58 魔王城の長い一日④
魔王城はその日、日没直後に夜襲を受け、甚大な被害を被った。
避難希望者を送り出していた閉門寸前の西門が狙われ、激戦の末、西地区が落とされた。
魔力攻防が繰り広げられた過程で、市街の広範囲に火災と暴風が起き、建物が延焼或いは倒壊し、多くのゴブリン、他種族の市民が亡くなった。
僕は懸命に指揮を執り、北地区と南地区への侵入を食い止めたが、魔王城のある中央区の一部を占拠され、不利な戦況となっている。
「明日には転移が起こる。本城には一兵の敵も入れたらダメだ」
頭を垂れた第4将軍のギースは光らせた眼を部下らに流した。
直立不動になったゴブリンウォーリアの小隊長5名と、グリーンゴブリンたちで構成した部隊の精鋭らは、僕にはこの上なく頼もしく映ったが、それと同じ位、とてつもなく悲壮で、国に殉じる特攻隊員のようにも映った。
ここで本来なら気の利いた訓示なんてものをしなきゃなんないんだろうが、僕には人を感動させる性質も話術も生憎持ち合わせていないので、申し訳ない心持ちながら、彼ら全員と無言の握手をすることにした。
彼らは魔王城の奥を預かる近衛団の中でも最優秀と認められた一団だったので、その虎の子部隊を放出するのは、最終カードを切ったに等しい状況であるということだった。
10分以上かけ、50名ほどの兵たちとの握手を終えた僕は、本来苦手であるはずの声掛けをしたいほど気持ちの高ぶりを覚えていた。詰まり詰まりしながら言葉をかけた。
「昔、ある絵物語を読んだときの話だ。主人公のいる部隊は王を警固する名誉ある部隊なんだが、ナゼ彼らがその部隊を希望したのか。それはまぁ、名誉って事ももちろんあったが一番の理由は、『滅多な事で直接戦いに参加しなくていいから』って理由だった」
ザワッ。
規律正しい彼らの中で、そんな音が聞こえた気がした。
「別の話だが、その国はとても平和で、戦争なんて無縁の国だった。ところがあるキッカケで隣国と戦うことになり市民兵を募った。戦争を知らない若者たちは流行に乗る気分で志願し、ピクニックにでも行くように戦場に出掛けてった。……そして半年後、ほとんどの志願兵が遺骨になって両親の家に帰った」
ザワッ。――と今度はハッキリと音がした。
「他にもある。とある軍船があった。これの船長と航海士、そして幕僚たちは自分たちの船を『不沈船』だと豪語して、絶対の自信で開戦に臨んだ。だが圧倒的な敵船団の猛攻を受け、不沈であるはずの船が大きく損傷をこうむった。そこで、船員たちを置いてけぼりにし、真っ先に逃げたのは船長、航海士、幕僚たちだった」
そして遂に声が挙がる。
「恐れながら魔王陛下ッ!」
「――なんだ?」
「先程からお聞きしていると、どうも我々が『平和ボケし、腰抜けで役に立たない』と仰っているように聞こえます!」
ゴブリンウォーリアの一人だ。彼は将軍たちにも将来を見込まれている若者だ。
「うん。そう言ってる」
一斉に、絶叫に似た怒号が沸いた。
さすがにいきなり僕に殴りかかって来るようなヤツはいなかったが、ほぼ全員が、僕に対して悲憤を発端とした敵意と憎悪を抱いた目をした。
皆、容姿が厳ついゴブリンたちなので、内心恐ろしくて震えた。
「質問するけどさ! お前たちは誰のために、何を成そうとしてるんだ?」
「それは! 魔炎王タルゲリア陛下の御為に!」
「命を尽くして忠誠を誓い!」
「盾となり剣となって、刃向かう敵どもを――」
僕は喉をつぶす勢いで吼えた。「違う」と。「間違ってるぞ」と。
「まず言っとくが、僕は魔炎王タルゲリアじゃない。ただの魔導人形の生まれ変わりだ。お前たちは魔導人形に忠誠を誓えるか?」
「――!」
そりゃそうだ。絶句するだろう。
ニセモノに敬意を払い、忠誠を誓う者なんていない。
ギース将軍が暗い眼をして僕の前に立った。
暴走真っ只中の僕の盾になろうとしてくれてる。
詰め寄ろうとした連中が足踏みした。将軍が間に入ったので思い留まったようだ。
「だけどな。僕は魔炎王タルゲリアから遺志を引き継いだ、れっきとした2代目魔王陛下だ。自己紹介が遅れたが立場上、お前たちの上司になる」
「――!」
可哀そうにも混乱している。
混乱させてんだけれども。
で結局、何が言いたいんだ? って顔付きに変わったな。
「あらためて僕からの指示を与える。本日只今をもって、近衛団の組織的活動を終了する。僕は僕で自己防衛する。お前たちはお前たちで、為すべきことを自分で考え、それを為せ。ただ一点、これだけは守って欲しいことがある。お前たち、一人一人がこの世で一番大事に思っている人を護れ。そしてその人と最後まで生きろ! 死んだら絶対に赦しはしない! ――わかったか!」
……返事がない。
……アレ?
