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Odd I's  作者: TEAM,IDR
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一章-6「新たなおもい」

「Odd I's」

第一章「機械の王国」

第9話「新たなおもい」

黄慈「ここが篠原さんのお家か…」


二人で階段を上がり、部屋の前に到着する。

少女はうつむいたまま、部屋の中に入ろうとしない。


黄慈「大丈夫。ぼくが必ず護るから。」


そう言ってインターホンを鳴らす。

ピンポーン

しかし、いつまで経っても出てくる気配がない。


ドアノブを回すと鍵は開いていた。

黄慈「…………」


黄慈は中の様子を見て顔をしかめる。

部屋の中は物が散乱しており、壁は傷だらけになっており、汚れや埃もそのままだった。


「よかった……」


部屋の中を見た少女はそうつぶやいた。


黄慈「良かった?…どうしてそう思うんだい?」

「…………だってもうたぶん帰ってこないから…。」

黄慈「どうしてそれが分かるんだい?」

「…昨日、出ていくって言ってたから……あの女ももう出て行ったと思う。だって鞄がないから………私なんかよりもずっと大切な鞄だから…はは…」


少女は無理につくった悲しい笑顔を見せる。


「…私……どうやって生きていけばいいんだろう……」


少女は遠くを見つめ、座り込む。 なんの光もない眼でどこでもない場所を見つめている。


黄慈「大丈夫。すべて良くなる時が必ずくる。辛いことだけが人生じゃない。」


少女の背中を優しく、そして力強くさすりながら声をかける。


黄慈「さて、今日はぼくの家に来なさい。お腹が空いたでしょう?辛い時は美味しい物を食べてぐっすり寝るのが一番いいからね! あまり得意ではないんだが、手料理をご馳走するよ。友達に料理が得意な人がいてね…」


二人は家を出て、車に乗り込む。

車内では黄慈が優しく、少女に語り掛ける。

料理の話や友人の話をしていた。 黄慈の家に着いた時、その話を思い出そうとしてもはっきりとは思い出せなかった。しかし、黄慈が楽しそうに友人の話をしていたこと、いつか幸せな時間がやってくると励ましていたことはなんとなく覚えていた少女であった。


黄慈「ここがぼくの家だよ。遠慮せずにあがって」



少女を風呂に入らせ、その間に学校、警察などに電話をかけ事情を話す。 通話と夕食の準備を同時進行で進めていく。


黄慈がお皿を並べていると少女が風呂からあがってきた。しかし、髪は濡れたままで水も滴っている。


黄慈「ふ……ずいぶんと濡れたままあがってきたね。髪を乾かしてあげる。こっちへおいで」


少女は黙ってついていき、ドライヤーをあてられる。

髪を乾かし、新しい包帯も巻き直す。


黄慈「もう少しでご飯ができるから、テレビでも見ながら待っていて。」


少女は何もしゃべらぬままソファでテレビを見始める。



数分後

黄慈「ご飯できたよー」


黄慈が作ったのはキノコの入ったクリームパスタとミネストローネ。白く美しいお皿に丁寧に盛りつけられた料理は部屋のオシャレな内装も相まって、まるで高級レストランに出てくるような食事であった。


食事の香りに誘われ近づいた少女は料理を目にすると目をキラキラと光らせた。

空腹で今にも飛びつきたい気持ちを抑えて椅子に座りじっとする少女。


黄慈「どうぞ、食べていいよ」


黄慈がそう言うと、はっと顔を上げて黄慈の顔を見た。そして、目の前の料理が食べていいものだと分かるやいなや物凄い勢いで食べ始めた。

ズルズルと音を立ててパスタとスープを喰らった。ソースを飛ばし、口元や服を汚しながら食べていく。


(温かい食事………美味しい………あれ?…美味しい…?いつもみたいに口に詰めているだけなのに…こんなにも美味しい……)


