46 博士、メイド執事を背負う①
【ヤーン博士視点】
大逆の疑いをかけられて拘束されていたメイド執事娘を上手いコト理由をつけて連れ出し、逃亡の旅を始めてから、もうかれこれ10日ほど経つ。
最初の3日間はろくすっぽ口も利かん娘じゃったが、今じゃ儂の背中のリュックの中で安らかな寝息を立てるほど油断しきっとる。
さて。
何故コヤツをさらうハメになったか、じゃが。
儂になりに思うところがあったからだ。
儂は、勇者パーティに所属しとるらしい、【コレエダアンコ】なる娘の存在を知り、会いたくなった。
このメイドっ娘――サシャはその、【コレエダアンコ】の情報をある程度掴んでいるという。
儂はとにかく【コレエダアンコ】に会いたくなった。
会って、話がしたいと願った。
なのでサシャを連れ出したのだ。
ここからはおおかた、儂の妄想を起点とした願望じゃが聞いてほしい。
――コレエダアンコは、儂の初恋相手だったエルフ娘の生まれ変わりだと思っている。
何故なら、このメイド執事っ娘のサシャがはっきりと断言しおった。
サシャは先代の勇者とやらを知っておった。
洟垂れバンクは「もう死んだ」とトボケおったが、何かを隠している風じゃった。
そう勘付いた。
儂はバンクの部下ならあるいは……と思い探りを入れた。それが的中した。
得たサシャの証言をたてに、改めてバンクを問い詰めた。
更にバンクが吐いた話に対し、再度サシャに裏をとった。
先代の勇者は既に婆さんになっとるらしいが、密かに見張りをつけ、長年監視をしておったとの事。
――で、その婆さんが魔王城の目を盗んで僻地に逃亡、勇者召喚の儀式を敢行した。
勇者の召喚は成功し、新しい勇者パーティが結成された中に【コレエダアンコ】がいたそうな。
エルフ族ではなく、羽根もなく、人間族らしかったが【コレエダアンコ】なのは間違いない。
過去、ベンに【コレエダアンコ】を譲ったが、やはり、心のどこかで儂は後悔していた。
別れてから何十年経つか……。
その間、彼女のことばかりを考えていた……というのは大袈裟だが、それでも心の一部がぽっかりと空白のままだったのは確かじゃった。
どうして儂はあのとき、自分に自信が持てなかったんじゃろうと恥ずかしくもあった。
別れの後、儂は大陸各地を見聞し、冒険を重ね、世の珍しい物、美しい物、汚らわしい物、あらゆる物に触れてきた。そして心の中に大きな存在できらめいていたコレエダアンコの存在を少しずつ薄め、その代替えで満たしていった。
だが、まだまだ儂の心の空白は空いたままだった。
見知らぬ土地、人の踏み込まぬ土地、新しい知識、新しい技術……。
儂は自分を高め、満足できる何かを寝食を忘れ、がむしゃらに追い求めた。
そのうち、何処かの街で、儂はあるウワサを耳にした。
ベンがあろうことか魔王を名乗り、エフェソス帝国なる大国を築き上げ、かの浮遊大陸との航路を拓こうとしているという。
儂は「コレだ!」 と飛びついた。
儂とベンは遠い昔、浮遊大陸に渡ったことがあった。
その地にもう一度、ベンが挑んでいる。
当時まだ建設途中だった帝都に赴き、大胆にも儂は転移魔術開発について提案書を上申した。
これは儂とベンが冒険者だった頃、命がけで秘法を試し、浮遊大陸に転移した一連の要領を書き留めたもので、その後儂なりの発想や、実験を積み重ねて形にした、実用的転移装置作製の提案だった。
魔炎王タルゲリアと名を変えたベンは会ってくれなかったし、彼女にも会えなかったが、(儂にはその方が有難かった)すぐに使いが来て、技術部の責任者としていきなり仕事を任されることになった。
儂に与えられたのは、若手の凄腕研究員と城下に新築された研究所、それから青天井の開発予算。目もくらむ好待遇じゃった。。
たったひとつの提案書で見ず知らずのおっさんを採用し、底無しの金を持たせるバカがここにいた、とベンの事をせせら笑ったが、内心は違った。
ヤツは儂のことをしっかり覚えていてくれたのだ。
最大限の誠意をもって受け入れることで、全幅の信頼を示してくれた。
そして、帝国の命運に関わる課題をさらけ出して儂の自尊心をくすぐり、やり甲斐と責任感を持たせてくれた。
ここまでされて奮起しないヤツがおろうか。
儂は全身全霊を傾けてこの、転移技術開発に取り組もうと決意した。
――それから何年たったろう。
無我夢中で進めた開発は軌道に乗り、儂は何十回も繰り返した実験でエフェソス帝国と浮遊大陸との隔たりを埋め、強固に繋ぎ留め、それに連動するように帝国は確実に繁栄していった。
