18話 酒豪と能力
受付へ事情を聞きに行っていたシャルは、なんとか情報を得られたようだった。
「どうやら、薬が足りないみたいなんです。予定ではもう少し備蓄が持つと見ていたらしいんですが、街道で旅客エクカバ車が事故にあって……それで怪我人が大勢運び込まれてしまったようです」
またエクカバだ。
「そうか、それならこの混み具合も納得だな。仕方ない、俺は出直すよ」
そう言って立とうとして、よろけて転ぶ俺。あっちゃ、またカッコ悪い所を……。
「ちょっとマサユキ、その身体じゃ無理だよ!」
「そうです! 最低限でも治療は受けないと、何があるかわかりませんよ!」
二人に支えられ、今度は逃げられないように両脇を固められてしまった。う、動けないのと……柔らかい胸が当たっているのですが……。
しかし、このままでは埒があかない。またイザークを頼るのも忍びないが、その方がまだ心苦しさは少なくなるだろう。
そんな時に、見慣れた顔が飛び込んできた。
「責任者は居るか! 薬を届けに来た!!」
「おまたせにゃー!!」
フリットとセドナだった。なにやら二人とも、両手で木箱を抱えている。
「すみません、受付の私でまずお伺いします」
「俺達はギルドからの依頼で来た者だ。今日採ってきたばかりの常緑草を使って、錬金術師達が作成した水薬だ。ひとまずは手持ち出来る量を持ってきたが、効果は普段の物より十倍はあるそうだ。その分薄めてもいいし、そのままであれば即効性がある。まだ沢山作成しているから、今納品した分は使い切ってもらって構わないとの事だ」
「あっ、マサユキ様にゃ! とりあえず、これを飲むにゃ!!」
セドナが目にも止まらぬ速さでこちらへ突っ込んでくる。怖いよそれ、ちょっとさっきのボアを思い出してトラウマだよ!!
駄目だぶつかる、と思った瞬間。彼女は持っていた水薬をまるまる一本分、俺の口に突っ込んだ。
驚く事に、水薬を飲んだ途端に全身が傷と打ち身だらけだった俺の身体はみるみる内に治っていった。
痛みも一気に引いてしまった。
「これは……すぐに先生を呼んできます!!」
なぁ、これは人体実験って言わないか?
その後はフリット達が持ってきてくれた水薬のおかげで、待合室の人達はどんどん治療を受けて減っていった。
後に追加の水薬が届いたが、その頃には重症だった人達に治療が行き届いており、室内は平静を取り戻していた。
そうか、この国のギルドとはそもそもが公的機関だ。つまりこの病院も国が運営していると言う事であって、依頼主の国立病院とはここの事だったんだな。
納品を終えたフリットに従って、俺達はギルドへと向かう事になった。
今回の精算の件と、他にもいくつか話があるらしい。俺もおかげで身体は治ったので、そのままウィンドブローの面々に同行した。
「皆様、お待ちしていました。随分大変だったようですね……」
ギルドの受付で出迎えてくれたのはユニさんだった。
まずは事の顛末から話をされた。その辺は俺達が見て聞いた話と特に差は無く、採集に行っている間に例の事故が起きたという事だった。
そこに俺達が帰ってきて納品をしたという形だ。
「今回もとても質の良い物を納品頂きました。お陰様で、突然のトラブルすら解決して頂いた形になります」
「マサユキさん、一つ謝らなければいけないんだが……」
フリットは常緑草を納品してくれたのだが、それ以外にも俺が集めた物を確認した所、今すぐにでも買い取らせて欲しいという事でそれを承諾したという事だった。
「依頼品以外にも必要な薬草が沢山集まっていましたので、フリットさんにその場での買い取りをお願いしたのです」
「それなら全く問題ありませんよ。元々、こちらで引き取ってもらうつもりで持ち帰った物なので」
で、急いでそれらで水薬を作ったらとても質の良い物が出来たと言う事だ。
その効果については自分自身の身体で実証されているので、むしろこっちがお礼を言いたいくらいである。
「本当に有難う御座いました。それでは今回の報酬についてなのですが、ウィンドブローの方々には護衛任務と納品頂いたウルスアルクとサスクロの素材で……特にサスクロは大変に肉質が良い物でした。また水薬の輸送もして頂いたので……合わせて今回は、大銀貨で三枚になります」
フリットも、トレーシーも、シャルも、固まって全く動かない。ようやく動き出したら、お互いに目を合わせている。
そりゃ大銀貨だもんな、一人一枚の取り分でも一日では相当な稼ぎだ。
「そしてマサユキさん達には、常緑草と他の薬草の納品の報酬になるのですが……あまりに高品質なものであり、既存の物の十倍の効果の物が今回作成されました。その事を考慮に入れ、納品物全ての合計で大銀貨五枚になります」
ご、五枚……日本円換算で約ごじゅうまんえん……。
水薬が高い物だとは聞いていたが、まさかそんなに値が付くとは。ちょっとインフレが過ぎないか?
