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自分の事を兄だと慕ってくれる無口系箱入り娘(物理)を、闇の沼底から救い出せ! ~留年、回避、ゼッタイ!~  作者: true177
6日目

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026 虚無ゲーム大会

 親が一風変わった人物なら、子供も少なからず影響を受けて育つ。久慈家は、ジャングルと雪原が交互に現れる魔境となっていた。


 異常気象が通常の天気に置き換わった地で、彩が持ちだしてきた格闘ゲーム。まともなクオリティを期待した陽介が馬鹿だった。


「……メニューが、少ない……。これ、何円で買って来たんだよ?」

「……お札……、一枚……」


 上下に人を創造しなかったおじさんか、銀行をどうにかこうにかしたおじさんか。財布の紐が恐怖で震えている。名誉棄損に怯まず突き進むと、このゲームは俗にいう『クソゲー』である。


 大体のゲームには、一人でも楽しめるようなコンテンツが盛り込まれている。カップル以上前提のゲームなど、現実生活が充実していない輩が黙ってはいない。需要が無いところに供給をするのは、飲み水をどぶ川に捨てているようなものだ。


 テレビに映っている選択画面は、実に単純。ど真ん中に一つ、『対戦』が躍っているだけだ。一人遊びモードはおろか、歯車のアイコンも見当たらない。日本の一部では、『対戦』と書いて『せってい』と読むのだろうか。それはそれで、ゲームを名乗ってはいけない金属ゴミになってしまうのだが。


 ……これなら、ネットで見つけたミニゲームと大差ないだろ……。


 このソフトは、店頭に並んでちびっ子の夢を吸い取っている。クリスマスプレゼントに選んでまで買ってもらったゲームソフトは、プログラミング初心者のそれを下回っているのだ。返品交換も断られ、正月の朝は後悔の嗚咽から始まる。


「……一応、聞くけど……。これ、普段どうしてるんだ?」


 休日の私的時間でも、このタイプのゲームは太刀打ちできない。保護を取っ払って、プログラムを改変でもしない限りは音の出るガラクタのままだ。ゲーム会社に直訴して、一から作ってもらう方がまだ早い。


 憶測の飛び交う混乱した目で見た彩は、混じりっ気のない目線をテレビに向けていた。肩を右に左に揺らして、空想のリズムに乗っていた。


「……やってない……」


 そこはかとなく、この地雷に白羽の矢が立った理由が可視化されてきた。誘爆で大けがを負う危険性のある時代遅れの武器を、なぜ掘り出したのか。労力がかかる割に、効果が薄い。


 ……他に、まともなゲームが無かったんだろうなぁ……。


 彼女の手持ちのカードは、貧弱なものばかりだったのだ。お助けアイテムで埋め尽くされていて、攻撃カードが一つも無い。加速ポーションを使ったとしても、攻撃手段を持ち合わせていないのではいつか倒されてしまう。


 目をつぶって、祈るように引いた一枚の武器。それが、すぐにでも転売されそうな星1のコレだったのだ。レストランの階級なら、どれほど良かっただろうか。


 必殺技で隠しているアニメ系のソフトは、大一番で繰り出せなかった。他人を煽ってきた今までの行いが、丸ごと返ってくるリスクを背負ってまで発動はしたくなかったのだろう。


 彩が主戦場としていたのは、お天道様が暖かい眼差しで見守る外。涼風に吹かれて額に汗を浮かべる彼女は、もう一年以上前にもなる。


 平気で草むらにも入り込み、肌を汚して帰ってくる。昆虫類は苦手だったが、森林が提供した新鮮な空気を追い求めて深くまで足を運んでいた。


 ……またいつか、一緒に行こうな。


 言葉に出来ない呼びかけを、彩にかける。一刻も早く、光よりも速く声にして出したい。


 画面がすすんでいくと、不意に戦闘画面が出現した。やる気の無いタイルが背景で、グラフィックもイマイチ。人件費を削った末路なのだろうか、およそ企業作品として売り出してはいけない完成度になってしまっている。


