56 魔王城の長い一日②
何となくだが一日のほとんどの時間、僕のいる場所は主塔てっぺんの鐘撞場になった。
心置きなく外の世界を見渡せるんで、いま一番安心し落ち着ける場所になっているからだろうな。
入れ替わり立ち代わりで人が訪ねてくるのが難点だが、逆に誰も来ないってのも寂しいし、ま、良しとしよう。
「リオン国(※ホビット族)がエフェソス帝国に対して宣戦布告しました。北進を続け、3日の内には城市近郊まで到達しそうです」
「あれほど仲良しだったリオン国でさえもか。いよいようちもお終いだな」
にしても……バッドニュースばっかしだよな。
「また、オーク国も血に飢えた好戦派が決起し、エフェソス領内に侵犯しています。街や村に甚大な被害が出始めています」
淡々と報告をこなすラットマン将軍。
なんかイラつく。
「まったくロクなニュースがないな。どれもこれも僕の力の無さが原因だ」
「そうですな」
「……『そうですな』は無いだろう。そこはフツー『そんなことありませんぜ』だろう? ……いや、まいいや。事実だもん」
「事実ですな」
くそお。反論出来んし歯ぎしりか地団駄しか出来ん。
「魔王陛下はこのまま浮遊大陸に行かれるんで?」
「……ああ。まぁ、そうだな」
「浮遊大陸で何をなされるつもりですかい?」
何を?
んな事考えた事無いな。
「……たまには謁見の間の玉座に身を落ち着けてみたらどうです?」
「玉座? あそこ居心地悪いんだよなぁ。魔炎王タルゲリア陛下が化けて出て来そうで」
「だからですよ。たまには陛下の説教を受けたらどうですかい?」
「説教……か。確かにあそこなら聴けそうだな」
――僕はそれも一興だと素直に思ったので謁見の間に赴いた。
ここは僕が初めて魔王陛下に会った場所だ。
侘しく静かだろうなと思いきや、戦時下の今は、行き来する将兵や城勤めの者たちで殺気立つほど騒がしかった。
僕は影法師のように移動。注目を浴びずに玉座に座れた。
……ううむ。やっぱり最悪の居心地だ。
僕には分不相応すぎるし、第一、尻が冷えてソッコー腹下りしそうだ。
思えばここに座ったのはこれで3度目だな。
1度目はアウラ国の王子に会ったときか。
アイツはクセモノだったな、今にして思えば。
2度目は……そうだ、アンナさんが僕を二代目魔王陛下だと腹心たちに宣言してくれたときだ。
そのときも尻がムズかゆかった想い出しかない。
「よくもまあ、魔王陛下はこんな所に堂々と座れたもんだ。僕なら絶対にごめんだね」
「なら、何故座っている? 何故我慢している?」
空気がズン……と重く、冷たくなった。
「え……?!」
ゾッとしてあたりを伺う。
恐る恐る。
すると。
「ま、魔王陛下……?!」
紛う事なく、生前のままの陛下がそこに、僕のすぐそばに、僕を見下ろして立っていた。
「――へ、陛下。申し訳ありません」
「何を謝る?」
「僕が不甲斐ないばっかりに。こんな結果に」
「ふ、確かにな。実に不甲斐なかったな」
怒られるんじゃなくて笑われたので、ちょっと傷ついた。
「でも。一生懸命頑張りました。不甲斐ない結果の半分は僕を影武者にした魔王さまのせいでしょうし」
「一生懸命という言葉は簡単に使うものではない。ましてや、自分に対して使うものではない。なぜなら自己の限界を定めてしまうことになるからだ。一生懸命な頑張りは、皆の前で部下を賞するときにのみ使うと良い」
「はぁ」
「例えば」
こう言うふうに。
と魔王さま。
「よくやった。一生懸命に頑張ったな」
右手を差し出す魔王さま。
「ボヤッとせず胸を張れ。朕は心から述べているんだぞ」
僕は感極まり、伸ばした手が震えた。それをがっちりと両手で包んでくれた。
「春馬越豪人は影武者ではない。立派な二代目皇帝である。自信を持ち、自分が信じるケリをつけよ。朕は最後まで見守っておるぞ」
詰まった喉を鳴らし、何度もうなづく僕。
「ま……魔王さま! ひ、ひとつ、いや、ふたつ、お聞きしたかったことが……!」
ようやく出た声は裏返っている。
――裏返った声は、見えなくなった魔王陛下を通り抜けた。
前のめりによろめき、誰かに支えられた。
「……大丈夫ですか? パルマコシさま?」
ひどく怪訝に、眉をひそめたリヴィたんが、僕とカオを突き合わせていた。
「……オツムの具合、ヤバげではないですか? エロ陛下?」
どうやら僕はリヴィたんの手を握り、滂沱の涙にくれていた……ようだ。
周囲確認する。
ここは……最上階の鐘撞場だ……な。
謁見の間じゃないぞ。
夢オチで、故人と語りをしていたということになる。
ああ。なんてこと。
「勝手に手を握ってごめんなさい。ビンタ一発で赦してくれる?」
「しませんよ。そんなこと」
一体いつから僕が白昼夢を見ていたのか知らんが、彼女、毛布を持ってきてくれてたらしい。
アンナさんにでも言い付かったんだろう。
「有難う。アンナさんにもお礼言っといて」
「……はぁ皇后陛下に、ですか? 意味が分かりませんが承知しました」
「意味が分からない……ん?」
僕のカン違い? アンナさんの言い付けじゃないの?