流石に毎回あそこまで取りに行くのは命懸けになるからやりたくは無いが、それだけ貴重な物なんだな。
この間はキツケ草で小銀貨二枚だったので、これじゃ金銭感覚がおかしくなりそうだ。
よし、今後は死ぬ程金に困ったら常緑草を取りに行こう。
「当分はこのような依頼は無いと思いますが、機会があればまた宜しくお願いしますね。今回は有難う御座いました」
それはまるで、こちらの考えを見透かしたかのようなユニさんの挨拶だった。
ギルドでの精算も終わり、ようやく全ての仕事が終わった。
今回は個人的には酷い目にあってしまったが、終わり良ければなんとやらだ。生きていれば次があるという事を改めて実感した依頼だった。
「マサユキさん、今日は良い仕事が出来た。有難う」
「こちらこそ。皆さんが居なかったらと思うとゾッとしますよ。また一緒に出来たら良いですね」
人と仲良くなれるのは気持ちの良い事だな。冒険者生活に慣れた人達と知り合えたのも、実にありがたい事だ。
「それじゃ成功と無事の帰還を祝って、みんなで飲みに行かない!?」
「いいですね! 夕食も兼ねて、向かいの酒場に行きましょう!」
そんな女性陣の提案を断る理由も無いので、一緒に夕食とさせてもらおうか。
俺は酒は弱いから、粗相しないように程々で……。
だがそんな自制が出来る訳もなく、宴会は盛大に盛り上がってしまった。セドナもなんかどさくさで飲んでた気がするが、まぁ今日は良しとしよう。
フリットも俺と同じ人種であったようで、すぐに顔が赤くなっていた。
問題なのは酒豪女の二人だった。酒の減るペースが滅茶苦茶早いし、ザルとはこういう事なのかと改めて知った。
「ちょっと飲み過ぎじゃないのか……?」
「あっ、マサユキからけいごがきえたー! そのほうがいいよねぇ!」
「そうでふよぉー!!」
「本当に大丈夫なのかよ。ほら、フリットも何か言って……」
駄目だこいつ、寝落ちしてる。こっちはこっちで早すぎんだろ。
セドナも何を飲んだのかわからないが、ほろ酔いになっている。この国って未成年者の飲酒は特に問題にならないんだな……。
なんかマタタビを嗅いだ猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしながら、俺の膝の上でぐでんぐでんになっていた。
かわいい。
翌朝。
どうやって帰宅したのか全く記憶に無いのだが、とりあえず自分の家には居るようだった。
相変わらず俺の毛布の中にセドナは潜り込んでおり、くーくーと寝息を立てていた。
今日は店番が無い日だ。だから遅くまで寝てても何の問題も無い。
こんな日があってもいいだろう。いくら体力も怪我も回復したとはいえ、メンタルには大分疲労が来ている感じがする。
引っ付いてきているセドナはそのままにして、俺も昼あたりまで二度寝しよう……。
そう思って微睡んでいたのを邪魔するドアのノック音。誰かが来たようだが、通販なんて頼んだ記憶は無いんだけどな……。
無視しようとしたが、全然諦める気配が無い。仕方ないのでドアのロックを外して対応する。
そこには見覚えのある顔が立っていた。
「あ、おはよう。もしかして寝てた?」
「ああ。遅くなってすまない、何かあったのか?」
それはウィンドブローのメンバーである、トレーシーだった。今日も金の髪を後ろで結んでおり、濃い紫色のローブを着ていた。
この色の組み合わせは正直、好みだ。可愛いと思う。
てか、昨夜あんだけ飲んでてもうケロッとしてやがる。アルコール分解能力が高過ぎるだろ。
「ちょっと確認したい事があって、ね」
「構わないが……とりあえず、入るか?」
「うん、お邪魔します。あ、セドナちゃんもおはよー」
何も無い質素な家ではあるが、立ち話をするよりは良いだろう。簡素ではあるが椅子と机もあるので、そこに腰掛けて貰った。
「にゃ……なんでトレーシーがいるにゃ?」
寝惚け眼を擦りながら、セドナも起きてきた。丁度いい、とりあえずセドナに茶の準備でもしてもらおう。
「トレーシーさんは、今日は休みなのか?」
「うん、今日は自由行動の日。あの依頼を受ける前から、みんなでそう決めてたんだけどね」
「そうなんだな」
「あ、私も呼び捨てでいいよ。その方が楽だしね」
「わかった、じゃあ俺の事もさん付けはいいよ」
そう言えば、この娘は出会った頃より大分、フランクに接してくれている。ある程度心を許してくれたのかな。
にしては、何か緊張しているかのような物腰と表情をしている。そわそわとしていて、視線が定まっていない。
「あのね、マサユキ。お願いがあるんたけど……」
ん? なんだろう。
「私と……け……」
けっ?
