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10話 鍛冶屋と青物

「セドナ、ごめん。ちょっと用事が出来ちゃったから、キツケ草は明日にしよう」


「ええ〜!? それじゃレポマクがたべられないにゃ……」


「ほら、そのかわりに魚を貰ってき……」


 全部言い終わる前に猫耳メイドが桶を奪っていった。


「ゆるすにゃ〜」


「スカジャーって魚だそうだ。生じゃ食べるなよ、腹壊すってさ。それじゃ、これからちょっとまた出掛けてくるな」


「わかったにゃ〜行ってくるにゃ〜。それじゃ、わたしも夕方には戻って来るにゃ」


 超絶ご機嫌で喉をゴロゴロ鳴らしておる。ネコチャン……。

 珍しい、セドナもどこかに出掛けるのか。まぁ猫だし、そりゃお出かけもするだろうな。

 とりあえず彼女の許しを得たから、アルフレッドの店へ向かうとしよう。






 イリングワース鍛治店は大通りの北側から少し西に入った所にある。

 商店の並ぶ大通りからは外れているし、失礼ではあるがあまり店も大きくはないので、隠れた名店と言った雰囲気がある店だ。

 名店なのかどうかはわからないが、少なくとも客の事をしっかり考えてくれる良い店ではあると思う。


「こんにちは、アルフレッドさんいますか?」


「らっしゃい。おお、あんたはこの間の。今日はフェシルのメイドはいないんだな?」


「先日はお世話になりました。おかげでなんとか自衛する事が出来ましたよ」


「そりゃ良かった。今日はなんだい、また武器でも探してるのか?」


「今日はちょっと全然違う話でして、アルフレッドさんの技術にご相談がですね」


「なんだい、俺にも出来る事と出来ない事があるんだが」


「ちょっと、何か書くものありますか?」


 そうお願いして、借りた紙とペンで適当ではあるが滑車とラインガイド、リールシートの金具の絵を描いてみた。


「なんだこりゃ」


「滑車、のつもりです。これに前後に伸びる形の薄い足をつけて、円形の所には手で回せるように取っ手を付けて欲しいんです。大きさとしては、掌を広げたくらいですかね。後、これはこの形で針金のような金属で作って欲しいんです」


 絵に対しての説明を、腕を組んで聞くアルフレッド。


「取っ手があるなら、滑車は片持ちでないと回せないな」


「それでいいです。足の部分はこの固定具と幅を合わせて……なるべく回転部は穴とか開けて軽くして、溝は深く、横幅は広く……あ、回転部は取り付け部から少し離しておいた方が使いやすいかも……」


 絵を描いて説明してる内に色々と欲が出てきてしまい、つい注文が多くなってしまう。


「ふむ、とりあえず既存の物で合うようなものがあればそれを改造してみるか。他の二つもこの図の通りに作ってみよう。二週間くらい待って貰えるか?」


「大丈夫です。料金はイザークさんが、他の注文品と一緒に払う事になってますのでお願いします。数はそれぞれ二つずつで」


「わかった。何に使うのかはわからんが、まぁ爺さんの案件なら歓迎だ。金払いはいいからな!」


 豪快に笑うアルフレッド。

 しかしそんな話を聞くと、ますます金の出所が気になってしまうな。


「念の為に私の住所も置いておきます。制作中に何かあれば、呼んで下さい」


「ああ、わかった」


 お辞儀をして店を出る。


 もしこれが上手く行けば、この世界での釣りの幅が広がる事になるだろう。

 ルアーのキャスティングは難しいだろうが、見合う糸の素材さえあればフライフィッシングだって成立するかもしれない。

 問題は俺自身が大してフライフィッシングには造詣が深くないという所だが、一応タックルには触った事があるので感触は覚えている。

 ヘチ釣り用のタックルとしても使えるから、まずはそっちの方がわかりやすいかもしれないな。


 サクッと話が終わったから、釣具を持ってパーチ港にでも行ってみるか。






 そしてやってきたパーチ港へ早速エントリー。堤防の先端でやりたい所だが、まだ荷物の積み下ろしをしている商船があるので、邪魔にならないように内側のスペースでやる事にした。

 とりあえずまだ現地釣具は完成を見ないので、今回は転移時に持っていたベイトタックルを家から持ち出した。


 ローライトな時間にはまだ早いが、とりあえず今朝サバが出ていたから何かしらベイトが港内に入ってきているのかもしれない。

 青物系ならこれだろうと言う事で、今回は二十グラムのメタルジクでも投げて見る事にした。


 二十ポンドリーダーにスナップを介してメタルジクを取り付け、まずはブレーキ調整の為に軽くサイドハンドで投げてみる。

 どんどんブレーキ力を落としながら、糸が浮かない程度を探っていく。


 このリールはマグネットブレーキで、スプール径は三十六ミリと少し大型だ。

 ベイトリールのスプール径はとても重要で、二十八〜三十ミリ辺りは小型になり、十グラム程度まで。三十二〜三十四ミリ辺りは中型になり、二十グラム辺りまで。三十六〜四十二ミリは大型になり、三十グラム以上の物を投げると大体具合がいい。

