13話 鍛冶屋のリール
「この、リールという道具は実にいいですね。深場にはこんな大きさのセバマーがいるのですか、しかも足元の……」
「マサユキが以前釣ったやつはこれより更にとんでもなかったぞい!」
「た、食べ応えがありそうにゃ……」
まぁ確かにそうなのだが、それでも尺近いカサゴなんて滅多にお目にかかれないものだ。こんなにもエントリーが簡単な場所で釣れるサイズというのは、大きくても二十センチ前半といった所だ。
それだけこの世界の魚が豊富で、スレていないという事なのかもしれない。
そう言えばイザークの釣り上げたセバマーにオドの光は見られなかった。こいつは安全に食べられそうだな。
まぁオド持ちの野生生物はそんなに多くないとイザークも言うし、このくらいのサイズならそこまで気にしなくていいのかもしれないな。
さて、俺も負けていられない。
イザーク達がわいわいやっている内に、俺は堤防の角へと移動した。ここから沖に向かって長い堤防が伸びており、そこにも大型船が停泊している。
こういう場所もポイントになる事が多い。魚にとって獲物を追い詰めやすい所だからだ。
角ギリギリに仕掛けを入れ、ボトムまで落とし込む。ボトムに着いたら糸のテンションを張って少し待つ。反応が無ければほんの少しだけチョンチョンと動かして誘いを入れる。
チョンチョン、チョンチョン、とした所で次のチョンに対してコンッというアタリがあったので、鋭く合わせを入れてみる。
すぐさま、魚の引きを感じた。とにかく素早くリールを巻いて、魚を底から引き剥がす。グングンという引きを楽しみながら、そしてリールひと巻きの巻き上げ量の少なさに違和感を感じながら、俺も最初の魚を釣り上げる事が出来た。
これはこれでダイレクトなやり取りの感じが悪くはない。
……カサゴとは違う、細長く平べったいシルエット。口は小さく、鮮やかな赤い点々模様の体表。頭のすぐ後ろから尻尾まで続く長い背びれ。
こりゃベラだな。にしてはこいつも大きい、二十センチ近くある。普通釣れるのはもう二回りくらい小さいだろ。
以前は夜釣りばかりだったので、ベラが釣れると新鮮だ。夜は砂に潜って寝ているらしいので、殆ど見掛けないのだ。こいつが釣れると、昼間だなぁ〜って感じがする。
とりあえずセドナに聞いてみるか。
「セドナ、これ食べる?」
「にゃ!? なんなのにゃこれは?」
「ふむ、パラポエですね。これもなかなかいい型ですよ!」
「たべられるにゃ?」
「毒は無いですよ。美味しいかどうかは……人それぞれですね。好きな人は好きですよ」
そう言われたセドナは特に考えるようなそぶりも無く、俺が渡したベラをすぐに桶へと放り込んだ。
とりあえず食いたいんだな……。
その後、新しいタックルのおかげもあって俺とイザークは更に数匹を追加する事が出来た。どれもセバマーであり、サイズは流石にどんどん小さくなっていってしまったが、それでも二十センチを切ることは無かった。
アーネストはというとウキ釣りでトラチュージャを狙っていたようだが、残念ながら群れが回ってこなかったようだ。アポノタは釣れていたようだが、やはり食用にはしないようですぐにリリースしていた。
セドナはそれを見て涙目になっていた。今日の所は、俺達の釣ったやつで我慢して欲しい。
「お二人共、お疲れ様でした」
昼前になったので納竿した俺達は、イザークの店に帰ってきて片付けをしていた。
イザークが釣ったセバマーは全部セドナにくれるという事で、彼女は大喜びして一足先に家へと帰っていった。
「お疲れ様じゃの。アーネストよ、どうじゃった?」
「いやぁ、完敗ですね。これまでも深場は狙った事はありますけど、竿を長くしても、仕掛けだけ長くしても、どっちにしろ扱い辛くて困っていましたが、これならそのデメリットが消せますよ」
アーネストはまた俺の竿を持って、しげしげと眺めている。そうだなぁ……。
「アーネストさん、今日俺が使っていたもので良ければお譲りしましょうか?」
「えっ、良いのですか!?」
「構いませんよ、作り方はもう確立しているので」
「では、マサユキの竿はどうするんじゃ?」
「実はもうひとつ作りたい種類のリールがありまして、それを試してみようかと」
「なにっ!? 他にもあるのか!!」
本当の事を言うと、二種類なんだが。
つまりスピニングリールとベイトリールだ。しかしスピニングリールは正直、性能に対して求められる工作精度が高い。先に作るべきはベイトリール、つまり両軸受けリールの方だろう。
現代においても片軸けリールから両軸受けリール、そしてスピニングリールと発展してきた歴史がある。それに倣っておく方が楽そうだ。
