寝ているベッドに寝かせたからだ。話をしている内にセドナは寝てしまっていたのだが、女の子同士ならいいかと思って彼女の横にトレーシーを置いた。


 綺麗な金色の髪の女性と、それより少し薄い亜麻色の猫耳娘が抱き合って寝ているこの光景。

 実にプライスレスである。


 うら若き酔っ払った女性が突然夜中に家にやってきたとしても、手を出さずに無事に返せるだけの理性を俺は所持しているのだ。

 ヘタレとか言うんじゃない、紳士なのだよ。


「うぅ……ん、あれ……ここ……」


「起きたかい? おはよう、トレーシー」


「うん、おはようマサユキ……って、ちょっ。えっ……なに……んんっっっっ!?」


 おっ、現状がお分かりになりましたか?

 トレーシーは俺とセドナを交互に見た後、どんどん顔を紅潮させていった。


「井戸から汲んできた水があるから、顔を洗ってくるといいよ。終わったら朝飯にしようか、セドナを起こしといてくれな」


 それだけ伝えて、俺は寝室から退出した。






「トレーシー、いい匂いだったにゃ〜」


「やめてセドナちゃん! 恥ずかしいから!!」


 朝食を取りながら、そんな会話をしている二人を眺めている。

 うむ、うむ。既に俺は後方腕組おじさんである。


「でもマサユキ様も柔らかくて捨てがたいにゃ〜」


「腹の出ているおっさんにそう言う事を言うんじゃありません。おっさん、傷付くからね」


「えっ、マサユキってセドナちゃんと寝てるの!? あなたにそんな少女趣味が……?」


「そこも酷い勘違いをするんじゃありません。むしろ俺はセドナの被害者だぞ。何度言ってもこっちの毛布に潜り込んでくるから、最近はもう諦めたんだよ」


 まぁセドナにとっては誰でも良いんだろう。ネコチャンだしな。


「そ、そうなのね……」


 ん、待てよ? この光景って他人に見られたら言い訳出来なくないか?

 どう見てもパパ活おじさんなんだが。


「今、フリットとシャルがここに来たら二人になんて言われるか想像してしまって怖くなってきた」


「あー……、あの二人なら大丈夫だと思うよ」


「なんで?」


「だって、デキてるもん。昨夜だってシャルがフリットを送ってったから、送り狼してんじゃないかな?」


 マジか! まぁ堂々とイチャコラしないだけの良識はあるようだし、それなら応援してあげねばなるまい。

 しかし、そうなるとトレーシーのこれまでの苦労も偲ばれるな。三人組でカップルが出来ちゃうと、そりゃまぁ辛いもんがあるだろう。

 自分は特に何とも思ってなかったつもりだとしても、一人になった時にふと色々考えてしまうもんなんだ。


「お前、もしかしてそれで寂しいから昨夜俺んとこに来たのか?」


「……怒るよ?」


「すまん、失言だった。申し訳ない」


「そんなのもうとっくに割り切ってるし。私は別にそういうんじゃなくて……、もう……バカ」


 だよな! 健全な関係だもんな俺等は!


 しかし、こんなにコロコロ表情を変える娘なんだな。表情が豊かな女性は可愛いと思う。

 無表情キャラも二次元なら最高なんだが、リアルだと機嫌が良いのか悪いのかさっぱりわからなくて触れ辛いんだよな。

 そんな話はどうでもいいか。


「……今日も仕事なの?」


「ああ、そうだな。午後は何をしようかとちょっと考えてるとこだ」


「なら、一度宿に戻ってからになるけど……また遊びに行っていい?」


「構わないが……まぁ、あんまり客も居ないしな。イザークも駄目だとは言わないと思う」


「やった! あ、あと午後の予定が無いなら三人でなんか簡単な依頼でもやらない?」


「やるにゃ!」


「そうだな。それじゃ、いつもやってるキツケ草採集でもやるか。あれなら半日で余裕だし」


「えっ、そうなの? あの依頼って報酬金額の割にはそんな簡単でも無かったと思うんだけど……」


「そんなことないにゃよ? マサユキ様と二人でよくやるにゃ。おさかなもたべられるにゃ!」


「ちゃちゃっと終わるから、小遣い稼ぎに丁度良いんだよな」


 そんな話をしていたら朝食も終わったので、一旦解散とした。


「それじゃまた後で!」


「わかった」


 トレーシーはなんだか楽しそうにして出て行ったが……なんだろうな?

 まぁいいか。






 さて、本日も出勤である。

 いつも通り常連さん達の餌の準備をして、イザークと共に出発するのをお見送り。


 昨日入荷した片軸受けリールはもう売れてしまったらしく、常連さんが早速持っていた。まだ欲しい人がいるらしいので、発注を頼まれてしまった。その間、店は戸締まりをして留守にしていいとの事。

 トレーシーが来ると言っていたので、彼女が来たら一緒に向かおう。


 ちなみに仕入れ価格は小銀貨二枚、店頭販売価格は小銀貨五枚らしい。なかなかいいお値段だ。釣りを趣味にしている人は貴族が多いので、そこに向けた価格設定なんだろう。


 竿の方はやはりトレントの枝から作る物が売れ筋のようで、これはガイド部分以外はイザークが自ら作っているそうだ。俺は特別にエルダートレント製のを貰ってしまったが、普通のトレント製の物との差は自重のみだ。


