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自分の事を兄だと慕ってくれる無口系箱入り娘(物理)を、闇の沼底から救い出せ! ~留年、回避、ゼッタイ!~  作者: true177
4日目

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022 効率と意味

 振り返ってみれば、彩は脱力してベッドにもたれかかっていた。勉強が一切手に付かず、放心状態で陽介を迎え入れたのである。彼女の心が不穏な警笛を鳴らしているのは、見た瞬間に感じ取れた。


 泥沼な雰囲気を吹き飛ばそうと、解決の糸口を探していた矢先に見つかったのが、ベッド横に転がっていたBB弾だった。ここから話を伸ばし、彩の気を紛らわせようとしていたのだ。


 ……何がきっかけで、ぶり返すかは分からないしな……。


 彩の問題は、何一つ解決できていない。後回しにして会話の最中で自然治癒を狙ったのであり、不安を消滅させられはしなかった。ネガティブな出来事のはずみで、『留年』の二文字が想起されても不思議ではない。


 切羽詰まった以上、もう時程を後ろへズラすことは出来なくなった。真っ向勝負で、彼女を怯ませる邪悪な霊を追っ払うだけだ。


「……真っすぐ……、行かない……。頑張っても……、留年……」


 気をしっかり保っていないと、すぐに口を出してしまいそうになる。熱血漢の教師は、皆まで生徒が吐き出す前に場当たり的なツッコミをいれてしまうだろう。


 その意見が正論だったところで、歪んだ人の心には雑音で届く。耳障りな音は、脳がカットして聞こえなくなる。それどころか、耳を塞いでしまう原因にもなりかねない。昔からの親友だとしても、それは変わらない。


 彩がアクセルを踏みっぱなしで直線道路を走っている。サイレンを唸らせて追跡することはせず、陽介は上空で見守る。


「効率……、悪い……。行く意味……、分からない……」


 彼女の心の打ち込まれた楔は、副産物を作り出してしまった。虚弱体質やまどろんだ目もそうだが、高校への価値観も変化させてしまった。


 彩は、引きこもりを正当化する理由付けをしている。親玉はもちろん『トラウマ』で、解決しようとした人たちは、全員手こずって諦めた。


 ……それは、目の前しか見えて無かったから……。


 親玉の手下には、雑魚キャラが山ほどいる。数多いる中ボスや強敵を掃除してからでないと、ラスボスの討伐は極めて難しくなる。手下が全員駆けつけることで、振った剣の切っ先が届かなくなるのだ。


 陽介とて、入れるものならラストダンジョンに入り込みたい。が、その前に不安要素を全て片付けるのが先決と見たわけだ。


「……陽介も……、違う学年……。部活……、カースト……」


 彩が満杯になったダムを放流している。下流で釣りをしている陽介は気にせず、水位を下げようとしている。他人扱いされていない事実は、陽介の精神を洗浄してくれた。


 彼女が構えていたが、だらんと地に着いた。残弾が無くなり、維持する気力も霧消してしまったようだ。


「……陽介……」


 妹として可愛がってきた少女が、陽介と目を合わせた。はてなマークで頭を埋め尽くされ、放っておけば彼女は窒息してしまうだろう。もしくは、真っ暗闇の迷宮に迷い込んで一生を終えるか、だ。


 高校には、意味がない。在学して生活する陽介でも、そう考えたことは何度もある。国語教科など、一生使わない文法や単語を習わされるのだ。役に立たない授業に嫌気がさし、布団の中で叫んだこともある。


 ……助けを求めてくる子がいて、見殺しにするほど感情は枯れてない。


 涙を溜める女の子を目にして血流が全身に回らない者は、この世の素晴らしさを一つ失っている。彼女が外国の工作員だったとしても、弱みを躊躇なく見せてくれた信頼を裏切りたくない。


「難しい事考えすぎなんだよ。たいそうな事ばっかり考えて……。総理大臣にでもなるつもりか?」


 いくら捻っても、一足す一は二なのだ。三角関数などに変化させるから、複雑なグラフを書かないと解けなくなるのである。


「……一生懸命……、考えてるのに……!」


 彩の絞り出した声は、かすれていた。唇をかみしめて、大雑把に斬り込んできた陽介を睨みつけている。核を持たない外装だけのろくでなしは、業火に焼かれて消滅する。


 陽介は、びくともしなかった。彼女が本気で振り下ろしたハンマーも素手で受け止め、後ろへ放り投げる。溶鉱炉に飛び込む準備は、彩の家を訪れた時から完了しているのだ。


 ……ここで、決める……!