「では、その新型が出来たら教えてくれ。制作費はわしが出す!」
またイザークのテンションが上がっている。
「ありがとうございます。後、この片軸受けリールを使った別の釣法もありますので、時間のある時にお話しますね」
「なんと! 時間などいくらでも作るからいつでも構わんぞ!」
「イザーク殿は、釣りの事となると貪欲ですな。その好奇心、流石はひとつの道を極めた方です」
「アーネストよ」
「おっと、口が滑りましたな。それでは私はこれで。イザーク殿、また後ほど」
なんか凄そうな話が出そうになったが。詮索するのは止めておくか。こういうのは本人の口から聞くに限る。
そんな所でアーネストも帰宅し、ついでなので先程の「別の釣法」についてイザークと軽く話をした。
「イザークさんは毛鉤と言うものは知っていますか?」
「わからんのぅ」
「毛鉤とは釣り針に鳥の羽根や動物の体毛を括り付けて、餌になる虫や小魚を真似たものです。軽いので餌釣りには難しい、水面やその直下を攻める事が出来ます」
一般的なフライフィッシングというと渓流魚を釣る為に虫に似せたものになるが、それ以外にも毛を細長い形にする事で小魚をイミテーションしたような物も存在する。
魚に似せるという事は、フィッシュイーターであるならどんな魚も狙えるという事だ。トラウトだけでなく、サバ等の青物だって狙える釣りだ。
「しかし毛であるなら吹けば飛ぶような軽さなのであろう? そんなにも軽いものをどうやって扱うのじゃ? オモリを付けたら沈んでしまうであろう」
「その通りです。なので、特殊な重い糸を使うんです」
「重い糸かの?」
「この世界にあるもので何が使えるのかわからないんですが、今日巻いた糸より重く、水に沈む様な素材があればいいですね。沈まないで水に浮く物でも、もっと太さがあれば糸自体の重さで操る事が出来ます。それを鞭のように振り回して投げるんです」
フライフィッシングは外国発祥だが、日本に昔からあるテンカラ釣りも糸の重さで飛ばすという基本的な考え方は同じだ。雑に言えば、延べ竿でやればテンカラ、片軸受けリールを使えばフライフィッシングになるという形だ。フライフィッシングの方がより太く重い糸を使うので遠くを狙え、つまりリールを使う必要が出て来るという事になる。
「沈む糸か。成る程、ちょっと探して見ねばいかんの……」
「後、毛鉤も自分で作らないといけないですね。大雑把な種類くらいは覚えてますけど、素材や作り方なんかは流石に自分も門外漢なので分からないですね」
「面白そうではあるが、なかなか難しそうだの」
「どこかにそういう釣り方が発展した国とかあればいいんですけど。何か聞いた事はありますか?」
「いや、ないのぅ。現役の頃にも耳にした事が無かった。その頃は釣りに興味が無かったので、聞いていたとしても忘れてしまったのかもしれんの」
「そもそも、あまり魚食の文化が無いんですかね?」
「そうじゃな。魔法無しで船を出すのは危険じゃし、魔法を使えばオドに干渉されたマナを嫌って魚は逃げていくからの」
「その辺の話はセドナからちょっとだけ聞きました。でもオド持ちの魚がいるという事は、食料にした他の生物のオドを取り込んでいるという事ですよね」
「その通りじゃ。これは魔法を使う人間も同様であるの。魔法の使い過ぎで自身のオドが枯渇した場合、それを回復させるにはオドを持つ生き物を食すのが一番早いのじゃ。しかし、それも摂り過ぎると過剰摂取を招く事になる。どこまでなら大丈夫なのかは人による、じゃから緊急時以外はやらん方がええ。高価ではあるが、水薬という安全な手段もあるでの」
「……ちょっと怖い事を言っていいですか?」
「なんじゃ?」
「オドの所持量が食事で変わるのなら、優秀な魔法使いの肉を食べたら魔法が使える様になったりするんですか?」
「はは、残念ながらそうはいかんのじゃよ。種が違えば理屈はそうなるのじゃが、同種のオドを取り入れるとオドが反発し合うのじゃ。他生物が持つオドでも、自身の許容量を超える物を大量に摂ればどうなるかは経験があるじゃろう?」
そうだ。俺はそれでセドナを大変な目に合わせてしまった。
「それが同種であった場合は、極端にその許容範囲が狭くなるのじゃ。共食いをする様な生物もいるが、そういう種は魔物化する率も高くなるの」
でも、そうやって知られている話なのであれば、それを試してみた奴もいるんだろうな……。
「魔法を使える様になる方法は、他に何かないのですか?」
「魔法とは才じゃ。わしもたまたま才があり、たまたま理解しやすかったという程度の話じゃ。最初から有る物を増やすのと、無から有を生み出すのは別の次元の話だからの」
