08 魔王の娘、豪人に帝王学を教える②
「へぇえ。ゴブリン族ってのは優秀なんだな」
えっへん。
などと描き文字が出そうなドヤ顔をしたツェツィーリア。
だが直ぐに眉を寄せ、難しいカオっ面で腕組みした。
相手がそのようなポーズをとるのは警戒心の表れだと何かで読んだ気がする。
ホントに、心から感心したんだが、疑われてバカにされたと思ったのか?
そんな事無いぞと言ってやりたいが、この子からすりゃ、そりゃ、あからさまにそうだろ。
この子は使命感か義務感だけでこの任務を引き受けてるんだから。
僕を教育するという任務を。
――で、ゴブリン族についてだ。
彼らのご先祖は人間やドワーフと同じ系統らしい。原始時代には同一種族だったという話だ。
道理でこの世界のゴブリンは、人間っぽいってか。外見も性格も自分たちとよく似てるなぁって気がしたんだ。
ただゴブリンにも幾つか支流があって、上位種のホブゴブリンは、アンナさんや魔王さま、それとこの子、ツェツィーリアが該当するようで、知能が高く、聖賢な肉体を有してるってんだから下手すれば、並みの人間族よりも美形だし、優秀なのかも知れない。
また、中にはハーフゴブリンってのも相当数いる。3世代以内に人間との交配で誕生した者たちを指すそうで、やはり人間族の容姿に近く優秀らしい。魔王一家はこのくくりにも当たるみたいだ。
他にはゴブリンウォーリア。これはあるイミ種族としては純血種で戦闘を好む。
一様に大柄で組織的行動に長けている。コイツらが魔王軍の中核を担い、数々の戦いを勝ち抜いてきたんだろう。
あと最後にグリーンゴブリン。彼らは下位種にあたる。小柄で頭はあまり良くないし、狂暴だ。
本能的に任せて行動するきらいがあるが、上位種のゴブリンには完全服従だそうだ。
ゴブリンウォーリアとグリーンゴブリンの組み合わせで軍隊を組織し、ホブゴブリンによって指揮されれば、他種族が圧倒されるほどの軍事力が生み出されるのもうなづける。
そして。
ツェツィーリアの説明でもう一つ気になったワードがあった。
「魔導人形?」
「うん。魔導人形」
魔鉱石なる鉱石によって生みだされた魔導エネルギーによって稼働する機械人形のことで、ゴブリン族の世界征服に多大な貢献を果たしたという。
これらは他の魔物たちにも大量に消費され、大陸全体に普及したという。
「食糧や労働力?」
「うん。魔物たちは人間族を喰らったり、彼らの生命エネルギーを摂取することで肉体を維持できるの。だから昔から人魔は相容れない関係だった。それを打破したのが魔導人形。人形たちは人間の代用品になりえたから。そしてそれに命を吹き込み、動かすためのエネルギー、魔鉱石の採掘を可能にしたのが、パパ。魔炎王タルゲリアよ! ホント、すごいの!」
魔炎王タルゲリア。
彼はその昔、異種族と苦楽を共にした、ただの一冒険者に過ぎなかった。
あるとき彼は、イチかバチか、一攫千金を夢見て無謀な挑戦をした。
「誰も足を踏み入れたことが無い新天地、浮遊大陸を目指したのよ。――転移魔術の基礎、跳躍魔術を使って」
「跳躍……魔術……転移……魔術……」
転移とかって昔話かおとぎ話でざっくり聞いたコトはある。
……小さい頃。それよりもずっと遠い過去。
勿論それは空想上の魔術だと思っていた。
こんなファンタジックな世界においてさえ。
それほど現実離れした魔術技術だったんだ。……少なくとも人間族の間では。
「……ふーん。やるヤツだったんだね、魔王さま」
「そう。何度も言ってるでしょ、パパはすごいんだって!」
「ツェツィーリアはパパを相当尊敬してんだね」
彼女は「うんっ」と大きくうなづいた後に突如怒り出した。
照れが生じたっぽい。ギーギーわめいて引っ掻かれた。
理不尽だ。
「そんな偉大な人から直接教わりたいな」
「ムリよ。パパはムチャクチャ忙しいもの」
「忙しいって? 何か仕事でもしてんの?」
その質問には答えられなかった。
