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2話 猫耳のメイド

 城を出た時にはまだ太陽は高かったはずだが、これから我が家となる場所に着いた時にはもう既に日が傾いていた。


 出発時に貰った鍵で、ドアを開ける。

 なにやら中からいい匂いがしている。さっき軽く入れた腹も、また次の物を要求し出すレベルだ。

 ……あれ、もしかして家を間違えた可能性もあるのか? 急に不安になってきた。


「ごめんください、こちらは五丁目五番地の六で合ってますかね?」


 見える範囲に誰も居なかったので、少し大きめの声で聞いてみた。

 すると奥から足音が聞こえ、人が出てきた。


「はーいにゃー、合ってまーすにゃー」


 ……にゃー?


 猫耳がいた。猫耳メイド服だ。うっそだろおい、尻尾もあるぞ。


 肩まで伸びて若干跳ねている亜麻色の髪に、側頭部からはどう見ても猫のような大きな耳が生えている。

 目は翡翠色で、背は俺より大分小さい。子供とまでは言わないが、高校生くらいだとしても小柄な方になるだろう。


「あにゃっ? もしかして、あなたはマサユキ様ですにゃ!?」


「あっ、はい」


「わたくし、セドナと申しますにゃ。王宮より、こちらで御主人様のお世話を仰せつかりましたにゃ。よろしくお願いしますにゃ」


 そう言うと彼女は前で手を揃え、深々とお辞儀をした。


「えっと、確かに使用人がいる……とは聞いていたんだけど」


「はいにゃ。わたしが! そうですにゃ!」


 ドヤ顔でその小さな胸に手を当てるセドナ。


「えっと、とりあえずは分かりました。今日はもう遅いので明日から宜しくお願いしたいのですが、セドナさんはこの後って自分のお家に帰り……ますよね?」


「ここが御主人様のおうちですにゃね? にゃら、ここがわたしのおうちでもありますにゃね?」


 ふむ。住み込みメイドという事か。


 やべーよ、事案じゃんこれ!!

 端から見たら未成年者略取誘拐だよ!! 言い逃れ出来ない!!


「マジで……?」


「ま……? というのはちょっとよくわからないですにゃ。でも、ヴァン様にはそう言われてますにゃ!」


 こっちは三十路も半ばのおっさんだぞ? いくら仕事とはいえ、そんなのとひとつ屋根の下で暮らすのは絶対に嫌だろうに、なんで乗り気なんだ?


 参った。

 しかし追い返すわけにもいかないぞ。王宮だって誠意として手配したのだし、断ってもただ単に自分が困るってもある。


「それじゃとりあえず、中で座って話をしようか……」






 再度セドナに確認をしたが、やはり彼女こそがその『使用人』になるらしい。


 この国では身分制度があるが、使用人と言うのは四等市民であり、主に生まれ付きで魔法への適性が全く無い人がなる身分であるということだった。

 じゃあ、俺が三等市民と言われたのは温情のひとつだったのかな。特例って言ってたしな。


 大抵の人間は戦闘用魔法とまでは言わないが、生活に関わるような魔法は成長と共に覚えるものらしい。

 例えば火起こしの魔法や、水を出す魔法。そういった物に頼る生活をしている。

 しかしその適性が無いと、何をするにも手間がかかる。それは生活におけるコストがかかるという事なので、それを賄えるように稼ぎのいい貴族や王宮での雑用業務を生業とするようになるらしい。


 勿論、腕っぷしひとつで冒険者稼業をやる人もいないわけではないらしいが、それはよほどの魔法以外の素養に恵まれた人であるとの事だった。


「セドナさんはこれまではどうしてたの?」


「さん付けじゃなくて、呼び捨てで全然構わないですにゃ! わたしはちょっとドジにゃもんで……王宮で小間使いとして働いてたんにゃけど、高い所に登って掃除をしようとしたら、高価なツボを壊しちゃってにゃぁ……」


