三章-2「奇跡なんて無い」
「Odd I's」
第三章「悪の力」
第27話「奇跡なんて無い」
「……はっ!!」
少女は見知らぬベッドの上で目を覚ました。
辺りを見渡すとまず、暖炉に目が行った。
パチパチと薪が燃えており、コーヒーケトルが火にかかっている。
壁際には謎の植物が瓶詰されていたり、植木鉢に植えられたりしていた。他にも、壁に作られた本棚にはいかにも魔導書ですと言わんばかりの本が置かれていた。
(魔女の家だ……!)
ただ、魔女本人の姿は見当たらない。どうしたもんかと考えていると
??「お?ようやく目が覚めたかね?」
ビクッ!
声の主を必死に探すと
??「ここだよ、こっこ!」 ムクリ!
机の上にあった人形が体を起こす
「……っ!!………しゃべるお人形さんだ!!」
??「っはっはっは!どうだ、珍しいだろう」
ピョン! ……タッタッタ…… ピョン、ヨジヨジ……
机から飛び降り、娘が寝ていたベッドに上がってきた。
??「さて…君はどうしてここに来たのかな?」
「…!……わたし、魔女を探しに来たんです!」
??「ほう…」
「絵本で見たの…魔女さんは魔法の杖を持っていて、どんな願いも叶える力を持ってるって……」
??「あー…やっぱりお嬢ちゃんも魔女の力が目当てか…。ここにくるような輩は二種類しかいない。いたずらをしに来たヤツか、魔女の力を利用しようとするヤツだ。魔女はそんな輩が大っ嫌いだからね…君も早く帰った方が良い」
「そんな……でも……絶対に、絶対に願いを叶えてもらいたいの!お人形さん、お願い…なんとかして……」
娘は人形を抱き上げて、瞳を潤ませて頼む。
??「う~ん……いくら可愛いお嬢ちゃんの頼みでもなぁ…どうなるか………」
人形が考え込むと、ケトルのお湯が沸く音がし始めた。
??「あっ!まずいですよ!もうすぐ魔女が帰ってくる!機嫌を損ねる前に早く帰らないと!」
「…いや!せっかくここまで来たんだもん!絶対にお願い聞いてもらう!」
??「だめだね~、昨日も変なヤツらが入ってきて庭が荒らされて今、機嫌が悪いんだよ!ここに連れてきたのも使い魔だし…」
バタン!
「「っ!!」」
二人が話していると、扉が開く。
黒いローブで全身を覆っている。が、不気味なのはそれだけではない。不思議なオーラが周りを漂っているのだ。
紫色の煙のようなものが魔女の身体全体を漂っている。特にフードの中は一際濃くなっており、顔は全く見えない。
娘は驚きのあまり、視線以外が動かない。
人形は娘に口を抑えられて黙っている。
ゴト…ゴト…ゴト…
と、重たいブーツのような足音を響かせて暖炉へ向かう。
ケトルを手に取り、何やら道具を取り出し準備を始めた…
ゴリゴリゴリ…と豆を挽き
パサ……サラサラ……コポコポ……と、ドリッパーにお湯を注いだ
チョボチョボ……とゆっくりとコーヒーが抽出される。
次のお湯を注ぐまでの時間を待っている間に、魔女が話しかけてくる。
魔女「…短時間でずいぶん仲良くなったんだねぇ…」
??「へ…へい……」
魔女「…あたしは目が覚めたら帰らせろって言ったはずだけど…??」
声色で怒っているのが分かる。
娘はガタガタと震える
魔女「…………はぁ~…まぁいっか……君、名前は?コーヒー飲む?」
娘は絵本の内容を思い出し、恐ろしくなって首を横に振る
魔女「いらない?そっか…まぁお子様には苦いもんね……」
コト………コポコポ………
マグカップにコーヒーを注ぎ、椅子に座って飲む。
魔女「…お嬢ちゃんは、ここに何しに来たの?道にでも迷った?」
絵本の魔女も怖く描かれていたが、実際に目の当たりにした魔女はもっと怖いと感じていた。
普段の生活で見かけることのない、不思議なオーラ…異質な見た目…それに合わない女性の声……何もかもが不気味であった。
だが、そんな恐怖に押し潰されそうになっても両親のことを思い出し、必死の想いで声を振り絞る。
「…ま……まじょに……まじょさんに……願い事……叶えて欲しくて…………」
