07 魔王の娘、豪人に帝王学を教える①
異世界でのバイトを始めてから4日ほど経った。
現世界は平日に突入。学校との両立で毎日が充実し過ぎている。
が、人妻アンナさんとの逢瀬があまりに甘美すぎて、ゼンゼン苦にならない。
一応アンナさんの名誉(と自身の)の為に断っておくが、彼女とは一線は越えてない。
そういう下心はたしかに大いにあるにはあるが、最低限、人としての理性は保っているつもりだ。
だったらこないだはどうだったんだ! と言われたら「あいスンマセン」なのだが、何せウッフンイヤンの大チャンスだったもんで、つい舞い上がってソノ気になってしまった……。
冷静になった今は、幾らダンナがオーケーしたって人妻に手を出すのはイカンと気を引き締め直している。
そのつもり。
それにだいたい20代のお姉さんとは高校生の分際じゃ釣り合わないかもだし、だからなのか、どうも自分たちの間でそんな雰囲気にもならなかった。
では、ナゼ毎晩いそいそと通っているのか? と問われれば、やっぱり未練が……では断固として無く、アンナさんから魔王城の話を色々教えてもらうためである。
例えば、他の奥さんを含めた魔王一家の事。魔王さまを取り巻く環境など。
それによって、裏事情をある程度知ることができた。
その結果、本日の夕食会では奥さま方のしょっぱい態度にも怯まなくて済んだ。
要は簡単に言うと、第2夫人のアリスさんを立ててあげるべきだったのだ。
なぜなら、彼女はプライドがとても高かった。
だから、まずは彼女に話し掛ける。
そしてイヤミかと思われるくらいホメる。
ウルサイ、くどいと言われてもホメちぎる。愛情をもって、心の底から。
すると食事会の最後には「わたくし疲れました」と捨て台詞を吐きながらも、去り際執事に次の会食日はいつか? とコソコソ聞いていた。
うむ。
要領が分るとカワイイもんだ。
まっこと愛いヤツじゃ。
第3、第5夫人はしかしながらブスッとしていた。
これは仕方ない。
今日は第2夫人攻略がテーマだったので謝るしかない。
……まぁ謝らないが。これも作戦だし。
そう、作戦なのだ。
敢えて彼女たちをこのように表現するのを赦して欲しいが、いわば敵同士の団結を挫き、競争心に変える。魔王さまの愛情を奪い合うように仕向けて行くのだ。
「彼女たちは可哀そうなんです。だって政略結婚でここに嫁いだんですから」
アンナさんがそう言ってた。
魔王さまを嫌がる理由は他にもあるかもだが、主な理由はそれだった。
今後はひとり一人の心のケア、と称した個別ルート攻略が課題だ、と鼻息が荒くなった。
――さて。
昨晩の閨でアンナさんから提案があった。
長女を教育係に推薦したいと。
「わたくしが存じ上げている内容には偏りがありますわ」
言われれば、アンナさんから得られた情報は極限定的な事柄ばかりである。
アンナさんの好きな食べ物、趣味に始まり、彼女は魔王さまをどう思っているか(聞かされたこっちが恥ずかしくなった)。
他には奥さま方の好きな花、お気に入りの服、目をかけているメイドやペットの名前などなど。
総じると、まるで大奥ネタだ。
それはそれで下世話な興味をそそられるが、できればもっと大きな、例えば、魔王軍や国全体の様子、魔王城周辺の環境なんかも知りたかった。
……まぁ妹のノノやリヴィたんに教えてもらえなくも無いが、彼女たちは彼女たちで忙しそうだし(構ってくれないし)、バンクさんもサシャもなんか秘密主義で、得られた情報も真偽不明だし。
ということで、提案自体は有り難かった。
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与えられた自室(=安全衛生課)に戻るとノノがいた。
机の下に潜ってゴソゴソしていた。
つかよ、オシリをそんなに突き出してんじゃねぇよ。
誘ってんのか? もしかしてだけど。
背後の自分の気配に気付くとピタッと動きを止め、ゆっくりと這い出してきた。
「何だよ。その帽子」
白衣……に、野球帽を後ろ被り。
まずそれにツッコミを入れたのはある理由からだった。
「阪神タイガースよ。悪い?」
知ってるよ。見りゃわかる。
「いや。悪くはないよ。――で? ここで何してんだよ?」
「……別に」
別に。
じゃねーよ。
「……気合入れるためよ」
「何が?」
「帽子。野球帽」
ツバを前に戻すノノ。
ボーイッシュ愛妹の凛々しさに乾杯。
「わたし。こっちの世界で立身出世すんだから。オニイみたいな人間にはなんないから。ゼッタイ」
はー、そうでっか。
「――で気合入れるためだと。何でタイガース?」
「タイガースがどうとか知んないわよ! これ、お父さんが置いてった唯一の物だからよ。男社会なんてクソくらえってコト」
「……あーナルホド。……それ何処にあったんだ? オマエの部屋か?」
「タンスに仕舞ってたの! ずっと。大事に!」
……大事に。か。
「……そっか」
……妹よ。
オマエは大きな思い違いをしている。
それ、あげたのは自分だ。
小っちゃい頃、よくふたりで河原でキャッチボールしたろ。
そのときお揃で買ったんだよ。
……まぁ、憶えてないよな。親父と自分、記憶がごっちゃになってんだな。
けどさ。すごく気になってさ。思わずツッコんだのよ。
「ところでノノ。オマエの探し物はこれか? 盗聴器」
「――あッ?!」
サッと奪われた。コンマ何秒かの早業だ。
「……ま、魔導アイテムだったのにぃ。どうして判ったの?」
「ど、どうしてって……何となくだよ! ――じゃなくって、何でそんなもん仕掛けたんだよ!」
「決まってるじゃない! ツェツィーリアさまをヘンタイの魔の手から守るため!」
ツェツィーリアさま?