「これ、ちゃんと遊べるのか……? 手探りでやってみないと、どうしようもなさそうだけどさ……」

「……どう、遊ぶの……?」


 音声が、後付けで流れてきた。彩の唇の動きが、アイドル特有の口パクに思えた。


 機械音声の棒読みで、無計画を悟った。彩は、普段使う機会が無いという一点張りでこのソフトを引っ張り出してきたのだ。


 操作ガイドも、チュートリアルも、一切なし。素っ裸で、原始の地へと投げ出された。


 画面に表示されたキャラクターは、一体だけ。対戦と銘打っておいて、満足な絵柄も用意出来なかったのか。経費を節約するにしても、詰めてはいけないところまでカットされているのは心証が悪い。星1レビュー第一号は、決まった。


 ぼんやりしていては、生産性の極めて低い時間を垂れ流してしまう。試しに、十字キーを弄ってみた。


 ……なんだこれ。


 僅かに集中力を保持していた好奇心が、濁流に押し流されて消えた。


 どこからともなくレーザービームが画面全体を塗りつぶし、『2P勝利!』のテロップ。脱力する字体にした理由は、こちらが聞きたい。


「……負けた……! ……もう一回……!」

「二度とするかこんなゲーム」


 負けず嫌い精神全開の妹分関係なしに、陽介はコントローラーを手から離した。床に投げつけなかったのは、コントローラーに罪は無いからだ。ストレスをものに八つ当たりしても、傷害罪で訴えられるデメリットしか生まない。


 根気強く粘った結果が、この仕打ち。天から静観している神様も、三乗を見かねて助け船を漕ぎ出してくれないのだろうか。今日一日に限り、陽介は宗教を信仰してもいい。


 初期画面に戻った件のゲームを攻略しようと、彩はコントローラーのボタンを同時押ししている。馬鹿の一つ覚えでレーザービームが出る以外に、何の変哲も無い。


 ……このままおいとましようとしたら、彩はどうするかな?


 悪戯負債を、彼女はしょっている。お年玉の預金通帳には記載されない精神マネーが、マイナスとなって降り積もっているのだ。


 取り立て者は、散々クリーンヒットされてきた陽介。黒サングラスの怖いお兄さんに売り渡す手もあったが、手を血に染めたくは無かった。


 彼女は、引き留めてくるに違いない。もしそうで無ければ、彩は陽介を勉強用に呼び出さない。


 まだ、彩はゲーム機両手に悪戦苦闘している。窓の外から来るカラオケの雑音もシャットアウトして、意識をテレビ画面に移植させていた。


 勉強用具は拾っていないままなので、いつもの彼女ならフリに気付くはず。テストをするにはうってつけの状況だ。


「……もう、帰ろうかな……。こんなゲームやらされて、体がもたない……」


 体力が削れているのは事実で、それもこれも彩をピラミッドの頂点に持ってこようとしている故である。『よく眠れるよ』と薬を勧められれば、買ってしまいそうだ。


 背後は気にせず、玄関へと向かう。五月の初めにしては蒸し暑く、活力が奪われる。ちびっ子が公園の芝生を走り回る姿を傍観していると、高校生も年寄りだと実感させられる。


 素っ頓狂な悲鳴は、一向に聞こえてこない。親友を超越した異性が立ち去ろうとしているのに、声の一つも上がらない。


 玄関の鍵を開け、半身を外に出してみる。人通りは全くなく、空疎な住宅街の光景がどこまでも広がっていた。隕石が落ちた痕跡も、化石が発掘された様子も見当たらない。


 ……つまらないなぁ……。


 廊下を眺めてみても、不思議ちゃんは追いかけてこなかった。居間から時折聞こえてくる彩の呟きが、意図せず漏れている。


 陽介がちゃぶ台をひっくり返して驚かす手筈になっていたのだが、獲物が網にかかってくれない。見え見えのエサには目もくれず、悠々自適な生活を営んでいるのだ。


 大人しく部屋に出戻りする手もある。してやったり顔で待ち構えていた彩に咎められるのか、ゲームに夢中で気付かれてすらいないのか……。後者だった時の傷は癒えなさそうだ。


