11話 釣りする日常
翌日から、午前はイザークの釣具屋で店番をし、午後はセドナとキツケ草を採りに行くというルーチンが始まった。
店番は相変わらず常連しか来ないので楽な仕事である。しかし意外と毎日同じ人という訳ではなく、一度の来客は数人だが全体としては十人近くになるだろうか。
釣り物としてはやはり人気は回遊系の魚であり、トラチュージャやスカジャー、つまりアジとサバ狙いが殆どだ。撒き餌をしながらのウキ釣りが多く、延べ竿では狙い難いボトム付近の魚はなかなか釣果としては上がってこない。
アポノタ、いわゆるネンブツダイ系も釣れた話は出てくるが食用にはしないのでその場で逃がしてしまうようだ。まぁ、アレに関しては日本と同じ扱いでも不思議はない。素揚げで食うという話も聞いた事はあるが、可食部は少ないんだろうな。
餌はゴカイのような虫エサやエビのような物が売れ筋だ。他には人間の食べ物の残りも使われるようだが、釣果としては釣り餌専用の物が強い。しかし漁で大量に確保する事は出来ないので、ギルドに仕入れ依頼を出したり、淡水のエビ等を使ったりする形になる。
それらは入手出来る数が少ないので、当然値段も高くなる。何種類も買えば小銀貨が出て行ってしまうので日本では考えられない程の高値であり、自分がやるとしたらランニングコストが馬鹿にならないだろう。釣りに行く度に諭吉が消えるのは流石にキツい。
常連さん達は皆身なりがしっかりしているので、もしかしたら身分の高い人達の趣味となっているのかも知れない。
俺の魚釣りは、現状ではセドナと行くキツケ草採取依頼の時がメインになっている。セドナも喜んでくれるし俺は釣りが出来るので、実に理想的な形だ。
あの三日月湖の地形も分かってきた。
あの湖はアルファベットのJのような形をしており、一番曲がっている辺りの北側湖畔がキツケ草の群生地になっている。そこから東側の対岸は陽光の森になっており、鬱蒼とした木々がオーバーハングを形作っていた。
湖の南側はアシのような植物が広がっていて、その端には少しゴロタ石が転がるシャロー帯になっている。
水源としては殆どが雨水だろうが、北側では微妙に水質が良くなっている所があったので地下水も少しだけ湧き出しているのかもしれない。しかし流れ出しは見当たらなかったので、流れ込む量もそんなに多い物では無いのだろう。
それより問題は、たまに出くわす獣だ。
どうやら三日月湖やその周辺は陽光の森に住む獣達にとっても水源となっているようで、日に二度程は狼や猪のような凶暴性のあるものと戦闘になる。
その度にセドナが戦ってくれるのだが、おかげでキツケ草を採る彼女から俺はあまり離れられない。
いや勿論、俺も頑張って戦ってるけどね?
ただ最近は逃げられずに倒し切れるようになってきたので、肉は自分達の食料にして皮はギルドへ売却する事で副収入にもなり始めた。
そうなってきた理由としては、セドナの炎爪の威力が上がって来ている事がある。最初の頃とは明らかに炎の形が安定して来ているし、発動時に俺だけが見られるオドの光も強くなっているのだ。
どうやらこの世界にはレベルアップという概念は無いらしい。ステータスが見られるような物は無いし、個人の強さの指標として使えるのはギルドから貰える首飾りの種類だけだ。それもザックリとした「金」「銀」「銅」の三種類しかないので、それだけで他人を判断するのは危険だろう。
念の為に「ステータスオープン!」と叫んでは見たけど、これは恥ずかしい思いをしただけだった。鑑定スキルなんて物も無かった。本当に欲しい。
だから炎爪が強くなったのは、セドナのオドの使い方が上達してきたのだろうと結論付けている。
しかし、たまにだが釣った魚を食べている時に彼女の身体が薄紫に見える事がある。カンパチを食べた時のあれは見間違いでは無かったようだ。
それも何かしらの影響があるのは間違いないのだが、本人は何も感じていないらしい。
