28 豪人、斜陽に抗う③
魔導人形工場に長居したので遅めの昼食となった。
工場はノノの研究所兼事務所兼居宅とつながっているので、そこで来訪メンバーらでテーブルを囲むことになった。
今日朝イチにノノが対応した仕事の話になった。
「アンパンか、これ?」
「そうなのよ。パチモン。人間族の支配地域で見よう見まねで作ってるらしいの」
「……なんだコレ。とてつもなく不味いな」
アンパンというよりこれは。
中に茹で豆を詰めた、つゆなしうどんの固まりを食べているような。
「パクるならパクるでもっとホンモノを研究して、ちゃんとした物を作るべきじゃない? 著作権や販売権を犯した上に、名誉だって棄損してるわ!」
妹がプンスカするのもうなづける。
もはやこれはアンパンじゃない! アンパンの名を騙ったクソマズ団子だ。
「先方は『市民のおこなう商売について、いちいち細かな干渉はできない』って。だったら法令違反も見逃すの? っての」
「エフェソス帝国もナメられたもんだな」
「他人事のように言うなっての」
「そう聞こえたなら済まんが、実際こっちももうアンパンについては在庫が尽きそうなんだから、『本家本元の味、こちらがホンモノです』とは言えなくなるんだろ?」
「だったら開発したらいいんじゃないかしら?」
「いや、ツェツィーリア。簡単に言うがな」
「理論的には材料があれば、後は作り方の問題だけでは?」
「いや、リヴィたん。ま、そりゃそーだが」
「オウン。夢ですな。異国の味を我が国オリジナルで創り出すのは」
「丹精込めて造るのは自信があるでごす」
「オイおまいら。その心意気は認めるがな」
「じゃあオニイは? オニイが反対する理由はなんなの?」
「……え、えーと。そりゃあ……」
別にないがな。
「わかったよ。予算はあまり出せんが最大限の協力をするよ。エフェソス帝国、国産第1号の本格的アンパンをぜひ開発してくれ」
「オニイ」
「なに?」
「アンパンはオニイが担当するんだよ?」
「え? ボク? 僕が担当すんのか?」
しょーがないなぁ。なんで僕なんだよ、もー。
「陛下。ご報告があります」
朝に続いてまたもや老執事、バンク氏のご一報だ。
平和な話をしている時に横入りされると、いつも何故か緊張する。
「アリスさま(=第2夫人)、ローザさま(=第3夫人)、そしてセリアさま(=第5夫人)が揃って魔王城から抜け出しました。いかがされますか?」
「な……なんだと?! ……セリアさんも?!」
僕らのヒソヒソ話にツェツィーリアが顔を向けた。不審げとまではいかないが不思議そうに眺めている。声のトーンを落としてバンクさんに問い質す。
「抜け出したっていつ? 何処に行った? 追っ手は掛けたのか?」
「それが……正妃陛下も同行されているようです」
「な?!」
サシャのヤツは何してんだ?! 監視を命じてたはずだが。
「お母さま? お母さまなら空春族領の保養地に行くって……」
聞き耳を立てていたのか、ツェツィーリアが僕らに告げた。
空春族領はアンナさんの生まれ故郷だ。そこにアリスさんたちを招待したらしい。
「このご時世に城の外に出掛けるのは自殺行為だ。もっとしっかり伝えておくべきだった」
「恐らく保養地というのは方便でございましょう。このご時世、エフェソス領の外に出るのは物騒です。敢えてそこに行かれたのは別の意図があったものと……」
「別の意図って……?」
今度はノノが割り込んだ。
「誘拐か、もしくは計画的逃亡」
僕は考えるよりも先に叫んでいた。
「サシャ! サシャは何処だ!」
「サシャは1週間の休暇中です」
「休暇? 分かった、いい。バンクさん馬だ! ――いや……、表に魔狼を回せ! ――ノノ、点転移ゲートは東部方面にもあるか?」
「あ、あるけど、点転移システムはまだ完全に安全が保障されてないわ!」
点転移ゲートは簡単に言っちゃうと【魔鉱石を使った近距離限定・瞬間移動施設】だ。
遠くない未来の、来たるゲリラ的電撃戦を仮想し、軍事用通路にしようと設置を急いでいた。
「このところの成功率はほぼ100パーセントだけれど……それでも」
知ってるさ。
開発当初は、多額の報奨を目当てに実験体に志願し人外の僻地に飛ばされた兵もいた。
その者は帰還したのでまだ良かった。他にも行方知れずの未帰還者がいる。
「けれど、アレの開発者はノノだろ?」
「……何が言いたいの?」
ツェツィーリアが僕の手を取った。もう立ち上がっている。
「ノノが開発しているならわたし、信用できる!」
「は? ツェツィーリア、キミは留守番してて欲しい」
「姫君まで何かあったらどうするのですか」
リヴィたんも賛意し、ツェツィーリアの進路を塞いでいる。
「ヤダ。お母さまを助けるのはわたしって、わたしが決めたもんッ」
「何言ってんのかワカラン」