「……本当に、帰るからな! 知らないぞー」


 煽って誘い出そうとするが、強風でも断固として動かない岩には望み薄。むしろ、陽介側が焦らされている。これでは、何のために帰るフリをしたのか分からない。


 ……今更戻りたくないなぁ……。


 踏むタイルを使い果たし、前方へ行く手段は残されていない。後ろには洪水でうなりをあげる川、前面には断崖絶壁。いくら義経でも、九十度の坂を下るのは無理だ。人々はそれを自由落下と言う。


 彩のつり出しを諦め、玄関の扉を向いて目を閉じた。お迎えがやってくるまで、セルフ刑務所で禁固刑だ。


 幼い頃から交流してきた、近所の女の子。日本語では表せない、特別な絆が芽生えている。日本が滅ぶ選択肢を取ってでも、彩との空間を守るつもりだ。


 陽介と彩は、客観視してどうなるのだろう。バカップルという言葉は両想いのモジモジ男女に使われるべきであり、家族のような間柄に使うべきではない。


 ……幼馴染、は使いたくないな……。


 『幼馴染』でまとめてしまうと、巷で量産されたラブコメの関係になってしまうように感じる。腐った縁でも、付き合いがほとんど無くとも、全てを幼馴染と呼称する。


 感情抜きには判別できない、何とも言えない関係でありたいのだ。他人によって格付けをされたその時は、彼女との付き合いが疎遠になった時だ。


「……待った……?」


 ふっくら柔らかいシートベルトが装着されたのは、突然だった。角が削られて丸くなったこの声は、間違いなく彩のものだ。


「……好き……、なんだ……」


 背中から忍び寄ってきた、夢見心地の少女。陽介の胴体は、彼女に包まれていた。


 縛り上げるのではない、ゆとりのある抱きしめ加減。命綱としては不十分で、頭から真っ逆さまに墜落することは免れそうにない。


 感覚として伝わってくる、後ろに当たるもの。緩い繋がりで、陽介と彩は結ばれている。


 目をつぶったままなのだが、桃色の湧き水がこみ上がってくる様子を捉えた。入浴剤が溶けた適温の風呂に、首から先を残して全身入り浸っている。


 氷の印象しかなかった彩。薄着のTシャツで後ろからハグされているのに、羽毛に包まれた錯覚を皮膚がする。高温で細胞がグチャグチャになって、大気へと流出していった。


 閉じられた視界に、刹那の閃光が灯った。内臓が浮き上がって、血液も下から上へと逆流した。


 ……なんだ、今の……。


 心臓が口から飛び出そうになった感触が、胃に残っている。軽食を口に入れていれば、ここで吐瀉物に変身していただろう。


 意識は鮮明で、彩の抱きつきも続いている。男子の空想の範疇から飛び出した現実世界なのだ、と気づかされた。


 防御結界が張られていた、陽介の身の回り。瞑想で効果が途切れた合間に、彩が飛び込んできた。


 これまで、彩は受動的で甘えたがりの女の子だった。放課後の勉強自体も陽介が提案したもので、彼女から積極的に行動したことは無かったはずだ。


「……陽介の、……頑固なところも……ね」


 『好き』は、告白では無かった。脈絡が無くて疑心暗鬼だった側面はあれど、仮説が否定されてしまうのは一種の物悲しさを覚える。


 ……一瞬、告白かと思っちゃったじゃないかよ……。


 心の鼓動がここまではっきり聞こえたのは、今日が初めてだ。

※毎日連載です。内部進行完結済みです。


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