そうして二週間弱が過ぎた頃のある朝、我が家に手紙が届いたのだった。その差出人は武具屋のアルフレッドで、依頼していたリールが出来たらしい。
午前の仕事は外せないので、セドナに午後の採取はキャンセルだと伝え、その日は自由行動にしてもらった。
店番の時にその話をイザークにすると声色が上ずっていたので、彼も楽しみにしていたのかも知れない。
店番が終わった後、俺はアルフレッドの店へと顔を出した。
「こんにちは、アルフレッドさんいますか?」
「お、待ってたぜマサユキ。とりあえず依頼通りにしてみたつもりだが、どうだろうか」
早く見てくれと言わんばかりにアルフレッドはカウンターの下からそれを取り出す。
片持ち式の滑車だが、車輪を吊る部分は金属製でそこから固定用の足が前後に伸びている。
車輪の部分はなるべく軽くと注文していたが、軸受け部以外は木で出来ており、穴を開けて軽量化もされている。手回しが出来るような木製のハンドルが付いており、車輪自体の直径は十センチ弱くらいだろうか。
車輪、つまりスプールを回してみると軽やかに回転した。軸受けはベアリングという訳ではなさそうだが、思ったよりスムーズに回る。
「一先ずは試作品という形だが、お前が描いてくれた絵は再現出来たつもりだ。どうだろうか?」
そう言うアルフレッドは言葉とは裏腹に自信有りげな表情を浮かべていた。
俺が何度も回したり、色々な角度から見たりしていたせいかもしれない。
「想像通りの形です。回しても重心がズレてスプールがブレる事も無いですし、こんな訳の分からない依頼品でも肝をちゃんと押さえてありますね……」
今後ベイトリール、つまり両軸受けリールを再現するとしてもスプールの精度と言うのはとても重要な要素になる。キャスト時に高速回転するスプールは工作精度を要求される部分だ。
ここに手を抜かずにきっちり仕上げてきたのは、既に本質を理解していると言っても良いだろう。
「何にしろ、回る物ってのは手を抜けないからな。デカいもんは自壊しちまうし、小さくたって不快感が出る」
「ええ、その通りです。これなら次は、もっと面倒な物をお願い出来るかもしれませんね」
「金さえ払ってくれるなら、何でも作ってやるぜ。そうだ、依頼にあった金属部品も出来てるぞ。こいつの固定具と、ガイドだったか?」
リールシートとして依頼したのは、既存の木製竿を流用出来るようにと考えてレール型の金具を竿に結び付ける形のものだ。海のエサ釣り用竿によく見られるものだが、こちらもリールフットとの合いがピッタリだ。
ガイドに関しては根元側に使われるような大径で前後に足がある物、それと先端側に使われる小径で片足型の物、更に竿先に取り付ける物で数種類の大きさが揃えてあった。
全部、自分の物とイザーク用の物、それに注文はしていなかったが予備まで作ってくれてあった。
ちなみに内側のリングは、今回は省略したので金属フレームのみに糸が通る事になる。今後、ガイドリングに合う素材があればそれで作成をお願いしたい所だ。
「俺も作ってる内に、これがどう使われるのか気になってきてな。爺さんとこで取り付けたら、見せてくれよ」
「わかりました。これからイザークさんの所に行きますので、お時間があったら一緒にどうです?」
「今日の仕事は粗方済んでるから、それもいいな。同行させてもらうか」
という事になり、イザークの店へとおっさん二人で仲良く向かう事になった。
イザークの店に着いた俺達は、早速竿の作成について話を始める。
「待っておったぞ。なんだ、アルフレッドも一緒に来おったのか」
「ああ、どんなもんが出来るのか気になってな。ついでに爺さんのツケも回収させてもらうぜ」
「ちゃっかりしておるわい。ほれ」
と言って、アルフレッドに大銀貨を数枚渡すイザーク。
えっ、大銀貨って十万円くらいの価値だぞ!? ツケを貯めてたにしても、そんなもんが簡単に出て来るの!?
