55 魔王城の長い一日①
魔王城に帰り着いた。
着くやいなや、魔王城でもっとも高くて見晴らしのいい場所――主塔の最上階にある鐘撞場――に登った。
ここは。
普段は鐘撞きをするどころか立ち入る者が無く、飾りと化した古びた鐘が据えられただけの場所で。
ときどき僕が孤独を得るしか役目の無い、だけど僕にとってはかけがえのない秘密の場所だった。
でも今日は独りじゃない。
妹と幼馴染……ノノと杏子を伴っている。
「あれ! 全部豪人の敵?」
「四面楚歌よね。この状況」
杏子とノノの驚愕が胸を衝く。
ぐるりと見渡してみたら、内芯が震えた。
――我が城、夏炎城エフェソスとその城下は……敵に包囲されていた。
「僕が不在にしてた10日間の出来事を報告してくれ」
「アウラ国から最後通牒が来た。『魔王城を開城し水秋族国(※ゴブリン族譜代)と土春族国(※ゴブリン族譜代)に政治を任せろ。皇帝は退位せよ』だいたいこんな主旨。――で黙殺。アンナさまは届いた文書で鼻をかむから寄越せって息巻いてたわ」
「へーッ。ゴブリン族の王女さまって相変わらず豪胆」
アンナさんのジョークを真に受け、妙な感心をする杏子に苦笑いし、四方を眺め直した。
今しがた話題に上った同族国の水秋族国と土春族国が、先を争ってエフェソス城市の南面と東面に到達。各々陣営を築いている。
繰り返すが両者はゴブリン族で、帝国内での立場で説明すれば国軍側だ。
これだけを捉えれば内輪もめと言える。
だけど北から西にかけての方角を振り見ると、まだ距離を置いているが、先走り軍を督戦するかのようにアウラ国(※竜族)の掲げる旗幟が幾重にも林立しているのが見える。
アウラ国はれっきとした外様。
なので、この時点でエフェソス帝国は全面崩壊した状態と言い切れるのだ。
「アウラ国にそそのかされた水秋族国と土春族国は『エフェソスの立て直しを図る』と称して、4将軍を処罰させろとウルサイ感じ。いきり立ったコウゼン将軍が命令もしてないのに城を飛び出して」
「どうなった? ま、聞かんでもだいたい想像がつくが」
「エフェソス城市の外壁に取り付いてた敵ゴブリン兵たちを一蹴。連中、だから警戒して距離を取って陣地を築き出したってとこ」
「君側の奸を排するって口実か。大義名分ご苦労様。恩賞目当ての一番槍たちはご愁傷様だったな」
にしても。
敵さんの行動が思ってたよりも早いな。
人間族どもが裏で何かしらの工作をしてるのかな。
「魔王陛下の死が流布されたからよ。『今の魔王はただの影武者だ』って、諸侯たちは次代の覇権争いに思考がシフトしちゃってる」
「魔王城内部の動揺は?」
「計り知れない。パニックになって逃亡した兵も大勢いたし、詐欺師を成敗するとか、亡き陛下の無念を晴らすとか声高に叫んで反乱した部隊もチラホラあったし、城市市民の暴動を煽動した貴族もいたし、オニイを暗殺してお家乗っ取りを企てた輩もいたし」
そ、そりゃ……大変だったな。
僕もよくそんなアウェーなさなかに帰って来れたよな。
「ラットマン将軍の采配でぜーんぶ。大事に至らなかった」
「上手く立ち回ってくれたんだな」
「そりゃもう……ね、怖いくらい上手く処理してた」
「そ、そうか」
もしもだが。
ラットマン将軍が裏切ってたら、僕なんてとっくにあの世にいるだろう。
斜め下、張り出しのバルコニーにいるヤーン博士とサシャ、そしてチュテレールがチラ見えた。
ヤツら明らかに気抜けしているな。
ヤーン博士に至っては欠伸している。
緊迫感の欠片もない。
仕方のないコトだ。
いまさら慌てたところで大勢は変わらんし、むしろ冷静になったもん勝ちだと思うし。
所々異世界語でしゃべってたので、ノノとの会話は杏子にはハッキリとは伝わってない。
彼女なりの感想が漏れる。
「敵に囲まれた状況でよく帰って来れたよね?」
「城市近郊に着いたときには確かにビビったな。なんせ敵だらけだったからな」
城内につながる点転移ルートが無かったら、帰還なんて不可能だった。
なお、点転移装置を破壊するか判断に迷った挙句、僕は結局破壊した。
敵に利用されたら簡単に侵入を赦してしまうからだ。そうなったら一巻の終わりだしな。
ただこれが行えたのは、当然ながら出口側(アウトプット側)だけだ。
入り口側(インプット側)は残存しているため、気掛かりは残されている。
「でもどうして杏子さんを連れて来ちゃったのよ! 戦いに巻き込まれちゃうじゃない」
「いや……。杏子、言ってやれ」
「あの……その……。わたし、ヤーン君の手助けをしたかったから」
「や……ヤーン君……?」
ノノ、僕の首に腕を回し、隅に引っさらって訊く。
「……つまりナニ? オニイは杏子さんにもフラれたの、マジ?!」
「にも、とか言うな! 人聞きの悪い!」
ちょうど眼下にツェツィーリアが現れて、何かサシャに話し掛けているのが眼に入った。
時折笑い合って、周囲にバレないようにこっそりと手を重ねた……ところまで目撃してしまった。
うぐ……。心が痛苦しい。
「言っとくけど、オニイ。あたしは同情なんて一切しないからね」
「同情なんて要らん。余計悲しいわい」
4将軍のひとり、ラットマン将軍が顔を覗かせた。
「陛下ー、準備ができましたぜー」
「ああ、行くよ」
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僕は用意された席に座ったが……、妙に居心地が悪い。
「ラットマン」
「何ですかい?」
「その。何だ」
広すぎるんだよ、部屋が!
