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1話 気付いたら異世界

「勇者召喚の……儀?」


 そう告げられた俺は、自分の周りを包む荘厳な雰囲気と、金色に縁取られたとんでもなく立派に見える玉座に頭が混乱していた。

 おまけにそこに座るのは、王冠を被った白いヒゲのおじさん。その周囲にいる神官っぽいような方々は、何人も同様に高く杖を掲げている。


「……成功で御座います!!」

「これで、我が国にも勇者が!!」


 そうやって盛り上がる周囲を他所に、俺はあまりにも直近の記憶を手繰っていた。


 ……確か俺は、地元に流れる川の河口へと夜釣りに行っていて、時合を待っていた筈だ。そうしたら『あっ流れ星。おっと、すげえでっけえ火球だな。こりゃ珍しいもんが見れてラッキー。なんかこっち来てね……? うおっまぶしっ!!』と、いう所までは思い出せた。

 間違いなくそれが、ついさっきの記憶のほぼ全部だろう。

 一言でまとめたら、釣りをしてたら流れ星が飛んできて俺にぶつかったという事なんだろうが……そんな事ある?


 だが間違いなくその記憶は正しい筈で、その証拠にその時の服装と装備のまま、俺はここに存在しているのだ。

 ただ、流れ星なんて物にぶつかった筈なのに、怪我はしていないようだ。


「勇者殿は聖剣を持って現れるという話は本当であったのだな……」

「なんという長いレイピア。これを使い熟すというのは相当な手練れか……」


 王様っぽい人にそう言われ、右手に握っていた物を見る。

 いやぁ、これは俺の釣り竿ですね。二本継ぎで九フィートのカーボンロッドです。折れてなくて本当に良かった。


「見たことのない鎧を着けておられる……」

「柔軟そうだが、少し分厚いな……」


 それはライフジャケットですね。良かった、ライジャケのポケットに入れてたルアーケースもそのままみたいだ。


「見よ、あの背中の不思議な形の盾を……」

「盾に持ち手が付いているぞ。どうやって使うんだ……?」


 ええ、それはタモです。釣ったお魚を掬うやつですよ。流石にこの世界にも網くらいはあるでしょ。あるよね?


 現代の釣り人のフル装備は、確かにそれを見た事がない人からしたら剣を携えた騎士みたいに見えるのかも知れない。

 そうかな? そうかも。


 そうやってやんやと勝手に盛り上がる周囲を制して、王様っぽい人が話しかけてきた。


「勇者殿、突然のことで混乱させてしまい申し訳ない。余は名をペルコイデイと言う。ここ、パーシフォームの王である。まずは召喚に応じて頂いた事への感謝と、こちらの勝手な都合を押し付ける事への謝罪をさせて頂きたい」


 王様から突然勇者だのなんだのと言われてもわかんねーよ……と、言いたいところだが、オタクコンテンツの摂取によって耐性が付いてしまっているのか、そこまで驚きはしなかった。

 王道展開、よく見るやつ、テンプレ、そういう事だな。さして驚いてない自分に、自分が一番驚いているかも知れない。

 トラックに轢かれなくてもこういう事って起きるんだな、とは思ったけど。


「申し訳ありません、まだ私も状況が全く整理出来ていなくてですね……」


「そうでしょうな。まずは場所を変え、詳しい者から説明させましょう。ヴァン殿、後は任せて宜しいか?」


「承りました」


 そう言うと、神官っぽい人達の中でも一際衣服が立派な人物が先導を始めた。それについて歩きながら、ほんの少しだけ冷静になってきた頭で考え直す。


 つまり、この異世界には釣り場からの直行便で来てしまったという事だ。釣り場には車が置きっぱなしな訳で、車内には手持ちしてなかった道具も当然入りっぱなしだ。


 これもう完全に、状況だけ見たら釣り人の落水事故じゃんよ……。

 警察さん、海上保安庁さん、捜索に駆り出されてるだろう漁師さん、本当にごめんなさい。今、異世界にいます。同窓会には出られません。


 あと、親父とかーちゃんもごめん。






 別室へと案内された俺は、神官長であるヴァンから一通りの説明を受けた。


 まずここは、ペルコイデイ王が統治をするパーシフォーム王国という場所らしい。

 やっぱりというかなんというか……現在は魔族の脅威に晒されており、伝説とされていた古文書に記された【勇者召喚の儀】を行い、現状を打破しようと考えたとの事。


 そして連れてこられたのが、この俺。

 魚釣りが趣味の、三十五歳サラリーマンのおっさんである。別に武道を身に着けているという事もない。無双出来る要素? そこに無いなら無いですね……。


 この国はあまりにも酷い貧乏くじを引いてしまったのでは?


