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【完結御礼】異世界バイト 身代わり魔王のダミー生活 ―ラスボスの影武者したら、元カノが勇者になって攻めてきた。ちなみに魔軍宰相はツンな妹が務めます―  作者: 香坂くら
冬の章 明日の朝はあなたのために

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61 大転移①


 人間族軍が陣取っている南方向に目を転じた。


 光の加護(デュクラス)の者というのは、戦士ジュドーと法術師エロイーズ、だった。

 身なりを整えたふたりは堂々と、真正面から魔王城に向かい合っていた。


 まるで人間族の観客に自分たちの雄々しく華々しい演劇を披露しているようにも見えた。

 実際、彼らにはそういう意図が大いにあるのだろうと僕は得心した。


 僕の心配事ははっきりしている。


 杏子とチュテレールの反応だ。

 もうとっくに仲間うち同士の、魔族には不可思議なコミュニケーション能力を使って通じ合っていることだろう。


 もしかしたら。

 いや、普通に考えて、ふたりはジュドーたちと合流を果たすに違いない。

 そして、大きな可能性として、僕ら魔王一族に多大な被害を与えようとするはずだ。


 対峙中のコウゼン将軍だけじゃない。


 ツェツィーリアも。

 リヴィたんも。

 アンナさんも。

 他のみんなも転移を遂げる前にやられてしまう。


 僕は転げ落ちるようにして塔を駆け下り、城を飛び出し、心臓が破裂しそうになるのもお構いなく、南門に急いだ。


 着いてみると案の定だった。


 びっちり閉じていた分厚い鉄のトビラも、頑強に組まれていた石積みの壁も、光の加護(デュクラス)、つまり、戦士ジュドーの恐るべき力によって破壊され尽くしていた。


 ――ただ一点、不動の盾になっているコウゼン将軍が、ジュドー以外の敵兵たちを一歩も城市内に立ち入らせていなかった。

 物理的にではなく、彼の放つ気迫が、殺気が、敵を寄せ付けないでいた。


 そして彼自身は――。


 全身に無数の切り傷をつけられ、ダメージが計り知れないものになっていた。

 そのすべて、戦士ジュドーがつけたものである。

 立っているのが不思議なくらいだった。


 味方の兵が歯をカタカタさせつつ、目の当たりにした一部始終を説明してくれた。


 コウゼン将軍はただの一歩も引かず。

 片腕で。

 戦士ジュドーと渡り合ったという。


「コウゼン将軍ッ!」


 退け。

 そう叫びたかった。


 だけれども、それは無理だった。

 何故なら、彼には二度目の後退なぞ、あり得なかったから。


 それからもうひとつ。


 喉から絞り出そうとしたその言葉を、僕自身が発せなかったから。


 光の加護(デュクラス)、戦士ジュドーは、僕の姿を見つけるや否や、有無を言わせず一直線に力を放った。


 そう、まっすぐ。

 僕に向かって。


 手加減も躊躇も一切なかった。


 10メートル、いや、20メートル以上吹き飛んだ僕は瞬時にクソボロになり、地面に激突した。


 意識が消滅した。



〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓





 相当小さい時の話だ。


 いわゆる施設暮らしをしていた僕らはある日、些細なきっかけでケンカした。

 いいや。ケンカ……じゃないな。


 揉めたんだ。

 とにかく惟江田杏子がへそを曲げた。


 確か、僕とノノ宛に届いた親からの手紙を、自慢げに彼女に見せびらかせたせいだ。


「手紙なんてちっとも羨ましくない。わたしはお母さんに会うんだもん」

「会うって、どうやって?」


「電車乗ったら会えるから。絶対に会えるから。わたし、会う」


 意地になってただをこねる杏子に、僕は窮した。

