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17話 大猪との戦闘

 ランス湖からの帰り道は、シンプルに今まで歩いて来た道を戻るだけだった。

 腹も膨れて陽気も良く、涼やかな風が実に心地が良い。ただ、行きより荷物が増えているのでそれだけはケチを付けたくなってしまう。

 そんな事を言ってもそれが今回の仕事なのだから、どうしようもないのだが。


 ランス湖という存在が知れたのは、今回の依頼で一番の収穫だった。これまでも海ではルアーフィッシングの対象は居たのだが、淡水にもこうやって狙えそうな魚が居るというのは実にテンションが上がる。


 帰ったら、ラテオラを流れるパーチ川の調査もしてみたい所だ。人工物が多いだろうから、色々なアプローチが出来るようにスプーン以外のルアーも作りたくなるな。

 ペンシルベイトなんか、丁度良いかも知れない。木を削ってバランスを取るだけでいいし、何よりトップウォーターの釣りはエキサイティングだからな。家からすぐの所で楽しめるなら、当分は通ってしまうだろうなぁ。




 そんな事を呑気にも考えていたら、再び野生動物と遭遇した。


「全員、戦闘準備!!」


 がさりと動いた道端の茂みに反応したフリットが叫ぶ。その声に、一気に緊張感が高まった。

 茂みから姿を表したのは巨大な猪だった。まるで軽自動車くらいの大きさがある。何故こんなものが木々の間を通り抜けて来られたのか不思議なくらいだ。


「大きいけどサスクロよ、刺激しなければやり過ごせるかも……」


 トレーシーはそう言うが、俺にはただの猪には見えなかった。

 なぜなら、こいつが黒紫に光っているからだ。これは間違いなくオドの光、しかも滅茶苦茶に濃い!


 それを見てしまった俺は、目に痛みが走ってつい声が出てしまった。そして急に気分が悪くなり、その場にへたり込んでしまう。


「マサユキ様、大丈夫かにゃ!?」


「ぐっ……すまん」


 大猪はしきりに鼻をヒクヒクさせている。そして俺と目が合うと同時、こちらへ目掛けて突進を開始した。

 巨体が猛加速をしながら突っ込んでくる。


 マズい、何か考えろ。

 鞭で迎撃、無理だ。そんな物じゃ勢いを殺せない。

 鼻、弱点ならそこを鞭で。この状態じゃそれすら出来そうに無い。

 いや、匂いか。常緑草は餌になるって話だ。もしかして俺の持つ常緑草が狙いなのか!?


 大猪の巨体が全速力に到達する前に、俺は持っていた採取用の袋を、藁にも縋る思いで横へ全力で放り投げた。

 これが狙いなら、そちらへ食い付く筈だ。

 今回ギルドから支給された袋は街中のゴミ拾いの時のような魔法の掛かった袋ではなく、本当にただの大きな麻袋みたいな物だった。だから、そこから漏れた匂いに惹かれているなら……この理屈は正しい筈!


「マサユキ様、逃げるにゃ!!」


 大猪は俺が投げた常緑草の袋には目もくれず、全くスピードを落とす事なく最高速度で突っ込んでくる。


「炎爪!!」


 セドナがギリギリの所で大猪の横っ腹に攻撃を叩き込んだ。それによってほんの少しだけ軌道が曲がり、突進は俺を掠めていった。


「ぐっ……」


 なんとか身体を捻って避けようとしたが、右足に激痛が走る。

 掠めていったと言う事は当たってもいるという事で、俺の太腿は大猪の鋭い牙によって抉られていた。血が噴き出していないので太い血管はやられていなさそうだが、ズボンには鮮血が滲んでいた。


 くそっ、狙いは常緑草じゃ無かったのか。


 サスクロは足を止め、再び俺の方へと向き直した。


「風の女神よ、一陣の風刃となって彼の者を切り裂け!!」


 トレーシーの風魔法が大猪を狙う。あのヒグマの腕を一撃で斬り落とした魔法だ、これなら効果があるに違いない!


 そんな俺の期待は、魔法と共に大猪の牙で打ち払われてしまった。


「嘘でしょ!?」


「トレーシー、何度でも撃ち続けろ!!」


「わ、わかった!」


 フリットが叫びながらこちらへ走ってくる。しかし大猪は再び突進の体勢に入った。


 駄目だ、動けない俺は良い的だ。何か他の手を……そうだ、まだ俺は採集した植物を持っていた! 街で売れると考えていた、常緑草以外の薬草!

 今度はサスクロが走り出す寸前に、その麻袋を大猪の近くへと投げた。


 一瞬だけそちらに目をやった大猪だったが、しかし再び俺へと顔を向けて突進を開始した。


 なんでだ!? 餌が目的じゃないのかよ!!


