62 大転移②
塔上に戻る前にやるべきことがある。
僕は南門に急いだ。
僕同様、杏子のヒール能力により一時恢復したコウゼン将軍は、人間族の兵らに包囲の円を縮められている。
かたや戦線離脱を余儀なくされた戦士ジュドーは、チュテレールに対し必死に説得を試みていた。
要約すれば「仲間を見捨てる気か」「恥ずかしいと思え」「今なら間に合う」と言った、まるで昭和のわからずや親父の口ぶりそのものだった。
だが変心した彼女はすでに惟江田杏子と行動を共にすると決めていて、反対にジュドーとエロイーズに一緒に来るよう誘いかける始末だった。
ジュドーは明らかに苛立っているようだったし、エロイーズもまた、チュテレールの聞き分けの無さに閉口している様子だった。
そこへ再び、僕がのこのこと完全完治して現れたものだから、二人のピリピリした感情は頂点に達したようだった。
またまた光の加護の一閃を受けそうになった。
ところが今度は、前に出すぎた人間族軍がジャマになっていた。
彼は得意の【ぶっぱなし攻撃】を思い留まざるを得なかった。
威力がハンパ無いため、味方を巻き込んでしまうと気付いたのだ。
「ジュドー、やるのよ! 多少の犠牲は仕方ないわ! 人間族の目の前で魔王を倒したら、それこそ英雄になれるわよ。わたしたちの将来のためにも!」
何ですと?
意味深だな。
「ダメだ! オレは光の加護者だ。光の加護者に人殺しは赦されない」
「何言ってるの! 真の光の加護者はコレエダ・アンコよ! わたしたちはただの、彼女の従者! 彼女の名にキズがつかなきゃそれで良いのよ! ゴールにたどり着く過程なんて、後でどうとでも言い訳できるし、補正できるわよ! 歴史は勝者がつくるものなのよ?」
エロイーズの暴言を耳にしたチュテレールがギャンと怒鳴った!
「それじゃあ、勇者はただの悪者になっちゃうよう! 世の中に蔓延る魔物たちとゼンゼン変わんないもん! ――ね、アンコ?」
ジュドーとエロイーズがギョッとして、チュテレールが話しかけた方を見た。
杏子が立っていた。
得も言われぬ複雑なカオで、ポツンと立ちすくんでいた。
彼女には光の加護者同士で通じ合う念波のようなものが備わっているらしく、その能力でチュテレールら3人の遣り取りを聴いていたのだ。
ジュドーは途轍もなく不快そうに舌打ちした。
ベーゼの森での出来事が頭をよぎった。
彼は何やら小さく呟くと、何のためらいもなく光を放った。
僕は身構えた――が、標的は別にいた。
「杏子、逃げろッ!」
なんでだ?!
杏子は彼にとって無二の味方のはずなのに!
狂ったとしか思えなかった。
現にそうだったのかも知れない。
無力のエロイーズ、更にはチュテレールが悲鳴を上げてジュドーを取り押さえようとしたのだから。
その瞬間。
「裏切者」
彼の口がそう動いていたんだと察した。
だがそれを。
コレエダ・アンコは真っ向から受け止めた。
光の加護の者、戦士ジュドー渾身の光力攻撃を苦も無く堰き止め、そればかりか、まるで大口を開けて獲物を丸呑みするクジラか何かのように悠々と、全身で光を吸収した。
ダメージを喰らうどころか、己が生命活動に供する糧食にしたみたいだった。
「光の加護、真の勇者……」
我知らず僕は呟いた。
それほど彼女――コレエダ・アンコは神々しく見えた。
「真の者にとって、光の加護は絶対のもの。従者ごときに倒せるものではない……」
自分の言葉というより、誰かの口真似をしたようにエロイーズが言い、うなだれた。
「あ……あ……!」
剣を落とし、自らの両手を睨むジュドー。わなないている。
「力が……力が……出ない」
ジュドーもガクリと膝折し、肩を落とした。
「人間族がざわつき始めましたな」
「ヘリードル将軍?!」
彼はここのところ不在にしていた。心配はしてなかったが心細くはなっていた。
なので驚きと興奮がないまぜになって彼に詰め寄った。
確か巨人族に談判に行くと言ってたよな!