「貴方の名前を伺っても宜しいでしょうか?」


「私は……大和正幸と申します」


「ヤマ、トマ……サユキですか?」


「あ、マサユキが名前です。ヤマトは名字、私の世界で家名を示すものとでも言えばいいでしょうか」


「それではマサユキ殿、で宜しいですかな。文献によると、勇者には特別な能力が備わっているとされています。なにかご自身で分かる事はありますでしょうか?」


 そう言われても、さっぱり分からないというのが本音だ。ただの人間の筈だし。

 職務経歴書でも書いた方が良かったかな?


「では、こちら側から何種類かの判別魔法をかけさせて頂いても?」


 うわ、本当に『魔法』とか言い出したな。


 そうなると既に自分の知っている地球の物理法則という理からは外れた状態だ。今後の為にも分かる情報は何でも欲しい。

 彼らとしても、勇者である俺の戦闘能力とかは知っておきたいのだろう。


「そんな便利な物があるんですね。なんか痛かったりとかします?」


「大丈夫でしょう、どれも苦痛を感じると言う話は聞いた事がありませんので」


「では、お願いします……」


「それでは、失礼して。遍くマナよ、彼の者の女神よ、祝福の彩りをここに示さん……」


 そう言ってヴァンは、さっき見掛けた他の人達より立派な装飾の入った、神官長らしさ溢れる杖を俺の頭上へ掲げた。


 赤、青、黄色、緑、白、そして黒といった光が、杖の先で輝く。

 黒い光ってなんだろう。見たまんま、そうとしか言いようがないのだが。


 そして、俺は突然の吐き気に襲われて盛大にえずいた。頭がくらくらして、強い光を見た時の様に目の奥が痛い。


「だ、大丈夫ですか!? 全属性の適性を調べる魔法を掛けたのですが……」


 だ、だいじょ……ば、ないかも。


 なんだこの感覚。全身を内側から撫でられたような。これまで生きてきて、こんな感覚は初めてだ。


「な、何かわかりましたか……?」


「ええ、しかし……なんという……」


 ヴァンは顔を顰めながら、歯に物が挟まったような言い方をした。


 テンプレだったら当然、全属性持ちとかかな。よくある設定なら俺は間違いなく希少な人材だ。

 魔法のあるファンタジー世界で、全ての属性に祝福されてそれを使いこなし、仲間達と共に魔王との決戦をだな?


「間違いありません。見事に、何の適性もありませんね」


 マジか……。






 ヴァンから聞いた話をまとめると、こうだ。


 この世界にはマナとオドという物がある。

 マナは自然界に存在する魔力で、オドは自分の内にある魔力だ。


 魔法とは、オドをマナに干渉・変質させて様々な効果を得るという行為である。

 属性というのはその干渉のさせ易さを表しており、火・水・地・風という物に分かれる。その上でマナそのものを光、オドそのものを闇とも表すらしい。


 伝承では、勇者とはマナを自在に操るものとされている。なるほど、勇者は光と言われれば確かにそんなイメージが有る。

 なので召喚される勇者は殆どが、光属性への強い適合があるようだ。


 また、各属性を司る女神が存在しており、信仰の対象となっているという事だった。


 そして王様の言っていた「我が国にも勇者が」という話だが、他国も同様の儀式を既に行なっており、それぞれが召喚した勇者で協力して魔王軍と戦う手筈になっているとの事だった。

 大丈夫? そいつら喧嘩したりしない?


 また、召喚にはなにやら貴重な物を消費するようで、再度行なう事は出来ないらしい。

 つまりリセマラは無理だと言う事だ。


 やべぇじゃん俺、生きた外交問題じゃん。


 そんな貴重な枠を使ってしまった事を詫びようとしたら、王様は「気にしなくて良い、むしろこちらの都合で呼び出してしまった事の方を詫びねばならん」と言ってくれた。


 属性への適合もなく、戦闘力なんて当然持っている訳のない現代人の俺はどういう扱いになってしまうのだろうか。


 その疑問をぶつけたら、特例で三等市民として住む場所と身分は保証してもらえるとの事だった。職についても好きにして良いと言われた。

 それなら助かるには助かるが、逆に言えば国としてはそれ以上の関わりは持てないと言っているのに等しい。

 戦わざる者、食うべからずという事だな。物騒な世界だと思うが、現代日本が平和過ぎるのだろう。


 ついでに使用人を一人貸してもらえる事になった。その人は四等市民という身分らしい。それ以下の身分は無いとの事である。

 だがこの世界の事が全くわからない以上、これはとても有難い。

 うん、仲良く出来ればいいな。






 そんな感じで王城にていくつかの手続きを済ませた俺は、支給された家へと向かう事にした。俺に付けてくれた使用人、というのは既にそこに居るらしい。

 何も知らない俺の今後は、その人に懸かっていると言っても過言ではない。とりあえずは挨拶をしなければ。


 渡された地図を頼りに、これからの我が家となる場所へ向かう。


 ここは王都ラテオラとの事で、王城の周りには市街地が広がっているようだ。中央通りを進みつつ目に入ってくる建物はどれも石造りで立派な庭のあるもので、なるほど貴族達の家なのかもしれない。