「豪人は! 魔狼を操れるの?」
「え? そ、それは……」
「わたしだったら操れるもんッ」
あーもー。
母親たちを行かせてしまった責任を感じているのか、それともただの心配か。
じゃじゃ馬だなぁと嘆きつつ、一方でツェツィーリアを見直した。
あの母にしてこの子ありと言うべきか。思わず頬が緩むのを隠せない。
「なら、わたしも同行します」
「リヴィたん……。うーわかったよ、ふたりとも、行くぞ!」
「オニイ! 点転移ゲートを使用した場合の成功率は80パーセントだからね! なるべく使わないでね!」
つまるところ、2割の確率で失敗するのか。
失敗すれば無作為転移させられると聞いている。大陸のどこかに跳ばされるというわけだ。
「了解。それならじゅうぶん高確率で成功するな。上出来だ」
妹よ、お前の作ったものだ。
そりゃ使うに決まってるじゃないか。
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魔狼は人の背丈の5倍はある巨大な、オオカミに似た魔物だ。
この世界で最速の脚を持つ。片言を可とするならゴブリン語も解する。
彼の背に乗れる定員は4人。
僕とツェツィーリア、リヴィたんが同乗。
そしてもう一人。第三将軍・乱踊の赤炎。
ヘリードル将軍にワケを話し、護衛についてもらった。
「皇后陛下が誘拐されたというのは事実ですか?」
「それは……現時点では正直分かりません。とにかく心配なのは人間族の動向です。とても言い難いですが空春族領はすでに彼らの侵攻を受けている可能性があります。アリスさん(=第2夫人)の故郷であるアウラ国を目指したのなら、空春族領を経由するよりも最初から北に向かうべきなのに、そうしなかったのはつまり、何らかの事情があったからだと推察しています」
「それは……魔王城に人間族の内通者がいると? 空春族を支配した人間族が御后方を拉致したと?」
「そう考えるのが自然です」
思考がまとまらないうちに一つ目の点転移ゲートに到着した。
点転移ゲートは、街道と並行して造られた建造物。具体的な形状はトンネルだ。
大型トラックが並行して通れるほどの径があるが、トンネル自体の長さは10メートルもない。なのに覗き込んでも出口の先が暗くて見えない。
結界が張られているからだと説明された。
僕らを停止させた兵士は10人いたが、魔狼を見て一様に直立不動で敬礼した。
魔狼自体が珍しい存在で、飼いならしているのは帝国の上級貴族だけだと判っているからだ。
でも良かった。まだこのあたりでは帝国の威令が行き届いている。
「ゲートを開けろ」
「ゲート! 開けます!」
トンネルの脇にゴブリン兵士らの駐屯所があり、隊長らしきゴブリンウォーリアが結界を解くカギのような物を持って来た。僕らの到着よりも先に、狼煙台を駆使してノノから情報が届いていたと見えて段取りが良かった。
「お気をつけて」
「有難う。引き続き警備を続けてくれ。異変は直ちに城に」
「分かっております」
いったん魔狼から降り、トンネルを潜る。(魔狼にはほふくしてもらった)
一瞬首筋が冷えたが覚悟を決めた。
点転移は成功した。
――これにより道程30キロ、縮まる。
リヴィたん持参の地図を広げた。
「誘拐を前提に考えると相手は追っ手を予測しているでしょう。私が相手の立場なら安全圏まで最短ルートで移動し、支援を得て迎え撃ちます」
「空春族領までの最短ルートですと……ここ、サンジャック村、ノートルダム、ティティエンヌ城市を経由するファネリー街道となります」
「その道を通ろう」
合点のいく僕に反対する理由はない。それよりもスピードだ。
大部隊を動かさなかったのはそれを最優先したからだ。
機動部隊本隊の後着は止む無し。
相手が臨戦態勢をとる前に追いつき、そして撃破する。そのつもりだった。
――え? それじゃ人選を誤っている? 僕は戦いの役に立たない?
了解してますよ、それは。
なので武闘派の魔狼と智勇兼備のヘリードル将軍を(魔王権限で)わざわざ連れて来たんだ。
それと、これだ。
魔術技術開発部の新兵器。
――魔導アイテム【ポーズボタン】と【リセットボタン】……だーッ!
使い方は時間が無かったので簡単にしか聞けなかったが、まぁ大丈夫だろう。
「ティティエンヌ城市の守備隊から狼煙が上がりました。『閉門完了』です」
「うむ。僕らの到着まで一人も通すな」
この狼煙は相手方にも見えてる。大いにまごつくはずだ。
ツェツィーリアの手が僕の手を強く握ってきた。
その手は小さく、とても熱い。
「心配要らん」
少し魔王さまの口調をマネてみた。バカと小突かれた。
いっそう強く手を握られた。
「大船に乗った気でいて」
そう励まして僕も手を握り返した。
――アンナさん、絶対に助けますからね!