「……分かった、のかな?」
一人が代表のようにおずおずと手を挙げた。
「あのう……」
「何だ?」
「あなた……さまは、魔導人形であって、魔王陛下の正統後継者とおっしゃられるのですか?」
「そうだ!」
力強くハッキリと答えたのは僕でなく、ギース将軍だった。
それと、たった今認識したんだが、何と僕の真後ろにアンナさんが立っていた。
一同、緊張感をフルスロットルにし、直立不動の姿勢に立ち戻った。
更に号令一下、片膝立ちになる。
「そうですよ。この御方は何を隠そう、初代魔王陛下、タルゲリアさまの正統後継者なのです。皆、この御方の命令にしっかりと。従ってくださいね」
「――ハッ、ハハアッ!」
ビシッ! と声が揃った。
しかして。
僕のさっきの指示、憶えてるかな?
最も格上の隊長が声を張り上げた。
「総員! 各々考動し、最愛の者と共に生き延びるべし! 魔王陛下に敬礼ッ、解散んッッ!」
……アリガト。しっかり覚えててくれてたね。
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ところでアンナさんだ。
さっきナゼ気付くのが遅れたのかと言うと、彼女が一兵卒の恰好をしていたからで。
ややサイズ違いに思える革製の鎧に、厚みのあるブーツ。
手に槍も持っている。
「自ら戦う気ですか?」
「自分の身は自分で守る。ですわ」
ヤル気と根性はよく伝わりました。
だけども重そうですよ、その槍。腕がブルブルしてますって。
取り合えず、なんやかんや上手いコト言って槍を取り上げ、代わりに誘導灯を持たせた。
「これは……?」
「市民や兵らを導くために使う重要アイテムです。以前僕がバイト……いえ、仕事をしてたときに使ってたもので、こっちの世界に持参してました。役に立ちそうで良かったです」
「そんな貴重な魔導アイテム? をお借りしていいんですか?」
魔導アイテムでは無いんだが……。
まぁこの場は良いように解釈しといてもらおう。
「貸すというより差し上げます。アンナさんは武器なんかよりも、そっちの方が合います」
あと、防具も何とかしてやりたい。だってこれも重そうにヨロヨロしている。
「もうちょっと何か……動きやすい衣装にしませんか?」
「えー……。あ! それじゃあ、前に見たことがあるんだけど良いものがありますわ」
「いいもの?」
「それをお借りします」
……あんまし期待するのは止めよう。
楚々と居なくなったアンナさんを見送り、僕は塔のテッペンに戻った。
城市を遠望した。――西地区の火災は治まっている。
ただ、そこには敵兵がいる。
廃材や持ち込んだ資材で陣地を築き、外の味方をどんどん招き入れていた。
城市から逃げ出したかった市民の内で、逃げ遅れた者は、もう居残るしかなくなった。
他方、侵入を赦してしまった魔王城本城のエリア、中央区の西端あたりで激しい戦闘が継続しているが、ギース将軍が参入してからはやや形勢が好転し、敵を押し戻しつつある。
僕は魔導アイテムを据え、指示をした。
「逃げ遅れた市民らを魔王城に避難させろ」
ラットマン将軍が応答する。
さすが彼は反応が早い。
『中には避難を拒む者もいますが?』
「……ああ。気の毒だが、もう覚悟を決めてもらうしかない。浮遊大陸で生きようと説得してくれ」
本当なら僕はこの場で最後まで責任をもって指揮を執らなければならないが、尻が落ち着かなくてどうしようもなくなった。
開発室のノノの様子を見に行った。
その途中の廊下でアンナさんと出くわす。
「そ、そのカッコウ……」
「うん。わたしの服をお貸ししました」
アンナさんとお揃いの体操着のジャージを着ているのはカーラさん。
グレー系っぽいのがアンナさんで、黒っぽいのがカーラさん。
ああ姉妹みたいだねー。
「って、ジャージって! ……まぁ確かに動きやすいでしょうが」
あんたら仮にも王族なんすよッ?!
……もう、いっか。非常事態中だし。
「決して魔王城の外には出ないでくださいね? あと――10時間ほどで城ごと強制転移しますからね? 分かってますね?」
「ワクワクするわね、アンナさま」
「そうね」
案外仲良いんだな。
「豪人さま。ちょっとお付き合いくださいな」
「あ、いや僕、急いでて。後で」
「豪人クン。アンナ陛下の命令を断るのは良くないですよ?」
何なんだ全く。
「面談です、面談。短時間で構いません」
仕方ないなぁ。




