19話 オドとマナ
トレーシーの魔法が強くなった事の検証を訓練場で行なったのだが、彼女の仮説は実証される事となった。
「やっぱり……」
「いや、でも……俺は突っ立っていただけなんだが……」
「でも、事実として魔法の威力は上がったわ」
「まさか手加減とかしてないよな?」
「していないわ。私の事が信じられないと言うなら、それ以上は何も言えないけど……」
「変な事を言ってすまない、悪かった。そこは信じてるさ」
俺の失言を、トレーシーは笑って許してくれた。
「そう言えば、俺がトレーシーに吹っ飛ばされた後はどうだったんだ? あの時俺は完全に意識を失っていたし、何か影響があったんじゃないか?」
「あの時は、何故か威力が不安定だったの。おおむね、ボアの気を引く程度には効果があったのだけど……」
ならば、俺との距離によって変わるって事なのか?
「それじゃ、さっきの倍くらい離れてからもう一度やってみよう」
「わかった」
適当に歩幅から計算して、ざっと十メートルくらいの所に立ってみた。
「よし、やってみてくれ」
「風の女神よ……一陣の風刃となって彼の者を切り裂け!!」
先程と同様にして刃が発射された。
が、新しい丸太に対してギリギリで斬り裂けないくらいの深い傷になった。
ふーむ、離れるとやはり効果が落ちるのか。
そう言えば、イザークは何も言って無かったな。この効果範囲なら、あのトレント狩りの時にも影響があった筈だ。
あの頃はまだ効果が発現していなかったのか?
セドナはどうだったか。そういえば三日月湖でキツケ草採集をしていた頃から、炎爪の威力が上がり始めていたな。
あれはてっきり彼女が使い方に習熟したのかと思っていたのだが、もしかしてそうではなかったのか?
「トレーシー、もう一つ試してみたい事があるんだが構わないだろうか?」
「ええ、いいわよ」
えっと、右手で杖をよく持っているから左手で良いかな。
俺はトレーシーの手を取り、両手で包み込むようにして握った。
「ぴゃっ!? な、なな、なになに!?」
「いや、接触してたらより効果が上がるんじゃないかと……」
「え、ええ、そそそそそうね。たた試して、みましょ」
「それじゃ、壁にかかってる一番大きな的に向かってやってみてくれ」
「う、うん……。風の女神よ、一陣の風刃となって彼の者を切り裂け!!」
詠唱と共に一際強くトレーシーの身体から緑色の光が放たれ、周囲の空気が彼女の元へと集まっていく。
「ぐっ……!!」
「にゃっ!?」
なんかとんでもない感触がした!!
まるでオド持ちの生物に出会った時のような、あの感覚。意識は飛ばなかったが、全身から虚脱感がして立てなくなってしまった。
同時に轟音がして、辺りに砂埃が舞った。
「けほっ! けほっ! マサユキ、大丈……えっ!? どうしたの!?」
「すまん、何か力が抜けてしまって……げほっ」
「にゃふっ! くしゅっ! けむいにゃ!」
周囲に舞った砂埃が落ち着くと、とんでもない光景が目に飛び込んできた。
石造りの壁が、的毎ごっそりと抉られていたのだ。
「えっ、なにこれ……!?」
「嘘だろ……!?」
やらかした当人達が一番驚いている。
「すごいにゃ……」
まさか、こんな事になるとは思わなかった。
「これ、下手にあの時やってしまわなくて良かったな……」
「そうね……皆を巻き込んでたかも。って、いつまで手を握ってるのよ!」
「あ、すまんすまん」
「んもぅ……。でもこれで確信したわ、やっぱりあなたは凄い。私とパートナーとして契約して欲しい!」
パー……、トナー……?
えっ、それは。えっ。俺、告られてるの?
