34 春馬越兄妹、浮遊大陸でドワ博士と邂逅④
時間の経過が恐ろしく長く、ゆっくりに感じた。
現在時刻が何時かは、こっちの世界でつけだした腕時計で簡単に知れる。
最初の内は、監視もいないのを良いことに、この部屋にある転移装置の考察や、あの老ドワーフについてなど、好き勝手に将軍たちと意見を交わし合っていた。
が、次第に別の不安が頭をもたげてきて、僕はイライラし始めていた。
何かってそりゃ……。
ノノの心配だ。
ああ、シスコンだよ。わりーか!
つーかよ、あの老ヒヒジジイ、尤もらしい理由をつけて部屋から連れ出して。
妹をどうにかするつもりだったんじゃねーだろうな?!
魔導人形のメンテ?
あそこまで壊れていて直せるのか、そもそも?
本当は別の目的でノノをさらったんじゃねーだろうな?!
あーもーッ、クソッ!
「陛下。落ち着いてくだされ。ここはわたくしめが小話のひとつやふたつ、かましましょうか?」
「ラットマン。お前はいつも明るくていいヤツだが、いまはやたらとムカつくぞ?」
「おやおや、陛下の暴言でたー。部下もいるんですよ、もすこーし、言動に注意くだされ」
てんめぇ。時々スルドイ諫言しやがるな?
「陛下。お待ちかねの人物が戻って来られましたぜ」
「なんだと?!」
そうだった。ラットマンには索敵能力がある。
だからわざとこのタイミングで僕をおちょくったのか……なるほどね。
「忠言感謝する、ラットマン将軍」
「いやあ、ははは」
「減給10分の一」
「いやぁぁ!」
入口が開き、ノノとヤーン博士が殺到した。殺到という言葉がピッタリだった。
ふたりは身体をぶつけるようにして激論を交わしている。
「だから、駆動部のギアは歯車の部分を防炭塗布してから熱処理後に表面処理で――」
「ナルホド! 被膜によって摺動性を上げるのであれ程滑らかに動くのだな、じゃが動力ポンプは従来の構造では脳に伝わる配線が――」
「だったら魔鉱石からの供給エネルギーの6割を欲する脳の近く、額部分に魔鉱石を埋め込んで――」
「フフン、ナルホド! だったらこういう方法で――」
熱心だな。てかさ、いつの間にそんなに仲良しになったんだ?
……で博士。フツーに歩いてるが、車椅子はどこに置いて来たんだ。
「ヤーン博士」
「黙れ、ベン」
黙れって……。
あーあ、ふたりで床に座り込んじゃったよ。それでもまだ話を続けてるよ。
ラットマンのおかげで僕ら全員、とっくに縄抜けしてんだけど、全く意に介してないよ。
僕ら人質だったよね?
「ヤーン博士」
「黙れと言っておろう、ベン!」
くっ。
「博士」
「おー何だ? ブルーベイリー」
オイオイ。
魔導人形(※女性タイプ)に話し掛けられて、こっちは応対。何なんだ。
「お食事の用意が出来ましたデス」
「うむ。食事にしよう。お前らも食うか」
「……そりゃ頂きますが。ヤーン博士はどうして浮遊大陸に住んでるんですか?」
「黙れ、ベン」
「……なんでやねん」
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
ノノによると、案内されたこの場所は以前、職員専用の食堂だったそうだ。それが現在も現役で機能している。
ガスや電気はもちろんないが、汲み上げ式の地下水が利用できるし、張り出し部分に煮炊き用のカマドも設置されている。そこに調理専門の職員も配置されていた。
博士とノノは食事の合間も互いの技術理論をぶつけ合っている。
ときどきドッと笑いも起こる。息ピッタリで無性に楽しそうだ。
こんなにイキイキした妹を見るのはあまりないかも知れん。
水魚の交わりと表現しても言い過ぎじゃないくらいだ。
ああ神さま。こんな人をノノに出会わせてくれて有難うございます。
けれどもお兄ちゃんは付き合いきれんので、ぼちぼちお手柔らかに頼みます。
おじいちゃんと孫娘の会話が止んだ。
おじいちゃんが黙ったのだ。しかも目つきが険しい。
「陛下」
「どうした?」
「研究所の前に武装集団が押しかけています」
「な……なんだと?!」
口の周りにソースをべっちょりつけたラットマン将軍が告げた。まず口拭けよ。
「ベン。さっきお前が聞いた話だがな」
「おっと。唐突ですね。さっきの話、ですか?」
何の話だっけ。……ああ、浮遊大陸に住んでる理由か。
「そうその質問よ。フツー、テメエがするか?」
「ど、どういうことですか?」
「お前が儂に、浮遊大陸に住んでる理由を聞くか? と言っとるんじゃ」
「え? え? 僕何か拙かったですか?」
僕の狼狽に、ヤーン博士は一瞬茫然とし、肩を揺すって大笑した。
「忘れたってか、こりゃいい! イロオトコはやっぱ違うのぉ、フハハハハ!」
イロオトコ? 昭和か?