じゃあダレの差し金?
別にいいけど。
「……持ち場に戻らんの?」
「邪魔なら戻ります」
「そう……じゃない……けど」
「そうじゃないなら好きにします」
「好きにしろ」
好きにしろとは言ったがジッと見んでいい。
だから、ふわふわと羽根動かすなって!
「? あの。どうしてわたしに毛布を掛けるのですか? これはパルマコシさまに――」
「掛けたいからだ。不快だったら持ってけ」
「不快……ではないので、じゃあ、こうします」
僕を毛布の中に引き入れた。
ふたりで毛布にくるまる状態になった。
まさか。
まさかこれってラブいヤツ……?!
「なあっ? 何してんだ?!」
「パルマコシさま」
「なんだよ!」
「わたし、感謝してるんです。パルマコシさまに」
「か、か、か。感謝されるような善行、した覚えないけどッ?」
ツンな横顔をチラ見する。
どことなく高揚しているように思えるのは僕の妄想のなせる業か。
「善行してくださいましたよ? 皇后陛下が誘拐されたときには必死になってくれましたし、ノノさまと進めた学校と病院の運営も順調です。ツェツィーリアさまのことも。……それに」
あーもー。
「リヴィたんが感謝してくれるのは嬉しいよ。だけど僕は実際ほとんど何もしてない。カラ回りして、騒いで、人に頼ってばかりだ。それを言うなら僕の方こそ感謝だよ。キミみたいな子とこうしてひとつの毛布にくるまってイチャラブしてる」
「それは大いに妄想バクハツですね。わたくしはあなたに殿御の魅力などまったく感じてませんし、ましてや恋愛感情などさらさら抱いてません」
「い、言うねぇ。お兄さん、ふかぁく傷ついた……」
「……だったら」
「? だったら?」
「だったら。慰めてあげましょう」
頬に柔らかい感触。
同時に熱い息遣いを感じた。
「――!」
毛布から飛び出し、リヴィたんを眺めた。
まっすぐ僕を見詰めている。
フザけている様子はなかった。
「リヴィたん。……僕は――」
「知っています」
「――へ?」
「知っています。あなたさまと同じ位、わたくしもあなたさまが嫌いです。……これで少しは安心しましたか?」
キレイに毛布を畳んで床に置き、一礼したリヴィたんが去った。
僕はただ黙ってそれを見送った。
しばらく呆然としているとラットマン将軍が注進に来た。
「旦那ぁ。さっきそこで、とある娘とすれ違いましたがね。涙目で睨まれましたぞ? 何か卑猥な事をしようとしたんじゃないでしょうな?」
「……お前と一緒にすな。……で何の用だ?」
「へいッ。東門と南門が総攻撃を受けとります。北門と西門の守備を割いて向かわせましたが城から増援を出しますか?」
上から見ていて知っている。
「ダメだ。手薄になった北と西のために温存する。城市市民の西門からの避難を急がせろ。モタつきすぎだ」
「荷車渋滞ですな」
「とにかく支度金を持たせて命だけ逃がすよう促せ。もう時間が無い。城に金は残さなくていい」
「ははッ」
陽が昇る。
新しい朝を迎えた。
あと2日。
どうにかもってくれ。




