06 豪人、人妻に即バレ②
――さて。
遂に夜の帳が。
降りたー。
昼日中から続く興奮に加え、マシマシになった緊張で心臓が破れてあたりに飛び散りそうだった。
それと言うのもやはり、何と言っても昼間の食事会での出来事である。
魔王さまはあんなギスギスしたシーンを毎日、どうさばいてたんだろ?
つーか、もっとハッキリ言ってやろうか。
……魔王さまは、家族たちとメッチャクチャ仲が悪いんじゃないのか?
……ということで我が身中のマッターホルンは、膨張と収縮を繰り返している。
不安定な精神・肉体状態を如実に語ってるんだよ。
だって、こちとら現世では童貞だ。現世ではな。(ホントだもん)
この歳の同年代はだいたいそうなのよ。たぶんだけど。
恥ずかしい事じゃないし、むしろ「ヒャッホー大人の階段、おまいらより一歩先に上がっちゃうぜー」って気分だし、まぁそれはいいんだが。
要はビビってんのさ、情けない事に。
いざ寝室に赴いたときに、昼間のヨメらのような態度を取られてごらん?
途端に我がマッターホルンは活動停止状態になって、つまりは不首尾に終わって、あげくに身バレして、ジエンド。それこそお終いだよ?
恐らく人間族だと騒がれてクビ。
魔王城を追い出されるだけならいいが、相手は魔物なんだから、例えば食用家畜とかやらに堕とされて人としての人生もお終いになって……。
などとアレコレとコワーイ考え事をしていると、童貞の待つ寝所に美女が忍び入って来た。
何故か和装だ。何故に和装? とか瞬間的な疑問はさておいてまずは動揺だ。
無意識に人妻、しかも魔王の正室さんだ。
こんなシチュに置かれた高校男子が他におろうか? いやおるまい。反語。
マジマジと眺めた。
歳は……予想してたよりもだいぶ若く見え、20代……半ばくらい、かと思える。
和装なのに、背中まで伸びた髪は結んでいたのを解いたのか、ゆるくうねっていて、何だか艶めかしい。
昼間の妻たちも大概可愛かったが、その中でも流石にトップを堅守するレベルだ。
正統ゴブリン家の血筋と聞いていたが、垣間見える素肌は良質の真珠のよう。
内側から湧き出るような輝きをもった白さを強調しているし、そして何と言ってもそのご尊顔は! 鼻高く、シュッと通っていて、整った顔立ち。デレデレ……もとい、心からホレボレした。
人間の美人と比べても見劣りしない。言わばエキゾチックな魅力であふれている。
東南アジアか中東系か。よく分かんないがゴブリン離れ、日本人離れしていることは間違いない。ガチ美人さんだった。
その御方が何の臆することも無く近付いて来たので想定外だった自分は、「わッ」と後ずさりしてしまった。
ベットにドスンと尻餅をつく。
間近に迫る美人妻は、今しがたとはまた違った印象を生じさせていた。
ほんのさっきエキゾチック美人と表現したが、それは正しいが、クリリとした瞳はどことなくおっとり・ほんわかしている。
真のお嬢さまが醸し出すゆとりというものだろうか。まさに優美と称えるべきだろうか。
「あなた」
うお?
咎めるような、甘えるような、子供っぽい抑揚。
「は、はい?」
「いけません、いけません。昼間の一件です」
「は……はぁ?」
「はぁ。じゃありませんっ。アウラ国の高官さんですっ」
のっけから怒られた。
昼間の件ってヨメたちとの昼食会じゃなかったか。てっきりその事かと。
アウラ国とやらの……高官……。えーと確か、14時頃に30分ほど面談したっけ?
