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05 豪人、人妻に即バレ①



「良いですか? あなた様が魔王さまの替え玉であることは誰にも話してはなりません。絶対に。秘密です」


 出勤早々、老執事のバンクさんに釘を刺された。


 昨日の定例会での挨拶がいけなかったらしい。「右も左も分からない新人なので迷惑を掛けるが」そんな発言をしてしまったようだ。


 ようだ、というのは、アガってしまって何を言ったのか覚えてないから。


「パルマコシさま。一刻も早く場慣れしてくださいませ」


 パルマコシってのは異世界での自分の呼び名。妹はノノと呼ばれている。


「くれぐれもバレないようにしろよ。バレたらクビじゃ済まないからな!」


 コーヒー(もどき)を注いでくれたメイド執事のサシャは、相変わらずエラそうだ。


 まわりに他の連中がいるときは恭しく接してくれるが、自分たちだけのときはこの口のききようだ。オマエも気をつけろよと言い返したい。


「あぁ。分かってるよ」


 執事二人が本日のスケジュール、と称して分刻みの予定を伝え始めた。

 今日は日曜なので学校は休み。なので異世界バイトは本日フルタイム勤務……だとは言え。


「ホンモノさんは何してんだよ。自分ばっか表に出るのか?」


「バカモノめ。魔王陛下の日常業務に慣れるためだ。朝食から夜の生活まで魔王さまになり切ってこなしてもらうからなッ」

「……ん? 夜の生活?」


「ああそうだ。本日のお相手は……アンナさま。正妃、皇后さまだな。くれぐれも粗相の無いようにな」


 くれぐればっかりだな。


 ――ではなくって!


「そんな事までするのか?!」

「そんな事、とは?」


「だっ、だから。そっ、そんな事だよっ!」


 ん?

 と、老執事のバンクさんに首をひねられた。オカシなことは言ってないぞ。


「……おや? お厭なのですかな?」

「おイヤ、じゃないが……! あ、いやまー……おイヤじゃないですが。むしろ頑張りますが、陛下はどうなんでしょう?」


 ん?

 と今度はメイド執事のサシャが首をひねる。


 コイツら夜の生活っての、イミが分かってないのか?


 だからさ、アレだろ。


 アンナさんってのは魔王さまの奥さんなんでしょうが?

 夜の生活、営みってフツーは夫婦同士で行うもんでしょう?


 これって不倫とかネトラレとかになんじゃないの? ってコト。


「これは魔王陛下直々のご指示です。これしきでバレるなら、替え玉として使えないヤツだと笑ってやれと」

「それって論点ズレてますう」


 魔王の一家か。考えもしなかったが当然家族がいるよなぁ。身内にまで隠さなきゃなんないなんて。対勇者戦略ってそれほど大変なもんなんだろうか?


 そんなんで家族って、うまく行くんだろうか。


 大変なんだったらそれこそ事実を打ち明けて、相談し合って家族の結束を固めて……まぁ、魔王さま一家がどうなろうと知ったこっちゃないんだが。


 正直心配なのはバイト代の支払いだし。ちゃんと払ってくれるんだろうな、とか。

 やっぱ日払いでお願いしといた方が良かったかな、とか。


 何となく計画倒産を目論んでる気がしないでも無いしな。


 にしても。

 魔王の正室と一夜を共にすることになるとは。しかもダンナ公認だぜ?