 めっちゃ猫じゃん。

 その事を思い出してなのか、猫耳がどんどん垂れ下がっていく。


「なるほどね、それでこの仕事に回されたって事なのか。なんかごめんな、その先がこんなおっさんの所でさ」


 折角良い所で働いていたのに、左遷先がよりにもよって無知無知おっさんの使用人だもんな。


 ちなみに、猫耳の事を訪ねてみたら「耳にゃ!」という事だった。

 彼女は獣人と呼ばれる種族なんだそうだが、その中でもフェシルと呼ばれるらしい。

 他にも似たような見た目のカニルプという人達もいるそうで、こちらはわかりやすく言えば狼男みたいな見た目をしているとの事だった。


 この二種族は、人間と生活圏を共にする事が多いらしい。


「セドナは家族とかはいるの?」


「……家族は」


 また耳が垂れて暗い顔になってしまった。

 地雷だったか。しかし彼女には申し訳ないが、その様子がちょっと可愛い。


「小さい頃はここから離れた小さな村で暮らしてたにゃ。でも魔物に襲われて……」


「そっか、辛い事を思い出させちゃってごめんな」


 やはりここでも村は焼かれてしまうのか。


「それで彷徨っていた時、ヴァン様が助けてくれたのにゃ。そして色々と教えてくれて、今に至るのにゃ」


 へぇ、あの神官長様は立派な人だったんだな。


「大変だったな。王宮での待遇程良く出来る自信は無いけど、折角こうして来てくれたんだから俺も頑張るよ」


 せめて放浪生活よりはマシな物にしてあげないと、あんまりに可哀想だ。


「にゃん。ちゃんと目を見て話を聞いてくれる人は良い人にゃ、きっと御主人様も良い人にゃ。だから一緒にいるのは嫌じゃないにゃね」


 あまりにも判断が早過ぎるように思えるが、本人が嫌でないなら……まぁいいけども。


「そういえば、その『御主人様』はやめてくれないか? なんか呼ばれ慣れてなさすぎて、ムズムズするんだ……」


 現代でそんな呼び方をするのは、メイド喫茶かエロ同人かエロゲーくらいなもんだ。偏見かな、これは。

 ただ、そんなあからさまな上下関係ってのがむず痒いのはある。


「それじゃ……マスターにゃ?」


 大して変わんないなそれじゃ。


「それも嫌だな。出来れば対等でいたいからマサユキでいいよ。これから宜しくな」


「はいにゃ! マサユキ様!」


 様付けも大分仰々しいが、まぁいいか。慣れてきたら変わるだろ。


 これまで、この新生活に不安がなかったといえば嘘になる。どんな人間だって新天地では不安になるものだ。

 色々引っ掛かるとはいえ、彼女は明るい娘だ。緊張感が解れたのは彼女のおかげだな。


 その後は彼女が作ってくれていた夕食を二人で味わい、またこれがなかなか美味かったんだが、おかげで疲れからか眠気が一気に来てしまった。

 家事をやろうとするセドナを制止して皿洗いをしてしまい、さっさと床に就こうとした時。


「そういやセドナ、この家って寝室はあるんだよな?」


「寝室もベッドもあるにゃ!」


 そう言うので奥の部屋へ向かうと、確かに寝室もベッドもあった。


 どちらもひとつだけだったが。


 仕方が無いので嫌がるセドナを無理やりベッドに寝かせ……俺は床で寝た。

 なんとか犯罪には手を染めないで済みそうだ。






「寒いにゃー……」


 目が覚めた俺は、何故か床に敷いた俺の毛布に入り込んで来ているセドナに驚いて飛び起きた。

 まて、俺は悪くねぇ!! 何もしてねぇ!!