名前……忘れた。ゴードンだったか、ラルクだったか、とにかくアウラ国の侯爵さまだ。
「そ、それが何か?」
「アウラ国はわたくしたちエフェソス帝国にとって、最重要パートナーなんですよっ!」
「は、はい」
「はいじゃアリマセンっ! せっかく手作りのケーキを持って帰っていただこうと思ったのにぃ。どーしてもう少し引き留めてくれなかったんですかー」
「……そ、それは……ごめんなさい」
ここで。
人妻さんが「はっ」と息を止めた。
実際に「はっ」と声を出してハッとした人に初めて会ったな……と取り留めなく思った。
「まぁ……。あなたさま、わたくしの名前、お分かりですの?」
「……え? あ……、アンナさん」
「せいかーい」
「は、はは……」
「……でもあなたさま、わたくしのダンナさまじゃありませんね?」
う。
は。
ありませんね。ませんね。ね。ね。ね……。
うわあぁぁ。
……そりゃバレる……か。
いや……バレたら終わりなんだ。
何故か知らん、妹のノノのカオが一瞬よぎった。
「何を言っとるかっ! 儂は魔炎王タルゲリア。この世界に君臨する絶対王者ぞ。幾ら妻と言えどあまりに無礼なるぞ」
「だってだって。あなたさまはダンナさまじゃなくて、別の御方ですわ」
そんな困った表情するなよ。
それと。そこまで断言するならもっと王妃らしく高圧的に問い詰めろ! そうしてくれないと、ポロッと白状してしまいそうだ。その、「しょうがない年下のボクね。お願いだから私を困らせないでね?」 みたいな眼差しヤメテくれぇ。
「どうしてそこまで、違う! と言い切れるのだ」
「だって。いつもはわたくしの事を「アンナ」と呼び捨てにされますもの」
そ、そう……なのか?
「それにあなたさま、自分の事を儂って。ダンナさまは……」
「朕! 朕! チンなんじゃあ! いつもの調子が出ないだけじゃあ」
グスン……と鼻を鳴らすアンナさん。
や、ヤメテくれ。美麗なお顔とのギャップが凄まじすぎる。
「だって……あなたさま、わたくしの夫じゃないもの……」
ダメ押しされた。
……フウ、と息をつく。数秒間瞑目して覚悟を決めた。
「あ……アンナさま。確かに自分はあなたのダンナさんじゃありません。春馬越豪人と言います。――あ、こっちの国ではパルマコシと呼ばれてます」
「……そ、そうよね。……でもどうして夫の代わりを……?」
「今は事情を話せませんが、これだけは言えます。アンナさまのダンナ、魔王陛下は家族を守るために僕を雇ったんだと」
自分はあまり話が得意じゃない。むしろ苦手だ。だが一生懸命、熱意を込めた。
アンナさんは不安げに自分の話に耳を傾けた後、こう言った。
「わたくし、嬉しかったのです」
「嬉しかった、ですか?」
「はい。嬉しかったのです。ダンナさま、近頃お体の調子が良くないとおっしゃっていたので。今夜はようやく良くなられたのかなあって。久しぶりにお話ができるわって思ったものですから」
体調を崩している?
それは初耳だな。
「ダンナさまが何か大事を抱えてあなたさまを遣わした。それはよく分かりました」
「お願いです。バレた以上、自分はクビで仕方ないんですが、妹は……妹のノノはこのまま雇い続けてあげてください。アイツはこの魔王城で働くことが夢だったんです」
「……夢、だったんですか?」
ジーッと見詰められた。
今更だが、いま自分たちはベットの上で語り合っている。
美人妻。人妻。
対して自分は高校生、血気盛んな若人。
マッターホルンが再度もたげてもおかしくはない。
でも今はそれどころじゃなかった。
「……わたくし」
「は、はい」
「――分かりました。黙っています。ダンナさまとあなたさまの隠し事、どなたにも話しません」
「ほ、本当ですかッ?!」
ニコッと笑いかけられた。ううっ?! なんてイジワルな。
だってだって、まったー……ほるん……が。
「カン違いしないでくださいね。ダンナさまとあなたさまの秘密を守るためじゃありませんよ?」
「は、はぁ」
「家臣たちや家族を不安にさせないためですわ。わたくしはそのために」
アンナさんの人差し指がつい……と伸び、唇に触れられた。
スッ……と横一線になぞられる。
「お口、チャック。しておきますわ」
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〇魔王城査定会議〇 ときどき開催
議題:パルマコシという男ををどう思うか?
春馬越ノノ(実妹・技術研究員) あれ? いたの?
リヴィ(ダークエルフ・内政担当) どヘンタイのヘタレ。
バンク(老執事) もう少し頑張っていただきたい。
サシャ(メイド執事) いつクビになるかな。
アンナ(正妃) どうか頑張ってくださいね。
アリス(第2夫人) 誰?
ローザ(第3夫人) 誰よ。
セリア(第5夫人) 知らない人。