浮遊大陸特有の資源であった魔鉱石が、繁栄の大きな原動力になったのは間違いなかった。
相変わらず儂はベンにも彼女にも会わなかったが、その方が気が楽だったし、過去の苦い思い出を思い出さずに済んで良かった。
儂はただ、目前のノルマ達成に全力で励むことで生きた心地がしていた気がする。
その気持ちに若干の違和感を感じたのは、浮遊大陸に出張したときであった。
それは魔導人形がまるで奴隷のように酷使されている現場を見たときだった。
表向き、魔導人形は魔物族にとってバディともいえる存在であったのだが、実際の彼らは苦しい環境に置かれた下層民に過ぎなかった。
魔鉱石の発掘作業はすべて彼らが担当し、エフェソス帝国の職員らはただ彼らを監督し監視し、働きの悪い者を懲らしめる役目を果たしているだけだった。
昼間に重労働を課し、夜には彼らの生命エネルギーを人間族の代替物として搾取し疲弊させる。
壊れれば処分、飽きれば廃棄。
まさに消耗品扱いの奴隷だった。
儂はそのような現実に、生半可な正義を振りかざして社会を訴え出るほど勇気のある男では無いし、それは世の中の仕組み上、仕方のないことなのだとボンヤリとした納得ができる、ごく普通の小市民じゃったので、この違和感は単に感じただけで、だから何か行動を起こそうと発想をしたわけでは無かった。
ただ儂は無意識に、無言の抗議を示すように、次第に理由をつけて浮遊大陸に入り浸るようになっていった。
しかも、研究所の運営は若手の台頭者に任せるようになって、自身は浮遊大陸の、前人未到の地に足を踏み入れる冒険者のようになっていった。
そのころには仲間と言うべき魔導人形たちが付き従うようになっていた。
儂らは魔鉱石鉱山の探すなどと言い訳をつけて大陸をうろつき回った。
何がしたかったのかは、振り返っても判然とせんが、心の自由は一番感じていた時代かも知れぬ。
若手の研究員と儂との志のギャップは深まる一方だったが、儂はそれの修復に心を砕くつもりは最早毛頭なく、彼らもそのことに何の問題も抱いていない様子じゃった。
なんせ儂とその者らの年齢差は親と子ほど離れていたし、儂の方から歩み寄るほど心のキャパは広くなかったし、第一儂自身、そのような事など一切どうでもよく、いつしか研究所は儂抜きでも充分機能するようになっていた。
転移事業はいよいよ佳境に入り、常設行路の実現はもうすぐそこに迫ったが、儂は傍からは気ままに見えたであろう、人外地への踏破、開拓に意を注いでいた。
魔炎王タルゲリアはその間も、儂に一切の口出しをしなかった。
儂は図に乗って好き勝手な行動を続けた。
――そして。
そしてあの事件が起こった。
魔導人形反乱事件。
常設転移装置の開通式を控えた時期、虐げられていた一部の魔導人形が暴徒と化した。
研究所が襲われ、浮遊大陸に出張していた研究員たちが殴殺された。
いつものように職務を放棄し、旅歩いていた儂は偶然難を逃れた。
ノコノコ研究所に戻ったときにはすべてが終わっていた。
死者らを葬り、破壊された設備の点検をしていると、反乱分子たちが儂を見つけ拘束した。
本来なら見せしめ処刑となるところだったが、仲間の魔導人形らの尽力で命拾いし、そこからは軟禁状態を強いられながら、ときには魔導人形たちのドクターになり、家族になり、状況に応じて外交顧問のような役割を受け持つようになった。
その傍ら、亡くなった若き研究員どもの無念を晴らすためにも、転移装置の復旧を目指した。
とは言っても一度壊れた装置の立ち直りは容易では無く、エフェソス帝国との関係は険悪なまま先細りしていき、やがて浮遊大陸は鎖国に似た状態になった。
魔導人形は自由を謳歌しつつ、彼ら自身も認識することも無いまま、ゆっくりと滅びへの道を歩みだしていった。
そしていつしか儂もそんな環境に馴染んだまま歳を重ね、以前のようなやり場のない苛立ちを振り払うための、一心不乱な情熱は薄れていく。
コレエダアンコの事も、エフェソス帝国のことも、原因不明に衰えた足とともに遠い遠い過去の記憶の残滓になった。
浮遊大陸での生活は、人並みの人権を得た魔導人形と、わずかに残った元エフェソス帝国の腰の低い職員とで充分に満たされるようになった。
魔導人形たちに頼られ、愛される気分は決して悪くなかった。
儂はいつしか夢を見なくなった。
叶わぬ夢は妄想でしかない。妄想は人を歪にさせる。虚と実が曖昧になる。
儂はそれを老耄のせいにして目をつぶった。それよりも目の前の安穏に身を任せた。
――悪戯心で世に放ったベンの生き写し、パルマコシが、ベンに成りすまして儂の前に現れるまでは。




