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20話 強化と契約

 駄目だ、上がった息が全然整わない。

 その場にへたり込んだ俺は、暫く何も出来なかった。呼吸すら億劫で、心臓が限界だと叫んでいる。


「マサユキよ、意識はあるな? しかし、耐え切ったか。予想以上だったの」


 あるっちゃーあるけども……!!


「どれ。少し落ち着いたら、続きを話すとしようかの」


 いまだ立てない俺の身体をセドナとトレーシーが支え、腰を掛けられる大きめの岩まで連れて行ってくれた。

 目を閉じ、暫くは息を整えるのに集中しなければならなかった。


「今の魔法は炎属性の最上位、火炎槍でしょうか?」


「トレーシーさんや、よく勉強しておるの。どうにも使い勝手が悪くて、あまりやらんのじゃがな。出番があるとしたら攻城戦くらいかの? やはり海じゃから、ちょっと威力が出切らなかったな」


 これでも足りないってのか。いやぁ、そんなもん個人で使う力としてヤバすぎんだろ……。トップクラスの魔法使いだと、こんな事が出来る連中がゴロゴロしてんのか?


「さて、マサユキよ。先程の過程で感じた事があったじゃろう。出来る範囲で良いから、言語化してみい」


「……ええ。詠唱の前半で虚脱感に襲われました。まるで何かが俺の身体から流れ出しているかのような」


「それはきっと、オドの流れじゃな。つまり、わしに触れた右手を通してこちらにおぬしのオドが流れ込んだのじゃ。それをよく覚えておくのだぞ」


「でも、オドってのは他人の物だと……」


「そう、普通は相容れない物であるな。だが、おぬしの物はそうではないようだ。他者のオドと混ざり合い、それはマナへの干渉力を高めるのじゃろう。現にそれを、わしは体感出来た」


「海辺というのは水の領域なの。だからマナへ干渉して炎へ変えたとしても、その維持は他の場所よりどうしても効率が悪くなるわ」


「その通りじゃ。ここでわしのみで火炎槍を放ったら、二本が限度であろうな」


 じゃあ俺が居たから五本まで制御出来たって事なのか。

 さっき言ってた法則に従うなら、威力を上げようとすれば爆発的にオドの使用量が増えると言っていた。ならそれを考慮すると、十メートル以上離れたら一本、それ以下で二本、接触で三本が追加出来るって所だろうか。


「さて、今の感覚を忘れない内にオドのコントロールをしてみるぞい。きっと、今もおぬしからは周囲にオドが拡散してしまっている筈。それを自分の内に閉じ込めるようにするのじゃ。先程、身体から抜け出ていった力を意識するのじゃ」


 呼吸を整え、目を閉じてみる。

 今まで意識出来ていなかった感覚を探る。筋力ではなく、もっと別の……何か。


「ではトレーシーさんや、何か持続的な魔法をマサユキに向けて出していてくれまいか」


「わかりました。それでは簡単な風起こしを」


 扇風機をこちらに向けられているかのような風が身体に当たり始める。強さで言えば『強』といったくらいだ。流石にちょっと寒くなってきたから『弱』くらいになって欲しいな。

 そう思ったら、なんだか供給する電力を弱くするイメージになってきてしまった。


「あっ……」


 トレーシーが何かを感じたのか、声を漏らした。

 風が弱まり、心地良い風に変化した。そうそう、このくらいの感じ。


「うむ、出来たようだの」


「えっ? 出来たのっ!?」


 嘘でしょ? そんなイメージで良いの?


