57 魔王城の長い一日③
ひっきりなしにアウラ国から抗議文や弾劾状、警告状などが届く。
『エセ魔王を引き渡して魔王城を開城すれば、城兵と城市市民に一切危害を加えない』
要約すれば、だいたいそんなような内容だ。
夜の内に城市内に密偵が入り込んだようで、「ニセモノ魔王さえ突き出せば助かる」との喧伝が横行している。
市民や将兵たちの間で、僕への疑念や不信感が高まっている事だろう。
「東門の夜襲は退けました。南門が一部破壊され、そこへ重点的に敵が押し寄せています」
ラットマン将軍が珍しく顔を曇らせている。
「敵の中に見知った者どもが多数おりまして。……元部下や同僚たちです。やり切れんですな」
「……そういうこともあるだろ。どういう身の振り方をしようと彼らの勝手さ。僕らはただ、敵から身を守る事に専念する。とにかく残り2日耐える。それだけだ」
彼には通信用の魔導アイテムを渡しているのでいちいち塔まで報告に来んでも良かろうに、こうしてやって来る。まるで御機嫌伺いだ。嬉しくもあり、申し訳なくもある。
「光の加護の娘が暴れております!」
僕とラットマン将軍の間に割り込んだのは執事長のバンクさん。
職場復帰を果たして早々、宮中職員で編成した守衛部隊長を担当し、不慣れな武器を抱えて奮闘していた。
用件は彼の顔で判った。
「チュテレールの件か。で? 彼女の要求は?」
彼女、だだをこねている。
「しかと分かりませぬが、具体的な内容を聞いて参ります」
「いいよ。僕が直接聞く」
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チュテレールの要求……というか、訴えている事は至極単純だった。
杏子とヤーン博士の仲を裂き、杏子に目を覚まして欲しいというものだった。
現時点で別に両名は深い関係になっているわけじゃなかった。
ただ前世の、両思いだった記憶が蘇り、戸惑いつつも徐々にだが、片言や身振り手振りで会話をするようになっていた……という程度だった。
なんせ現世じゃ杏子はまだ、うら若き乙女だしヤーン博士とは孫以上に年が離れている。精神的にも肉体的にも「ハイめでたくゴールイン」などとはならんのであった。
しかしその辺のところはチュテレールには通じない。
ふたりの(怪しい)仲を不快に感じ、どうにかしなければと独りで悩み、ついに思考のダムが決壊して暴れ出した……のだった。
僕が現場に着いたときには4~5名の衛兵が床で目を回し、(さすがは勇者一味、普通に強い)、杏子と一進一退の攻防を繰り広げているところだった。
要するにサキノキの街に戻ろう、戻らないで腕の引っ張り合いに興じている最中だった。
「チュテは浮遊大陸になんか行かないもんッ! 杏子と一緒に帝都で暮らすんだもんッ! 魔王城なんてどうなっても知らないもんっだ!」
「まぁそう興奮すんなよ。ひとつ聞きたいんだが、チュテは杏子の気持ちを尊重して『そうしよう』って思ってんのか?」
「当然だよう! 魔物たちと共に暮らすなんて考えただけでゾッとするし、アンコが幸せになんてゼッタイのゼッタイにならないもんっだ!」
珍しく異世界語で遣り取りしているので、杏子にはチュテレールの言い分が伝わらない。
てーか待て。
チュテレールは元々異世界語しか話せなかったはずだ。
それが杏子にだけは日本語に理解されて通じていた。
「な、なぁ杏子。チュテレールが何を言ってるのか、理解出来てるか?」
悲し気に首を振る杏子。
やっぱり意思疎通が出来なくなっている。
「チュテレール、杏子が嫌がってる。とりあえず手を放してやれ。僕が通訳してやるから、ゆっくりとお互いの気持ちを話し合え」
それでもまだ興奮してだだをこねたチュテレールだったが、粘り強く杏子と僕でなだめすかし、だんだん会話が成立するようになって、それから1時間ほど、ふたりは本音を言い合うようになった。
チュテレールは結局、杏子と離れ離れになりたくないし、彼女が魔物にとられるのが厭だという事。杏子の方は長年の想い人と再会できた幸運を手放したくない気持ちと、チュテレールを妹のように思っているので別れはしたくない気持ちがせめぎ合っているということだった。
「僕から言えるのは今一番望んでいる事に素直になるしかないということだな。どうでもいい事柄に固執してると全然前に話が進まないということだ」
「魔王が何言ってんのか分かんない」
ええい。メンドーなガキんちょだな!
「杏子はチュテレールと浮遊大陸で暮らしたいと思っている。あとはチュテレールがどうしたいか、決心するだけだ」
「えー……じゃあ、浮遊大陸に行くう」
「ふーん。よし分かった。――でもな、チュテレール。ひとつ大事な事項があるぞ?」
「な、なに?」
勿体をつけて彼女の真剣みを十分に引き出してからのたまう。
「チュテレールは現在、残念ながら大切な杏子と言葉が通じない。この僕を介さないと満足な会話が叶わない。――この意味が分かるか?」
真顔をつくってジッと彼女を睨む。
「ウントねぇ。呪いのかかったアンコを助けるために、魔王を倒す?」
「……いや、違うな」
わざとか、コイツ。
「チュテレールは僕のコトも大切にしないと、アンコと今まで通り仲良くできないっていうコトだ。――このハナシ、理解したか?」
「ウーン。……なんとなく?」
「何となくじゃダメだ。もっとしっかり頭に叩き込んでくれないと」
「いいよ! 理解したー」
「復唱してみろ」
「チュテはぁ、大嫌いな魔王の弾圧に耐えたらアンコと一緒に暮らせる」
……コイツはぁ。頭が良いのか悪いのか。
「好き好きダイスキ魔王さま。――はいッリピートアフターミー!」
「チュテ、アンコに日本語教えてもらう」
頑なやなー。
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兵士たちの屯所でノノとヤーン博士に出くわした。
ふたりもたまたま喫食でかち合ったらしい。
「わざわざ一般食堂に食べに来たの?」
「提供が早くてウマイからな」
本当は兵らの様子が知りたかったからだ。
肉混ぜ丼を平らげたヤーン博士はおかわりがしたいのか、カウンター向こうの給仕を探している。
「儂も同意見じゃ。ここのが一番ウマイし量が多い。腹が減っては戦が出来んからな」
「太ると杏子に嫌われますよ?」
「栄養不足で老死する方が嫌がられるわい」
ノノは僕らのバカ話を上の空で聞いている。
当然だろう。
転移装置の発動が気になってるに違いないからな。
「ヤーン博士。兵の統率は置いといて、ノノの手伝いに回ってもらえませんか?」
「そりゃ構わんが、むしろ足手まといだと思うが?」
僕はノノの心労の心配もしているが、正直ヤーン博士も心配している。
何かの具合で戦死でもしたらアンコに申し訳が立たない。そんな打算的な事を思い、いっそ裏方に従事してくれたら気が楽なんである。
「ノノ。博士に、技術開発部の支援に回ってもらうがいいか?」
「……え? ヤーン博士はアンナさまたちの護衛を担当してるんでしょ?」
「それならラットマン将軍とサシャ、バンクさんが引き受けてくれてるから大丈夫だ」
「バンク執事長はともかく、サシャ執事はどうなの? また問題行動を起こさないとも限らないわよ?」
それならもう彼は大丈夫だ。
僕が保証する。
「サシャは絶対に信用できる。心配いらないよ」
こんな遣り取りをしている間にその日の夕刻を迎えた。