「風の女神よ、風塊をもって彼の物を吹き飛ばせ! ごめん、マサユキさん!!」


 大猪の姿が再び眼前まで迫ったその時。トレーシーの詠唱の声と謝罪の声が聞こえ、同時に身体が吹き飛ばされる感覚と共に俺の視界には空と地面がぐるぐると交互に映った。


 大猪、サスクロとの戦闘についての俺の記憶は、そこで途切れていた。






 ゴトゴトと木の板に頭がぶつかる振動で目が覚める。見えるのは布の幌、これは……馬車の中か?

 結構知ってる天井だ。


「良かった、目が覚めたのですね!!」


 首を横に向けると、見知った人がそこにいた。シャルだった。彼女は泥だらけで、さっきまでの記憶にある姿とは全く違っていた。

 そこからはドタバタで、セドナにトレーシー、フリットが次々に声を掛けてきた。いっててて……、まだ頭がズキズキとする。


「マサユキ様〜、ゔう、よかったにゃ〜……」


 セドナが半べそでしがみついて来るので、撫でて宥める。おーよしよし、ごめんなぁ。ぐえっ、いってえ!


「あの後はどうなったんですか? サスクロは?」


「サスクロは……丸焼きになりました」


 シャルが訳の分からない事を言うので、時系列で改めて確認した。


 トレーシーが俺を助ける為に風魔法で吹き飛ばし、それで俺は気を失う事になったのだが、その後も大猪は俺を狙い続けたらしい。

 ちなみに俺が投げた薬草類には全く目もくれなかったようだ。執拗に俺を狙ってきた事から立てた仮説だったが、全くの外れだったようだな。


 で、どうあっても俺を狙うので、その度に俺の位置を変えなければならなったとの事である。意識を失った俺の位置を変える為だけに貴重な戦力を割けなかったが、変えねば大猪に轢き殺されてしまう。