 ドリブルでボールを前線に押し上げ、正にキーパーとの勝負。ここで決めなければ、延長戦に入ることなく敗退が確定してしまう。


 黄金の右脚を信じて、陽介は振り抜いた。


「何が役に立つかなんて、その時になるまで分からないんだぞ? 可能性を今から狭める方が、非効率じゃないか?」


 高校は、末端が映らないあみだくじを引いているようなもの。何が当たるかは到達するまで分からないが、引かなければ当たることも無い。分母がゼロだと、試行回数の増やしようがないのだ。


 将来、仕事に就くようになってから。社会の一員としてお金を稼ぎ始めてから、自らに必要なスキルが判明する。それらを習得する基礎に、高校での勉強がきっちり込みこまれていることが多い。学生時代を適当に過ごした怠惰人は、余分な時間を消費しなくてはならなくなるのだ。


 目つきで人を殺せた彩も、正面から大型トラックにぶつかられて冷静さを取り戻したようだ。ヤケクソで、留年をしても関係ないと正当化していた自分に。


「……それに、こんな俺でも生活できるんだから」


 交友が針の穴を通す狭さの陽介ですら、高校で挫けたことは無い。そもそもの挑戦回数が少ないこともあるが、一発で不合格認定を食らう環境ではないのだ。


 授業を受け、昼食を摂り、放課後に友達とつるむ。原理は、小学校と一緒である。中学まで彩がそうしていたように、特別な事は追加されていない。


 ……これ、一番説得力があるんじゃないか……?


 数学の公式を丸暗記するよりも、証明のやり方を覚えてしまった方がやりやすい。彼女の身近な人の体験談を聞かせるのが、一番手っ取り早い方法だったのかもしれない。残念なことに。


 エアガンを持つ彩の手を、ギュッと握り込んだ。武装して高校に突入しなくとも、言葉のトゲを振り撒いて襲う輩はいない。いたとしても、陽介が許さない。


「……考えて……みる……。最後の……、確かに……」

「ちょっと待て。俺がポンコツだと認めたな?」

「……友達……、少ない……」

「それは俺のスタイルの問題であってだな……」


 後ろの席になった男子に話しかけられない臆病さは、長い事遊んできた彩にはお見通しされている。対人能力で、陽介は確実に彩の下位互換だ。陽介を五体分並べて、やっと天秤で釣り合うだろうか。


 彩は、咀嚼してぶつけられた意見を飲み込んでいく。頷きながら、陽介の手を握り返してきた。物騒なエアガンを床に置いて。


 彼女がBB弾の上級者を志した動機は、何なのだろう。軍隊に立候補したいようには思えず、小動物を痛めつけるサイコパス気質でもない。


 『女の子だから』『無口だから』という些細な理由で、彩はケンカを吹っ掛けられていた。お世辞にも体格が良いとは言えない彼女は、毎度陽介に援軍要請をしに来ていた。


 腕力が弱い女子が、権力者や男子に歯向かおうとするなら、これはもう武器を携帯するしかない。投石や水かけと言ったような武器の調達が不安定な物ではなく、何時でも使える武器が必要だった。


 自分の身は、自分で守る。BB弾とエアガンの技術は、協力という名の責任のなすりつけ合いばかり起こる(陽介の偏見における)女子社会で、独立した地位を獲得する手段だったのだろうか。


 幸か不幸か、校内で銃器類の持ち込みは禁止されている。折角の腕前も、何の役にも立たなかったということだ。


「……陽介、……つづき」


 蒼く暗い海に沈んでいきそうだった彩は、もう再起動されていた。メモリを食っていたアプリが強制終了し、快適な動作を実現させていた。


 BB弾を手に取って、エアガンに装填していく。流れるように発射体勢を取れるのは、努力の賜物だ。


 ……『意味がない』って自暴自棄になるのは、やめてくれたかな……。


 再発する可能性は、捨てきれない。彩が『留年』というバーベルを背負っている間は、フラッシュバックがいつ起こってもおかしくないのだ。


 そんな時は、陽介が責任をもって対話していく。イジメに気付けなかった十字架を清算できるまで、彩と向き合っていく。


 黒幕は、中学のいじめグループだ。彩から柔軟性を奪ったのは、奴らだ。彼女が責め立てられる理由は何処にもない。


「……手加減、してくれないか? フルボッコじゃ、彩もつまらないだろ?」

「……楽しい……」


 彼女の辞書に、『花を持たせる』という熟語は載っていなさそうだ。技量に差があるのは、費やしてきた時間の違いということなのだろう。


 まだまだ陽介は、彩に虐殺し続けられそうである。

※毎日連載です。内部進行完結済みです。


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