「セドナ、男性のお布団に入るんじゃありません!」


「でもミラとベルは許してくれたにゃー。マサユキ様もあったかいにゃー」


 くそ、危機感ねぇなこいつ。

 顔が良いだけに、いつまで俺の理性が保つのか不安だ。


 とりあえずセドナを起こし、昨夜の残り物とパンで朝食を済ませる。


「今日はこれからギルドに行って仕事の依頼を受けようと思うけど、付いてきてくれるか? ついでに色々と教えて欲しいんだ」


 実地を見ながら浮かぶ疑問ってもんもあるからな。

 セドナがそれに答えられる事かどうかは関係ない。わかればいいし、わからない事なら仕方が無い。わかる人に聞けば良いしな。


「わかったにゃ。マサユキ様は何がわからないんだにゃ?」


「今は、何がわからないのかがわからないって感じだな……。まず思い付くのは、金の数え方がわからない事かな。俺の居た所とは全く違うから」


 そう言って、昨日貰った財布袋を取り出して中身を出す。


「この銀ピカのは小銀貨にゃ。このおっきいのは大銅貨で、ちっちゃいのは小銅貨にゃね。銅貨が一番安くて、金貨が一番高いにゃ」


「大きいのは、小さいの何個分とかって感じなのか?」


「その通りにゃ。どのコインでも、ちいさいのが十個で大きくなるにゃね。大きいのが十個で、次の種類にいくにゃ。ここに無いのは、大銀貨と小金貨、大金貨にゃね」


 十進法だ、助かった。

 昨日買った串焼きがまぁ千円弱だとすれば、そこから推定するに大体小銅貨一枚が百円くらいの価値って事だろう。小銀貨は一万円、小金貨が百万円か……。

 流石に金貨ともなると価値がとんでもないな。創作物でキャラクターが「金貨だー!!」って喜ぶのも頷けるってもんだ。


「王様が小銀貨を五枚くれたから、とりあえず当面の生活費に困る事は無さそうではあるけど、稼いでおくに越した事はないな。それじゃセドナ……」


「にゃ?」


「はい。小銀貨三枚、渡しておくね」


「にゃにゃっ!? そんなに貰っても困るにゃ!!」


「だってそっちもそのまま追い出されたような格好だろ? 当面の生活費は必要だし」


「それはそうにゃけど……持ち逃げしちゃうにゃもよ?」


「それはないだろ」


 追い出された形とはいえ、彼女の雇い主が最終的には王宮になるのは変わり無いだろう。

 それでいて出向先のものをネコババなんてしたら、追手はそれなりの形になるだろうし。


「……わかったにゃ、マサユキ様の信頼に答えられるようにするにゃ!」


「よく考えて使うように、頼んだよ」


 と、他人にこんな事を上から目線で言える程、俺の金銭感覚はしっかりしていない。

 釣り人ってのは大概、新しい釣り道具を買う事しか頭にない……。他の物では数千円を出し渋る癖に、釣り具への数万円をポンと出してしまう。

 故に釣具屋とは『魔界』と呼ばれる、恐ろしい場所なのだ。


 生活に必要な『お金』についての知識を得たところで、俺達は街へと繰り出した。

 まず目指すはギルドだな。何か俺に出来そうな依頼があるといいんだが。






 ギルドに着いてまず、入り口横にある掲示板を眺めてみた。

 依頼はここに張り出されるって言ってたからな。


「薬草採集に荷物運び、これはお姉さんの言っていた街の清掃活動か」


 特に身の危険があるような依頼は、銅貨級掲示板にはなさそうだった。

 銀になると魔物退治や近隣の村の護衛、商隊の護衛などが出てくるようだな。


 採集系は結構素材の要求数が多い。

 依頼主としては多分一度にまとめて依頼を出して、随時入荷があるような形にしたいのだろう。


 そして単純に時給的な面で見ると、一番効率がいいのは清掃作業だった。その代わり、お金しか得られるものがない。


 薬草などの採集は郊外に出掛ければ、ついでに他の採集依頼もこなせたりするだろう。自分が使う分を採ったりも出来る。


「それなら今日は……清掃作業だな。達成報酬は大銅貨五枚か」


 まぁこの世界の人にとっては得られる物はお金だけになるのだろうが、今の俺にとっては作業で歩き回る事によって『情報』が得られる事が大きい。


 受付に行くと、昨日のお姉さんが居たのでそこに並んだ。


「はい、次の方……。あら、貴方は昨日の」


「おはようございます。今日は清掃作業をしようかなと思いまして」


「わかりました。それでは冒険者証をお出しください。……マサユキさんですね、それではこちらをお持ち下さい」


 お姉さんが渡してきたのは、スーパー袋程度の大きさの布袋だった。


「これには魔法が掛かっていて、見た目以上の収納力を持ちます。これにゴミを入れ、ここへ持ち帰る事で依頼達成になります。あ、依頼には規定量がありますので、それを超えたら袋に文様が浮かび上がると思います」


 なるほど、これは便利。流石はファンタジー世界だ、どんな理屈なのかさっぱりわからん。


「なおこちらですが、紛失の際は実費での補填となりますのでご注意下さいね」


「ちなみにおいくらなんですか?」


「大銀貨一枚になりますね。この金額を聞いて、もし転売など考えられたのならやめる事をお勧めします。掛けられた魔法によって位置はすぐに分かりますし、ギルドにも永久に出入りが出来なくなりますので」


 やべぇ、思ったよりリスクがあった。

 万が一無くしたらその場で破産だ、気を付けないと……。


「規定量が達成出来なかった場合でも持ち帰った量に比例して報酬は出ますので、お待ちしています」


 俺はお礼をいい、約十万円のゴミ収納袋を受け取った。

 さて、お仕事を始めるか。


「どこか当てはあるのにゃ?」


「そうだな。確かここより南に行くと海があるんだよな?」


「パーチという交易港があるにゃね。そこから東は砂浜で、その先には河口があるにゃ」


「まずは人通りのある交易港周りを見てみよう。人流と物流があるなら、それなりにゴミが見つかりそうな気がする」


 そうして俺達はギルドを出た。


 ちなみに今日は調査を兼ねてるので、釣り道具は家に置いてきている。持ってると振りたくなるのが釣り人の性だし、それ以上にアレをあまり使いたくないというのもある。

 現代技術チートではあるが、万が一アレを壊してしまったら次が無いからだ。


 いつの間にか釣りの話になってるだって?

 勿論、セドナに言ったことは嘘じゃない。この世界を知る事は第一の目的だ。しかし、この世界を知るという目的は、ここで釣りをするための手段でもある!


 今後の課題としては、まずは生活の安定。そして何より『持続可能な釣り生活』の確立だ。

 せっかく異世界に来たんだから、死ぬまでこの世界の釣りを楽しんでやろうじゃないか。


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