32 春馬越兄妹、浮遊大陸でドワ博士と邂逅②
僕らはノノの提案でとある場所を探索した。
先日の村に長居するのは危険だと判断したためでもある。
「あの採掘村はまだ魔鉱石が採れたのかな?」
「恐らく。魔導人形が採掘してましたから」
「それじゃ移民後はあの村も復興させなきゃね」
小高い山の中腹に城壁を囲んだ建物が見えた。
「あれか、ノノ?」
「そう……ね。あれが研究所」
遠望したノノの表情は強張っている。
「あそこは以前、エフェソス帝国の常設転移装置を設置しようとした施設よ」
「あれがか……」
前世、よくウワサで聞いていた。
人間族の暗黒時代を象徴した場所――と称されていたことも知っていた。
「でも常用の転移魔術起動の試みは失敗したのよ」
「し、失敗したのか?」
経緯はラットマンがかいつまんで話してくれた。
常用転移魔術装置の本格的な稼働を祝う開所式の直前に、魔導人形が一斉蜂起。
現地の職員数十人を殺害して研究所に立て籠もり、帝国軍駐屯兵と交戦状態になった。
常用装置と旧式の単発装置を同時攻撃された帝国軍は次第に劣勢になり、当施設の維持をあきらめた。
その後は各地に点在していた旧単発施設の防衛がやっとになり、その間にも、じわじわと帝国本土との連携が難しくなっていった。
それとともに帝国への魔鉱石の供給も先細りしていった。
「帝国側から増援部隊は送り込めなかったのか?」
「転移者の受け止めはできても、発送するには魔術エネルギーが心許なかったのよ」
要はエネルギーの源になる魔鉱石の絶対的不足。
帝国本土には浮遊大陸に人を送り込めるだけの魔鉱石を準備するゆとりが無かったのだ。
なぜなら魔鉱石の産出地は、浮遊大陸が全体の98パーセント以上を占める。
なるほど理解できた。
「勉強不足」
「相済まないな」
――さて。
今度の施設は先日の採掘村と違って警戒が厳重だった。
しばらく様子を窺ったところ、武装兵が敷地の内と外を常時見守っていて、そのほとんどが魔導人形たちだった。
そして10人に1人の割合でゴブリン兵がいた。それらは恐らく元投降兵だ。
「ホントに侵入するのか?」
「侵入するじゃなくって占拠するのよ。転移装置を設置するのに、この地ほど適した場所は無いと思う」
「ノノ殿の意見に同意です」
「ああ分かった。決行しよう」
僕らには作戦など無かった。
夜陰に乗じて施設に近付き、外回りのゴブリン兵に思い切って話し掛ける。
こちらの手助けするよう説得する。応じなければ失神でもさせ強引に通らせてもらうしかない。
ラットマン将軍が個体スキル、探知を使用。
カンテラひとつで暗闇を巡視するゴブリン兵を見繕って接近。いったん羽交い絞めしてから交渉した。兵士は驚愕し、動揺し、暴れ出し、落ち着いた。最後に「案内します」と言ってくれた。
巡回兵の通用門をやり過ごし、物資や廃棄物の搬出口から僕らを引き入れた。ここまでは僕らを騙すつもりはなかったようだ。でも途中で事後の懲罰を恐れたのか、わざと警備のいる小部屋の前を通ろうとした。
それをノノが鋭く指摘する。
「そっちは詰め所でしょ。知ってんのよ。……ここで死にたいの?」
巡視兵は激しく首を振り、両手は縛られているので「むーむー」唸って別の通路を進んだ。
「待て。そっちは魔導人形のメンテナンス場だ。休止中の者がいるかも知れない」
「オニイさ。この建物の構造を知ってんの?!」
「あ? ああ。何となく、な。ノノが行きたい転移装置のある部屋なら、多分こっちの通路の方が安全で近回りだ」
「陛下。そっちには警備もいやせんぜ。流石です」
「そんなに頻繁にスキルを使うな。帰りの分の魔力も遺しておけ。ここからは僕が誘導する」
「オニイ……。アンタ……」
巡視兵は不要になった。
適当に見つけた祈祷用の小部屋の柱に縛りつけ別れた。
着いたところは僕のイメージしていた記憶の部屋と同じだった。
それとも、もしかしたらこれは予知能力か?
