16話 冒険者とパイク
「全員無事か!?」
フリットが叫ぶ。
「ええ、大丈夫」
「こちらも大丈夫です」
いや、実にびっくりした。まだ歩き始めて間もないというのに、こんな大物が出て来るなんて。
しかし、とても鮮やかな連携だった。いい所でセドナも一撃を入れられたし、他の二人の判断もとても早かった。
いやぁ、プロは違うなぁ……。
戦闘態勢を解いたウィンドブローの面々だったが、それでもまだ周囲に気を配っているようだ。
「セドナ、お疲れ。よくやったな!」
「うまくいったにゃーん!」
なんかいつもよりちょっと炎爪が派手だった気もするが、それだけ気合の入った一撃だったんだろう。
あの風魔法も凄かった。前にイザークが使った物はもっと補助的な使い方だったが、あんな威力を出す事も出来るんだなぁ。
「ねぇ、マサユキさん。あなた、何かした?」
トレーシーがそう問い掛けてくる。
えっ? そういえば、俺って何もしてない……な? あれ、これって無能具合を責められてる???
「……申し訳ありません、驚いて何も出来ずに!!」
「えっ? ああ、そうじゃない! 違うのよ、勘違いさせてごめんなさい!!」
んん? 怒られた訳じゃないのか?
なんだろう。
「トレーシー、尋ね方が悪いです……。すみません、彼女はてっきり、マサユキさんが何か魔法でサポートをしてくれたのかと思っているのです」
「そう、それそれ! いつもはあんな威力じゃないから、ってコトよ!」
「ああ、こちらも早とちりしてしまいお恥ずかしい……。いえ、本当にただ突っ立ってる事しか出来ませんでしたよ」
「そう……。ごめんなさい、変な事を言って」
「でも、フリットもなにか普段より強くなかったですか?」
えっ、そうなの?
「……いつもより、自信を持って動けた感じはしたが」
「なんでしょうね。私達も銀等級の自覚が出て来たという事なんでしょうか」
「わからん。が、悪い方向の変化では無いようだな」
なんだかよくわからないが、彼等もまだ成長途中という事なんだろうか。若い子らが前向きに生きる姿が、おっさんに両足を突っ込んだ俺には眩しい。
おっと。おっさん語りがつい口を衝いて出そうになるが、銅級の俺がそんな事を言うのはおこがましいから黙っておこう。
ヒグマの死体はウィンドブローへと譲る事にした。特にそういう技術がある訳でもないので、慣れた彼等にお任せだ。
手慣れた手つきで解体も終わり、再び目的地へと俺達は歩き始めた。
森を抜けると、そこには花畑が広がっていた。
いや、俺の頭がお花畑だとか、死後の世界が見えてるとか、そういう意味ではなくて。急に開けた場所に出たのだが、そこは一面の花畑があったのだ。
「ここが管轄地域内の、目的の場所だ」
フリットがそう言うので、そうなんだろう。この辺りに今回の目的である常緑草が生えているらしい。
「マサユキさん、依頼書を渡すのでこれに薬草の姿が……」
おっ、良かった。なんか生えてる中でも紫に光る奴があるぞ。いくつか抜いてみるか。
「……マサユキさん?」
「えっ? ああ、すみません。とりあえず、これらで合ってますかね?」
フリットの持つ依頼書を覗き込むと、まさに今俺が手にしている草と描かれている図柄が一致した。
おー、良かった。これならちゃんと見えてるから後は集めるだけだな。
「え、ああ。確かに常緑草だが……」
「セドナー! 俺が指示した奴を集めてくれるか?」
「わかったにゃ!」
「あ、フリットさん達は休んでて下さいね。なるべく早く済ませてしまいますので!」
「ああ……」
よし、あんまり待たせるのも悪いからさっさかと終わらせてしまおう。
◇◇◇
マサユキ達が常緑草を集めている間、俺達ウィンドブローにもやる事がある。
ここを餌場にしている草食動物は多い。つまり先程のように、それを追って肉食動物がやって来る事は充分にありえる。
だから、突然襲われる事の無いように周囲の警戒は怠れない。
しかしトレーシーは、どうも仕事へと気持ちを切り替えられていないようだった。
「……ねぇ、ちょっとフリット。あれ、どういう事なの?」
「なんだかとても迷いが無く集めていますが、マサユキさんは常緑草をご存知でしたのですか?」
シャルまでトレーシーの話に乗ってきてしまった。こうなると集中力が削がれてしまう。
一旦、皆がすっきりするまで話をしてしまった方がいいかもしれない。
しかしこれまでの言動から、彼は常緑草の事は知らないと思われるのは間違いないだろう。