こわ……。
「さて、マサユキや。これらをどうするのじゃ?」
「イザークさんは竿を作ってもいるんですよね? 私の知ってる作り方だと、部品は糸を巻き付けて固定し、その上から何かしらの塗料や樹脂で固めるというやり方なのですが、イザークさんのやり方をまずお聞きしたいです」
「そうじゃな、概ねは同じと思ってもらっていいじゃろう。飾りとして染色した糸を巻き付ける事はあるし、それを固める物もあるぞい」
それなら方法としては問題無さそうだ。
「元にする竿はどのようなものがいいんじゃ? おぬしの物は大分長かったが、とても軽い不思議な物であったな」
「あれは素材が特殊なんです。今手元にあるものだと、まず長さは私の身長くらい。そしてなるべく素直なテーパーの物がいいですね」
あ、テーパーって言葉は通じるのだろうか。竿とは先端に向かって細くなっていく形をしているが、それをテーパーと言う。
このテーパーデザインが竿の特性を決める。先端と手元の太さがゆったり変化すると全体的に硬めになり、手元からマイルドに曲がるようになる。逆に急激に変化すると、その変化点のところから曲がるようになる。
良く使われる言葉で、ファストテーパーとスローテーパーという物がある。日本語で言うと先調子と胴調子という物になり、先っぽだけが曲がりやすいのか、全体的に曲がるのかという竿の特性を表す物だ。
調子は好みの部分が強いのでどちらが良いという事は無いのだが、一般的にはスローテーパーの方が全体がよく曲がるので投げやすくなる。
「そうじゃ、この間セドナちゃんと倒したエルダートレントの物を使うか。あの後でアルフレッドに加工して貰った物があるんじゃ」
そう言って取り出してきたのは濃い茶色の竿だった。まだ何も取り付けてないので、まさにブランクという状態の物だな。そして長さは延べ竿を想定してなのか、三メートル以上はあった。
その状態で振らせてもらうと、結構張りがあった。先端から真ん中辺りまででも、バスロッドみたいな雰囲気だ。
「ああ、こいつか。いつもの注文通り、矢と同じ感じで加工したやつだな」
「そうじゃ。しかし作ってもらったはいいが、意外と硬くての」
これなら丁度いいかもしれない。
「ではこれを、先端から私の身長より少し長いくらいの所で切りましょう」
「そんな短くていいのかの?」
「ええ、大丈夫です。好みでもっと長くしてもいいですけどね」
俺の身長は百六十センチ半ばだから、そこから少し長めだと丁度六フィートくらいになる。こちらの世界ではなんて単位になるのかわからないので、二人にわかりやすくした。
ちなみに釣具と言うのは現代日本において、ヤード・ポンド法と尺貫法が現役で使われている世界だ。
ルアーの重さにはグラムの他にオンスが良く使われるし、ルアーロッドはフィート表記が基本だ。魚の大きさには尺が目安として使われる事が多いし、和竿には尺表記の物が普通にある。
ルアー文化は海外から来たのでそれに倣っているのだろうが、日本古来からある尺貫法もほぼ同じ様な長さの体系だから、親和性があったのだろうな。
今回の長さはそもそも遠距離はまだリール性能的にも投げられないので、取り回し重視の方が良いだろうと考えた。
素材が魔物とはいえ木なので、これは自分がサクッとノコギリで切ってしまおう。
「アルフレッドさん、ちょっと先を持ってて貰ってもいいですか? そしてイザークさんは竿を上に持ち上げて下さい」
不思議な顔をする二人に竿を曲げさせ、その辺にあった筆記具を借りる。
この辺の知識はあまりないのだが、曲がった竿に対して糸がなるべく沿うような位置を割り出すのだ。六フィートならガイドは全部で八個あれば事足りるだろうと思い、八ケ所に印を付けた。
これも拘り出すと色々なセッティングが存在する世界だ。最近では十個程のガイド数が主流になる。
ちなみにカーボンロッドにあるスパインはこれには無さそうだったので、考慮に入れていない。
「はい、ありがとうございます。今、私が印を付けた所に作ってもらった針金のような部品を取り付けて下さい。足の部分に糸を巻いて固定していけばいいです。リール固定用金具は竿尻から少し離して付けた方が使いやすいと思います」
そうしてガイドとリールシートをイザークに仮止めしてもらった竿を確認する。
軽く糸を通して曲げてみるが、曲げた感触ではライトクラスのベイトロッドくらいという感じだろうか。
「こんなもんでいいのかの?」
「ええ、これで良いと思います。私の国では植物から取れる漆という液体で部品を固定をしたりするのですが、固定が出来るならなんでも良いと思います」
これは当然昔の話で、今ではエポキシ樹脂でコーティングするのが一般的である。この世界に二液式のエポキシ樹脂なんて無いだろうしな……。
「ではそれはこちらでやっておこうかの。フフ、これは使うのが楽しみじゃな……」
「成る程、これがマサユキが作りたかった物の完成形なんだな。よし、金も貰ったし俺は引き上げるとしよう。また作りたい物があったら言ってくれ」
「アルフレッドさん、有難う御座いました」
いつか彼にも釣りの楽しみが分かって貰えるといいな。ただ、それで仕事に支障が出てしまうと困るのだが。
手を振って出ていくアルフレッドを見送る。俺も、イザークが作業に入ってしまったので挨拶して帰るとしようかな。
「それじゃ私もこれで失礼しますね」
「マサユキや。竿は明日には出来るから、朝の店番はやらなくてええ。その代わり、明日の朝はわしと釣りに行くぞい! この竿の使い方を教えるのじゃ!!」
うむ。実に釣り人らしく、そして釣りという物に心を奪われた駄目人間らしい言葉だ。
「それじゃ、明日の朝いつもの時間に来ますね」
帰り際、店の奥から楽しげな鼻歌が聴こえてきた。