 少し進むと商店が多くなりはじめ、行き交う人々に活気が溢れていた。軒先には見たことがないような物で溢れており、人々の服装も全く見慣れない。

 異世界に来てしまったという実感が嫌でも出て来る。


 衛兵のいる門をくぐった先には橋があり、その先には再び市街が広がっていた。こちらは旧市街地という事で、木造の建物が増えてきていた。

 ヴァンからは、時間が出来たら旧市街にあるギルドに寄れと言われていた。そこで身分証が貰える手筈になっているらしい。

 ギルドといえば冒険者を想像してしまうが、市役所みたいな機能もあるんだな。


 それならば、先にそっちに寄ろうか。

 俺のことを知ってる人間はまだ王城にしか居ない訳で、不審がられた時に何も証明出来ないのは困ってしまう。


 ギルドの建物は過去に王城として使っていた物を再利用しているらしい。

 家までのルートからそれほど離れておらず、しばらく歩いていると周りから少し浮くデザインをしている石造りの施設が見えてきた。王城並にでかいんじゃないか?


 中に入るとそこは多くの人がいて、勿論俺は着の身着のままで来たので、全員の注目を浴びてしまった。

 そりゃ、そうだよな。市役所に釣り竿を持ってライフジャケットを着て長靴の人間がいたら、なんだこいつはって思われるだろう。


 とりあえず空いているカウンターで受付のお姉さんに話し掛けてみる。


「えーっと、すみません。初めてなんですけど……」


「もしかしてそのお姿はマサユキ様ですか?」


 おお? もう話が伝わってるのか、すげぇな。現代も真っ青な情報伝達能力だ。

 これも魔法の力なんだろうか。知らんけど。


「そうです。王宮のヴァンさんから、ここで身分証が貰えると聞いて寄ったのですが……」


「はい、伺っております。冒険者登録の件ですね、少々お待ち下さい」


 待て、冒険者? まぁ、良いか。

 受付のお姉さんが奥に引っ込んでしまったので、とりあえず突っ立って待つしか無い。


 そうしていると、自然と周りの声が耳に入ってくる。


「おい、あんな鎧は見たことねえな……」

「あの得物はレイピアか? にしても長すぎねぇか? しかもしなやかだ……」

「馬鹿お前、ありゃ槍じゃねえの? しなやかだけど」

「盾……? なんで網がついてんだ? あれで武器を絡め取るのか?」


 まぁ、そういう反応になるよな。


「お待たせしました。こちらになります」


 戻って来たお姉さんに渡されたのは、鈍い色をしたペンダントみたいなものだった。


「これは?」


「銅貨級冒険者の証となります。自らの実力を示す物であるとともに、それぞれ街のギルド毎に形が違うため、所属を示すものでもあります。首から下げとくのが一般的で、楽ですよ」


「なるほど、じゃあこれで銅貨級の依頼が受けられたりって事ですか?」


「いえ、ちょっと違いますね。依頼にはその内容からギルドが判定した難易度はありますけど、それらが一致しなくても受諾は出来ますよ。まぁ、その結果について我々は関知しませんけどね」


 こわぁ。

 身の丈にあった仕事を選んでおいた方が良さそうだな。


「誰でも出来る依頼って、例えばどんなものがあるんですか?」


「そうですね……街の清掃活動はいつでも受け付けています。魔物の素材を得られたりはしませんが、一日分の生活費くらいは得られますよ。依頼主は国王名義ですので」


 街を歩いていてやけに清掃が行き届いていると思っていたが、そういう事か。

 福祉サービスとしての意味があるんだろうか。結構ちゃんとしてるな。


「依頼については、入り口横にある掲示板に張り出しています。各等級に分かれていますので、その中から見繕って受付にご提示頂ければ受注となります。ただ、採取系の依頼については受注は必要ありません。まずは採ってきて頂いて、ギルドに戻るまでに依頼の規定数に空きがあれば、こちらで納品を受けます。もし依頼の規定数に達してしまっていたら、少し買取価格は下がりますがギルドで買取もしていますよ」


「わかりました。また明日からお世話になると思いますので、宜しくお願いします」


 とりあえずこれで食っていく分には困ら無さそうだ。

 城を出る際にもいくらかの資金提供はしてくれたから、今日のところはその辺の露店でなにか買って腹ごしらえしておこう。

 ちなみに銀貨五枚を渡されたのだが、よくわからない串焼きを何本か試しに買ってみたら、お釣りが大銅貨九枚と小銅貨二枚だった。紙幣は無いようだ。


 そのまま地図通りに歩いていき、自宅とされる場所に辿り着いた。

 そこにあったのは旧市街の他の家と同様に、木造平屋の家だった。……雨風をロハで凌げるんだから、贅沢は言うまい。


 不安と期待の、異世界生活の始まりだった。


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