「ええ! 人間族がざわついてますね?」
オウム返しに言うとヘリードル将軍が破顔。
「巨人族に助けてもらいました」
「巨人族……」
統一戦争時代、アウラ国とオーク族国に挟撃された巨人族を、魔炎王タルゲリアの軍隊が救った過去があった……そうだ。
今こそ、その貸しを返せと彼らに捻じ込んだらしい。
「重い腰を上げた巨人族は、二手に分かれ出掛けました。行く先はアウラ国および空春族――」
巨人族に脅威を感じていたオーク族は、巨人族の不在を好機と見て人間族の領域に侵入しだしたらしい。
人間族が拠り所とする新都オルグイユ近郊にまで食指を伸ばし、様々な村や街に危害を加え始めているとの事。
エフェソス帝国の威令が届かなくなり、魔導人形の供給もなくなった現在では、もはや魔物たちは飼い主の手を離れた野犬そのもの。本能のまま、自由に暴れ回る獣と化している。生身の人間は格好の餌食にされる。
彼ら人間族は、急ぎ防衛線を張らなければならない事態になった。
魔王城を攻めている場合ではなくなったのである。
「オークの王は新都オルグイユを落とし、大陸の新たな魔王になると息巻いている」
そんな流言飛語も飛び交っているそうだ。
「その噂の犯人はラットマンですな」
僕は掌中の汗を握り、塔に駆け登った。
確かに――北の雄、アウラ国の旗がドヨドヨと波打っていた。
人間族軍以上に騒いでいた。
ヘリードル将軍の話の続きを思い出す。
「巨人族のもう一派は北海方面に釣りに行きました。途中、アウラ国の国境付近を通るそうです」
あくまでも巨人族は旅行気分でうろつくだけだという。
決して軍事行動ではないという。旗幟を鮮明にしているわけでもない。
だけど現実に敵陣営は動揺している。
最高のタイミングだ。
魔狼が、もたつく姫君たちの背や尻をグイグイ押し、学校校舎に送り込んでいるのが見えた。ちょっぴり緊張が解けた。
空を仰ぐ。
沈みかけの太陽が雲の狭間から斜光を届かせた。
やたら眩しいじゃないか。
けれども僕にはそれが、手を振ってくれたようにも、「良かったな」と励ましてくれたようにも思えた。
僕は長年掴まれることに無かった鐘撞の綱に手を掛けた。
「さぁヤローども。敵意を僕に集中させろ!」
高らかに。
激しく。
鐘は啼き声を忘れることなく、その音を四方の彼方を目指して羽ばたかせた。
夏炎城エフェソスの存在を刻みつけるかのように響いた。
魔王城、ここにあり! ――と。
アウラ国、人間族、そして同族の敵対ゴブリンたちが、いっせいに僕の方を仰ぎ眺めたのを感じた。
「――朕はエフェソス帝国二代目皇帝、パルマコシ豪人であるッ! この音に逆らい、争いを続ける者たちには貴賤問わず、例外なく罰を与える! ただちに武器を捨て、祖国に帰れ! 祖国の民、家族、友人、そして生んでくれた親のためにこそ、命を尽くせ!」
一瞬、眩しい位の光がドーム状に広がった。
思わず鐘を鳴らしていた手が止まった。
光の円の中心は妹ノノの計算通り、ずばり内宮小学校の建屋だった。
音は無い。
ひたすら無音だ。
人も物も静止したかと錯覚するほど、五感がマヒする。
ただ見つめ続けた光だけが、空間を占拠した。
起こった光は青から白に変化し、5秒もしないうちに消えた。
僕は目を凝らす。
痛くなるほど凝視した。
学校は――消えていた。
僕は鳴らしていた鐘から離れ、大きく息をついた。
2度ついた。
そのときを捉え、目からだくだくと涙がこぼれ出た。
思い残すことは、無い。
今までの人生で体験したことが無いほどの達成感を味わった。
「やった……やりましたよ。魔王陛下」
エフェソス帝国史上2度目の大転移がこうして完了した。