「けっ、契約をしてくれませんか!?」
ぶふっ。
セドナが出してくれたお茶が変な所に入って、噎せてしまった。
「ちょっと待ってくれ、何の話なんだ!?」
「マサユキ様はあげないにゃ!!」
「セドナちゃんはややこしくなりそうだからちょっと黙ってて!?」
とりあえず話を聞いてみないと、何がなんだかさっぱりだ。
そしてなんかセドナが唸ってうるさいから、膝の上に乗せたらちょっと静かになった。あ、ゴロゴロ言い始めた。
「あのね……マサユキには多分全然分からないと思うんだけど、昨日の戦いで私は物凄く違和感があったの」
「そうなのか? 大活躍だったじゃないか」
まぁ俺を吹っ飛ばして助けてくれたのは別としても、風の刃でヒグマの手を斬り落としたのは素直に凄かったし。
「違うの、普段の私の魔法にはあんな威力は無いのよ。どんなに練習しても、牽制になるくらいが関の山。みんなは戦法としてそれを組み込んでくれているけど……」
彼女は自分の実力が他の二人に見合っていない、とずっと悩んでいたらしい。
二人の足を引っ張ってしまっている、と。
「だけど、昨日は何かが違ったの。思い当たるのは、あなた達の存在しか無いのよ」
そう言えば、そんな事を言っていたな。自分の出した魔法の威力に驚いたりもしていた。
「そう言われても、俺は何かを君達にしたつもりは何にも無いし、心当たりも無いんだ。そりゃ俺にも、人並みに隠し事の一つや二つはあるけども……」
例えば、異世界人であるとかな。別に言ってもいいような気もするけども、どうせ無能だし。
後はオドが見えるとかもあるか。これはちょっと便利ではある。
「魔法に関しては本当に門外漢だし、むしろ俺が使い方を教えて欲しいくらいなんだ」
「じゃあ、少しだけ魔法の練習に付き合って欲しいの。ギルド地下に訓練場があるから、これからお願い出来ないかな?」
まぁ、そのくらいなら構わないか。
セドナに聞いたらついて来るというので、一緒に行く事にした。
ギルド地下の訓練場。
がらんどうの殺風景な所ではあるが、壁には遠距離攻撃練習用の的みたいなものが掛けてある。真ん中のスペースが空いているのは、剣技や格闘術用なのだろう。
しかしこんな場所があるんだな、全然知らなかった。
「それじゃ、これからあの丸太の的に向かって魔法を放つけど……まずはマサユキは一旦ギルドから出てて貰える? セドナちゃんに見て貰った後、呼びに行くから」
成る程、俺の存在を自身から離しての結果と、俺がいる時との結果で比較をしようって訳だな。
「わかった」
俺はギルド一階まで戻り、ちょっとユニさんから話し掛けられたりして時間を潰した。
ちょっとしたらセドナが呼びに来てくれたので、再び地下に戻る。
「おまたせ」
「見て、あれが私の本来の実力よ……」
トレーシーの前にあった丸太には、いくつかの傷が付いていた。丸太に傷が付くくらいだから、生き物相手に撃ったらそれなりに出血を強いる事は出来るだろう。
しかし、あのヒグマの腕を一撃で切断出来るような威力では確かに無かった。
「セドナは見たんだよな? どんな感じだった?」
「あたったらいたそうにゃけど、昨日よりは全然だったにゃ」
ふむ。セドナが横にいても変化があるのなら、彼女の存在は威力には関係が無いという事か。
「……じゃ次は、昨日と同じ状況よ」
「俺はここに居るだけでいいの?」
「ええ、それでお願い。出来れば立ち位置も同じあたりだといいかも」
そうだなぁ。昨日は隊列を組んで歩いていたから、お互いの武器がぶつかり合わないくらいの距離か。
五メートル弱も離れていればいいか。
「それじゃ行くわよ。風の女神よ……一陣の風刃となって彼の者を切り裂け!!」
杖を構えていた彼女の身体が一瞬だけ紫に光り、その後に緑色へと変わる。
そして杖から歪んだ空気の刃が発生し、的である丸太へと向かって行く。
そして丸太は、縦に真っ二つになっていた。