少女はボロボロと涙をこぼす。


「おいしい…!!…っ!…うっ……おいしいよぉ…!!」

黄慈「はは…そうか。こんなに喜んでもらえるとは思わなかったよ。よかったよかった。」


黄慈は優しく微笑みながら少女を見守った。

少女は終始涙を流し「おいしい、おいしい」とこぼしながら食事をした。





食事を摂ると少女はすぐに寝てしまった。

少女をベッドに運び、電気を消して部屋を出ると黄慈は電話をかけた。


星乃「はい、星乃です。」

黄慈「あぁ、もしもし?夜分遅くにすまないね」

星乃「黄慈さんが電話してくるなんてめずらしいわね。何かご用かしら?」

黄慈「あぁ。少し頼みたいことがあってね…」



次の日、少女は児童養護施設へと移住することになった。


黄慈「ここが、今日から君が住む場所だよ。綺麗でいいところだろう?」

「……うん。」

黄慈「ここの施設の会長さんとは長い付き合いがあってね。とてもいい人だから、るくちゃんもすぐに仲良くなれると思うよ。」

星乃「黄慈さん、ごきげんよう。」

黄慈「やぁ、直接会うのは久しぶりだね。」

星乃「そう?毎年お正月には会っているではありませんか。」

黄慈「そうだけど、もう半年以上経っているからね。」

星乃「…確かに言われてみれば少し間があいているかもしれませんわね。年をとると時が経つのが本当に早いですわ。ついこの間会っていたような感覚でしたわ。年はとりたくないものですわね…」

黄慈「はははっ…会長ともなると毎日忙しそうだし、あっという間に時間が経ちそうだね。」

星乃「そうですわね。最近また新しいプロジェクトも始めまして…っと、こんな話をしている場合じゃありませんでしたわね。…その子が例の子ですの?」

黄慈「そうなんだ。挨拶できる?」


黄慈の後ろに少し隠れるように立っていた少女は緊張しながらも、少し体を出して挨拶をした。


「…初めまして……るくです……よろしくお願いします…。」

星乃「初めまして。わたくしの名前は星乃ほしの あいといいますわ。」


藍は膝をつき、少女に目線を合わせる。そしてじっと眼を見つめた。


藍「あなた、とても綺麗な眼をしていますわね…でも、そのせいで大変な想いをしてきたことでしょう…。その傷は自分でつけたのかしら?」


藍が優しく少女の顔に触れる。

少女はコクリとうなづく。


藍「そう…。残念だけど、人間の心というのは一度傷ついたら治すのは難しいわ。あなたの傷はそうとう深いものでしょう。もう治らないかもしれないわ。」

「…………」

藍「でも、勘違いしちゃ駄目よ。傷が小さくなったり、別の何かで埋まったりすることもある……。そのままにして傷を『形』にしてもいいのよ。その眼をどうするのかはあなた次第よ。あなただけの心の在り方を見つけなさい。それを見つけるためならいくらでも力を貸すわ。もうあなたは、わたくしの家族同然よ。遠慮せずに頼りなさい。返事は?」

「は…はい…」

藍「うん、よろしい。さ、そしたらまずは施設の案内からですわね。西墨さん?」

西墨「はい。」

藍「この子を案内してあげて。わたくしはこの方と諸々の手続きを進めますわ。」

西墨「はい、かしこまりました。」

藍「黄慈さんはこちらへ」

黄慈「あぁ。じゃあ行ってくるから色々見ておいで。」

「…わかった…」

藍「ところで、相変わらず紅茶は好きなままなのかしら?」

黄慈「もちろん。今でも大好きさ。」

藍「それは良かったですわ。つい最近よい茶葉が手に入りましたのよ…」



西墨という少し老けた女性職員が施設を案内する。

西墨「ここが篠原さんの部屋だよ。篠原さんは相部屋みたいだね。」

部屋の前に連れられる。職員が扉をノックすると「は~い」という声がして扉が開いた。

出てきたのはブラックとピンクのオッドアイを持った女性だった。

西墨「相部屋の子、連れてきたよ。」

「あ~!こんにちは、待ってたよ~。ごめんね、私も来たばかりで部屋が汚くて…。今日来るって聞いたから急いで片付けてたんだけど、あんまり進んでなくって…あぁ~あの~片付けてると他のことが気になっちゃったり、懐かしい物が出てくると手が止まっちゃったりでね…あっ!自己紹介してなかった、私の名前は……」

