43 豪人、ツェツィーリアにふられる④
第3将軍ヘリードルの呼び掛けで、アンナさん、ツェツィーリア、それと僕が密室に集まった。
4将軍がそれぞれ各国に飛び助勢を要請した、その結果報告だ。
「アウラ国はじめ、ゴブリン各部族、ケットシー族、エルフ族。そのことごとくが非協力的です」
「リオン王国は?」
「歓待はされましたが、肝心の国王には会えずじまいです。うまくはぐらかされました」
「――ということは魔王城に参集する同盟軍はひとつもない。そういうことか?」
ヘリードル将軍がうなづく。
なんら包み隠さない、堂々とした首肯だった。中途半端に抱いてしまう淡い期待が一発で吹き飛ぶ、むしろ清々しいくらいの態度だった。
「わたくしの実家も良い返事をくれなかったんですね……」
アンナさんの実家は空春族領。
エフェソス帝国に属し、国内における地位は魔炎王タルゲリアを輩出した家系である当家、火夏族に次いで序列2位。彼女の実父である族王は、侯爵位を叙している。
いわゆるそのような譜代と言えるほどの間柄でさえ、エフェソスと距離を置こうとしている。
ヘリードル将軍が言葉を継ぐ。
「それにはあるウワサの流布が原因になっております。端的に申しますと、魔炎王タルゲリア陛下の崩御が各国に漏れ伝わっております」
「――誰か、漏らしたヤツがいると?」
「断定には至りません。数人ほどですが、被疑者は特定しております」
訊くまでもない。
サシャを筆頭に、リヴィたん、バンクさん、ヤーン博士、そして帰国した夫人たちだ。
彼に言わせれば、僕やノノ、四将軍全員やカーラさんたちも頭数に入れられている。
深く考えんでも当然のメンツだ。
「悪いが秘密を漏らしても、僕とノノにはメリットがない」
「その観点で消去法を行ないますと、残るのはサシャ殿、元第2夫人のアリスさまと第3夫人のローザさま」
アンナさんが弱々しく首を振る。
その意を察して、彼女の代わりにツェツィーリアが発言した。
「アリスさんとローザさんはそんな御方ではないと思います」
じゃあ残る一人は――。
「サシャはヤーン博士に預けました。城下でノノさんのお店を手伝っています」
「なぁっ?!」
「わたくしが許可しました。バンク執事をお目付け役につけています」
い、いや待て。
冷静になれ。
「理由を聞かせてください」
「豪人! サシャがヘンになっちゃった原因はわたしなの!」
ツェツィーリアが泣き叫ばんばかりの血相で僕に抗弁した。
余りの事にややたじろぐ。
置かれた飲み物を半分、飲み干した。
「……どういうこと? ツェツィーリア」
「多分あの子、わたしのことが好き……なんだと思う」
ツェツィーリアの話ではサシャの感情には気付いたが本気で取り合わなかったらしい。
「サシャは小さいときに魔王城に引き取られました。そのときにツェツィーリアと知り合ったんです」
ツェツィーリアは泣きそうな表情を浮かべ、うなだれながら告げた。
「わたし。元は魔導人形なの。シュテファーニャに人間にしてもらったの」
急に何を言い出すんだ?
そんなありきたりな二の句すら継げなくなった僕は、頭の中で何度かツェツィーリアの言葉を反芻した。そしてどうも僕と同じ境遇らしいぞと理解した。
そうか。
ツェツィーリアは、元魔導人形。僕と同じ境遇なのか。
意図的に嘘をついているのかどうかは、アンナさんと当事者のツェツィーリアを見ていれば容易く想像できる。後はそれを僕が鵜呑みにするかどうかだけの話だった。
いや。
違うな。
信じる、信じない以前に、僕はツェツィーリアの悲哀を喜んでいる?
そういう、いやらしい歪みに気付いた。
彼女の、胸苦しさを伴うような告白を、受け止めざるを得ない心情になっていた。
言うなれば、僕の仲間がこんな身近にいた、そんな安堵が持てた気分だった。
それはあまりに身勝手で人の不幸を喜ぶ最悪の感情で、不快極まりない下衆な安堵感だった。
僕は後ろめたさと引き換えに、かつてないほど、ツェツィーリアを近い存在に感じた。
彼女の話を疑い無く肯定し、その心境を抱くことによって彼女への愛おしさを初めてはっきりと自覚したのだった。
「どうかなさいましたか?」
ヘリードル将軍がいぶかしんでいる。
……そうだ、サシャの話をしてたんだったな。
「サシャ……はその、ツェツィーリアの過去の境遇を知ってるの?」
「多分サシャはそのことを知りません。初めて知り合ったときのツェツィーリアと、今のツェツィーリアが同一人物だと思っています」
ど、どういうこと……?