魔女「願い事…?どういうこと?」
??「絵本で見たんだって。魔女は魔法の杖を持っていて願いを叶えてくれる…ってね」
魔女「ふ~ん……魔法の杖なんて持ってないけど…」
「…!!?………え………」
魔女「そんな神様みたいなことできるわけないでしょ。さ、早く帰りな。ここは子供一人で来るような所じゃないよ。お父さんとお母さんが心配してるよ」
魔女が突き放すように言うと、娘は泣き出してしまった。
??「泣かな~い~で!」
魔女「アンシィ!ちょっとこっち来なさい!」
呼ばれて人形が魔女に近づく
魔女「ちょっと、どうすんのよこれ……」
アンシィ「そんなこと言っても仕方ないね…。あの子、もしかしたら迷って来たとか、からかうために来たとかじゃなくて、何か深い理由があってきたんとちゃうんか?みどりちゃんも…機嫌悪いのは分かるけど、この子はなんも悪いことしとらんで…てか、いつまでその状態でいるんや!」
みどり「…最近の子は何でもすぐに写真撮るからさぁ…どうせSNSに上げるんだよ、魔女特定しましたっつって」
アンシィ「疑心暗鬼になってんなぁ…まぁ、顔出しNGなんは分かった。そのままでいいから話聞いてみなって」
みどり「…分かったよ……」
みどり「ねぇお嬢ちゃん?お嬢ちゃんは魔女に、何をお願いするつもりだったの?」
みどりがそう訊ねると、泣きながらゆっくりと語り始めた。
「ママが……病気なの……一週間くらい前から急に具合が悪くなって…お医者さんに行っても全然治らなくってぇ……このままだとママ死んじゃう……うぅ…うわあああああん!!!」
みどり「……………」
みどりはしばらく黙り込む。
アンシィ「…なぁ…この子もせっかく怖い思いしてここまで来たんやから、何かしてあげられへん…?」
みどり「……………」
みどりは立ち上がり、アンシィを「ぽいっ」と娘に投げる。
みどり「あんたが責任持ってこの子を家まで送ってあげな。」
アンシィ「えぇぇ!?」
みどり「お嬢ちゃん」
「…?」
みどり「お医者さんでも治せないような病気を治すだなんて奇跡をただでやってもらおうと思っていたの?」
「お金ならっ…わたしの全部上げるから…!」
小さい財布をリュックから取り出す
みどり「…足りないって言ったら…?貴方はお母さんのためにどこまで捧げられるのかしら?」
「……なにがほしいの…?」
みどり「…ん~~そうね~……じゃあ、魔女の研究には欠かせない眼を!もらおうかねぇ…」
みどりは闇に覆われた顔を娘に近づける。
娘は一瞬躊躇うが…
「…わかった、わたしのお目め…あげる。だからママを治して…!」
みどり「もちろん両目をもらうよ?わかってんのかい?もうこれから一生、何も見れなくなるんだよ?大好きなママもパパも友達も、楽しみにしていた映画も見られなくなるんだよ?」
「……いい……それでもいい……ママが傍に居てくれるならそれでいいもん!」
みどり「………そうかい……でもまだ足りないねぇ…両目だけじゃ足りない。…その腕…両腕ももらえるんなら考えてやってもいいよ…」
アンシィ「えっそれは……」
「うで………」
流石に少し考える。だが…
「…わかった…うでもあげる……だから……」
みどり「正気かい!?腕が無くなって、何も見えなくなったらどれだけ生活に困るか分かってるのかい?自分で歯もみがけない、服も着れない、食べることだってできなくなるんだよ?」
「……それでも……ママがいなくなるよりいい…!!」
みどり「……………………………そうかい…。でも、駄目だ。」
「えっ!?」
みどり「対価を払えばやるってわけじゃないよ。それに、さっきも言ったでしょ?お医者さんに出来ないようなことを、魔女が出来るわけないでしょ。魔法の杖なんて無いし。」
「…そ……そんなぁ………」
娘は再び泣き出す
みどり「魔女の家に踏み込んで生きて帰れるだけありがたいと思いなさい…。この世にそんな都合のいい奇跡なんて無いのよ……」
ボワァアアアアア……!!