 これはスプール重量や竿の性質にも左右されてくるが、個人的にはそんな認識をしている。


 数投して感覚が大体掴めたので、後ろを確認してから垂らしを長めにとって、オーバーヘッドキャストの体勢に入る。

 ゆっくり大きく、上半身全体で竿を振りかぶり、ほんの少しのタメの後に前へと、力まないように、しかし勢いは出せるように振る。

 リリースポイントで親指をスプールから離すと、一気にスプールが回り始める。まだブレーキが強めなのか、特にサミングをせずともいい感じに回転数は落ちていき、フッと竿自体が軽くなった所でスプールを親指で抑えた。

 糸の色から、六十メートルくらいだろうか。


 その後は暫くスプールをフリーにして、ジグが着底するのを待つ。

 着底したらハンドル一回転と合わせて竿をしゃくり上げ、逃げる小魚のように動かす。

 これが青物狙いのショアジギングという釣り方だ。

 何度もしゃくり上げたら再びクラッチを切ってルアーを沈める。着底したら、またしゃくり上げる。この繰り返しで魚にルアーを気付かせるのだ。

 その後は、ボトムを取らずに中層でやったり、着水直後からやり始めたりで色々な層を探ってみる。

 とにかく投げ倒して、何かしらの情報が得られるのを期待するのだ。


 水面にナブラは出ていない。特にベイトの影も見えない。ならばボトム付近を攻めるのが定石だろう。


 そして何度も投げている内に、ガツンとした強烈なアタリが突然襲い掛かってきた。

 こちらも間髪を入れず、全力で竿をしゃくり上げてアワセを入れた。

 ガンガン暴れて逃げようとする魚だが、キツめに締めたドラグでグイグイと寄せられてくる。サイズはそんなでもなさそうだが、下に下にと突っ込んでいくので存外に楽しい。


 足元まで寄ってきたので、ここは一気に抜き上げてしまおう。竿を水平より少し下気味に倒し、リールを巻き上げてテンションが掛かり切った所で竿を持ち上げる。

 この時にちゃんと竿の根本付近を曲げるようにしないと、ポッキリ折れてしまう。


 上がってきたのは……期待してたサバでは無かった。こりゃショゴ、カンパチの幼魚だ。

 こいつは俺が食える数少ない魚のひとつだ。自分で捌いて刺し身にした事があるが、滅茶苦茶美味しかった記憶がある。

 とりあえずナイフでエラと背骨を切り、海水を入れた桶で血抜きをしよう。


 さて、後何匹ぐらい追加出来るかな?




 ◇◇◇




「お久し振りですね」


 パーシフォーム国の王宮内、神官長の執務室。高位の神官服に身を包んだ男が、フェシル族の少女に話し掛けた。

 少女はその場に跪き、


「ヴァン様、御報告に上がりましたですにゃ」


「その後、勇者殿とはいかがですか? 仲良くしていますか?」


「はいですにゃ。魚釣りがお好きで、新鮮なお魚を釣ってきてくれますにゃ」


「ハハ、それは良かった」


 幼い頃にセドナを拾い、面倒を見てきたヴァンとしては安心出来る話だった。

 フェシル族は人族の社会に溶け込んではいるのだが、手の造りが人間とは異なる為に不当な扱いを受ける事も多い種族だ。

 特にセドナは魔物の襲撃により幼い頃に住んでいた村を失い、放浪せざるを得ない事情があった。その道中、倒れていた所をヴァンに拾われて王宮内での仕事を与えられたのだ。


「ところでヴァン様。わたし、魔法が使える様になりましたのにゃ」


「……なんですって?」


 話を聞くと、勇者殿の釣った魚を食べた事で使える様になったという。

 また、知り合った老人から魔法の手ほどきを受けた事により、魔物と戦える程であるという。


「その老人の名はわかりますか?」


「はい、イザークさんと言う方で……」


 その名を聞いたヴァンは、つい顔を顰めてしまった。


「……その御方が私の知っている方と同じであれば、確かに魔法使いとしては一級です。いや、特級と言っても過言ではない。ああ、魚釣りですか。それなら確かに……しかしこんな足元にいらっしゃったとは……。セドナ、少し失礼しますね」