真顔でそう言ってきたトレーシーも、だんだん俺が何を考えたのかわかったようだった。
「ん……? あっ、いえっそういう意味じゃないのよ!! 人生のパートナーとかってコトじゃなくて!! 相棒というか、相方というか、ってそれもなんか誤解を招きそうっ!! そうじゃなくて……ううっ」
滅茶苦茶テンパるじゃん。
「つまり、ウィンドブローで俺も一緒に冒険者をやるって理解でいいのかな?」
「そっ、それよそれ! つまり、そーいうこと!! でも、みんなにまずは了解を取らないといけないんだけど……あなたなら大丈夫よ、きっと」
冒険者の仲間が出来る事は、素直に嬉しい事だ。選択肢が広がるし、色々な所へ行ける可能性もある。
しかしそれとは別に、ある程度の自由がある今の生活も捨て難い。釣具の制作もまだまだ始まったばかりだし、イザークの店での仕事もある。
ちょっとすぐに返答出来る話じゃ無いな。
後、今回のこの現象については有識者の意見が欲しい。そんなにほいほい使っていい物なのかもわからないし。
「とても嬉しいお誘いなんだが、ちょっと考えなきゃいけない事があるんだ。これからある人に会いたいんだけど、トレーシーにも一緒に来て欲しい」
「わかったわ」
「後、ここを出る前にちょっとセドナでも検証してみたい。良いかな?」
「ええ、いいわよ」
「わかったにゃ!」
トレーシーの時と同様に、セドナの炎爪でも距離での変化がどうなるのかを確認した。
やはりほぼ同じ様な結果になり、十メートル付近だと威力の減衰が目に見えてくるようだ。
接触するとやはり絶大な効果があるが、俺が動けなくなってしまう所にこれの大きなリスクが存在する。
また、そもそもセドナの接近戦の動きに俺がついて行けないので、これを使うのはあまり現実的では無さそうだな。
一番バランスがいいのが、五メートル以下くらいの距離にいる事だと結論付けた。これなら二人に対して魔法の強化が出来るからだ。
そして検証作業が終わりギルドを後にしたのだが、ユニさんから訓練場を壊した事についてお小言を食らってしまった。
まぁ罰金とかにはならなかったので、助かった……。
さて、魔法関係に詳しい知り合いの中で俺が会いたい人と言えば、イザークしかいない。彼ならば、もしかしたら何かしらの知識を持っているのかもしれないと踏んでの事だ。
なので二人を連れて、彼の店へとやってきたのだった。
「こんにちは、イザークさん」
「おお、マサユキ。どうしたのじゃ? 見知らぬ娘さんを連れたりなぞして」
「ちょっと、イザークさんに聞きたい事がありまして……」
まずは、魔法の強化について聞いてみよう。彼にももしかしたら、何か感じていた事があったかも知れない。
「以前のトレント狩りの時、魔法を使った時に何か違和感とかありませんでしたか?」
「んん? そうじゃの……、特に何も感じはしなかったが」
そうか。ならやはり、この現象が起き始めたのは最近という事か。そうではなく最初から起きていたとしても、少なくとも体感出来る程度に影響し始めたのは最近だな。
「じゃあ、ちょっと今ここで何か使ってみて貰えませんか? なるべく危なくないような物で」
そう言えば、生活魔法レベルの物には影響があるんだろうか? もしあるのだとしたら、俺が近くにいたせいで弱火が勝手に強火になってしまった……なんて事が起きるかもしれない。
「では砂でも出してみようかの」
えっ、地属性も使えるの!?
「それっ」
あれっ、詠唱無しでも出来るの!?
そういやセドナも一番最初に火を出してしまって驚いていたな。あの時点で彼女は呪文なんて知らないだろうし、その程度の物であれば感覚で出来たりするんだろうか。
そしてゴトリという音と共に、イザークが翳した手から石が出て来た。
「む、おかしいの? 砂粒のつもりだったのじゃが。では水を……おぼぼぼぼばばぼっ!!」
イザークは出した水が溢れないように両手を掬うような形にしていたのだが、そこから水が物凄い勢いで噴き出して彼の顔にぶっ掛かっていた。
今度は水属性だと……。全属性持ちだなんて、まるで話に聞くような勇者じゃないか。もうこの人でいいじゃん。
「なんじゃあ……? これは一体……?」
「どうやら、俺の近くに居ると魔法が勝手に強化されるみたいなんですよ」
これまでの経緯と共に、イザークに今の時点で分かっている事をざっと説明する。
すると彼は少し考え込み、俺を見据えてきた。
「マサユキよ、やはりおぬしはオドのコントロールが出来るようにならねばいかんようじゃな」