女性は緊張しながらいろいろと話していたが、少女の頭には入ってこなかった。部屋や施設、そこにいる人たちを見てこれからの生活のことを考えていたからだ。そして一番の問題は………………

「…あなたのお名前は?」

「…………」

西墨「ほら、お名前…言える?」

「あっ……名前…………」

「?」

「………る……るくです………」

「るくちゃんか~!可愛いお名前だね!」

西墨「そうなのよ~なかなかいないわよね~。あっ、そうだ、表札のお名前も追加しておかないとだわ。それじゃあ私は他のお仕事があるから。あとのことは頼んでいいかしら?いろいろ教えてあげて」

「はい!任せてください」

西墨「ふふ…それじゃあゆっくり休みなさいね。分からないことがあったら聞くのよ?またね。」

「は…はい…」

パタンと閉まる扉。

「あらためて、これからよろしくね!」

お姉さんと握手を交わし、新しい生活が始まった。



「新しく家族になった篠原、るくちゃんです!皆仲良くしてね~」

皆の前で紹介される

「篠原さん」

職員に呼ばれる

「しのはらさん」 「篠原ちゃん?」

同じ施設に住む子に呼ばれる。

「名前…なんだっけ……あぁるくか…上の名前は?」 「るくちゃん」 「るくちゃんってあだ名とかないの?…あはっ!くるちゃんか~いいね!」 「くるちゃ~ん!」 「くるちゃん」 「るくちゃん」 「篠原さん」 「篠原さ~ん!」 「る~くちゃん」

いろんな人に何度も名前を呼ばれる…


るくちゃんるくちゃんるくちゃん篠原さんるくちゃんくるちゃん篠原さん篠原さん篠原さん…………





何度も自己紹介し、何度も何度も名前を呼ばれた記憶がよみがえる。そして、学校に提出する書類への記名の手が止まる。

藍「? どうしたのかしら?何か分からないことがある?」

「…………私は……誰なんですか………」

藍「……どういうことかしら?」

「………この名前は…私のものなんですか……」

藍「……自分のものじゃないとでも言いたいの?」

「…………誰が決めたんですか……こんな名前……」

藍「そりゃ、あなたの親でしょう…」

「…あんな奴らが決めたものを…なんで使わなきゃいけないんですか?」


少女はまっすぐ藍の眼を見る。


藍「………使いたくないのかしら?自分の名前が気に入らないの?」

「…………いえ……その………なんていうか……………」

少女は考える。

「…このペンには[ペン]という名前がついてる………他の言語で違う言い方をしても[ペン]という意味が含まれる…[ペン]という名前はペンを表している。でもこの名前はなに…?私のことを言い表してなんかない…!……たとえ違う言い方が出来たとしても[ペン]はペンという言葉じゃなきゃいけなかった。その役割、意味を持たせる単語じゃないといけない…!」

藍「…ふぅん……」

「……私のこの名前は…私を言い表せていない…。……本当の私の姿はこんな名前じゃ言い表せられない!“名前にはそのモノの魂を表す力があるんです!”」

藍「…………」

「私は…あんなクズから受け継いだ名前なんて使いたくない!私は…私は、自分の本当の名前を手に入れたい!!」

藍「………改名したいということ?…出来るかどうかはおいておいて、どんな名前にしたいのかしら?」

「……それは………」


その時、ノックの音がし、「失礼するよ」という声と共に、黄慈が入ってきた。


黄慈「学校に渡す書類を取りにきたんだけど…まだ書いている途中だったかな?」

藍「ええ、そうよ。この子が自分の名前を書きたがらなくてね。」


少女は黄慈を見て、眼を丸く輝かせた。

(…これだ…!!この人だ!私を変えてくれたのは…。私を深い闇から救い出してくれた人……。私は…この人のようになりたい…。この人なら…この人の名前なら……)