 ヴァンは跪くセドナへと手を翳して呪文を呟いた。


「……確かに、火属性への適正が発現しています。これはあまり吹聴しない方が良いでしょうね」


「イザークさんもそう言ってたですにゃ」


 幸いにも、セドナが魔法を使えないという事を知っている人間は王宮内の者くらいだ。何故なら、彼女はヴァンが引き取って以来ずっとこの王宮内で暮らしてきたので、外の人間と繋がりはほぼ無いからだ。


「まぁ、普通に使う分には問題無いでしょう。勇者殿の支援を引き続きお願いしますね」


「はいですにゃ。それでは失礼しますにゃ」


 セドナが部屋を出た後、ヴァンは少し考え込んでしまった。

 勇者としての魔法適性が無かったからと言って、彼を外に出してしまって良かったのだろうか。その不安を少しでも無くす為の枷として、セドナを彼につけたのだが……。

 しかし彼女の話を聞く分には、特に問題のある人格でも無さそうではある。このまま泳がせて、その才覚が見極められるようになってから手を打っても遅くはないだろう。

 また、あのイザークと交友があるのであれば、変な方向に転がってしまう事も考えにくい。イザークは変人ではあるが、理も分かる人間だ。


 そうしてヴァンは、今は静観すべき時だと結論を出した。




 ◇◇◇




「セドナ、ただいま」


 つい楽しくなってしまって、帰宅したのは日が落ちてからになってしまった。


「あっ、マサユキ様おかえりにゃ!」


「おみやげがあるぞ〜」


「にゃっ、これはおいしそうにゃ! なんて魚なのにゃ?」


「こっちでなんて言うのかはわかんないんだけど、俺の国ではショゴって呼ばれる魚だな。大きくなるとカンパチって名前になるんだ」


 ちなみに名前は変わるのだが、出世魚ではないらしい。

 釣れたのは五匹、どれも三十センチくらいだった。


「どうやって食べるのにゃ?」


「普通に塩焼きとかでもいいんだけど、今回は刺し身にしてみるか」


「とりあえずは捌けばいいにゃね、やってくるにゃ!」


 またセドナに桶を奪われてしまった。まぁ、いいや。任せてみよう。


 しばらくの後、内臓や骨と身を取り終わったようだったので彼女の横に立った。

 ナイフで皮を引いて、一口大に斜めに刃を入れていく。


「わたしたちフェシル族は生で食べるのはよくあるにゃけど、人族も生で食べるのにゃ?」


「食べられる奴と食べられない奴があるから気を付けなきゃいけないけど、俺の国は生で食べる事が多いよ」


「でもマサユキ様ってあまり魚を食べないにゃね? てっきり嫌いなのかと思ってたにゃ」


「俺は食える魚が少なくてね、生臭さがどうにも苦手なんだ。これは食べられる魚のひとつだな。自分で血抜き処理したら生臭さが抑えられるからってのもあるけどね」


「そうなんにゃね。わたしは生臭いのは全然気にしにゃいけど」


「そういう種類はセドナに全部あげるよ」


 そう言ったら彼女は目を輝かせて喜んでいた。


 出来上がった刺し身だが、流石にこの世界には醤油が無い。醤油の味で誤魔化さないと俺がキツいので、まぁ無理しない程度に味わうとしよう。


「うま……うま……にゃ……」


 急に口数が少なくなる猫耳メイド。当然、真顔で食べている。

 俺も一口食べたら、マグロとは違うピンク色の肉がなかなかの味わいだった。やっぱ醤油と酢飯が欲しくなってしまうな。


 気持ち悪くならない程度にちまちまと食べていたら、食べ終わったセドナがこちらを眺めていた。


「……はい、どうぞ」


 その言葉にパァッと満面の笑顔になるセドナ。そんな良い顔をされたら、こっちも嬉しくなってしまうじゃないか。

 しょうがない、沢山食べてくれな。


 ん? なんかセドナの身体にオドの色が浮かんでいる。今回は黒紫、というより薄紫といった具合の物だ。


「セドナ、何か身体の変化は無いか?」


「んー? もぐもぐ……特に無いにゃね……」


「そっか。また前みたいな事があっても困るから、少しでも何か感じたら教えてくれな」


「もぐもぐ……わかったにゃ」






 その晩、セドナが寝静まった後も少し起きていて様子を窺っていたが、特に変化は感じられなかった。

 穏やかな寝息が聞こえてきており、たまに寝返りをうつくらいだ。


 これなら大丈夫そうだな、と安心して意識を手放そうとしたその時。


「うにゃ〜……」


 寝返りをうったセドナがそのまま床に落ちてきた。

 しかしベッドから落ちたと言うのに彼女は全然起きず、無くなった毛布を探す内にこちらの毛布に潜り込んでくる。

 ついでに暖を求めたのか、左手にしがみついてきた。まだ発達途中の双丘がふにゃりと俺の二の腕に当たる。


 なるほど、こうやって人のとこに入り込んでたんだな。


 ……寝れるかな、今夜。


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