 触らせてもらったが張りはどちらも似たような物で、調子はテーパーデザイン次第で変わってくる。

 グラスロッドに似たこの質感は、両軸受けリールの試作品が完成した時にも役に立ってくれると思う。リールの性能がどうしても低いので、竿の柔らかさでカバーする形になるだろうし。


 ただ、リールの性能が上がった時の為に、もう少しカーボンロッドに似た質感の素材も見付けておきたい所だ。


「ごめんくださーい、あっいたいた」


「おっ、待ってたよ。早速で悪いんだけど、ちょっと店を閉めて出掛けようか」


 トレーシーは「いいの?」と首を傾げているが、これも仕事だからと説明して店を出発した。






 そしてアルフレッドの店に到着。


「ここ? 鍛冶屋だけど……」


「色々と釣り具を作ってもらってるんだ。武器も勿論あるよ」


「おう、マサユキじゃねえか。女連れなんて珍しいな」


「この人は最近俺とパーティを組んでくれてる、トレーシーさん。こちら、ここの店長のアルフレッドさん」


「宜しくお願いします」


 ぺこりとお辞儀をするトレーシー。


「イザークさんから、片軸受けリールの追加をお願いしたいとの事でして。今回は五台で」


「なんだ、意外と売れてんだな。じゃあ来てくれたついでにいつもの釣り針と、スプーンの追加分十個、あとお前から頼まれていたスナップってやつを作ったぞ。ちょっと見てくれ」


「おお!」


 スナップとは細い金属を曲げた金具であり、糸とルアーの接続をする為の物だ。

 形としては本当によく見る、普通のスナップである。あまり小さいサイズは難しいという事であったので、二番クラスの大きさだ。

 だが、これがあるのと無いのではルアー交換の快適さが大違いなので、実現出来た事が本当に嬉しい。


 肝心の交換するルアーがまだスプーンしかないのが残念な所だが、こっちもなんとかして手を付けたいな。


「じゃ、これで今回の納品物は全部だ。両軸受けリールの方はまだちょっと苦戦しててな、もう少し時間をくれ」


「大丈夫です、急いでる訳ではないので。まぁ、早く出来たら俺としては滅茶苦茶嬉しいのはあるんですけど」


「ギア周りはなんとかなりそうな目処がついた。後は本体側を、今後の改良も見越して色々と考えてみているんだ」


「それはありがたいです。この間描いたスケッチは、どれも実現出来たなら一気に性能が変わってくる部分なので。後、本体で加工が難しい所は木でもいいですよ。回転部分は素材より精度の方が必要なので、特にスプールとかですね」


「軽い方が回転も良いだろうしな、わかった。まだスプールには手を出してなかったが、それなら助かる」


 それからアルフレッドと一通りの話をして、店を出た。


 仕事の話とはいえ、トレーシーをちょっと置き去りにしすぎちゃったな。

 帰り道で謝る事にしよう。


「ごめんな、話が訳わかんなかっただろ?」


「んー。わかんないのは確かだけど、なんだか楽しそうに見えたわ」


 実際、こういう話をしているのは楽しいからな……。


「悪かった……」


「あ、そうじゃなくてね。普段と違う感じで、なんかよかったなって。私も最近は依頼をこなすばっかりだったから、ちょっと羨ましくなっちゃった」


 そうか、魔法の収納バッグを買う為に三人共頑張ってたんだもんな。

 目標の為に努力をするのは、そんな簡単な事じゃない。それが複数人で共通の物だと言うなら尚更だ。

 少しそういう関係性が羨ましく感じる。


「俺は、小さい頃から魚釣りが大好きだったんだ。その中でも特に、ルアーっていう変な形の物を餌だと思って食ってくるのが面白くてさ。だからこっちの国でもやってみたいと思ってるんだ」


「そうなんだね。イザーク様も釣りが好きみたいだし、私も何か始めてみようかなぁ……」


「趣味は生活に余裕が無いと出来ないけど、逆に趣味の為に色々頑張るって人も多いからね。無理のない範囲でやるってのは必要だけど」


「私の趣味かぁ。なんだろう、魔法は勉強するのが楽しかったな」


「やってて楽しいなら、それはもう立派な趣味なんじゃないかな。なんでもそうだけど、楽しいのは大事だよ」


 義務でやるとつまらないのに、能動的に出来る事ってのは本当に楽しいんだよなぁ。

 俺にとって、勉強というのはまさにそんなものだった。高校までは嫌いだったけど、大学での勉強は本当に楽しかった。最初からこれがわかっていれば、その為に頑張るという考え方も出来たのかもしれない。

 興味があるというのはそれだけで一つの才能だと、俺は思っている。


「好きこそ物の上手なれ、って言葉が俺の国にはあるんだよ。そりゃ上を見れば凄い人は沢山居るんだけどさ、でもまずは好きでい続けていれば、やってる内に何か開けてくる事もあるんだろうなって思う」


「それ、良い言葉だね」


 同意の頷きを返して、俺達はイザークの店へと戻っていった。






 店に戻ってからはいつも通りのルーチンだった。アルフレッドからの品物を釣りから帰ってきたイザークに渡し、セドナへのお土産になる魚を常連さんから頂く。

 それで午前の仕事は終わりである。

 家に帰って昼食にするのと、出掛ける準備の為にここで一旦トレーシーとは解散になった。午後イチにギルドで待ち合わせとした。


 家に着くと食いしん坊のネコチャンが喉を鳴らして待っていたので、お土産を渡したら滅茶苦茶良い笑顔になっていた。

 腎臓とか心配になってくるな……。


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