「魔王陛下とわたくしの間に出来た子、つまり最初にいたツェツィーリアは、5歳になる前に亡くなりました。嘆き悲しんだ陛下とわたくしは、亡くなった子ソックリの魔導人形、ツェツィーリアを造ったたんです。それがこの子、今のツェツィーリアです」
どうも頭が追いつかなくなった。
「サシャはまだそのとき小さかったし、きっと幼友達の変化に気付かなかったのでしょう」
それで傷つけまいとし、意識的に距離を取らせたそうだ。
理由の分からないサシャはアンナさんを心のどこかで恨んでいる。僕はそう読んだ。
「ツェツィーリアはどう思ってるの?」
「わたしは……サシャに申し訳ないと思ってる。サシャが本当に好きなのはわたしじゃなくて、亡くなってしまったツェツィーリアなんだもの」
それは……果たしてそうかな。
「豪人」
「なに?」
「わたしが妙な態度をとってしまったから話が逸れたけど、この集まりは今後の方策を話し合う場だったよね」
「ああ。そうだね」
「勇者一行は確実にこの魔王城に来るよね?」
「……そりゃあ、まぁ。いずれ現れるだろうね」
ほんのさっきまで負の感情に苛まれていた少女が、一転してリーダーっぽい凛々しさを示した。気持ちの切り替えを強行し、内心の辛さを吹き飛ばそうとしているように感じた。なので涙目に変化はないし、声の震えも止まっていない。
「ノノの魔王城転移はいつ頃実現できるかな?」
「それは何とも……」
「じゃあ、お城の転移は諦めて、人の移動に専念しようよ。毎日限界ぎりぎりの移送を続けて、頑張って引っ越しするの」
ツェツィーリアの発想は既にノノが実行中だ。
進捗が芳しくないのは日々の宮廷実務をこなすのに人員の確保が不可欠で、ムリヤリ浮遊大陸に送ってしまうと、たちまち支障が出る事項が多いからだ。
僕は彼女の浅慮に少しだけイラついた。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
会合の後、廊下でこっそりツェツィーリアに呼び止められた。
そのままふたりで柱の陰に移動した。さすがに部屋に行くのはマズイもんな。
「豪人はサシャのことをどう思ってるの?」
「アイツは男だ。僕は同性を愛する趣味は無いよ」
何故か今日、僕はツェツィーリアに対してつっけんどんだ。強く自覚している。
何が引き金になっているんだろう。
解らない。
それに。
ツェツィーリアがサシャを男だと認識しているのかどうか、そんなデリケートな部分さえも、敢えて無思慮に放言してしまった。
「彼が女の子のふりをしている理由、豪人は知ってる?」
「え? 知らないな」
動揺した僕はぶっきらぼうな態度を続ける。
――ツェツィーリアは知っていたのか。
サシャが男であることを。知っていて僕に、挑戦的とも思える質問を返した。
意趣返しのつもりか?
「わたしに気遣いをさせないためよ」
「ふーん。『自分は女だから無害です』って意志表示?」
「……多分、そう」
僕の放つ言葉のトゲに、ツェツィーリアがようやく不快を示し始めた。
もっとだ。
もっと彼女をイヤな気持ちにさせなきゃ。
僕の気が治まらない。
「ツェツィーリアはサシャに慮って、彼とキョリをとってるんだよね?」
「……うん」
「……じゃあさ。どうして僕には気兼ねなく接してくるの? それって辻褄が合わなくない?」
何でこんなにイライラするのか? 皆目自分が理解できない。
底意地の悪いセリフをつらつらと吐きまくる。
「サシャには申し訳ない気持ちなのに、僕にはそういう思い遣りが湧かないっての?」
密談会場を出たアンナさんが近くを通り過ぎた。
柱の死角にいるので、息を潜ませていると気付かれないでやり過ごせる。
ツェツィーリアが僕の胸のあたりに軽く手を添えた。自然、息が触れ合う距離になる。
「――明日。城下に付き合って? 豪人」
暗がりで俯いているので彼女の表情は知れない。抑揚は……というと努めて平静だった。何か思惑があるのかも知れない。
僕は「うん、いいよ」と二つ返事した。