「オドの操り方は人それぞれ、色々なイメージの方法がある。マサユキにとってわかりやすいものが見付かったという事じゃろうて」


「私としては、今のオドの消費量でこの風量ならマサユキに出会う前と同じ感覚よ。ちゃんとコントロールが出来てると思うわ」


「最悪、出来なかったとしたら郊外への移住も視野に入れて考えねばならなかっただろうが……これでなんとかなりそうだの」


 うう、出来て本当に良かった……。

 違う世界に来ただけでなく、街中にすら住めなくなったら流石に心が折れていた。


「これまで野生動物のオドに当てられていたのも、常にオドが放出されている事によって体内のオド量が少なかったのが原因であるかも知れんの。どれ、ちょっと試してみるか」


 黒紫の光がイザークから放たれた。それは野生動物のものと酷似しており、背筋がゾクりとした。

 何故か他の二人もそれに反応し、構えを取っている。


「今のは……?」


「強い敵意と共に、剥き出しのオドを出したのじゃ。以前のマサユキであれば、多分気絶しておったじゃろうな」


「び、びっくりしたにゃ……」


「ちょっと本気で焦ったわ……」


 成る程。二人にはオドは見えていないだろうから、敵意の方に反応したんだろうな。


 そんな所で勉強会は御開きとなり、俺達はイザークにお礼を言って解散する事になった。

 またイザークには助けられてしまった。釣り具開発の方でお礼をしないといけないな……。






 そして夕方になり、俺達は家に戻ったのだが……。


「で、なんでまだトレーシーさんはいらっしゃるんでしょうか……?」


「だって、まだ回答を貰ってないもの!」


 あー、そうか。パートナーの話か。


「わかった。正直な話、今日一日で俺が抱えていた問題が大分解決した所がある。それはトレーシーのおかげだ、ありがとう」


「どういたしまして。こっちも、あんな凄い人に会えるなんて思ってもみなかったからびっくりしたわ」


 俺も知らなかったよ……。何かあるとは思っていたけど、イザークって滅茶苦茶すげぇ人はだったんだな。


「ねぇ、イザーク様とはどういう関係なの?」


「うーん、そうだなぁ。釣り友達かな?」


 そう言うと、物凄く変な顔をされた。

 趣味は時に立場を超える友情を育むのだよ。これを友情って言っていいのかはわからないけども。


「じゃあそれに関わる話なんだが、今の俺は冒険者だけじゃなくてイザークさんの店でも働いているんだ。午前中は店番だから、トレーシー達と動けるのは午後からという事になってしまうんだよ」


「そうなの? それだとちょっと厳しいわね……」


「でも店番が無い日もあるし、そういう日限定であればウィンドブローの依頼に参加する事は構わないと思ってる。後、依頼にはセドナも一緒に参加する事になると思うけど構わないかな?」


「うん、それは問題無いと思う。前衛が増えるから、むしろ歓迎だと思うわ。じゃあスケジュールについては都度調整させてもらうね、勿論そちら優先で」


「わかった。それじゃ、フリットとシャルへの交渉は君に任せたよ」


 お互いに握手をしてから、トレーシーは自分の宿へと帰っていった。

 なんだか今日は、色々あった一日だったな……。






 翌日。

 昨日はなんだかんだで一日を使ってしまったが、得られた物も大きかった。何と言っても、無能ではない事が分かったのが嬉しい。

 逆に、そこにいるだけで効果があるというのが強過ぎるように感じてしまうくらいだ。変な所で効果が出ないように気を付けないといけないのも難しい。

 ご近所さんから今の所は苦情も出ていないのが幸いだ。


しかし、この二足の草鞋を上手くこなせるという新しい心配もある。

 まぁ、まだトレーシーが先走ってるだけのようだし、もしかしたら他のメンバーから断られるかもしれない。

 変な期待をせずに待っておこう。


 さて、本日もセドナさんは俺の隣でお休み中だ。幸せそうな顔をして丸くなっておられる。

 どんなに一人で寝るように言っても夜中に潜り込んできてしまうので、もう諦めて同じベッドで寝るようにした。暖房具も無いので、夜は暖かくてありがたいのはあるんだが……。

 俺もな、男なんだ。色々やりたい時だってあるんだよ。枯れるにはまだ早いからなぁ。


 さて、そんな事を考えても仕方ないので、イザークの所へ仕事へ行くとしよう。






 その日もいつも通り、朝から常連達とイザークは釣りに行った。渡したスプーンは結構好評で、あんな鉄片で魚が釣れるのが楽しいと彼は言っていた。


 そうなんだよな。そこがルアー釣りの楽しさの一つなんだよな。

 餌で釣れるのはシンプルな理屈だから誰でも分かるんだけど、ルアーってのはヘンテコな形の物でも釣れたりするから面白いんだ。その形が変であればある程、楽しいと言う人だっている。