ムッと口をつぐみ、また引っ掻こうとした。赦してくれ。
答えられないのは彼女自身、何らかの秘密を隠しているのではなく、単に本当に知らなかったからだと後日知った。
「じゃあ自分はこれで。ご教授有難うございました。ではまた明日」
「はぁあ? どういうこと?」
「アンナさんの所に行って来る。夜は毎日通ってんだ」
不審げなツェツィーリア。
「お母さま、言ってたよ! 24時間体制でわたしはパルマコシの勉強を見なくちゃならないの!」
「いや、そりゃ承知してっけど。食事もするし」
「そんなの一緒に食べればいい!」
「フロにも入りたいし」
「――?! そ、それは……!」
おっ。これには抵抗あるか。それは当然だ。
耳まで真っ赤っかのウブっ子さんだ。
なんか妙にカワイー面白い。からかいたくなった。
「それに、夜の生活だってあるしな。きしし」
「夜の? 生活?」
失敗。首をかしげられた。言葉の意味が分からんみたい。
まぁ、それでいい。……言ってからちょっぴし後悔しちゃったし。
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ところがだ。
入浴中、湯船に浸かろうとして浴槽の縁を跨いだとき。
(湯に浸かる習慣をノノが流行らせた。ちなみにシャンプーやボディソープも大流行させている)
身体に大きなバスタオルを巻いたロリっ子が入って来たんだよ。
「……なあっ?! ツェツィーリア!」
「お母さまの言いつけは絶対なの! わたし、精一杯頑張るもんっ」
「ガンバルって?! あ、あのなぁ?!」
や、ヤバイぃぃぃ!
むねっ、むねっ! はだけてもう少しで見えそうだぞ、オイィ!
足や腰をガンガンぶつけながら湯に沈む。とにかく身を隠す。あちこち痛い。これ青あざになるぞ、きっと。
息を止め、チラリ……とツェツィーリアの方を窺う。
あらためて首筋から肩のラインがなまめかしいっ。
オヤオヤ?
何だかさ、僕と同じ首筋に可愛らしい星型痣があるじゃないの。
僕と同じだね、こりゃお兄さん親近感MAXだよ。
つかこの子、ゴブリン族なのに、白くツルツルした肌が眼の毒すぎる。
心なしか赤っぽく上気しているところも非常に具合が悪くケシカラン!
くうぅ。まさか12歳美少女と入浴する日がこようとは。
「どうしてオフロに浸かっちゃうの? 早くあがって、こっちに背中向けてよ」
「あがるって、どうして?!」
「背中流したげるの。入浴中も講義は続くのっ!」
――で、仕方なく言いなりになる。
物足りない刺激を背中に受けつつ、魔王さま自慢を聞いた。
「わたし魔法学校で、てーおー学も習ったよ。『真の友を持て。耳の痛い話を聞け。良き師につけ』。これがてーおー学の3原則だって。パルマコシはもう師は得たもんね、えへへ」
「……だね。嬉しいよ」
タメになる話……だろうが、まーったく耳に入らん。
あのね。キミはね。
師……というよりかは、無邪気極まる小悪魔ちゃん……だよ?
これは意地でもマッターホルンの暴発は阻止しなければならない。
「――今晩はパルマコシの部屋で寝たらいいの? それともわたしの部屋に来るの?」
「おうわ!」
ドヘンタイの、情けないお兄ちゃんでごめんなさい。
今夜は一睡もできまへん。……ああ。
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〇魔王城査定会議〇
パルマコシをどう思うか?
春馬越ノノ(実妹・技術研究員) ヘンタイ! ヘンタイ! ひたすらヘンタイ!
リヴィ(ダークエルフ・内政担当) あぁ。ただのヘンタイさまですか。
バンク(老執事) さて。庭の手入れをしなければ。
サシャ(メイド執事) な。何だと?! ツェツィーリアさまが?!
アンナ(正妃) 娘をお願いしますね。
アリス(第2夫人) いったい何なのよ。
ローザ(第3夫人) ウザ。
セリア(第5夫人) どうでもいい。
ツェツィーリア(魔王の長女) 食らいついて行くからね!




