48 博士、メイド執事を背負う③
【ヤーン博士視点】
ベンはもう居ない。だが、想い人のエルフ娘は何処かにいるらしい。
死んだが人間族の女性に生まれ変わったという。
コレエダアンコ。
実際の想い人の名はクロエ・アンゴー。当たらずといえども遠からず。
儂はつい舞い上がった。
そして暴挙に出てしまった。
彼女がコレエダアンコとしてこの世で生を得ているのは、洟垂れバンクと背中のメイド執事っ娘が揃って証言しているので間違いない。間違いないと言うか、間違いないと思い込みたい。
「オイ。そろそろ朝じゃぞ」
ユサユサしてやると、メイド執事の娘――サシャは、半覚半睡で「ふあい」と返事しリュックから這い出し滑り降りた。すっかり素直じゃ。まさにオンブに抱っこじゃからなぁ。素直になるのも当然か。
宮中での安穏な生活が長かったのと、やはりか弱き女子と言うのもあり、徒歩での移動は相当の労苦だったのだ。4日目あたりになるとへばってしまい、道の端で動かなくなってしまった。
見ると靴が穴だらけになっていた。
これは流石にかわいそうじゃと、ある村外れの郷農家の軒先で見つけた小サイズの軍用靴を売ってもらい、道中加工して与えてやったが甲斐なし。どだい体力が無かった。
なので仕方なく儂がおぶってやることにした。
当初は悪態をつき拒絶しおったが、「じゃあ自分で歩け」と突き放すと、またじきにダウン。
口を真一文字に結んで降参しおった。今じゃ背中ですっかり大人しい。
峠を越えた岩場の陰で、目立つ朝日を避けつつ簡易ながら朝食を用意した。固形の粒を手持ちのカップに入れ、湯を注ぐ。粒が解けスープになる。インスタントなどと弟子のノノが言っとった。魔王城の倉庫からしこたま頂戴したものだ。
ちなみに湯は儂らふたりとも火の魔法くらいは使えるので沸かすのに苦労はしとらん。
カップ片手に地図を広げた儂は現在地に指を置き、睨む。同じく真剣な目で横から覗き込むサシャは何を考えておるのか見当がつかんところもあるが、割合まともな意見は述べる。
「勇者は湯に浸かる趣味があると報告を受けていた。そういう奇行が可能な街はこことここ。この二か所は距離が離れているから、どちらかを選ぶしかないと思う」
「……ふむ。お前さんの話だと勇者一行は、どうもまっすぐ魔王城には向かっておらんのじゃろう? ということはわざわざルートから逸れた、こっちの街に行っとる可能性もあるんじゃな?」
「ヤーン老師。その根拠となるそれっぽい推理を働かせて絞り込むのが重要ですよ?」
「湯に浸かる、か。そう言えばコレエダアンコもそんなヘンな趣味があった。……こじんまりした風情のある湯殿か、見晴らしの良い美しい自然が一望できる湯屋が好きじゃった……ような気がする」
「フーン。じゃあ、こっちの街かな。湯治の街、サキノキ」
元冒険者とは言えジジイである儂と、メイド姿の小娘の組み合わせは、傍目にも奇異に映るかも知れぬ。
儂らは魔王城の追っ手を警戒しつつ、エフェソス帝国領内を南下し、そこら一帯に点在する街をひとつひとつ訪ね歩いた。
その目的はただのひとつ。
勇者一行との接触じゃった。
サシャの最終的な狙いは知らん。じゃがその一点は一致している。
二人の思惑は異なれど、ゴールは同じ。
過去にエルフだった娘。
儂がかつてホレた娘。
ベンと取り合った娘――。
「うむ。では腹を括って目的地をサキノキと定めよう」
さっさと食事を済ませ、おぶってやる態勢をとった。
サシャが躊躇したので「どうした?」とせっつくと「重くないのか」と今更に訊く。
正直重さは感じん。荷物と同化しとるしの。
そう答えると照れながらこう言いよった。
「でも残念だったですね。僕は男ですから」
「知っとるよ。バンクから『見込みのあるヤツだから、面倒を見てくれ』と頼まれとる」
すると一瞬だけ呆けたカオを見せよったが、サッとリュックに潜り込みよった。
「お前さんが娘でも男でも関係ない。儂の手助けをしてくれたらそれでいい」
「……転生した小娘を追い掛けるストーカー老人のクセに」
「何か言ったか?」
「別に何も」
残念ながら儂の耳はまだ老化しとらんのだよ。
悪態つくのは立派に自立できてからにして欲しいもんじゃ。