「博士。衛兵たちと門前で揉み合いになってます」
「おう、グレープフルーⅡ。報告ありがとう」
魔導人形の注進に腰を上げた博士は、武装した魔導人形を従えて食堂を出て行こうとした。
「話が途中です。僕も参戦します」
「参戦? 戦力になるのか、オメエ?」
「僕だって戦えますよ。相手はどこのどいつですか?」
「魔導人形たちだ」
「え? 博士、魔導人形と戦ってるんですか?」
「魔導人形にも色々あらーな」
これについては、先遣隊兵士と、博士についていたグレープフルーⅡが懇切丁寧に教えてくれた。
――当時、浮遊大陸で使役されていた魔導人形は約2000体いた。
魔鉱石の採掘場で過酷な肉体労働に従事していたのが、そのうちの約9割。
さらにそれらを束ねていた反乱軍のリーダーは、3体の魔導人形。
3体のリーダーは結託し、帝国側の支配者を不意打ちで襲撃した。
当時、現地の統制官は30人近くいたが全員殺りくされたか、または逃亡し行方不明となった。
惨殺を免れた一般職員らは身分をはく奪され、魔導人形らに使役される立場に堕とされた。
「帝国は鎮圧のため、幾度か派兵を繰り返しましたが全て失敗に終わりました」
ほとんどの転移装置が破壊されて、まとまった兵数が送り込めなかったのと、魔導人形の中に優秀なリーダーがいたことが大きな要因だった。
その後しばらくすると、魔導人形のリーダー間でもいざこざが起こった。
「いざこざの原因は、魔鉱石の存在です」
魔導人形たちは、魔鉱石を採掘することはできても、それを自分たちの生命エネルギーに変換する術を持たなかったのだ。
彼らはあらためて気が付いた。
自分たちが決死の覚悟で起こした行動によって、徐々に、緩やかに、破滅の道を歩みだしたのを。
さらにはそれを、自分たちだけの力ではどうすることも出来ないことを。
「そこで彼らの間で、柔軟に問題を解決しようとする穏健派と、あくまで独立独歩を貫こうとする過激派に意見が分かれることになりました」
「ちなみにキミはどっちなんだ?」
グレープフルーⅡくんは無機質のカオを左右に振り、「無論前者です」と答えた。
ま、そりゃそうだよな。
現にこうして僕らを受け入れてくれたんだもんな。愚問をしてしまってごめん。
穏健派と過激派に分かれたリーダーは連日話し合いを続けた。
しかしお互い意見を譲らず、ある日とうとうケンカになり、両者に決定的な溝が生じた。
元労働者たちが大半を占めていた一般の魔導人形たちはあまり深く思考することも無く【来たる滅び】を安直に受け入れる者も多く、刹那の享楽に興じる者らが続出したそうだ。
「享楽……って例えば?」
「魔導人形同士の疑似セックス、暇つぶしのギャンブル、腕っぷしを自慢する闘技大会などです」
「……捨て鉢になったら、思い付くことは結局、僕らと変わんなかったわけだな」
その間にも穏健派たちは帝国本土に交渉を仕掛けて魔鉱石の出荷を再開。
抑留し肉体労働に従事させていた帝国職員たちに市民権を再付与し、その見返りに魔鉱石のエネルギー加工業務を行なわせた。細々ながら未来に向かって航路図を引き始めたという。
「それにしても穏健派のリーダーは偉大だったな。帝国の仕打ちに反発していた連中も多かっただろうに、よく根気よく説得して話を進めたもんだ」
「やはりヤーン博士の存在が大きかったです。博士は、魔導人形が反乱を起こしてからすぐの頃に、この地に来られたのですから」
「――! そ、そうだったのか……」
「博士がいたからこそ、リーダーの中に穏健派と呼ばれる者が現れ、今も活動を続けているのです……」
「なるほどな」
僕はヤーン博士の年老いた背中を見詰めた。
「ヤーン博士」
「黙れベン」
「僕、ベンじゃないんですよね。豪人って言います」
「な」
これから修羅場に向かう男の背が止まった。
「お、お、おまえ、ベンじゃねぇのか……?」
「あ……あ……はい。とっくにお気づきだと思ってましたが」
肩をがっちり掴まれ、チューでもする気かと思うくらいカオを近付けられた。
しげしげ……と、僕の心の中で書き文字が浮かんだ。
「そっちの方か……確かに……違う。アイツはもっと間抜け面だ」
そっちの方?
いやいやいや。それは無いって。間抜け面じゃないですよー、魔王さまは。
「……名前、何だっけ?」
「ごうと、です。春馬越豪人」
「うお。ノノと夫婦になっていたか?!」
「バカーッ! 違いますよッ、コイツは兄貴。ヘンタイクソ兄貴ですっ」
「……口悪いでしょ? 上品で高貴な僕のヨメなわけないデス」
「うむ。お似合いじゃがな?」
よしてくださいプロフェッサー・ヤーン。
あなたの節穴がますますデカくなりますって。




