64 アフター・エピローグ
帝歴199年。
降霜ノ月中浣2日。
エフェソス帝国2度目の大転移が成功。
城方の兵が消えた夏炎城エフェソス、陥落。
城と街、すべて敵の手に落ちた。
転移完了まで敵を引き付けるため、死に物狂いで鐘を鳴らし続けた僕だったが、ようやくその任から解放される。
でもまだ終わっていない。
結局取り残された者は僕と、コウゼン将軍、それからヘリードル将軍。
ギース将軍も城内で暴れ回っている。
残党の悪あがきだ。
だが彼らからすれば、一人でも多くの味方を転移元の学校に辿り着かせるために、しんがり(=後尾隊)を引き受けようと。
魔王城に殉じたいと。
その心、悲壮な想いを強く感じざるを得なかった。
だが僕はそれを赦さない。
彼らをどこかに落ち延びさせなければならない。
だけどどうやって?
どう説得する?
転移したら終わりだと思ってたのに、また新たな課題が生じて「ああ!」と叫びたくなった。
僕の直ぐ脇で矢が突き立った。
「へ?」
唖然とビビっていると、今度は矢の雨が降って来た。
完全に僕を狙っている。
振り仰ぐとアウラの飛空隊だった。
一様に憎しみの眼で僕を睨みつけている。
「ひいっ?!」
ヘリードル将軍の策略が成功し、もうとっくに北に帰ったと思っていたので慌てた。
コロサレルと観念した。
「オニイ、しようが無いな」
グイッと後ろ首を掴まれ、穴に落とされた。
穴――というのは、非常用の梯子が掛かった通用路である。
冷静に判断すれば、ただそこから逃げればいいだけだったが、情けなく気が動転していたので妹の機転に助けられる羽目になった。
「オマエ、浮遊大陸に跳ばなかったのか?!」
「当たり前でしょ! オニイが心配すぎたから、仕方なく付き合ってあげたのよ」
「バカな……本当か!」
「って言うのは半分ホントで半分ウソ。アンナさまに託されたのよ。『豪人さまをくれぐれもお願いします』って」
あ、アンナさんが……。
「オニイのウソ、完全にバレバレだったんだから」
「僕のウソ……って、その、転移する時刻?」
僕は皆に、実際には10分遅い転移時間を伝えていた。
転移10分前に鐘を打つからって伝えていた。
それを皆は知っていたという。
「ツェツィーリアさまなんて『豪人と一緒にお城に残る』って泣き叫んでだだをこねてたわ」
「……ノノ、オマエがバラしたのか?」
「だから違うわよ、オニイの出任せがバレバレだったって言ってんじゃん」
鐘が鳴り始めたとき、アンナさんが言ったそうだ。
「豪人さまの想いを叶えましょう」
その一言でツェツィーリアは落ち着いたそうだ。
「城のみんなからの伝言よ。『魔王陛下の帰還を心からお待ちします』」
「……そうか」
「そうか……って。何か感動薄くない?」
「いや、別に。そんなことあるわけないだろ」
もうツッコミは止めてくれ。本当は泣きそうなんだ。
ガマンしてんだ。
僕はこの日、この瞬間のために心を砕いて来た。
無事にみんなが向こうに行けるように、そればかりを考えてきた。
「オニイさぁ。黙ってないでしっかり考えて。さっさと逃げる算段しなきゃでしょ!」
「お、おう。そうだな」
それでノノは残ってくれたんだな。
「なぁ、ノノ。そういうオマエも重要なウソついてたろ?」
「えー?」
「ファウツーさ。オマエ、転移の成功をお願いしたって言ってたろ? アレ、完全にウソじゃん。今回の転移はオマエが全部、自分の力で成し遂げたことだ。お兄ちゃんはちゃーんと分かってるからな」
頬をピクピクさせた妹はノーコメントを貫いた。
キッと睨んでくる。
「そういうオニイこそ! ナーニが『人を護る力を願った』よ! まーったく違うお願いをしてたじゃないッ!」
細く狭くなった通路をふたり寄り添いながら進んでいたが、先の方で小さな明かりが揺れているのが見えた。
「シッ! 敵兵かもしれん」
身を固くしていると何処かで聞いた声で「合言葉は?」 と半ばフザけ口調が届いた。
「ラットマン! オマエまで残ってたのか!」
「あたりきでさぁ。他の3将が居残り授業を受けているのに、アッシだけトンズラーって訳にはいきませんぜ」
ラットマン将軍の報告を信じれば、他の3将軍は何とか虎口を逃れ、方々に散っているという。
「ま、捕まったら捕まったでもう充分生きましたからな」
「それ……本心か?」
「んなワケないでしょう! はっはっは」
こんなときなのにドツき回したい衝動にかられた。
「豪人のダンナ」
「なんだよ!」
「ホントのホントに、お仕事、お疲れさまでございました」
「――! や、止めてくれ、オマエまで」
僕は足早になって。
そして立ち止まった。
ラットマンに頭を下げる。
一瞬彼はギョッとする。
「――いや。こっちこそ、その、何だ、エフェソス帝国を滅ぼしちゃってゴメン」
「ダンナぁ。そればっかしですねえ」
「う、うっさいわ!」
ノノが薄く笑ってから咳払いし、事務的に伝えた。
「エフェソス帝国第2皇女、シュテファーニャさまが長年の眠りから目を覚まされました。ファウツーの呪いが無事に解けました。アンナさまから格別のお礼を賜りました。――有難うございます、春馬越豪人さま」
出来る限りアンナさんの立ち振る舞いに似せたつもりのノノがお辞儀した。
後ろ被りの野球帽がポロリと落ちた。
拾い上げて被せてやる。
「……知ってたのか?」
「もちろん。ファウツーから聞いたもん」
「……あっそ」
僕は確かにファウツーにお願いをした。
どうかツェツィーリアの妹のシュテファーニャが目覚めますように、と。
それで何かしらの不幸があっても、僕は一向に構わない。
そう強がった。
その結果がこれなら、メチャクチャ上出来じゃないか。
お礼を言うよ、ファウツー。
「ダンナぁ。ひとつお願いがございまして」
「何なんだよ」
「この後、ヘリードル将軍と落ち合うことになってるんですが」
「うんうん」
「巨人族の国にご同行願えないかと」
「はぁ……」
ノノが難しいカオで腕組みした。
「巨人族の国って言ったら、大陸北部の山岳地帯……、前人未到の雪山じゃない?」
「仰せの通りで」
ヘラッとしたラットマンの頭を小突く。
「行くよ。当然行く。今回のお礼をしなきゃな」
「さすが我らの魔王さま!」
僕の魔王バイト。
まだまだ終わりそうで終わらないなぁ。
秘密の抜け道を通って外に出たとき、目の前に一軒の靴屋があった。
「この靴屋は……」
思ったよりも魔王城から近い場所だった。
とっくに日が沈み、敵兵も、味方の兵も見当たらなかった。
「酔っぱらいたちの声がする」
なんと飲み屋が一軒、また一軒と営業を再開していた。
大人の男だけでなく、女性や子どもたちもが出歩いている!
潜んでいた建物から顔を覗かせ、ひとりふたり……と声を掛け合い、ぎこちない笑いを交わしながら助け合って、手にしていた武器や防具を片付けていく。
がれきを撤去していく。
孫の手を引き、買い物かごをもって急ぐ老婆もあらわれ……。
もう既に、街のあちこちで復興の兆しが見えだしていた。
次回で完結となります。