「……いや。少なくとも話の中で彼はそんな事は言っていなかったし、そもそも依頼書で形の確認もしていた。知っていたなら、そんな事は必要無いだろう」
「でも、そうは見えないわよ? 私の目がおかしいのかしら」
「いいや、俺もだ。これだけ様々なものが生えている中で、何故か場所がわかっているようにしか思えない」
「不思議な方達です……」
「色々な人がいるものだな、この世の中には」
「なーにいきなり達観してるのよ……」
何か特殊な技術を持っているのか、それともあまりに素人過ぎて知ったかぶりをしているのか。
どちらにせよ、ラテオラへ戻った時にわかるだろう。俺達への依頼は彼等の護衛であり、彼等の採集結果まで保証する義務は無い。
それは彼等の責任の範疇の事だ。
「さぁ、話は終わりだ。俺達は、俺達のやるべき事をやるぞ」
◇◇◇
セドナと手分けして常緑草を集め、彼女が持ってきた中からオドが見える物だけを収集袋に入れていく。
今回もオドの光のおかげで見分けが付くが、それでもたまに別の物が混ざってくるようだ。まぁ、マンガなんかであるような鑑定スキルで種類を見分けてる訳ではないので、当然といえば当然の話だ。
しかしそれはつまり他の草でも質の良い物という事なので、これは個人的に持ってきた麻袋へと突っ込んでいく。
街にはもしかしたら買い手がいるかもしれないしな。
「こらー、セドナ。遊ぶなー、仕事しろー」
「この草おいしいにゃー」
ネコチャンが草をむしゃむしゃしておられる。
セドナの体毛から考えて、毛玉を吐く事は無いとは思うんだが。手足以外はほぼ人間みたいなもんなんだしな。
彼女に残ってる野生の本能なのかな。
「あ、左手の方に沢山生えてるな。そうそう、その辺のを頼む」
「わかったにゃ」
俺は俺で手近な所に生えている物を、どんどん摘んで袋に詰めていった。
そんな事を繰り返し行なった結果、小一時間で収納袋が満杯になってしまった。これだけあれば追加報酬は期待出来るだろう。
勿論、その全てがオドを持っている。
キツケ草の時に光る物だけを集めた結果、その質が高いという話になった。なので、植物の持つオド量は品質に直結する物なのだろう。
そう言えばウィンドブローのメンバーはどうしているのかと思い、周囲を見渡した。
どうやら散開して周囲を警戒しているようだ。うーむ、やはりプロは違うなぁ……。やれる時にやれる事をやる、見習わなければ。
「みなさーん、終わりましたー!! ありがとうございますー!!」
大声で言うと、三人はこちらに集まってきてくれた。
「無事、常緑草を集め終わりま……」
「もう終わったの!?」
「もう終わったんですか!?」
ずいっと、トレーシーとフェルが詰め寄って来る。
「え、ええ……。この通りです……見てみますか?」
二人に満杯になった収納袋を見せると、植物特有のツンとする青臭い香りが漂ってきた。
「……どうやら本当に終わっているようだな。銅級でありながら、ギルドから指名が入るだけの事はある」
二人の後ろから腕を組んで覗き込んでいたフリットも、納得したようだった。
なんかそう褒められるとむず痒いなー。悪い気はしないんだけど。
「よし、予定より前倒しになるがラテオラへ帰還するぞ」
「あっ。ところで知っていたらでいいんですけど、この近辺に水辺とかあったりします?」
この辺はラテオラに比べても気候が涼しい。山脈の麓と言うのもあり、標高が高いのだろう。
もしこの辺に川とか池とかあれば、ラテオラ近辺とはまた違った魚が見られるかもしれない。
「あるわよ、あの丘の向こうに湖が広がってるの。名前は……なんだっけ?」
「確か、ランス湖です」
「ランス……槍みたいに長い形をしていたりするんですか?」
「いえ、形は特にこれと言って特徴があるわけではないのですが、エソールと呼ばれる魚が多く棲んでいるらしいのです。その魚がまるで槍の様な形をしているので、それに因んで名付けられたと聞きますね」
槍……まさか、そのエソールってのはパイクか!?
日本ではあまり馴染みが無い魚だが、北米やヨーロッパに生息する魚で、海にいるカマスと形が似ているからカワカマスと呼ばれたりもする奴だ。種類としては全くの別物であるらしいが。
何よりこいつはゲームフィッシングの対象魚である。
肉食であり獰猛なので、本場では簡単に釣れる外道扱いされる事も多いらしいが、簡単にデカい奴が釣れるならちゃんと狙ったら楽しくない筈が無い。
「まだ時間はあるから、ちょっと覗いて見てみる? いいよね、フリット?」
「遠くは無いし、問題無いだろう」
や、やった!!