「そうですか……」
「セドナちゃんのように、後天的に魔法が使える様になるのは極々稀な事なのじゃ。それこそ、おぬしが別の世界から召喚された事と同じくらいにはな。だから他言無用なのじゃよ」
どうしても魔法への憧れが捨て切れないが、現状ではどうしようもないという事を再確認した。
もしもセドナの時みたいにまたオド持ちの魚を釣り上げられて、過剰摂取に近い事が出来たらとも思うが、あまりにもリスキーである。イザークの居ない時にそんな事が起きたら、最悪は死ぬのを覚悟しておくべきだろう。
死ぬのは怖い。
俺は転生してきた訳じゃないし、そんな命知らずでもない。現代で釣りをしていた時もリスクには備えていたし、テトラの上は乗りたくなかった。
よく夏になると水難事故のニュースが流れるが、水際にいるというだけで人間は死ぬリスクに曝されているのだ。しかし、たまにアウトドア趣味をやる程度ではこれを理解するのは難しいのだろう。
いつの時代であろうが、自然を舐めると死が待っているのだ。人間というのはそれ程に弱い存在なのだ。
「マサユキはこれからどうするんじゃ?」
「これからアルフレッドさんの所に行って、さっき言っていたリールの話をしようと思います」
「それなら彼に宜しく言っておいてもらえまいか。また近い内にわしも顔を出すでの」
「わかりました。それでは失礼します」
イザークの店を出た俺は、そのまま真っすぐイリングワース鍛治店の門を叩いた。
「らっしゃい、おうマサユキか。最近良く来るな? リールの具合はどうだったよ?」
「ええ、申し分無かったです。おかげで良い魚に出会えました、ありがとうございました」
「そいつァ良かった。で、今日は何の用だ?」
「またリールなんですが……」
「本当に、まただな。ま、別に良いけどよ。爺さんは金払いが良いし、マサユキの出したアイデアでモノ作りするのは結構楽しくてな」
「そう言って貰えると助かります。イザークさんも宜しくと。後、近い内に寄らせてもらうって言ってました」
「で、今度は何を作るんだ?」
アルフレッドが描くものを持ってきてくれたので、早速頭の中の記憶からシンプルな物を出してみる。
ドラグ機構は今回も無しのダイレクトリールではあるが、今回は両軸受けのリールだ。
両軸受けになると本体の構造が変わってくる。スプールにはシャフトがあり、それを本体左右のベアリングやブッシュで支える事になる。スプール軸を本体に貫通させて、そこにギアとハンドルを付ける。
ギアは本体全部にあるレベルワインダーのシャフトを動かす為の物だ。レベルワインダーとはスプールの前部にあるパーツで、ハンドルを巻くのと同期してスプール幅分の距離を往復する動きをする。これがある事で、スプールに偏り無く糸が巻けるようになるのだ。
本当はスプール軸のギアからずらした所にハンドルを置き、ギアを介してスプールを動かせると巻き取りのギア比を変える事が出来るので、欲を言えば実現したい。
更に欲を言うなら、遠心ブレーキの搭載をしたい。
ハンドルとは反対側の本体にはスプール軸を締め付けるメカニカルブレーキを配置するのだが、これはネジの力で締めるだけなのでブレーキ力が常に一定になってしまい使い辛い。現代においてはあくまでも補助的な位置にある原始的なブレーキ機構である。
それを改善するために考えられたのが遠心ブレーキだ。これは片・両軸受けリール特有のバックラッシュという現象を防ぐ為の機構である。
スプール軸から金属棒を左右対象に伸ばし、そこにパイプ形状のブレーキシューを入れる。するとスプールの高回転時にはパイプが遠心力で外へ移動し、本体の壁に当たってブレーキ力を発生させるのだ。回転が弱まると遠心力も弱くなるので、自動的にブレーキ力も弱くなる。
遠心ブレーキは原始的だが、効果は高い。個人的な好みとしてはマグネットブレーキが好きなのだが、まずこの世界に磁石があるのかが分からないんだよな……。
一通りの絵を描いた所で、それをアルフレッドに渡したら彼は考え込み始めてしまった。
リールの他にもうひとつやりたい事があったので、そっちも進めよう。
「アルフレッドさん、何か要らなくなった鉄板のゴミとかってあります? もし良ければいくつか分けて頂きたいのですが」
「……おう、構わねえよ。ちょっと帰るのは待っててくれねえか、色々確認したい事が出て来ると思う」
「それじゃ、その間に何か金属を加工出来る工具を貸してもらえますか?」
「……そこのを使ってくれて良いぞ」
ただでさえ厳つい顔が更に険しくなってて滅茶苦茶怖い。
悪い人じゃないって事を知らなかったら、ビビって声も掛けられないだろうな……。