あー、アンナさんの娘さんか。
ヘンタイから守るだって?
「どーゆーイミじゃ」
「言葉通りよ! アンタが夜な夜なヘンタイ行為に明け暮れてるってわたし、知ってんだからね! うっわキッモ。サイッテー! あろうことか、母親だけでなくって、その娘にまで……」
アンナさんとのカンケイを言ってんのか?
にしても、えらい言われようだ。
両腕抱えてブルッてやがるし。迂闊に近付いたら噛み殺されそう。
「アンナさんとは別に何にもねーよ」
「――え?」
「だから何も無いって。彼女とは」
「何も無いって……、それウソじゃん。大嘘じゃん! じゃあ閨で2時間も、いったい何してるっての!」
……は?
「……ノノお前、いちいち兄貴の行動見張ってんの? ヒマ人なの?」
「ハッ?! ウルサイ黙れ。何遍か死にたいか?!」
怒鳴り散らしながら部屋から出て行ったノノ。
結局、不法侵入や盗聴犯罪の詫びもされずに逃げられた。
あと、ひさびさに長話できた。
誤解が解けなかったのは残念。
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「さ。ご挨拶なさい」
「イヤです、お母さま」
「どうして?」
モジモジと少女、顔を赤らめた。
ツェツィーリア、12歳。ということは、ノノより1つ下か。
魔王さまとアンナさんの実子で長女。
アンナさんに似て、エキゾチック系の香り漂う美人さん。
すこぶる大きな瞳は唐紅に煌めいて。
チラリとのぞかせる八重歯が魅力的な、エクルベージュ肌の女の子。
ぷうと膨らませた頬、広めのおでこに生え際の薄い眉。
まだまだ幼さの残る顔立ちではあるものの。
燃える瞳の紅色と相対して、深みのある青髪を肩のあたりまでふわりと伸ばしているさまは、母親譲りの清楚な気立てを表現している風だ。
「だって。パパにそっくりなんて」
「そっくりなんて?」
「無礼千万、甚だしいです! 不敬罪でシケイです! そうだ、シケイにしましょう、ね? お母さま」
うっわ。初対面でそれですかー?
「ダメです。シケイにはしません。いい、ツェツィーリア? あなたはこの殿方にパパさまの偉大さや、素晴らしさ、格好良さを的確にお伝えしなければならないの。……それすなわち帝王学。あなたの持つ知識、技能のすべてを伝授し、パパさまになるように育成差し上げるのです」
「育成する……のですか? わたしが?」
「そうです。育成です。殿方育成ゲームです」
帝王学? 育成ゲーム?
あのう、アンナさん?
「お話の途中ですみません、アンナさま。……ちょっと言い難いのですが」
正直12歳と説明されたが見た目かなり幼いし、言動もそんな感じ。
母親以上に情報や知識が得られるような気がせんとです。
……という気持ちをどうオブラートに包んで話したらいいものか。
そんな自分の様子を見て取ったのかアンナさん、娘自慢を始めた。
「パルマコシさま。こう見えてもわたくしの娘は皇立魔法学校を飛び級で卒業しております! 都会で立派に過ごしたガンバリ経験もあります。城中しか知らないわたくしなどよりも格段、世の中を存じ上げておりますわ! うんうん」
なでなで。
愛娘のアタマを撫でる母。
溺愛……と取れなくも無い。
「……何か?」
「いえ。何もアリマセン」
――が、まぁ……しょうがないか。とりあえずはお試しと行こう。
「わたし。ガンバリますっ! お母さま、見ていてくださいね!」
オヤオヤ?
180度気持ちを反転させてくれたぞ。母の愛情パワーぞ強し。
ゴリ押し感も半端ないが。
「早速ですがパルマコシさま。明日から2日間、フルタイム勤務でしたわよね?」
「ええ、まぁ。土日なので」
「では今夜より24時間体制で娘を付かせます。よろしくお願いします」
「……はぁ、24時間。……――って、24時間?! 四六時中?!」
娘のモジモジが再発した。