どういう事だろう。
「……それはつまり、この魔法の強化には彼のオドが影響しているという事ですか?」
ここに着いてから妙に口数の少なかったトレーシーが言った。
「魔法はオドによるマナへの干渉じゃ。つまりその効果は、己のオドの使用量に比例する。しかし周囲にあるマナの量は基本的には有限の物であるから、マナの変質を強めるには……つまり威力を上げる為には、干渉させるオドの量を増やすしか無い」
「しかし、そうなるとオドの必要量は爆発的に増えていく。現代魔法学の基礎となる【イザークの法則】ですね」
「そんな物があるんだ、ってイザークって……?」
トレーシーの言葉に、目の前の老人はほほっ、と微笑んだ。
「お名前を伺った時からもしかしたらとは思っていましたが……。あなたは王立魔法大学の先代学園長であったイザーク様ですね?」
「ええっ!?」
イザークは肯定も否定もせず、ただ微笑んでいた。
突然、トレーシーはその場に跪く。
「四法四属のイザーク……。まさかこのような所でお目にかかれるとは思ってもいませんでした」
「おじいちゃん、すごい人だったのにゃ?」
「なに、とっくに引退して隠居の身じゃよ。法則だのと言っても、わしがした事は所詮は先人の知恵を集積して編纂しただけに過ぎんしの。ほら、楽にしておくれ」
「イザーク様、彼の能力について何かわかる事はありませんか?」
「マサユキは少し特殊な出自を持っていての、わしにもわかる事は少ないんじゃ。しかしおぬしらが調べてくれた事を勘案すると、いくつかの仮説が浮かんでくるの。自身のオドを他者のオドに上乗せ出来る。あるいはマナの反応を励起させる。もしくは、実はマナそのものを生み出しているのかも知れん。今、わしが言えるのはそのくらいじゃな」
俺が召喚された人間だと言うのは伏せてくれるらしい。まぁ、バレてもどうという事は無さそうではあるが。
「だがその効果が現状は垂れ流しである以上、魔法使用者の意図しない効果が出てしまうのは問題じゃ。マサユキ自身の感覚としてはどうなんじゃ?」
うーん。何かをしている感覚が全く無い以上、コントロールと言われても何をどうすれば良いのかさっぱりわからないのが正直な所だ。
だが、確かに迷惑な存在であるのは間違いない。勇者として召喚された筈なのに何も出来ないどころか、存在そのものが迷惑となると、もうなんの為に居るのかわからんな……。
「正直な話、どうにも出来ないです。イザークさんに教わったオドのコントロールも全然出来ないですし、いまだにオド持ちの生物に出会うと痛みが走ります。気絶する事は無くなったのですが……」
「痛くなるのはやはり目かの?」
「まず目に来て、次は胸の方ですね。そう言えば、さっき二人に接触して魔法を出してもらった時も胸に衝撃みたいなものが来ました」
「よし、これから全員で少し郊外へ行こうかの。トレーシーさんはオド枯渇時の介抱は出来るかの?」
「あっ、はい。出来ます」
「宜しい。では出発じゃ!」
イザークの突然の提案。その意図がわからぬまま、俺達三人は彼に付いていく事にした。
ラテオラの西門を出て少し歩いた所にある浜辺。そこでイザークは歩みを止めた。
「ここなら思いっ切り出来るじゃろ。それじゃマサユキよ、わしに触れてみてくれんか? 肩とかで構わんぞ」
言われるがままに彼の肩に触れた。
「トレーシーさんは万が一に備えてくれるかの」
「分かりました!」
「宜しい。これから魔法を使うが、全力で行くでの。おぬしはその時に自分の身体の変化に意識を集中させるのじゃ。オドの流れを感じ取れるじゃろうからの」
「わ、わかりました」
何が起こるのかわからなさすぎて、滅茶苦茶ドキドキする。
「ゆくぞ。炎の女神よ、遍くマナよ……、我が元に集いて炎を紡ぎ、我が敵を討ち滅ぼす槍となれ……」
これまでに見た事が無いほどに、イザークの身体が赤色に輝く。同時にまたあの感覚。とんでもない虚脱感に襲われ、今にも立つ事が出来なくなりそうだ。
そして五本の炎の槍が彼の周囲に顕現し、その熱で周囲の空気が揺らぐ。
「我が意に従い、敵を焼き尽くし蹂躙せよ!! 火炎槍!!」
炎の槍が更に巨大化し、イザークは海に向けて手を振り翳す。
絶大な熱量と共に炎の槍が飛んでいき、海面に触れるとその熱で発生した水蒸気によって巨大な水柱が立った。
「す、凄い……これが四法四属の魔法……」
「にゃー!!!」
はぁっ、はぁっ、はぁっ……。意識が飛びかけた、もう足の力が限界だ。
ぐらりと揺れた視界、そして誰かに支えられる感覚がした。