 どうしても会わせてやらないと収まりがつかなそうだった。


 だけど、杏子の母親の住む家は、子供の足では到底遠かった。

 彼女の言うように、いろいろ電車を乗り継げば行けるのは知ってたが。


 問題は、乗り継ぎ方がややこしく、子供の自分にはハードルが高かったことと、そもそもだが、電車賃自体を捻出できなかった。


 僕は母からの手紙を大事に、彼女から隠すようにポケットにしまうと、努めて明るく宣言してやった。


「よし。分かったよ。僕が連れてってあげる。ついてきな」 


 僕は玄関に杏子を待たせ、部屋からお金を持ち出して小銭入れにしまった。


 このお金は、実はノノの誕生日プレゼントを買ってやるために、1年間コツコツと小遣いを貯めたものだった。

 当時はノノと相部屋だったが、アイツはお昼寝の最中で、不審な僕の動きに全く気付く素振りは無かった。


 施設の玄関で、既に不安そうにしている杏子の手を取り、「行くぞ」と急かした。

 コイツの前では絶対に弱みを見せまいと虚勢を張った。


 いつになく堂々と。

 胸を張り、駅を目指し、切符を買った。


 ICカードなど無縁の僕ら。

 路線図を睨み、難しい漢字に目を凝らし指差しで辿り、杏子の母親の住む住所と照らし合わせた。

 そして運良く、町名が合致した駅を見つけられたのだった。


「やっぱり、もういいよ」


 腰が引けだした杏子に精一杯笑いかけた僕は、こう言ったのを覚えている。


「僕を信用しないの?」


 ナマイキでイケ好かんガキだよな、今思っても。

 けどそのときは本気だった。女の子に格好つけたんだよなぁ。


 で、杏子は腹を括ったようで。


 ――その後は一駅乗り過ごしたとか、住宅街で迷ったとか、駄菓子屋で杏子が動かなくなったとか、多少のハプニングはあったものの、特筆するような事件は起こらず、彼女の母親の住むアパートに行き着いたのだった。


 ただし実際には杏子の母親は、仕事か何かで帰って来なかったので、結局会えずじまいだったか、それとも、会えたが邪険にされて玄関先で追い返されたのか。


 肝心のそのあたりの記憶は何故かぼやけている。


 帰りの電車では、僕は、公約通り無事に目的地に着けた安堵、彼女に覚悟を決めさせてまで挑んだ冒険が無駄に終わった申し訳ないさ、さらに眠りこける杏子に愛おしさを感じつつ、施設の職員への言い訳を考えていた。

 駅からの道すがら、商店街のイカ焼きを僅かに残ったお金で買い、分けっこしながら食べ歩きしたのもぼんやりと覚えている。


 そう。

 翌週のノノの誕生日は、お金を使い果たしたので自前の絵を進呈したものの、ノノに「下手だ」と一蹴されたのも、ついでだが思い出した。


 なんてナマイキな妹だとムカついた。

 それに、杏子にそれを見られて恥ずかしかったなぁ。




 ……あ。

 ……なんだ?

 目をパチクリした。


 息を吐き、そして吸う。

 軽くむせたので口を塞ごうとしたが動かなかった。


 両手ともだ。

 とても重く、温かかった。


「――お、お前ら」


 ツェツィーリア、アンナさん、カーラさん、リヴィたん、そして杏子が、僕の手に手を重ねていた。

 重くて温かい原因はこれだったのか。


「豪人!」


 ツェツィーリアの叫びに一同が反射的に僕にしがみついた。


「重い、重い重いッ!」


 ジタバタ暴れてようやく解放してもらった。


「杏子さんが回復魔法をかけてくれたんだよ!」

「あ、有難う」


 ツェツィーリアの説明に恐縮し、杏子にお礼。ペコペコしあう。


「体がバラバラになっててさ。拾い集めるの大変だったんだから」

「ハハハ。それはあまりにも誇大表現……だろ? ……だよね?」


 カーラさんてばさ、恐ろしい話すな。ちょっと想像したぞ。


「――って待って。そ、それで! 勇者ジュドーは?!」


 一番気になるところだ、魔王城は陥落したのか?!