 今日は誘い方をいくつか教えたので、きっと今頃試している事だろう。


 そんな事を考えていたら、珍しく店の扉が開いた。


「いらっしゃいませー、……ってあれっ?」


 アルフレッドさんだ。なんだろう。


「おう、マサユキか。イザークから頼まれていた物の納品に来た。片軸受けリール、三個だな」


「そうなんですね。それじゃ自分の方で受け取っておきます」


 量産が始まったんだろうか。検品の為に中身を確認させて貰ったが、物としては最初に作った物と同じである。

 その辺の商売についてはイザークとアルフレッドに任せてあるので、納期だとか価格だとかは俺はノータッチである。


「お前が居るなら丁度いい。先日依頼された、新型のリールについてなんだが……」


 新型のリールとは、両軸受けリールについてだ。色々と要望を盛り込み過ぎたので、アルフレッドの方で実現可能な部分の切り分けを行なってくれたようだ。


 やはりブレーキ機構については難航しているようだった。全体的にも細かいパーツが多いから、アルフレッドだけで完結する事が難しいらしい。

 それならと、ギア周りとブレーキについては後回しにして、レベルワインダーだけ実現して貰う事になった。

 つまり、いわゆる『ダイレクトリール』という奴だ。

 ギア比を考えずにスプールとハンドルを直結してしまえば、後はギア一枚とウォームシャフトさえあれば実現が出来る。


 レベルワインダーの無い両軸受けリールは十八世紀初頭あたりから作られ始めていたらしく、その頃はまだドラグもレベルワインダーもメカニカルブレーキも無かったらしい。

 片軸受けリールがイギリスからアメリカへと海を渡り、そこで両軸受けリールへと進化した。ケンタッキーで淡水用、ニューヨークで海水用のスタイルが確立されたと聞く。

 そしてレベルワインダーやメカニカルブレーキが出始めたのが二十世紀初頭。つまり、これが実現出来るだけで何世紀もの歴史をスキップしている訳だ。


 ドラグやワンウェイクラッチも当然欲しいが、まだそこまでの欲張りは厳しいだろう。アルフレッドを貶す訳ではないのだが、この世界の技術水準を無視して作り上げる為には、何かしらの手段が必要だ。それがまだ全く分からない以上は、出来る所からやっていくしかない。


「それでは、まずはこのレベルワインダーという奴からやってくんだな」


「それでお願いします。付けたい機能は沢山あるのですが、段階を追って作っていきましょう」


「わかった。イザークはまた釣りに行ってるのか?」


「ええ。この間そちらで作らせてもらったルアーが気に入って貰えたようで」


「ほう、あんなもので釣れる魚がいるのだな」


「アルフレッドさんも今度一緒にどうです?」


「考えておこう、ちょっと気になっていてな。今は手が空いてないが、時間のある時にまたお願いしたい」


「いつでも構いませんから、お待ちしてます」


 では、と挨拶をしてアルフレッドは帰っていった。

 この片軸受けリールは貴族の常連さんに売るのかな、いくらで売るつもりなんだろうか。

 折角あるんだからフライフィッシングもやってみたいし、それと別で釣り場の開拓もしたいし、この近辺に何が住んでいるのかも調べたい。

 やる事が山積みだ、当分は退屈はしないな。家計も安定してきたが、生活費分はセドナに渡して任せてあるから、自分の使える分はそんなに多くはない。

 ウィンドブローの方の話がまとまれば、収入もより安定するだろう。

 どこから手を付けようかなぁ……。


 そんな妄想をしてたらまた誰かが店のドアを開けてきた。今日はこのパターンが多いな、客は来ないけど。


「いらっしゃいませー、……って」


「やっほー、マサユキ!」


 ドアを開けて入ってきたのは、釣具屋に似つかわしくない金髪ポニテに紫のローブを着た女性だった。いや、この世界ではという意味だ。

 現実側じゃ意外と女性客も見るようにはなってきたんだけどね。


「トレーシーか、どうしたんだ?」


「フリット達に話がついたよ。早速なんだけど、今日の午後にまた依頼を受ける予定なんだけど、どう?」


「気が早いな、でも予定は問題ないから構わないよ」


「それじゃ、仕事が終わったらギルドに来てね!」


「昼飯を食ったらセドナと向かうよ」


 トレーシーはそれだけ言って、また手を振ってすぐに出て行ってしまった。

 どうせ暇だったんだから、ちょっと話し相手になるくらいはして欲しかったな。ま、いいや。


 そうしたら入れ替わりでイザークが帰ってきた。

 アルフレッドの事を話すと、その内の一つを俺に渡してきた。この間アーネストに譲ってしまった分の代わりだと言う事だ。ありがたく頂戴する。

 礼を言うついでに例の蜘蛛のラインを買い、ここで巻いてしまった。今回はちょっと太めにして、四号くらいの物を選んだ。

 そしてイザークに、これから午後はしばしば冒険者稼業の方を行なう事になるのを伝え、午前の仕事を終えた。


 さて、一度帰って昼食を取ってからセドナとギルドに向かおうか。

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