とはいえ、今日は真面目に仕事をするつもりだったので釣り道具は全く持ってきていない。パイクを釣るのはまたの機会に持ち越しになる。
それでも水辺に立つと少しくらいはわかる事がある。周辺や水際の地形や、餌となる小魚の量だ。
「それじゃ、寄り道ですがお願いします」
「わかった。向こうの丘の上に一本だけ木が生えているだろう? あそこまで行けば全体が見渡せる」
「シャル、ちょっとだけ水遊びしようよ!」
「えー、着替えなんて持って来ていないですよ……」
そんなちょっとドキッとするような会話もありつつ、俺達は丘を登って行った。
「おおきいにゃ!」
丘の上の木は、近くで見ると思ったより立派な大木だった。ここにいる全員で手を繋いで、ようやく囲めるくらいだろうか。
眼下にはこれまた思ったより大きな湖が広がっていた。風で湖面が波立ち、キラキラと光を反射している。
「あっ、全く勝手に……仕方ないな」
「ほら、行こうシャル!」
「きゃ! 冷たいです〜!!」
早速、女性陣はブーツを脱いで脚を湖に浸けていた。それまでローブや革のブーツで守られていた白い生脚が、実に眩しい。
うむ、眼福である。ちょっとフリットが羨ましく思えてきたぞ。
「セドナも二人のとこに行ってきたらどうだ?」
「セドナちゃんもおいでよ〜!!」
「わ、わたしは濡れるのイヤにゃので……」
そうか。そうだな。そうだったわ。
水遊びをする二人も納得したようで、それ以上無理強いはせずにそれぞれ楽しんでいた。
「こういうのも良いですねぇ」
腕を組んで眺めているフリットに話し掛ける。
「申し訳ありません、仕事中だと言うのにお恥ずかしい限りです。あの二人には後で言っておきます」
「いえ、こういう息抜きは大事ですよ。いつも緊張してたら疲れてしまいますから」
フリットは真面目だなぁ。
若い内に青春を楽しんでおかないと、後で後悔するぞ?
駄目だ、またおっさん思考が出て来た。口から出ないように気を付けないと。
「それじゃ、丁度景色もいい事ですしこのあたりで昼食にしましょうか」
女性陣にそう提案をし、俺達男性陣は火起こしの準備を始めた。
セドナもそれを手伝おうとしてたので、
「あっ、そうだ。もしかしたらセドナなら素手でも魚が取れるんじゃないか?」
「やるにゃーーー!!」
思い付きでそう言ったら、セドナは全力でメイド服を脱いで水辺へ突っ込んでいった。
焚き火には、串刺しになった魚が何匹か並べられていた。
「セドナちゃんのあれ、凄かったね〜!!」
「びっくりしました……」
トレーシーがそう言ったが、あれは確かに凄かった。
服を脱ぎ捨てて下着になったセドナは、全力で水の中に突っ込んで行って炎爪をブチかましたのだ。
そんな事をしても炎が消えるだけだと思っていたのだが、現実は炎爪で一瞬にして加熱された水分が水蒸気になり、大爆発を起こしたのだ。そのショックで浮いてきた魚達が今、焚き火で焼かれている彼等である。
勿論、セドナはずぶ濡れになったのでシャルが持ってきていたタオルみたいな物に包まり、焚き火で身体を乾かしている。
セドナがその爆発で捕った魚は、まさにパイクだった。あいつらも、ここにはあまり人が来ないからと油断してたのかも知れないな。
そこまで大きな個体では無かったが、串刺しにされた口には淡水魚と思えないような獰猛な牙が生えていた。
「そろそろ焼けたにゃー?」
セドナはそう言うと、ろくに確認もせずにパイクへ齧り付こうとした。
「あっ、コラ! まだ駄目!」
急いで、串を持った彼女の手を抑える。
「淡水の魚は寄生虫がいるかもしれないから、ちゃんと火を通さないと大変な事になるぞ!」
「にゃ……」
この間のレポマクの時はちゃんと自分でやっていたのに……。てっきり知ってるのかと思っていたが、単にあの時は焼き魚が食べたいだけだったのか?
その光景を見たウィンドブローの三人も、串へ伸ばしかけた手を引っ込めていた。
その後、ちゃんと火の通ったパイクは結構美味いといってみんな食べていた。
俺は……少しだけ食べてみたら、白身が意外と淡白でイケた。醤油が欲しくなる感じだなこれは、ちょっと小骨の多さが気になってしまうが。
そんな感じでランチタイムを楽しみ、後はラテオラに帰るだけとなったのだった。




