020 BB弾
BB弾が凍り付いた空気にヒビを入れて、世界は動き出した。猟銃がビックリ箱から飛び出してくることもあったが、兎にも角にも苦悩の衣服を脱げたのだ。
彩は、引き出しから古くなった玩具を取り出している。BB弾は最奥に詰め込んだらしく、カーペットには幼い頃に遊んだ記憶が残るものが並べられている、
……これ、遊び方が違ったんだよな……。
その中には、二セットのマラカスもあった。床に叩きつけて大きな音を出そうと競っていたものだが、片方が割れて無事正座をさせられる羽目になったのはよく覚えている。彩に『お兄ちゃんがやった』と責任転嫁され、しばらく険悪な稲妻が両者を隔てていた。
都合よく『兄』の肩書を悪用されもしたが、陽介は全て受け入れていた。ケンカを吹っ掛けて泣かされては『陽介お兄ちゃん』と喚く無邪気な彩が、護りたくてしょうがなかったのだ。
「……寝ちゃった……? ……よし、……よし……」
「……頭撫でられるの、流石に恥ずかしいんだよ……」
妹は妹でも、血縁関係は無い。フラットな目で見てしまえば、赤の他人だ。同い年の異性に頭を撫でられて、無反応でいられる煩悩を俗世に置いてきた男子は中々お目にかかれない。若くして出家したお坊さんを呼び寄せて見つかるかどうかだ。
ぼんやりしていたところに不意を突かれて、彩がするままを受容する。後で請求書を持ち出されては面倒だが、サービスを現に受けているのだから義務は生じる。お金は持ってきていない。
……あれ、探索は……?
前のコマではBB弾のありかを探っていたはず。黄色い弾が大量に入った入れ物は、肉眼で確認できない。バカには見えないのだとすれば、陽介にも彩にも見えない。
「……おーい、BB弾は見つかったのかよ? 懐かしいものを並べるだけ並べて、肝心のものがないような……」
「……あ……」
髪の毛をさすっていた彩は、目的を思い出して引き出しへと戻っていった。指摘せずに流して、甘やかしを享受しておくのも悪くは無かった。今更、口には出せない。
無心で脳を空っぽにしていると都合よく利用されてしまいそうなので、彩を眺めることにした。黙々と一人で銃弾の大群を取り出そうとしている彼女は、戦闘狂に見えなくも無い。
……まさか、今度は実弾が出てきたりして……。
あり得ない、と言い切れないのが恐ろしいポイントだ。予告なしに女子高生が猟銃を手に持って出現する家である。本物の銃弾くらい、備えてあっても驚きはしない。長女の部屋にしまわれている事実が気にはなるが、そういう家柄なのだと飲み込むしかない。
引き出しのはらわたも引っ張り出されて、彩の腕がのめり込むのも深くなってきた。お尋ね者まで、あと少しだ。
近所に住む女子の部屋に、大量のBB弾。趣味を否定はしないが、物騒な代物だ。男女関係なく、猟銃を子供に持たせる親が教える遊びは、狂気じみた物が紛れ込んでいてもおかしくない。
素手で立ち向かって、泣きじゃくっていた幼かりし彩。エアガンとBB弾を持ってさえいれば、無双していたのではないだろうか。地域の女帝として子供たちを支配し、隠れ家をそこら中に持つ帝国を建立する将来像が見える。
パラレルワールドの彩も見ものだが、その世界では陽介が居ない。幼少期で自立してしまうのだから当然だ。やはり、歴史IFは映画館で鑑賞するのが一番である。
「……あった……」
掘り進むこと数分、やっとのことで彩はBB弾を見つけたようだ。大きな箱に入っているらしく、中々持ちあがってこない。
足を思い切り踏ん張って、背中を逸らしている。背中越しの陽介からも、黄色い軍団が詰まった箱が確認できた。
……それ、上に引っ掛かってるだけじゃ……。
敷き詰められているとしても、結局のところプラスチックはプラスチックだ。とかされて圧縮された物ではないのだから、女子一人の筋肉に打ち勝つ重量では無い。
箱の角が天井に引っ掛かり、固定された状態。力任せに抜こうものなら、過剰な力によって物体は上へと運ばれる。
不吉な想像がよぎり、立ち上がろうとした陽介。気まぐれの神様は、許してくれなかった。
『パーン!』
彩が火薬に擬態した発砲音より、よっぽど綺麗な音が部屋中に轟いた。数千個は蓄積していた黄色い粒が、黄砂の上位互換だと雨あられになった。
反動でひっくり返りそうになった彩を受け止めるので、陽介は能力を使い果たした。大量に降り注ぐ弾丸を避ける力は、もう残っていない。
頭上に、一寸の光も通さずBB弾が直撃した。一発一発の攻撃力は強くないものの、数の暴力は鈍器と同じ効果を持つ。木製ハンマーで仮の素振りをされたような、重い衝撃が脳を襲った。