 ネトリシチュエーション。……ううむ。嫌いじゃない。嫌いじゃないが……。


 (シモ)のマッターホルンが今からキカン坊になるぜ。

 人妻。人妻かぁ。グヘヘー。


「オヤ。ヘンタイバイトですか。ヘンタイが感染(うつ)るから廊下の端のゴミ入れに入ってください」


 褐色ハーフエルフたんのリヴィだ。


 いきなり挨拶代わりの罵りご褒美を頂くなんて、今日はとことんツイてるな。


「言うなぁ。もし自分がホンモノの魔王さまだったらどうするんだ? 無礼罪でシケイにしちゃうぞ?」

「歩き方、姿勢、顔付き、それにその全身から溢れ出るヘンタイ下衆臭。どう逆立ちしても間違えっこありませんし」


 ひらひらと背中の羽根を揺らし得意げにのたまいやがる。


 ――と、そこへ、ゴブリン衛士の一団が通りかかった。


 リヴィはサッと廊下の端に退き、片膝付きで自分にかしずいた。オオウ。なんと変わり身のはやい。


 一団も自分を認めるとつと立ち止まり、ピッと背筋を伸ばして敬礼態勢をとった。


 よし決めた。からかってやろう。


「……うむ皆御苦労。ときにリヴィ。チミ最近は例の新人女史とうまくやっているのかね?」


「……。新人女史と言いますと、ノノ……殿でございますか? ええ……まぁ」

「歯切れが悪いな。何か不都合が?」


 わざと衛士たちに聞こえるように咎める。


「あ、い、……いえ。問題ございません」

「うむ、そうか。良くしてやってくれよ」


「は、ハハッ」


 自分の後ろについていたメイド執事のサシャが咳払い。ついて来てたのかよ。

 通り過ぎるとき、リヴィが一言。


「魔王陛下は自分を『自分』とは言いません。『朕』です。くれぐれもご注意を」

「朕?」


「そう、チンだ」


 うぐ。

 チン、イヤだぁ。




〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓





 正午ちょうどに昼食会となった。


 今日は第2夫人と第3夫人、それと第5夫人との会食と相成った。


 第2夫人はアウラ国(=竜族)出身、第3夫人は魔王さまと同種のゴブリン種水秋(すいしゅう)族、それに第5夫人はケットシー族……などと説明された。


 第4夫人は小人族との事だが風邪で不参加ということらしい。


「彼女は陛下を恨んでいる。理由をつけていつも顔を出さない」

「恨む?」

「多かれ少なかれ、皆さま腹に一物ございます。ご注意ください」


 バンクさんとサシャが囁きアドバイスしてくれる。

 腹に一物ったぁ何故だ? 後で事情通のリヴィたんか、妹にも訊いてみよう。


 にしてもまさにハーレム状態だな、魔王さま。ひょっとして、これから夜の生活は日替わりで彼女たちとあれやこれやするのかなぁ、グシシ、デヘヘ。


「なぁサシャ。彼女たちの名前を教えてくれよ」


「序列順にアリスさま、ローザさま、セリアさまだ。それと、欠席されているのはカーラさま」


 バンクさんがちょっと言い難そうに付け足した。


「実はもうひとり。6番目の御后さまがいらっしゃいますが……」

「彼の奥方は序列の枠の外に置かれている」


「おいたわしい事です」


「枠外? どーして?」


 后のひとりが眉を動かしサシャを呼んだ。自分たちのヒソヒソ話が気になったんだろう。

 仕方ないな、お嬢さんたち。あなたたちの相手もしてあげましょう。


「セリアさん」


 一番離れた席にいた女性、ケットシー族出身のセリア嬢。ウエーブ髪から立てた猫耳をピクンとさせて反応した。


「はい。何でしょう?」

「カーラさんが風邪を引いているそうですが、ちゃんと食事はされてるんでしょうかね?」

「……え? えーと……それは……」


 あ、アレ? 口ごもっちゃった。どころか黙っちゃった。

 テーブルに目を落とし食事に手をつけ始めたじゃないか。


 しばらく待ったがそれ以上、会話の発展は無し。


 ほえ?


 他のご婦人方は自分らの遣り取りに関心が無かったのか、それともわざと無視しているのか、チラリともこちらもセリアさんも見ず、ただ黙々と皿上の物を口に運ぶ作業を続けている。


「あの……セリアさん?」

「――陛下」


 気を取り直し会話をやり直ししようとしたら、第3夫人のローザさんが遮った。


 ゴブリン種族の貴族のお嬢さまだという彼女は、気の強そうな声音で、自分にではなくセリアさんに向かってこうたしなめた。


「ご用は、食後にお二方だけでどうぞ」

「も、申し訳ありません」


 セリアさんがオドオドとお詫びを述べる。

 なんで? なんでセリアさんが謝るの?


 その間も第2夫人のアリスさんは我関せずと反応せず、相変わらず手のみを動かしている。


 ……これは?

 これは何だ?


「ど、どうしたんですか、皆さん。もしかして身体の調子が悪い、とか?」


 ついつい、そんなバカな問い掛けをしちゃった。

 しっかりメシ喰ってんだから、体調不良もクソも無いだろよ? と自分で自分にツッコミを入れる。


 でもよ、それほど気が動転したってことだよ。


「まぁ、珍しい。陛下の口から気遣いの言葉が出るなんて。心から感謝申し上げますわ」


 やっとしゃべったのはアリスさん。でもこれが辞去の挨拶のようだった。

 楚々と席を立ち、形式的な一礼をこなすとプイといなくなった。


 先を越されたとばかりにローザさん、セリアさんも食事を放棄し、それぞれの方向に消えて行った。


 手つかずのまだ温かい料理と取り皿を片付けるサシャは淡々としている。

 そんな光景に慣れたふうだ。


 もしかするといつもこんな感じなんだろう。なんかドッと疲れが出た。


「ご婦人方へのお披露目、成功ですな」

「え?」


 バンクさんが嬉しそうに目尻を下げている。


 ニセモノだとバレなかった事を言ってるのだろうが。

 果たして今ので成功って言えるんだろうか。



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