 なるほど、読めた。

 何度も風魔法で吹っ飛ばされたんだな……。


「通りで、俺の記憶に無い傷がこんなに……」


 もう全身のありとあらゆる所が擦り傷に打ち身だらけである。シャルが持っていた痛み止めの水薬を飲ませてくれたとの事で、なんとか正気を保てるだけの所で済んでいる。

 即効性は無いが回復の水薬も持っていたらしく、それも飲ませてくれたらしい。


「ほんとごめん!! マサユキさんをあそこから助けるにはこれしか手がなくて……」


 トレーシーが謝ってくるが、彼女が魔法で吹き飛ばしてくれなかったら俺は今頃、挽き肉になっていた。


「いや、むしろ感謝しかないよ。ありがとうトレーシーさん」


 その後、何度かやる内にサスクロの動きに疲れが見え始め、そこからはフリットが抑えられるようになったらしい。


「で、サスクロの動きを止められたから私とトレーシーちゃんでマサユキさんの回復をしようとしたら、セドナちゃんが……」


 そこに怒りの炎爪十連撃を叩き込んだとの事。そりゃ丸焼きになるわ。


 とりあえず、生きててよかったぁ……。


「フリットさん。サスクロって、あんなに人間を狙うものなんですか?」


「いや、雑食ではあるがわざわざ危険を犯してまで狩りをするようなものではない。てっきり子連れかと思ったが、そういう訳でも無さそうだった」


「薬草類の袋二つは無傷だったから、回収してあるよ」


「ありがとうトレーシーさん、助かるよ。それで、丸焼きになったというサスクロはどうしたんだ?」


「本当はああいう個体は、仕留めてしまったらその場で食べてしまうのが一番なの。体力の回復が出来るし、水薬の節約にもなるのよ」


「流石にあの大きさは食べ切れませんので、今回は戦利品として持ち帰りますけどね。この間ようやく買えた、魔法の付与された収納バッグが早速役立ちました」


 ちらりとセドナの方を見ると、服が汚れている以外はいつもと変わらない様子だった。

 あっ、そうか。魔法で倒したらオドが変質するから安全に食せるって、イザークが言っていたな。

 ふーむ。いいな、その収納バッグ。あんなデカいのすら仕舞える奴があるんだな。


 しかし一体、なんで俺だけが狙われたんだろう。後、あれだけのオドを出していたのに他の皆には影響が全く無かったのも不思議だ。

 この辺りを何とかしないと、俺はおちおち街から出る事も出来ないじゃないか。

 これは最優先で解決しなきゃいけない事だな……。


 まずい、話し過ぎて気分が悪くなってきた。


「すまない、ちょっとだけまた寝かせてもらっていいだろうか」


「ああ、ラテオラまでまだ時間はある。身体を休めてくれ」


 フリットの言葉に甘え、爆睡させてもらった。激しい馬車の揺れさえも心地良く感じてしまう程に、体力が無くなっていたのだろう。






 夢を見た。

 今回も鮮明ではあったが、以前のような靄は無かった。


 二人の女神が、そこには居た。

 二人は手を繋いでいて、その手をこちらに差し伸べていた。


 白い女神と、黒い女神。

 その二人から差し伸べられた手を、俺はそれぞれ取った。白い女神は左の手を、黒い女神は右の手を優しく包み込んでくれた。


 すると、ぼやけていた二人の顔がはっきりと見えるようになった。とても慈愛に満ちた表情だった。


「貴女達は……」


 そう訪ねたが、いや、訪ねたつもりであったが、俺の声は口から出た瞬間に霧散していってしまった。






 再び目が覚めると、馬車はラテオラに到着した所だった。街道の土から、石畳の振動に変わった感じがした。


「あっ、気が付いたよ。休めた?」

「大丈夫ですか? 動けますか?」


「ああ、大分楽になった。二人共ありがとう」


 そこから少しして、馬車は止まった。


 トレーシーとシャルが肩を貸してくれ、馬車から降りる。これまでで一番近くこの二人に近付いたので、ふわりと漂う良い香りについ心臓がドキッとする。

 駄目だ、これじゃただのスケベなおっさんだ。こんな時に済まない、せめて顔にだけは出さない様に……と思ったが、そもそも俺にはそんな余裕すら無かった。


「マサユキさん、このまま二人にはあなたをギルド付属の病院に連れて行って貰います。俺はギルドで納品処理を行ないますので、一応こちらにはセドナさんも同行頂ければと思います」


「マサユキ様についていきたいにゃけど、わかったにゃ……」


「セドナ、任せたよ」


「はいにゃ!」


「我々も終わり次第、そちらに向かいます。二人共、宜しく頼む」


「わかったわ」

「お願いしますね」


 そうして女性二人の肩を借りながら、俺は病院に連れて行かれた。

 この光景だけ見たら、酔っ払いのおっさんが部下二人に介抱されているようにしか見えないんだろうな。

 現実世界でもこんなにも情けない経験は無かったので、心が折れそうだ。


 しかし、病院なんてあるんだな。

 こういうファンタジー世界だと教会が治療院の役目をしてたりするもんだと思っていたが、ここはそういうものでは無いみたいだ。


 病院はギルドの裏手側にあったので、思ったより近かった。

 この世界での医療はどうなっているのか興味はあったのだが、そういう機会がまさかこんな形で来るとは思っていなかった。

 治癒魔法とかあるのかな。






 病院とは待たされるものである。それはこの世界でも同様らしい。

 受付は人がごった返しており、夕方近くという事もあり待ち時間は相当ありそうだった。


「ちょっと、事情を聞いてきますね」


 そう言ってシャルが受付へと向かった。


「何かあったんですかね?」


「……おかしいのよね、普段こんなに人でごった返す事なんてないのよ」


「俺は魔法に疎いもので変な事を聞くのかも知れないのですが、治療用の魔法とかは無いんですか?」


 そうトレーシーに聞いてみた。一般的な魔法使いの見解が聞けるかもしれないと思ったからだ。


「魔法は、体内のオドによって空気中のマナに干渉して作る現象だって事は知ってる?」


「ええ、ちょっとだけ聞いた事があります」


「怪我や病気ってのは、人間の身体に起きる変化よね?」


「そう、ですね。それが……?」


「対象者の周囲のマナに干渉しても怪我は治せない。だからといって内部に干渉しようとする……つまり治療をしようとするならば、自分のオドを他人のオドに干渉させてしまう事になる。それはとても危険な行為で、身体が拒絶してしまうの」


「オドの過剰摂取みたいな感じですか?」


「そう。逆に、下手をしたら命にも関わるのよ。だから、根本的に魔法とは『他者を傷付ける事しか出来ない技術』なの」


 そう言ったトレーシーは、なんだか淋しげな表情をしていた。


「でも、トレーシーさんの魔法は俺の命を救ってくれました」


「えっ?」


「だって、あそこで吹き飛ばしてくれなかったらサスクロの牙もあの巨体も俺に直撃でしたからね。ここでこうやって話をする事すら出来なかったかも知れないですよ」


 魔法が『他者を傷付ける事しか出来ない』なんて、そんな事は絶対にない。何故なら魔法で人を救う所を、俺は見ているからだ。

 その一つは、イザークがセドナを助けてくれた事。そしてもう一つはトレーシーが俺を助けてくれた事だ。


「でも私には、あんな乱暴な方法しか出来なくて……」


「なんであろうが、最善でしたよ。当事者の俺が言うんですからね、間違いないです。使い方次第でなんとでもなるんだと思います」


「……そう言って貰えると、嬉しいわ」


 少し彼女の表情が和らいだようだった。

 そうしている内に、シャルが戻って来た。


「ちょっと大変そうな事がわかりました」

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