視界の全てが闇に包まれる…
気が付くとそこは魔女のいる森から最も近いバス停だった。
アンシィ「ごめんなぁ…力になれなくて……み…魔女は…ホントはいつもあんなんじゃないんやけどなぁ……」
「………いいよ………」
娘は一言だけ返事をし帰路へ着いた
*
日が沈みかけ、部活終わりの学生や、仕事終わりのサラリーマン、遊んでいた子どもたちが帰宅する時間になった。
なんてことはない一日が終わりかけ、また明日も同じように生きられると疑うことすらしない人々…
そんな人々の往来を横目に、うつむきながら歩く娘
(………どうしてこんなにも不幸なのだろう…………いいなぁ……何にも悩んでなさそうで………いいなぁ……お母さんが元気で………いいなぁ……笑顔になれて………)
「っ!!……こんなっ…!……こんなの…ひどいよ………!」
涙をこらえ、握りこぶしをぎゅっと握りしめて呟く
バスを乗り継ぎ、村へと帰る。
バスの車内で見る人達も…
バスを降りてから見る灯りのついた家も…
ただそこに生えているだけの草花でさえ……
「羨ましい………」
暗くなった夜道を歩く
家はすぐそこだが、帰る気分にはなれない。どうせ帰ってもあの時の楽しい日常は無いのだから…
近くの公園のブランコに座る
「…………………………」
アンシィ「……なぁ嬢ちゃん、今日はもう疲れたやろ?」
「………………」
アンシィ「…辛いのは分かるけど…こんな時間に外におったら危ないで……お父さんは家におるんやろ?」
「………………」
アンシィ「………………」
「…どうして…ママばっかりなんだろう………」
アンシィ「ん?」
「…ママ…ずっと体が弱かったんだって……わたしを産んだ時もすごく大変だったってお父さん言ってた………どうしてママの体だけ他の人に比べて弱いの…?どうしてママだけ辛い思いをしないといけないの?どうしてあんなに優しいママが死ななきゃいけないの?」
娘は手で顔を覆う。
でも、その手からは大量の涙がこぼれ落ちてくる。
「ずるいよ……ずるいよみんな……他の人ばっかり幸せになって……ママはちっとも幸せになれてない…!こんなのないよ……あんまりだよぉ……!…うぅ……うぅぅ………ぐすっ……」
アンシィ「………………」
娘は泣き続けた。
どうにもならない悔しさと妬ましさを抱いて…
その後、とうとう疲れて眠ってしまったが、アンシィが父親を呼び、抱きかかえられて帰宅した。
そして娘は深い眠りについた。
*
その日の夜…
みどり「ここがお嬢ちゃんのお家かぁ……意外と近いね…ま、こんくらい近くないと来られないか……」
空からスーッと降下し、屋根をすり抜けて娘の部屋に入る。
みどり「アンシィ」
アンシィ「ふぁ!?」
みどり「この家、気に入った?」
アンシィ「……何考えとるんや……」
みどり「帰るんなら連れてくけど、ここに居たいならそれでもいいよ♪」
アンシィ「……なら…この子が心配やからもうしばらくここにおるわ…」
みどり「そ、じゃあよろしくね」
アンシィ「あ、ちょっ!どこいくねーん!」
家の床や壁、鞄をすり抜けて診察券を見つける。
みどり「ここかぁ……」
*
集中治療の個室で寝ている母親
母「…………?」
気が付くとそこには真っ黒なローブに包まれ、紫色のオーラがだだ洩れている謎の人物が音もなく入っていた。
母「……だれ…?」
みどり「死神~♪」
*
魔女ごっこをしたり、死神ごっこをしたりと忙しいみどり。
この状況を楽しんでいるようだ。
娘を試すような真似をして、娘に隠れて治療しようとしているみどり。これは彼女の気まぐれなのか、それとも何か意味があるのか…
次回『…と思った?なんちゃって…!』