確かに今からおこなうのは、形式上は御前会議だ。
でもな、深刻な話をするには肩を突き合わせるくらいの狭空間の方が落ち着くんだよ、この僕の繊細な神経を気遣ってくれよ、なぁ?
「……なんでもないさ」
「何でもない? 用もないのに呼び掛ける? 妙な上司で困るなあ。……っと独り言でさぁ」
「こ、コイツ。世が世なら大減俸が確定すんぞ」
「それは……パわあハラスメントなるものでは?」
「逆パワハラだっつの」
ツンツンと脇腹を突かれる。ノノだ。
「明るいわよね、オニイ」
「わ、悪いな」
「……別に。悪くないよ」
その微笑はなんなの?
怖いんだが。
――いやいや、気を取り直すぞ。TPOをわきまえるのはトップのイロハ。
「戦況のおおよそは妹の報告と魔導アイテムで聞き知ってはいる。が、予想以上に反勢力の動きが早い。大転移装置の発動はそろそろ可能か?」
「事前テスト結果に若干の懸念が出てる。もう少し時間が欲しい」
ノノらしくない。実に弱気な回答だ。
よっぽどのトラブルが生じたと見える。
「具体的には? 何時間必要だ?」
「何時間? あと7日は欲しいわ」
な、7日だと?!
当初は今日。
ハロウィン、つまりエフェソス帝国というところの万聖節の前夜祭の日に決行するはずだった。
……はずだったのに。
「ヤーン博士の見立てはどうですか?」
「儂なら2週間と報告するな」
「に、にしゅう……そうですか」
「えげつない位にゴク潰しですね。老師は」
サシャは容赦ない――がよく言った!
ちょっと胸がスカッとした。
「丸3日、72時間で何とかしてくれ。72時間後のこの時間に自動発動してくれていい」
「え?! 手動で操作しないの?! そんなコトしたら2度とやり直しは出来ないわよ!」
「それでいい。今回は時間との勝負だ。発動前に城が陥落したら元も子もない」
難しいカオで考え込んだノノだったが、やがて「ウン、分かったわ。それなら72時間で可能よ」と力強く承知した。
「72時間後、何が起ろうと、この城は浮遊大陸に跳躍する。みんな、覚悟を決めてくれ」
「はッ!」
敵の攻撃に72時間、耐える。
そしてエフェソス帝国は地上から姿を消す。
僕の影武者バイトの、最後の大仕事だ。
「城市市民のうち、浮遊大陸への転移を希望する者は60時間以内に城内に集合するよう通知しています。なお、残留者の身の保障は出来ないとあらかじめ申し伝えてもいます」
「国庫が底をついてもいい。せめて支度金代わりに詫び金を渡して落ちさせてやってくれ」
「夜逃げの手配なら不肖ラットマンがしますぜ。得意なので」
「……どうも聞き捨てならんが……わかった。じゃあ援けてやってくれ」
あれ?
そーいやヘリードル将軍の姿が無いぞ。
ま、まさか逃げた?
「ヘリードル将軍は?」
「あのお方なら、巨人族の国に出掛けました」
「巨人族?」
昔、統一戦争の時代に同盟を結んだことがあったという。
もう一度同盟交渉をする気か?
だが当時と事情が異なる。
今回はこちらの一方的な頼み事だ。向こうには何の利もない。
ムダに終わるだろうが、彼の心根が嬉しい。
「豪人。光の加護の人はどうするの?」
ツェツィーリアからの質問。
うなづき、答える。
「ヤーン博士とふたり、希望を聞くよ。ノノに会えたから、もう満足したみたいだし」
「テイマーの子は?」
「チュテレールか。それも本人の意思に任せる。僕を襲いたいんだったら、それも良し」
「豪人……」
会議中終始微笑を浮かべ、沈黙を保っていたアンナさんが、最後の最後に口を開いた。
「じゃあこのまま、昼食会にしましょう。――ね、陛下?」




