04 豪人、魔王バイトの面接②
「パチパチパチ」
傍らで拍手が起こった。老執事だ。滂沱の涙だ。……大げさな。
そして目前の男、魔王陛下さまは益々自分を睨みつけた。えええ?!
カオに穴が開きそうなんですが!
……も、もしかしてワード選択間違ったか?
そのとき、驚天動地の出来事が起こった。
あろうことか魔王さまが僕に近付き、僕の襟首を掴み、広げたのだ。
公衆の面前で、僕のかよわき胸元が露わになった!
イヤン、えっち!
魔王さまは、剥き出しになった僕のうなじのあたりを眺め、小さく息を吐いた。
「――うむ、キサマ。明日より登城せよ。己が得意を良しとせよ。今後の雄躍を期待する」
……な。合格って事か?
面接受かったって事なのか? こんなあっさり?
「あの! 陛下!」
恐る恐る、ノノが声を出した。
控えめに、だが語気はしっかりしている。
「これであたくしも、御側勤めを許されたと理解して宜しいのですか?」
「春馬越ノノ。春馬越豪人の妹であったな。きさまも当城で働きたいと?」
「は。はいッ!」
「どんな仕事がしたいのだ」
メイド執事が躍起になったノノを「無礼だぞ!」と叱り飛ばした。
「技術開発部で転移魔術の研究開発がしたいです!」
「何?」
「先日述べました通り、あたくしは前世、この城でお仕えしておりました魔術技術研究者です。失礼ながらあたくしは、大帝国エフェソスがこんにち直面している苦難を、陛下と共に過去より分かち合っております。そしてこれを未来に向けて前向きに打破するためには、転移魔術の復活が必要不可欠だと愚考しております」
ノノの肩を掴み、今度はダークエルフ少女が声を荒げた。
「貴様! よくもペラペラと。陛下に対し――!」
「構わぬ、申せ。しかしな娘。我が国エフェソスには残念ながら開発にかける金が無い。そこまで風呂敷を広げるからには策があろうな?」
「と、当然です。鎖国政策を転換し、人間族の商売人を誘致し、資金を募ります。異種族が自由に行き来し、商売ができる交易都市を造り、かたや治水し農地を開拓げ、商業と農業を一定水準まで押し上げます」
「誘致や治水工事など、簡単ではない。それにだ。キヤツらを誘えるほどの魅力的な特産物が我が国にあろうか?」
ニヤニヤ顔のノノ。
コイツがこんなカオをするのは、決まって調子に乗ったときだ。
「ございます! ございます! あたくしが扱っている異国の品々です」
「昨日の、らあ麺という食べ物か?」
「食べ物以外にも沢山ございます。それらの品々を商人たちの呼び込みに使い、彼らの扱う品ともども販促戦略を展開し新規販路を開拓します。このエフェソス大帝国の地に、離合集散する物流の拠点を構築するのです!」
「……ううむ」
「御言葉ですが陛下。100年以上続けてきた鎖国政策を破るとなると……」
ダークエルフ少女のすがるようなまなざし。
うっとりする美貌だ。
自分ならコロリだ。即コロだ。愚妹は負け確定だ。
「口で言うほど容易いものではあるまい。だがチャンスは与えよう。1年後、成果を見せよ。ありったけの金を出し尽くす。サシャ、オリヴィア、ただちに差配せよ」
「――は、ハハァッ!」
陛下が去った後、研修中の名札と制服を渡されたが、主役はまるで我が妹だった。
我が妹、春馬越ノノはこうして、技術開発部付けの研究員見習い兼、新設された経済戦略部の部長に就任した。
部長だとォ?!
自分はと言うと、安全衛生教育課のアルバイト員という肩書きをもった。
でも日給2万5千円は悪くない待遇だ。やっぱ名より実だよな。
その晩、妹の部屋を訪ねた。
明らかに不快げだった。
「なぁ教えろよ。今日行ったアレ」
「今日行ったアレって何よ?」
「あの場所だよ、あの場所! それとあの魔王さま。どー見ても遊園地じゃないよな? 異世界だよな?」
「……知らんし。あーそうなんじゃない? 勝手に想像しとけば?」
そーかい。
黙ってタンスを指差す。
「そこの2段目。そこから出入りしたろ? 異世界に」
「なぁっ?! 開けたの?!」
「1段目には薄物の服、3段目にはパンツとかがあった。留守中に全部見てやったぞ!」
ガゴッ!! と脳天に強い衝撃。
白目を剥く寸前に脳裏に焼き付いたのは水玉パンツ。
コ、コイツ、ミニスカで正面から、カカト落としだと!