 実はここ、とっくにあの世なのか?!


「チュテレールがエロイーズさんに泣きついて、彼を止めてくれたよ? 今は外ですったもんだしてる」

「すったもんだ……? とにかくみんな、無事なんだな?!」


「うんっ」

「はーい」

「無事ですよー!」


 そっか。

 良かった!


「で、ここは?」

「恐れ多いですが、先代陛下の寝室です」


 どえらい場所に運ばれたもんだな。


 頷いた僕は周りを眺めて、部屋の隅にいるノノを見つけた。

 元気が無い……というか、覇気が無い。


「ちょっとノノと二人きりにしてくれ」




〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓





「どうしたんだ? またトラブルか?」


 コクリとノノ。


「転移魔法が思い通りに働かないの」

「……簡単でいい。説明してくれ」


 ――要は企図した規模での転移が不可能だということだった。

 大丈夫だ。

 転移は実行されるんだから。


 ノノの説明の中で、僕は一点、あるお願いをした。


「それ……本気で言ってるの?!」

「大真面目に言ってるが、何か問題でも?」


「だって、それじゃあさ、オニイひとりが大変な目に遭うじゃない!」

「でもな。誰かが担わなくちゃならない仕事だ」




〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓




 ノノと話をした後、部屋の外で待機していた皆を再び招き入れた。

 先程のメンツに加え、ラットマン将軍も同席している。


「大転移に重大な問題が生じた。――自転軸と転移起動軸のズレがどうしても補正できない。転移可能な領域はかなり限定的になると思う」


「限定的って……具体的には?」


「魔王城の本城転移はムリだ」

「転移が叶うのは、学校建屋だけ……」


「え……?」


 僕とノノの報告に静まり返る一同。


「確実に転移しそうなのは内宮にある学校建屋だけなの……! あんなに大見得切って、偉そうに、自信満々に言っちゃってごめんなさい!」


 自信過剰で傲岸不遜。

 決して人前で弱みを見せない妹が、――あの僕の妹が。


 声を震わせて、泣きじゃくって。

 皆に深々と頭を下げている!


 僕はその光景に内心少なからずショックを覚え、妹から眼を離せなくなった。


 だが皆は……と言うと。


 とっさに励ましや慰めの言葉なんて出てこない。

 皆が絶句するのも無理はない。


 エフェソスの城市どころか魔王城の本城さえ【転移不可能】と宣告してんだ。

 この期に及んで……という気持ちも抱いている事だろう。


 だけどだ。


「地理的条件や天候に左右されるのは理屈に合うし、仕方ない事だ。そのあたりは僕も前からノノに指摘されていた。だけども『大丈夫だろう、何とかなるだろう』って軽く考えてた。ノノには『お前ならできる』ってムリヤリな前向き思考を強要していたし、皆にも黙っていた。結論として、僕の見通しは甘かった。本当にすまない」


「おふたりを責める気なんて、さらさらありません。わたしたちはどうすればいいですか?」


 問いに対し、決然と告げる。


「何ら変わらず予定通りです。僕が鐘撞場の鐘を鳴らしたら、学校に集まってください」


 指定の学校は、リヴィたんとノノが尽力によって建てられた新築校舎だ。


 アンナさんは皆の方を見て頷いた。


「そう言う事です。豪人さまを信じ、行動しましょう」


「――でも! 豪人はどうするの?!」

「鐘を鳴らすのは転移現象が起こるよりも前だし、充分間に合うよ」


 いよいよ「その時」が近付き緊張したのか、皆一様に青いカオをしている。


「さあ。敵さんのお相手をするのもそろそろ終わりだ! 盛大にフィナーレを飾ろうぜ!」

「……」


「あれ? ノリが悪いなぁ。行くぜい!」

「お、おーッ」


「もっかい! 行くぜーッ」

「オーッ!」


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