51 魔王と勇者、ひっそりと決戦す①
三人称
「ねえ。カレシ、カノジョになってみない?」
階段の途中。
「――え?」
振り返った瞬間に、足を踏み外す少年。
惟江田杏子の言葉はいかにも不意打ちだった。
杏子はぐらつく少年をとっさに抱きとめた。
「悪い。助かった」
「こっちこそゴメン。そりゃビックリしたよね。急に、だもんね」
逆ハグされる形になった少年は飛び退き、「いや……」と手で顔を覆った。
「あ、あのさ、豪人」
「――? なに?」
「ヘンなコト、訊いていい? わたしたち、ずっと前から知り合いだった……かな?」
「……えーと。ホントにヘンな事訊くな」
「近頃やたらと気になって……と言うか」
「小っちゃいときからさ。杏子と僕は施設でずっと一緒だったろ?」
「そういうこと……じゃなくって」
モジモジして黙りこくった杏子に、少年が続けた。
「だからさ……、僕ら昔から兄妹みたいに過ごしてたろ? 何と言うか、その――」
「だ、だよね。――あ、あ、あのさ。豪人がさ、もしそういう気分ってか、気持ちになったら、良かったらどーかなあ? なんてふと……思っただけ」
「そ、そうだな。……何かさ。そういうの疎くて。――ごめん」
春馬越豪人はそのとき、気の利いた返しが出来なかった。
ここは学校だったので、教室間を行き来する生徒らが、彼らの横をすり抜けて行った。
そのどれもが訝し気な、好奇な目をしていた。
「また。後で」
ふたりはそれ以上会話を続けられず、上りと下りに別れた。
また後で。
それは「後で施設に戻ったらね」という仲間うちだけに通じる隠語だった。
そしてそれがふたりにとって、日本での最後の会話になった。
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三人称
玄関の扉を開けたコレエダ・アンコは、意外なる訪問者に棒立ちになった。
相手の訪問者も完全に固まっている。
「豪人」
ポツリ。……と口をついたアンコは額を押さえた。
寸時の激痛を覚えてのち、瞼の奥で春馬越豪人との過去を思い出した。
それは落雷を喰らった如来を思わせた。閉じていた心眼が突如開いたようだった。
かたや豪人は1年半ぶりの彼女に眼をしばだたせた。
彼は魔王城で受けていた報告で、既にそこにコレエダ・アンコがいると識ってて訪ねていた。
だがしかし、再会の心構えはまだ不十分だった。
なぜなら、戸を開ける者が本人だとまでは予想していなかったので。
心臓が飛び出た面持ちだった。
「何だよ、こっちに来てたんかよ」
どうにかそんなセリフだけ漏らした。おどけたつもりだった声は詰まり気味で、しかも嗄れていた。
自分が抱いていたほどの余裕は、実際全く持ち合わせていなかったのである。
「何よ豪人こそ。ここは日本じゃなくて異世界なんだよ?」
「知ってる。分かってる。気付いてる」
彼らしいヘンな言い回しにやや頬を緩めたアンコは、彼の後ろに控える1組の男女にようやく気を回せた。
外野は少女と……もうひとり、少女と釣り合わせるには薹が立った男。男の方は、前傾気味なので表情は読めない。だが魔族出身者だと察したらしく、再度、今度は引きつる額を押さえた。
「――アンコはしばらくここに逗留してるのか?」
豪人の視線が建物全体に及ぶ。
アンコに返事は無く、自然、彼の次の質問が封じられた。
「中に入る?」
「ああ。……そう、だな」
アンコは笑みを浮かべているが、むしろ豪人の緊張は高まった。
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【コレエダ・アンコ視点】
素直に嬉しいよ。
豪人に会えた。
まさか会えるとは思ってなかったし、豪人は少し背が高くなってた。
ちょっぴりだけ格好良くもなっていた。
安心できる優しい顔。
「何だよ。こっちに来てたんかよ」
彼の第一声。
こっちって、この世界にっコト?
――うん。
来てたよ。
そんで忘れてた。
こっちに来る前の、日本でのコトを――。
それを一瞬で思い出したのはたぶん、豪人に会ったからだよ。
再会できたからだよ。
久しぶりに。
……いったい、いつぶりかよくは判らないけれども、とにかく久しぶりにだよ。
「何よ豪人こそ。ここは日本じゃなくて異世界なんだよ?」
こっちって簡単に訊くよね?
まるで隣町かせいぜい他県ぐらいの感覚でさ。
この状況、びっくりするほど異常なんだよ?
断っておくけど、ここは異国じゃなくって異世界なんだよ?
「知ってる。分かってる。気付いてる」
何よう、それ。
めちゃくちゃ軽いよね、豪人って。
昔っからそう。
ホントのホントに分かってんのかな?
……ん?
そういや、ダレなの?
その後ろの……女の子……それと……。
それと、とても危なそうな人。
なのに豪人は普通にしてる。
気にも留めてない。
つまりは豪人の知り合いか仲間? 友だち? 味方……?
それって。
……それって、わたしの味方? ……じゃない、よね?
……あんまり考えたくない。
嬉しいのに、アタマがズキズキする。
わたし……まだ忘れてることがある気がする。
なんだろう。
何かな。
とにかく引き留めなきゃ。豪人の話を聞いて状況を整理しなきゃ。
「……中に入る?」