まぁ何でもいい。
――にしてもこの書物と金属部材の山は何だ?
工具や作業台の上にも並べられているし。
割ときれいに整えられているが、頻繁に資料閲覧や機械加工をされている形跡がある。
この部屋を日常的に実験場か何かに利用している証拠だろう。
「早速調べてくれ」
あまり時間はない。
そのうち巡視兵の不在に気付き捜索、監禁部屋の発見に至るだろう。
ノノは放置された装置の点検を始めた。
んー。……それにしても。
この部屋は見覚えがある。頻繁に出入りしていた記憶がある。
何故だ?
実は僕もここの職員だったのか?
いやいや。前世は天燿国の人間で魔術師だったぞ?
んー。だがなぁ。
この建物を外から眺めたときにも既に妙な既視感と言うか、懐かしいと言うか、不思議な感覚がしてたんだよなぁ。
えーと。
じゃあ、こうは考えられないだろうか。
天燿国で魔術騎士団の魔術師として寿命を全うした後、ここの職員に転生した。とか?
……いやいや。ムリがあるっしょ。
だって魔術師時代は幼少期から死ぬまでの間、薄らボンヤリながら想い出の断片があるもの。
そう、走馬灯エピソード的な。
それに比べて、ここでの記憶は、……ここでの記憶しか無い。
例をあげれば、施設の雰囲気とか、研究室の作りとか……他には無い。
それってヘンだよな?
「暗すぎんかの?」
「ええそうね。暗いわね。もう少し明るかったら助かるんだけど」
――え?
ノノ、おまえ今、ダレとしゃべってる?
ノノもそのことに気付いたのか、「ヒッ」と息を呑んだのが薄暗がりの空気の中でも判った。
パッと部屋に明かりが灯った。
まるで昼間だ。一瞬目くらましを受けたようになった。
思い込みもあろうが、こんな中世めいたファンタジー世界に照明なんてあるわけ無い。
それこそが油断だった。
僕らは無論抵抗しようとしたが、時すでに遅し。先制の魔術攻撃を喰らっていた。
静止命令。
相手を、身動き不可能にさせる魔術技能だ。
7人全員お縄に掛けられて転がされ、その場で尋問された。
「さてさて。まずはお嬢さん。アンタはその機械に詳しいのか?」
車椅子に乗った老翁が尋ねる。
四角張った輪郭に、ぼうぼうに生えたシルバーの髭が目立つ。
やや垂れ気味の目つきは鋭く、団子鼻。
その風貌に相応した、低く地面を潜るような声色は、有無を言わせぬ威圧感がある。
この人、ゴブリンでも魔導人形でもない。
ドワーフ族だ。
着古した作業服姿だが、ここの職員だろうか?
「詳しい……、ええ、詳しいですよ? それが何か?」
おいおいノノ、ムダに突っかかるな。お前はいっつもそうだな。
生殺与奪の権は、いまは相手にあるんだぞ。
横にいるラットマン将軍も不穏だ。「ほん?」とか「はん?」とか変な擬音を発して老人を眺めている。なんだよそれ、威嚇か? 無意味にイキがってんのか?
だからやめとけって。
老ドワーフの周囲にいる魔導人形たちが今にも飛び掛かって来そうだぞ!
「オニイ」
「何だよ?」
「あたし、この人知ってるよ」
「何だと?!」
この老ドワーフ、ノノの知り合いなのか?!
「だって。この人、あたしの元上司だもの」
「このご老人、お前の元上司なのかッ?」
思わず復唱してしまった。