か、快感!
ついでに鼻血がドバッ!
「出てけ―! ヘンタイアニキーッ!」
「待てって。札束プールの件。あれが広まったら恥ずかしいだろ?」
「!」
解説しよう。
先日のことだ。コイツ、部屋の中にビニールプールを置いて札束で満たし、水着で入って悦に浸ってやがった。あまりに楽しそうだったんで想い出フォトアルバムに殿堂入りしてやったんだが。
「……何が目的なのよう」
歯をぎりぎり言わすな。
「だから。洗いざらい白状しろ。あれ遊園地じゃなくて異世界だよな? あれ、ホンモノの魔王さまだよな?」
「……だから、何なのよう」
我が妹、認めやがった!
つか、ぎりぎり歯を鳴らすなって。もう厭がること言わねーから。
「バイトのホントウの中味は何なんだ?」
「……ムシャ」
「え? 何だって?」
「だから。……」
はっきり言って欲しいなぁ。
「札束のプール」
「魔王さまの替え玉よ!」
やっと聞きだせた。
フーン替え玉かぁ……。って替え玉?!
「替え玉って? ラーメン屋の?」
「アホか。魔王さまの身代わり! 盾! 影武者!」
「聞きたいのはそのワケだ」
「新参のあたしが詳しく知ってるワケ無いでしょ。明日自分で聞いてみれば?」
冷たいヤツめ。
さっそく翌日、クールビューティの褐色ダークエルフさんに尋ねてみた。
ちなみにこの子、正式名オリヴィア・イザベルって名前らしい。
これからは親しみを込めて【リヴィたん】と呼ぼう。ああカワイス。
……あ。それとついでにだが、老執事はバンク、メイド執事の方はアレクサンドルで、みんなからは愛称のサシャと呼ばれていた。自分もそう呼んでアゲルことにする。
でリヴィたんに質問だ。
「は? 教えたげません。下民風情が知らなくても良い事です」
「魔王さまに向かってなんだ、その態度」
「あなたが魔王陛下? くく、笑わせないでください。このヘンタイヤロウさま」
ダメだ、話にならん。仕方なくサシャを捕まえる。
「サシャちゃん、教えてくれ」
「腰をくねらせるな、キショイ。まー、一仕事終えたら教えてやろうじゃないか」
カンペを押し付けられた。
「――月例会の訓示だ。メモあるから楽だろ。くれぐれもニセモノだとバレないようにしろよ?」
背中を押されて出てみれば。
魔王城の大広間、舞台上だ。
ドッ! と歓声が上がった。
「え? え? ちょっと……!」
2~3百人はいるだろうか。
ゴブリンにぃ、ゴブリンにぃ、またゴブリン。
右も左もゴブリンだらけだった。ソイツらから大注目を浴びている。
舞台袖でスカートをバサバサさせながら、サシャがキューを出している。
おっシマシマパンツ見っけ! ……じゃなくって!
しゃーなく原稿を広げ……。ワナワナ緊張して上手く広がらない。
言っとくが自分は超がつくほどのコミュ障なんだぞ?! ホントだぞ?!
なんとか原稿に目を通すと。
たった一文、こう書いてあった。
――勇者到来、近し。総員、鋭意奮起せよ。
「……勇者が来るだとぉ!」
魔王城存亡の危機が今まさにそこまで迫って……いるじゃねーかッ!
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〇魔王城査定会議〇
春馬越豪人をどう思うか?
春馬越ノノ(実妹) くだらない男。いい加減。ヘンタイ。
リヴィ(ダークエルフ・内政担当) ヘンタイ。
バンク(老執事) 頑張っておられますな。
サシャ(メイド執事) 人間族のクセに魔王さまと似てるなど認めんぞ。