彩の下に滑り込んで落下を防いだが故、上側にズレてしまった。しりもちの危機を逃れた彼女だったが、自身が引き起こした災厄は全身で受けるしかない。
……言わんこっちゃない……。
頭を川の水に突っ込んで冷やせば、簡単に解決できたこと。ヒント無しでBB弾を取り出せたとしても、点数は上げられない。最悪、赤ペンでペケを付けられる。
極地集中型豪雨は、二秒で過ぎ去った。史上最多の砂量を降らせた砂雲は、次の哀れな被害者を求めて旅立ったようだ。
「……盾に……、された……」
「それじゃあ、床に倒れ込んだ方が良かったとでも?」
失礼を覚悟でぶった切ると、彩は盾として不適当だ。嫌がってご主人様を守らない方向へ暴れる盾など、ゴミ箱の蓋より使えない。地面に叩きつけて、この部屋に閉じ込めてやる。
第一、生命の全てを司る脳を守れていない。陽介が彼女を持ち上げて雨宿りしたなら討論の余地はあるが、今のところは百パーセントの確率で陽介の勝訴だ。
床一面を覆いつくす黄色の粒。集合体恐怖症の面々には見せられない。ピンクを基調とした部屋も、黄色尽くしでアクセントが加わっている。
陽介の下にもBB弾が潜ったようで、デイ部が断末魔をあげていた。体重の重みをBB弾が支えていて、足つぼマッサージと違うランダムなツボが押されている。
……彩、どいてくれ……。
彩が移動してくれなければ、陽介はこのまま動けない。初夏の砂漠地帯に、水なしで放置されてしまう。ゴミ屋敷もビックリする踏み場の無さで、彼女もどうすればよいか困惑しているのだが。
「……セクハラ……、反対……」
「肩を突いただけでならないだろ、状況が状況だし……。ベッドに避難したらいいんじゃないか?」
無論ベッドも容赦なく空襲の被害に遭っている。男子禁制の神聖なプライベートスペースにも、長年眠っていた弾が侵入している。寝転ぶには辛いかもしれない。
が、床は御覧の通り一面黄色世界。芸術作品と称するには乱雑と言わざるを得ず、後片付けのことなど触れたくもなくなる。学校の勉強をサボった天罰を下したいのなら、まず彩がそこに辿り着くまでの経緯を理解してからにしてもらいたい。
逆張りが少々過ぎることのある彩も、状況把握能力は長けている。不満を口にしつつも、大人しく大ジャンプでベッドへと飛び移った。ジャンプ台になったのは、もちろん下敷きになった陽介……ではなく床だった。BB弾の地面を、激痛覚悟で蹴り飛ばしたらしい。
「……片付け……。……陽介……、やりたい……?」
「やりたいわけないだろ、こんなの……。そんなことより、俺もベッドに飛び移っていいか?」「……便乗……、禁止……」
無いものを無いと確定させるには、悪魔の証明をしなくてはならない。下心など、虫眼鏡に目を通しても見えないのだからいくらでも捏造が利く。陽介の避難経路は絶たれた。
……このままだと、俺が後片付けすることになりそうだな……。
彩は、せっせとベッドに乗り上げた弾丸を叩き落としている。そうすると床に弾が供給されて陽介の退避場所が作れなくなるのだが、お構いなしだ。空間に足場を作れる超人か何かと勘違いしていないだろうか。
ついでに箱も吹き飛んでいて、部屋の扉付近に着地していた。陽介の対角線上にあり、前面足つぼ部屋と化した床を移動しなくてはたどり着けない。
救いの手を求めて、彩を振り返った。規律意識の厳しい彼女の罪悪感に訴えかけたのである。過失を起こした者が、傍観者になってはいけないと。
陽介にまじまじと見つめられ、彩は牙を抜かれたようだった。獲物の首筋に噛みついて強制執行する手段を失い、体もゆらゆら揺れ始めた。
あと一押しすれば、彼女の心は倒れる。攻勢を強めようと、火に油を注ごうとした。
「……銃の事、言いふらすぞ? それでもいいのか?」
「……陽介……、脅すんだ。……脅しにも……、なってない……」
気が動転していたのは、陽介の方だった。手軽に銃を扱える家庭では、日常生活に組み込まれてしまっている。常識が認識阻害を手伝って、失策を犯した。
崖への道をバックで後退しようとしていた彩が、アクセルに転じた。触らなくて良かったスイッチを入れてしまった格好だ。
彼女の手には、かき集めたBB弾が握られている。これ以上口答えをしようものなら、問答無用で投げつけられる。
陽介は、BB弾拾いを余儀なくされたのであった。
※毎日連載です。内部進行完結済みです。
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