「黄慈さん!!あなたの名前を、私にください!!!」

黄慈「えっ!?」

藍「!!」

黄慈「いきなりだね……どうしてそう思ったのかな?」

「…………私はっ!あんなやつらから貰った名前なんていりません!あんな…あんな!たった一人の娘も愛せず、自分勝手な行動をし続けた、あの女の穢れた名前も…!!!暴力でしか自分を表現できない憐れな小物の、醜い名前もいらない!!! あんなクズの名前を語るくらいなら死んだほうがマシです!!! 私は…私の人生を生きたい!あんな惨めで哀しい人生を送るために私は生まれてきたんじゃない!!」


これまでの出来事がフラッシュバックする。苦悶の表情で顔を歪めながら語る。ついには土下座までして懇願する。


「お願いします!! 黄慈さんの苗字を私にください!!!初めて会った私のことを助けてくれた貴方の…貴方の、誇り高い苗字を、私にも分けてください!! 私は! “私になりたいんです!!” あんなゴミカスどもの子としての人生の続きではなく!!私の!私だけの人生を歩むチャンスをください!!!おねがいしますううううう!!!!」

藍「……黄慈さん、そうとう気に入られているみたいですわね。貴方の苗字なら、この子は納得するみたいですわよ?」

黄慈「う~ん…そうは言われても……」

藍「……黄慈さんの養子、ということでしたら改名できないこともありませんわ。」

「!! 変えられるんですか!?」

黄慈「! ちょっと待ってよ!?二人とも、本気で言っているの!?」

「………私は…本気です…!」

藍「わたくしは半分くらいね…。でも、この子は本気でしてよ。このままだと、一生名前を書かないのではありませんか?」

黄慈「だからって……」

藍「…名前を言ったり、書いたりする行為がこの先何度あるのか…。きっと100や200では到底足りませんわ。この子はその度に心を痛めるのよ。そして自分を穢していく。 わたくし、名前というのは己の形を表すものだと思っておりますわ。この子が今後、この名前を使っていったら、この子はどんどんと名前の形に変わってしまう…。この子が感じているように、子に愛を注げないような…そんな名前の子になってしまう。 自己暗示のようなものですわ。この子は名前を言う度に、自分に呪いをかけることになるのです。」

黄慈「…………」

藍「わたくし達にあの子が救えますか?あの子の心の深い傷を癒せますか?」


藍は黄慈を見つめて問いかける。


藍「わたくし達に出来るのは子供たちを導くことだけ。変わるための手助けをしてあげることだけですわ。本当に報われ、救われるためにはその子自身が変わらなければならないなんてことは貴方もよく理解できるでしょう?」

黄慈「…………」

藍「あの子は変わろうとしています。誰のものでもない、自分だけの生き方をしようとしてますわ……そのために、わたくし達にできることがあるのならどんなことでもやってあげたいではありませんか……」

黄慈「……自分だけの生き方…か………」


黄慈は少女の方へ視線を向ける。そしてしばらく考えてからソファへ座り、対面で話をした。


黄慈「…ぼくは教師としての道を選び、たくさんの生徒を幸福へ導きたいと思って生きている。もちろん君もそのうちの一人だ。ぼくにとって大切な生徒で、幸せになってほしいと願っている。…でも、君を幸せにするのは難しいことだ。ぼくが知っているだけでも、とても辛い出来事があった。身体だけではなく、心にも大きな傷を負ってしまっている。…それを癒すためにはどうするのが良いのか…君がどうしたいのかはよく分かった………でも、一人の大人としてそんな無責任で軽率なことはできない。」

「……………」

黄慈「……ぼくが未熟なばっかりに、教師として…なんて声をかけたらいいのか…どうすれば君を他の方法で幸せに導けるのかも分からない…。それらの立場を踏まえたうえで、『ぼく』が導き出した答えが一つある。それは……一つの約束だ…。」

藍「約束?」

黄慈「…この約束が出来るならぼくは君を養子にとってもいい。当然、苗字をあげるということだけじゃない。新しい親として、しっかりと責任は取る。教師と親の立場で君が幸せになるよう尽力する。」

「……私の人生を手に入れるためだったらなんだってやります!…約束って…なんですか…?」

黄慈「…それは………」




 黄慈の言う『約束』とはなんなのだろうか。その言葉の意味、本質とは……

次回『魂に名を示す戦士』 新たな想いと共に、少女はたたかう。


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